ハルヒと親父 @ wiki

新落語シリーズ「松山鏡」

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haruhioyaji

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 越後の国は松山(まつのやま)村に、キョンという、へんな名前の、まことに素朴で孝行者がおったそうでございます。

 さて、その評判が領主にも聞こえ、褒美を与えようという話になりました。

 「松山村のキョン、ならびに村役人一同、ばっちり付き添ってるねっ!」
領主役はいうまでもなく鶴屋さんでありまして。
「ははあ、一同、付き添いましてございます」
「キョン、面(おもて)をちょいと、上げてくれないかなー」
「はい」
「なるほど、なるほど。キョン、って顔してるねえ。なんでも、めがっさ親孝行なんだってねえ?」
「いえ、両親とも、十分な孝行をしないうちに、亡くなりました。何分、貧乏暮らし故、うまい酒を飲ませたことを、うまい魚を食べさせたこともありません」
「ふーん、随分早いうちに親を亡くしたんだねえ。で、それ以来、墓参りを欠かせたことがないって言うじゃないかぁ! まったく領主の目にも涙の大瀑布だよ。しっかり親孝行してる者の方が『ああ、十分に親孝行できてない』って言うもんさ。よし、決まったにょろ! ばばんと褒美をとらせちゃうんで、キョン君、何か欲しいものはないかい?」
「ありません」
「ナイス・バディなぷっつん娘を紹介してもいいにょろよ?」
「いりません」
「あひゃー、みくる、これで出番なしだよ。これまた、なんと欲のない。これだから孝行者は、たまんないねえ。別に金銭じゃなくてもいいにょろよ。ああいうことがしたい、こういうことがやってみたい、ってので、かまわないからさー。ここはひとつ、領主の顔を立てると思ってさ、よろしく頼むよ」
「では、恐れながら、申し上げます。あっしは早い時期に親を亡くしました。特に父親とは早くに別れ、今でも聞いてみたかったこと、話してみたかったことがございます。どうぞ、一目で結構でございます。あっしの父親に会わせていただきとうございます」
「こら、控えろよ、キョン。って俺は村役人の谷口だけど、いくら領主さまだって、できることとできねえことがある。おまえってやつは、普段はどうでもいい奴な割には、いざって時トンでもないこと言い出すからな。こういうときは、金子でも、貰っときゃいいんだよ。それでだな、ばーと使って芸者をあげて遊んでみろ、いっぺんに憂さが晴れらあ。……あれ、どうして、おいらずるずる引きずられてるんです? ね、どうして? ひさびさの長セリフだったのに。へ、退場? ストーリー進行に必要ないから? ご、ご、ごっゆっくりぃーーー」
「というわけでキョンとやら、褒美をとらすにょろ」
「え、そんな簡単に?」
「ほい、反魂香(焚くとその煙の中に死者が現れるというお香)」
「恐れながら領主様、それは落語が、ちと違いまして」
「あ、湿気てる。んじゃさ、あれを持って来てにょろよ。そうそう、あれあれ。で、キョン君、約束してほしいんだけどさあ」
「は、はい」
「今渡すモノは大事にしまっておいて、おっとさんに会う時は、一人でこいつを開けて中を見て欲しいにょろ。ゆめゆめ、誰かにその様子を見られたり、誰かに知られたりしたら、ひどいにょろ〜〜」
「は、はい。わかりました」

 こうしてキョンは、領主様からいただいたものを大事に抱え、それを裏の納屋の箱の中に入れて、朝と夕、仕事を始める前と終えた後に納屋を訪れ、「おっとさん」と会う毎日が続きました。実は、領主が渡したものの中には
「子は親に似ているもんさ 死んじゃった 人に会いたきゃ鏡を見なよ」
という和歌ともトリセツ(取扱説明書)ともつかぬことを書いた紙切れが入れてあったのですが、キョンはまるで気付かず、領主がくれた鏡に映る自分の顔を、自分の父親と信じきって、仕事の相談をしたり、その日のつらかったことを話したり、しておりました。

 それに不信の念を抱いたのは、キョンの女房でハルヒというもの。器量よしで、よく知恵も口も回る、近所でも評判の女房でしたが、なにしろ気が強く、また亭主を深く愛するが故に嫉妬深いことでも、近隣諸国に知らぬものがない有様でした。

 このハルヒが、毎朝、毎晩のキョンのこそこそした様子に気付かぬ道理がありません。どうも仕事の前と後にはかならず納屋に入って行く。入って行くだけなら、仕事道具の手入れなど、いくらもやることはあるわけですが、中から亭主の声がする。しかも楽しげで普段ハルヒが聞いたこともないような、丁寧な頼り切った言葉で話すものですから、ハルヒの心中に疑惑の虫がすくすくと育っていきました。

 ついにある日、キョンが納屋に入り戸を閉めようとした瞬間、ハルヒの手から放たれたまな板が、戸の隙間を抜けて、みごとキョンの額に命中します。
「今日こそ、年貢の納め時よ、キョン!」
「ハ、ハルヒ、こりゃ、いったい?」
「あんた、この納屋に女囲ってるでしょ? そうでしょう!。だって毎朝、毎晩あんたはこの中に綴じ込もっちゃうし、一人かと思ったら、楽しそうに誰かと話してるし、証拠は全部あがってんのよ、とっとと白状しなさい!!」
 そこでキョンは仕方なく、秘密にしとけと言われたが、と前置きしてから、領主からいただいた「おっとさんに会えるもの」のことを話しました。
「じゃあ、なに? あたしも、そこを覗いたら、あんたのおっとさんに会えるってこと」
「そうだ。これで俺の身の潔白が証明されるなら、領主様の命に背くのも仕方がない。さあ、覗いてみてくれ」
「どれどれ。……あ、あんた、よくも抜け抜けと……」
「ど、どうした、ハルヒ? 額に怒マークなんぞ、浮かべて」
「あんたの父親は女だっての? あたし、しっかと見たわ。この辺りじゃ見掛けないような、すっごい美人がおっかない顔してこっちをにらんでたから、負けてなるもんですか、しっかりにらみ返してやったわ!」
「ハルヒ、おれは、おまえよりおっかない女も、おまえより美人な女も見たことないぞ」
「だったら、そこに居るのは、誰なのよ?」
「……覗いてみたが、やっぱり、おっとさんだ」
「このフラクラ! 自分の脳細胞までクラッシュしだしたの!? 男と女の見分けもつかないなんて!」
「それは、こっちのセリフだ」

 やいのやいのと、普段から犬も食わぬケンカが絶えぬ二人ですから、周りのものもしばらくは放っておいたが、今日のケンカはひときわひどい。そこで誰かが、近くの尼寺から尼さんを呼んで来て、二人の仲裁を頼みました。
「ふたりとも聞いて。二人の証言内容には深刻な齟齬が発生している。情報伝達が不完全」
「尼さんは長門か」
「有希、じゃあどうしょうって訳?」
「わたしもそれを見る」
「よし、せめて中にいるのが男か女か、それだけでもはっきりさせようじゃないか、ハルヒ」
「望むところよ……。有希、ちゃんと見てちょうだい」
「……」
尼さんはゆっくり顔を上げ、二人を見て手招きをした。
「で、どっちなんだ?」「どっちなの?」
「私の言うことを聞いて欲しい。私は一時この場を離れる。その後、二人は同時にこの中を見てほしい。あなたたちに、それを見せること、それが、わたしがここに来た理由」
「な、長門!」
「もう一度、図書館で……」
「ゆ、有希が行ったわ」
「ああ、1、2の3で見るぞ。1、2、3!」

 その後、納屋からは、声にならない声、言葉にならない言葉が遠くまで聞こえました。
「バカップル、というよりバカ?」
尼は、すこしだけ納屋の方を振り向いて、去っていきました。


「なによ、やっぱり女がいるじゃないの!こんな美人、どこで引っ掛けたのよ!」
「おまえこそ、こんないい男、どこに隠してた!?」
…………
………
……



































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