ハルヒと親父 @ wiki

オヤジサンタ

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haruhioyaji

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 コンコンと部屋の窓ガラスを叩く音がして、何か赤いものが外を横切った。
「よお、キョン。今日は冷えるな。しかし、あまり時間がない。急いでくれ」
「親父さん、これはいったい?」
「見て分からんか? サンタだ」
「いや、それは、わかるんですが」
「おれもこの歳でやるとは思わなかった。老後の楽しみに取っておこうと思ってたんだが、この御時世に人手不足らしい。誰か首相に教えてやれ」
「おれも行くんですか?」
「そうだ。オチも考えてあるから心配するな。一通り配り終えたら、おまえさんにストッキングをかぶせて、バカ娘の部屋に窓から放り込む。悪く思わんでくれ」
 自分の「行く末」の方は無視して、おれは今聞いておかないと、この先きっと質問する機会が永遠に失われるであろう事項について尋ねた。
「このトナカイとそり、宙に浮いてるように見えるんですが?」
「だからサンタだ。原理はいまいち分からんが、ややこしいことは任せてある」
「……メリー・クリスマス」
「長門!?」
「一通り驚いたら、今度は驚かせる方に回ってくれ。人生でもっとも大切なもの、それはセンス・オブ・ワンダーだ。出発するぞ」

 「仕事自体は退屈なもんだ。配るモノなんて、携帯ゲーム機ばっかだしな」
「これって、本人の希望というか、リクエストなんですか?」
「どういう仕組みなんだろうな。まあ、大して気にしてないから、言って困るようなことは喋らなくていいぞ、長門」
「わかった」
「……長門」
「何?」
「これって大丈夫なのか? それと原因って、やっぱり……」
「涼宮ハルヒを中心とした半径10キロメートルの外には、影響は出ていない。本当のサンタクロースの活動を阻害する恐れは無い。ただ……」
「ただ?」
 本当のサンタクロース、っておい?
「半径10キロメートル以内は、わたしたちが『肩代わり』する必要がある」
「『わたしたち』って、おれたち以外というと……」
 あと『肩代わり』って、それって……。
「メリークリスマス! 夜分遅くにご苦労様です」
「おまえに言われたくないぞ、イケメン」
「古泉、それと朝比奈さんも、その格好?」
 やっぱりSOS団、総出かよ。
「ええ、あなたと同じ、一夜かぎりのサンタクロースです」
「この格好で、この仕事内容じゃ、一晩だけで十分だ」
「おまえらもゲーム・メーカーの回し者か?」
「わ、わたしたちは女の子の担当みたいで、もう少しバリエーションが、あるというか」
「そいつは結構」
親父さんは古泉と朝比奈さんの後ろに積んである袋を覗きこんだ。
「なんだ、このブライス、フル・カスタムじゃねえか。近頃のガキときたら」
「ブライスって?」
「ググれ。この頭のでかい人形のことだ。後頭部を開けて、目玉取り替えて「キラ目」にしたり、いろいろいじって遊べる」
親父さんがその人形を返すと、古泉が軽い会釈で切り上げることを知らせた。
「じゃあ、ぼくたちはこっちを回りますので」
「おう。ほどほどに頑張れ」
「おれたちも行きますか」
「ああ、さっさと済ませよう。もらう方にとっては夢でも、配る方にとっちゃ単なる労働だ」
 センス・オブ・ワンダーについて思いを巡らせ始めると、(たぶん)長門はトナカイをスタートさせた。
「長門、さっき半径10キロと言ったが、その中を全部回るのか?」
それにしちゃプレゼントの数が少なすぎる。多すぎても配りきれずに朝になってしまうだろうが。
「必要なところへだけ」
「必要なところって?」
「サンタを待っているところ」
「……そうなのか?」
「そっちは長門にまかせろ。……キョン、おれが好きなものは最後まで残す方だ、って話はしたか?」
「いや……聞いてないと思います」
「まあ、どっちでもいいけどな。ゲーム機片付けてからが本番のようだ。まだ、見るなよ。その方が楽しめる」

 「よお、ぼうず。一人か、それとも独りか?」
「おじさんたち、サンタクロース?」
「ああ。若い奴も混じってるが、あっちは見習いだ」
「プレゼントは?」
「もちろん用意してきた。……ただ、何もなしでやる訳にはいかん。おれたちも慈善事業でやってる訳じゃないんでな」
「……違うのか、長門?」
 サンタは営利目的なのか?
「……多分」
 しかし、見るからにしっかりしてそうな少年は、怪しい親父サンタの口上にもめげるところを見せなかった。
「何をすればいいの?」
 いかん、少年が食いついてしまった。親父さんに満面の笑みが浮かんだ。
「挑戦を受けるって言うんだな。それでこそ来た甲斐がある」
 アポなしで夜中に複数人で押し掛けて何言ってるんだ、このおっさん。
「じゃ、命を賭しておれたちと戦え。勝負の方法は、お前に任せる」
「負けたら死んじゃうの?」
 いかに親父さんでも、そこまで羅漢ではあるまい。
「ああ、あいつらに食われちまう」
 おれたちかよ! っていうか、うなづくな、長門。
「キョン、乗りが悪いぞ」
 この分野で長門に遅れをとったのは初めてじゃないだろうか。

 「じゃあ、これ」
一度、部屋の奥で何か探していた少年は、随分やりこんであるボードゲームを持って戻って来た。
「よし、こっちはキョンを出すぞ」
 ポケモンですか? っていうか、おれですか!? 命をかけて?
「イケメンをいつも凹ましてるんだろ。軽くひねってやれ。おれは手加減と負けるのが嫌いだからな。この場は任せた」
 任せるのはきっと「この場」にとどまらないだろうってことは、大いに予想がついたが、目の前には勝負の期待に目を輝かせた少年がいる。ここに至るまでの経過が多少理不尽であっても、ここで引くようであっては兄貴キャラを返上せねばなるまい。
「わかりました。……少年、手加減はできんぞ」

 「……参りました」
「はやい!速過ぎだぞ、キョン」
「いや、この子、まじで強いです」
「やれやれ。負けた以上は、こっちも約束は守らんとな。ほら、プレゼントのキンドル(Kindle)だ」
 いや、すでにプレゼントというより賞品でしょう。
「あと、ゲーム機とあんまり変わりがないような……」
「敗者があんなこと言ってるぞ」
 いや、負けたのは《おれたち》であって《おれ》じゃないでしょ? だから、うなずくなよ、長門。
「これは電子書籍をどこでもダウンロードして読むことができるんです。日本語にはまだ対応してませんが」
「ってことは、洋書を読むのか?」
「はい。紙の本を買うより安く済むんです」

 「親父さん、次はもう少し可愛げがある子のところへ行きましょう」
「キャバクラと違うんだぞ、キョン。客をえり好みするな。顧客満足が第一だ」
「いや、働く方のモチベーションというものも、決して小さくないと……」

 その後は、行く先々で子供たちに相手に熱戦を繰り広げ、おれが負け続けたことは言うまでもない。
 でないと、プレゼント渡せないしな。orz


 「元気を出せ。おまえの善戦も空しく、プレゼントは見事に捌けた。あと1個だけだ」
 日本語の使い方に意見を言いたくなったが、口を開くのもおっくうで、とんでもトナカイが牽引するそりのシートに体重をあずけた。ため息のかわりに、こんな言葉が口から出た。
「……あの子たち、何なんでしょうね? 真夜中に、家の中に子供しかいない家ばかりで……」
「さあな。長門がさっき言ってた『必要なところ』ってことじゃないのか? 向こうじゃハッピー・ホリディでも、こっちは単なる年の瀬だ。年末進行で家に帰れない親だっているんだろうさ。……ああ、でかい家が多かったから、余程悪いことをしてるんじゃないか?」
「……親父さんのところも、結構でかいですよ」
「そのほどほどに『でかい家』についたぞ、キョン。最後の仕事だ」
って、まさか、親父さん。
「おれはホラは吹くが、嘘はいわん」
なに、タイミングよくストッキングを渡してるんだ、長門。どっから出した?
「脱ぎたてとはいかんが、長門が懐で暖めてた奴だ。ありがたく、かぶれ」
「そんな趣味はありません」
「趣味、嗜好の問題じゃない」
「というか、サンタと靴下の関係が破綻してます!」
「うるさーい、今、何時だと思ってんの!!」
「!」
 目覚めてはいけない奴の声が、今した気がする。
「イブだってのに、いままでどこほっつき歩いてんのよ、バカ親父! 母さんなんか、心配して寝ちゃったわよ!」
「母さんは、心配だろうが、心配でなかろうが寝る時は寝るんだ。で、おまえは起きてた訳か、バカ娘。よかろう、サンタからプレゼントだ」
「なによ、そいつ。頭からストッキングかぶって、変質者?」
んごおっ!! 疑問符を付ける前に、蹴りが水月に届いてたぞ、ハルヒ……。
「えっ、この蹴り心地って、キョン? あんた、なに変態してんのよ!? こんな真夜中に」
「やれやれ、そんなもので個体識別できるのか? どういう仲なんだ?」
「大きなお世話よ。……くんくん、このストッキング、知ってる匂いがするわ。……って有希の? キョン、こんな夜遅くに何やってたの!? 吐きなさい。話によっては……」
「キョン、トナカイとそりを返しに行ってくるから、二人で達者に過ごせ。なあに、今日は聖夜だ、大抵のいさかいは夢オチで終わるだろう」
 い、いや、この痛みは、現実です、親父さん。

 サンタのそりが去って行くシーンでよく使われる、シャンシャンといったサウンド・エフェクトに、ジングルベルのメロディが重なって、おれの意識とともにフェード・アウトしていく……。



Jingle Bells   by James Pierpont (1857)/宮沢章二作詞


Dashing through the snow      走れそりよ 
In a one-horse open sleigh     風のように
O'er the fields we go       雪の中を
Laughing all the way.       軽く早く
Bells on bob-tail ring       笑い声を 
Making spirits bright        雪にまけば
What fun it's to ride and sing   明るいひかりの
A sleighing song tonight.      花になるよ!

CHORUS:
Jingle bells, jingle bells     ジングルベル ジングルベル
Jingle all the way,         鈴が鳴る
Oh, what fun it is to ride     鈴のリズムに
In a one-horse open sleigh, Hey!  ひかりの輪が舞う
Jingle bells, jingle bells     ジングルベル ジングルベル
Jingle all the way,         鈴が鳴る
Oh, what fun it is to ride     鈴のリズムに
In a one-horse open sleigh.     ひかりの輪が舞う

A day or two ago          走れそりよ
I thought I'd take a ride     丘の上は
And soon Miss Fanny Bright     雪も白く
Was seated by my side;       風も白く
The horse was lean and lank    歌う声は
Misfortune seemed his lot,     飛んで行くよ
We ran into a drifted bank     輝きはじめた 
And there we got upsot.       星の空へ

CHORUS:               (ジングルベル以下繰り返し)






















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