ハルヒと親父 @ wiki
辞書シリーズ/英和辞典:I love you.
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haruhioyaji
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- ハルヒ
- ちょっとキョン、あんただったら、これどう訳す?
- キョン
- おいおい。それはどういう冗談だ? 俺に英語の訳を聞いてどうするんだ? 恥ずかしいから一度しか言わんが、おもいっきり専門外だ。他を当たってくれ。
- ハルヒ
- あんたの場合、学業自体が専門外じゃないの。
- キョン
- そこまでいうか。まあ確かに、俺と谷口なら、イーブンで五分と五分、刺し違える覚悟はあるが、おまえとだったら話にならん。というか同じグランド上で違う球技をしてるようなもんだぞ。お前はバレー・ボール、おれは卓球。おまえはサッカー、おればビリヤード。
- ハルヒ
- 御託は良いから、さっさと訳しなさい! バカのあんたでも十分訳せる英語だから。
- キョン
- やれやれ。そうまでして異種格闘技がやりたいのか? 俺を凹ますカードなら、他にいくらでもあるだろうに。……と、アイ・ラブ・ユーか。I love you. あい、らぶ、ゆう。ふーん。なあ、辞書引いて良いか?
- ハルヒ
- あんたねえ、遅延行為はイエロ・カードもんよ。あんたの場合、すでに累積100枚はたまってるんだから一発退場、しかも凍らせた上に、マンモスの隣に埋めるわよ。
- キョン
- それはどんなレッド・カードだ。はいはい、わたしは、あなたを、あいして、い・ま・す、と。これでいいだろ。
- ハルヒ
- よかないわよ! 感情というか気持ちってもんが全然こもってないないじゃないの!
- キョン
- 学校の英語なんてのは、まず直訳ありきだろ。下手に感情こめてどうする? 第一、誤解のもとだ。
- ハルヒ
- なんですって?もう一回言いなさい。
- キョン
- ご・か・い・の・も・と、と言ったんだ。
- ハルヒ
- ふーん、誰が何をどんな風に誤解するのか、聞かせてもらおうじゃないの。
- キョン
- 論点をずらすな。お前は英語を訳せと言った、俺は訳した、これで話は完結だろ。どこにも不足もなけりゃ欠落もない。
- ハルヒ
- 大ありよ! あたしは、『あんただったら、どう訳すのか?』って聞いたの。誰が訳しても同じような直訳なんか要求してない! 辞書引かなくても分かるような質問を、何が悲しくてよりにもよってあんたに聞かなきゃいけないの? つまり、あんたはあたしの質問に、これっぽちも答えてないわけ。これがあたしがあんたの更なる解答を要求する根拠よ。
- キョン
- おまえは、どうしても、おれに告白まがいの台詞を言わせたいらしいな。ああ、やってやる。直訳なんかじゃない、そうだ 「文学的」なやつをだ。
- ハルヒ
- へえ。いいわ、やってごらんなさいよ。
- キョン
- これで、どうだ!
- ハルヒ
- 『月がきれいですね』だあ!?あんた、細切れにされて、薫製をつくるときに燻されたい訳?
- キョン
- ハルヒ、おまえ、夏目漱石って知ってるか?お札にもなってるエラーイ文学者だ。
- ハルヒ
- 知ってるわよ!
- キョン
- 漱石はイギリス留学から帰った後、文学者になるまでは、英語と英文学の教師だった。で、あるとき学生がI love you.のくだりを「私はあなたを愛しています」と訳すのを見て、こう叱った。
- 「君、バカなこと言うな。日本人が『愛してます』なんて言うもんか」
- 学生はじゃあどう訳せばいいんですか、と食い下がった。漱石の答えはこうだ。
- 「『月がきれいですね』とでも訳しておけ。それで用が足りる」ってな。
- ハルヒ
- ったく! あんたって、どこまでいっても、回りくどいし分かりにくいわね。100年以上も前の日本じゃ、確かに「愛」って言葉は輸入品の舶来品よ。でも今はそっから100年以上経ってるの。今時「愛しています」なんて3歳のガキでも言うわ。逆に聞くけど、今の日本人が『月がきれいですね』なんて、いつ、どこで、どんなシチュエーションで言うわけ? どんな用が足りるっていうの!? みんな言ってるっていうんなら、その《みんな》を今すぐここへ連れてきなさい!
- キョン
- まてまて。理由の分からん激高は今に始まったことじゃないが、今日のお前はさすがに飛ばしすぎだ。カルシウムが足りてないんじゃないのか? 少しは落ちつけって。
- ハルヒ
- 事の重大さをまるで理解していないようね。今に始まったことじゃないけど。あんたが漱石を持ちだすなら、いいわ。あんた二葉亭四迷って知ってるわよね?
- キョン
- なんか国語の時間に聞いたことがあるような、ないような。
- ハルヒ
- 日本の近代文学の父みたいな奴よ。彼は日本で最初にI love you. ---- ほんとはトゥルゲーネフの小説「アーシャ(日本語訳『片恋』)」の中のヒロインのセリフでロシア語Я люблю Вас(ヤー・リュブリュー・バス)だったんだけど ---- を訳したの。あんたが言うとおり、確かにその当時の日本人、とくに女の人は“愛してる”だとか“あなたが好きです”だとか言えなかったし言わなかったわ。だから二葉亭四迷はI loveyouをこう訳したの。『わたし、死んでもいいわ』って。
- キョン
- ……ハルヒ。
- ハルヒ
- 告白ってのはね、それくらいのもんなのよ! それをあんたは、うじゃうじゃぐだぐだ、のらくらのらくらと。
- キョン
- ……なあ、ハルヒ。ひとつ提案があるんだが。
- ハルヒ
- なによ!
- キョン
- 一時、休戦としないか。続きは……と、おまえ、今晩、時間あるか?
- ハルヒ
- 別に、用らしい用は……ないわよ。
- キョン
- だったら夕飯は食っとけ。9時頃迎えに行ってやる。
- ハルヒ
- だから何なのよ?
- キョン
- 天気予報では、寒いが晴れ間は明日まで続くそうだ。
- ハルヒ
- はあ?
- キョン
- つまり、あれだ。星を見るにはうってつけ、ってことだ。俺の答えはその時言ってやる。
- ハルヒ
- それって、その……。
- キョン
- おあつらえ向きに今日は満月、とまではいかんが。それとも満月まで待つか?
- ハルヒ
- ううん! 今夜聞く。待ってる。
ーーーそして、次の日から二人にとって新しい毎日が始まるのだが、それはまた別の話。