ハルヒと親父 @ wiki

スポンサーから一言 その6

最終更新:

haruhioyaji

- view
管理者のみ編集可

《登場人物のおさらい》
絵描き:女Dの転落させ殺した疑いで起訴中
女A:7年前、絵描きと心中
女B:絵描きの現在の愛人。手首を切り自殺。
女C:女Aの妹。女Bと同じ日に転落死(自殺?)
女D:女B、Cと同日に転落死。



 「探偵小説にいまでも時々あるだろ。『あるべきものが、そこにない方が不思議だ』ってやつ。絵描きの部屋は当然調べられたが、押収品にAを描いたものだけが一切なかった、スケッチすらもだ。心中ですでに関係は精算されて、今や新しい愛人が居る身だ。ない方が当然か? そもそも何故、こいつは心中なんてしたのか、じゃまになったAを殺すだけが目的だったのか? それなら今回はなぜ心中してないのか? 同時に複数を「自殺」させるなんて手間のかかる手段をとったんだ? 今や愛人が複数居て、順番に殺していくと、他の愛人に企みを気付かれると思ったからか?
とまあ、いろいろおかしいところはあるが、それなりに筋を通そうと思えばできなくもないのが今回の一件だ」
「今回『自殺』した女性達の絵は?」
「弁護士がカラーコピーをもってたろ。ありゃ今回、死んだ女たちをモデルにしたあの絵描きの絵で、押収品のコピーだ。現愛人のBやDはともかく、姉を奪われて画家を恨んでたっておかしくない妹Cまで絵のモデルになってる。どういうことだ? だいたい立場は正反対だよな。一方は愛人、手段や本人の同意があったなんてのはさておき、姉を殺された妹。妹の方から見れば、姉と心中しておいて、今は別の愛人とのうのうと暮らしていると、恨みの一つや二つ抱いてたっておかしくないと思わないか?」
「……たとえば、姉の死の真相をつかもうとして絵描きに接近したとか?」
「なるほど。こいつらには遺書があってな、警察が押収してる。その写しを弁護士のところで読んだ。まずB。『私は彼に描いて貰って美しいうちに死ぬ。そして永遠に生きる、彼の絵の中で』。それからCはこうだ。『あの男が《絵筆》に過ぎないなんて。誰が《手》がつきとめたのに。それが、何故?』。キョンの名推理が冴え渡るな」
「絵描きじゃない、ってことですか?」
「まあ、ここまでは悪徳弁護士でもたどり着いたから、特筆すべきレベルではないけどな。そして絵描き自身はこう供述してる。『ぼくは絵を描いただけだ』。間抜けすぎて見逃しそうになるが、こいつが真相かもしれない」
「それは?」
「わからん。これだけじゃなあ」
「Cが知ってしまった、知りたくなかった事実って……。姉が真犯人ってことですか?」
「7年前に死んだ女がな。ハウダニット(どうやって)?と、弁護士じゃなくとも聞きたくなる」
「今から誰か……誰が来るんですか?」
「AとCにはまだ妹がいるんだが、その彼女に連絡させといた。実はおれは口寄せができる、死んだ魂を呼びつけて話ができるから、本当のところを聞きたくないか、と。だから、集合時間がこんな時間になったんだけどな。彼女は来なかった。賢明だな。だが絵描きが死んだという連絡が入ると、彼女は取引に応じると言ってきたそうだ」
「親父さん、まさか?」
「ああ、呪詛も少しはやると言わせた。無論ハッタリだ。呪いで人を殺せるなら、世の中もっと静かで平和なはずだ。少なくとも俺にとってはな。ただ絵描きが自殺する可能性は考えてた。それに『呪い』とでも言った方が話はわかりやすいかもしれん」
「取引って何です?」
「Aが描いた遺書と、Aが描かれた絵、もしくはその写しと、こちらが持ってる『情報』の交換だな。末の妹は、筆跡確認のためにCの遺書を見てる。つまり二つの遺書を突き合わせることができた。彼女はおそらく真相をつかんでる。だからこそAの遺書は表沙汰にできないんだろう、と踏んだんだ。案の定、最初は取り合わず、絵描きが死んでからは応じて来た。自分の推理もとい妄想とはいえ、嫌になるぞ、キョン」
「それって、まるで……」
「死せる孔明、生ける仲達を走らす、だ。バカ弁護士にパリ中を引っ張りまわされた話の方は忘れてくれ。さあ、ここで笑っとかないと、あと笑うところはないぞ」

 ほどなくして、AとCの妹だという女性がやってきた。おれより、1,2つ上といった歳だ。
「姉の遺書は燃やしました」
と彼女は言った。
「それがいい。バカ弁護士の好奇心の埋め合わせはこっちで引き受ける」
「やっぱり、姉の仕業なんですね?」
「どうだろうな。世の中には、憑依体質とでも言った方がいい奴が居る。他人や周囲から、特別影響を受けやすい人間だ。感応人間というか、ラジオみたいなもんだ。逆にラジオ局みたいに周囲に影響を与えやすい人間が居る。あんたの姉さんみたいな。姉さんの絵はあんたが?」
「ええ。C姉さんが少しづつ取り返してきたんです。処分した方がいいでしょうか?」
「わからん。あんたが残しておきたいと思うならそうすればいいし、そうしたくないならそれもいい。絵なんて、ほんとはその程度のもんだ」
「やっぱり処分することにします。私は二度と見たくありません」
 妹さんはそう言って親父さんに封筒を手渡した。
「絵のコピーです」
 親父さんは中を確認して、それからどこに持っていたのか、ライトつきのルーペでそれを細かく見た。
「フランス語だ。絵の表面を引っ掻いて書いてある。『私だけを永遠に。他の人に惹かれたら、その人を描けばいい。でも、その人は死んで、私のところに来る。だから永遠にあなたのものにはならない』」

  ●  ●  ●  

 「フィレンツェじゃ、英雄や理想は、永久に残るよう大理石の彫像にし、罪人はやがて消えるよう平面に絵で描いて見せしめにする伝統があった。どっちに分類すればいいか微妙な、街を救った素性の怪しい傭兵隊長には、「立体的に見える絵」に値切って我慢させようとして、遠近法が発明されたんだ。アニ・ヲタに教えてやりたい話だな、なあ、キョン」
「悪いがおれにも分かるように説明してくれ」
 翌日、事務所で平松弁護士はそう唸った。あの、それだと、おれには、今の説明で十分ってことになるんですが。正直わかりません。
「絵だとか死を、永遠に結びつけるなんてのは、愚かな人間の仕業ってことよ!」
 さっぱりわからんが、解説ありがとう、ハルヒ。今の言葉も、おれには理解できると思ってるんだろうな、このお人よしの悪徳弁護士は。
「じゃあ、キョン。このお人よしにも分かるように、噛んでふくんで説明してやれ」
 おれですか? ただひっぱり回されただけの、おれが?
「あたしにもちゃんと納得できるようにね。それから、今度、蚊帳の外に置いたら承知しないからね!」
 よく分からない借用書一枚で貸し出された哀れなおれが、どうにも謎解きをやらなくちゃならないらしい。やれやれ。
 「事件は、7年前に始まりました。あるいはすべてはその夏に終わり、銃口から放たれた弾丸が狙い通りに人を撃ち抜くまでに7年もかかった、といった方が正確かもしれません」
「いいぞ、キョン!」
親父さん、正直うるさいです。
「ガール・ミーツ・プア・ペインター。一人の少女が、才能に恵まれたいたわけではない芸術家の端くれと出会いました。それがすべてのはじまりです。少女は、芸術家の理想と妄想を、わが身に降臨させ、纏(まと)うことのできる天賦の才の持ち主でした。鳴かず飛ばずの絵描きだった男は、彼女と出会うことで運命を狂わされます。いや、出会うことそのものが運命だったのかもしれません。絵描きは、彼女をモデルに、生涯で最高の出来の傑作を描きました。彼は後に『ぼくは描いただけだ』と供述したそうですが、確かにその絵はむしろ彼女が描かせたといった方が正確かもしれません。彼女の力と欲望は、自分の絵姿を残すことだけに、とどまりませんでした」
「どういうこと?」
「親父さん、彼女の絵を」
「ああ」
 親父さんはハルヒと平松弁護士に、あの絵のカラーコピーを渡して見せた。
「コピーでこれだ。他の女の絵とは雲泥の差だろ?」
「ああ、なんて言ったらいいか……」
「彼女は、絵描きのピグマリオン・コンプレックスを完成させるために、心中を装って自殺しました。自分を殺したという罪悪感と、もはや絵を通じてしか自分に会えなくすることで、絵描きを『永遠』に自分につなぎとめるために」
「バカじゃないの!? 人を何だと思ってんの!?」
「そして、絵描きには決して捨てられないその絵を、自分で傷つけ、呪いの言葉を刻んだ」
「『私だけを永遠に。他の人に惹かれたら、その人を描けばいい。でも、その人は死んで、私のところに来る。だから永遠にあなたのものにはならない』。絵描きがフランス語が読めたかどうかわからんが、いずれはなんとかして訳してその意味を知っただろうな。この絵を傷つけることができたのは、ここに描かれているあの女以外に有りえないんだから」
「絵描きは,この絵と向かいあって何年も暮らしたでのしょう。そして刻まれた言葉は普段忘れているが、絵を彼女をもっとよく見ようと絵に近づけば、いやただそうしようとするだけで、思い出されます。何度も何度も繰り返し。催眠家なら暗示と呼ぶでしょう。行動療法では、セルフ・コントロールの技法に「パブリック・ポスティング」というのがあるんです。ダイエットなら目標体重を誰の眼にも触れるように貼りだしておくだけのことですが、思いも寄らぬほどの効き目があるそうです。毎日毎時、見つめつづける彼女の姿の中に刻まれた呪いの言葉を、何年も意識でも無意識でも受け止めつづけた絵描きの行動に影響を与えないとはいえないでしょう」
「なんだって、そんな呪いをかける必要があるのよ? 他の女の話なんかしなけりゃ、絵描きが他の女を描くことだってなかったはずよ!」
「人は変わるんだ、ハルヒ。それは当然のことだし、望ましいことでもある。時に過去に強くとらわれても、それでも人は変わっていく。そして、やがてはその縄を解いて行ってしまうかもしれない」
「そこに待ち伏せして先手を打ったという訳ね。描けるものなら、描きなさい。だけど、どんな女も、この絵以上のものはあんたにもたらさないし、どんな女もあんたに描かれたら最後、死んでしまうだろうけど、ってこと?」
「まあ、そうだ」
「しかし、絵描きが手を下すことは、どこにも暗示されてないだろう」
「だから自殺なんです。いや、彼女の言葉を、彼女との物語を語り、それに反応しない女性を、絵描きは描けなかったし、また描こうとはしなかった。たとえばBの遺書、『私は彼に描いて貰って美しいうちに死ぬ。そして永遠に生きる、彼の絵の中で』。これはAの刻んだ言葉の劣化コピーです。彼女は絵描きを自分のものにして、Aの地位を乗っ取ろうとしたのでしょう。しかし、それは自ら死ぬことでしか到達できない地位です。狂気の愛に魅せられた者は、狂気に引き寄せられ、そのブラックホールに囚われ二度と出て来れない。すなわち死です」
「一回に一人と付き合っておけば、よかったんだろうがな。実際は一人じゃ足りない、A一人と釣り合わないから三人もの女が必要だったのかもしれんが。だが、さすがのAも、このダメ画家が二股三股をかけるとまでは思わなかった。狂気の沙汰に付き合ってくれるバカ女がまさか同時に3人も現れるとは想像できなかった」
「Aの妹だったCは、Bとはまるでちがう動機で、Aの言葉と物語を受けとめ、絵描きに近づきました。彼女はAにとって変わることなど望まなかった。ただ不審に思えたAの死の真相をつかみたかった。そして、誰が人形使いで誰がマリオネットなのかを知って絶望しました。彼女がそれでも絵描きと付き合い、モデルとなったのは、絵描きから自分の姉の絵を奪う、あるいは『取り返す』ためでした。彼女の容姿は姉のAによく似てます。接近してきたCを絵描きは受けいれたでしょう。そしてCが事の真相を知るに相前後して、Cの正体と目的を知ったんでしょう」
「絵描きが殺ったのか?」
「わかりません。ただ、絵描きとCは、その日、Cの部屋で会うか、あるいは絵描きがCのところへ電話をしたか、どちらかはあったと思います」
「何故だ?」
「BとCが同じ日に死んでいるから。それが可能になるには、Aの言葉を知っている誰かがその死を伝える必要があります。そしてその前に、『絵描きに描かれたものは死ぬ』という呪いの言葉を、彼らが共有してなくてはならない。Cは真相を記したメモを残しました。自殺を決心したのか、死を覚悟したのか、それはわかりません」
「キョン、あんたはどう思ってるの?」
「おれか。……その両方じゃないかと。しかし姉に囚われた絵描きに『殺される』より先に、自ら命を断ったんじゃないかと思ってる。自分が知った真相を否定するために」
「一見、呪いを実現しちまってるがな」
「だからこそ、遺書は、自殺の理由・動機を書いたものはでなく、残る者に遺す言葉でなくてはならなかった。『あの男が《絵筆》に過ぎないなんて。誰が《手》がつきとめたのに。それが、何故?』。そして謎は末の妹さんに託されました」
「絵描きは何故死んだんだ?」
「捕まってAの絵から引き離されたからだ。ひょっとしたら、自分の血で描こうとしたのはAの姿だったのかもしれん。しかしそれは似ても似つかぬ自分自身でしかなかった。イコール孤独イコール絶望だ。描くものは、いつもどこかしら描く本人に似ている。いよいよ描くものがなくなり、描くことができなくなった奴が最後に描けたのは自分しかなかった。そして、それは自分を愛しい女の居るところへ送る死の船になったって訳だ」
「D殺しは、絵描きの線で固まったそうだ。争って食いこんだ、互いの爪がお互いの体から見つかってるんだそうだ。これまで、自分では手を下さなかった男が何故いまさら?」
「できもしない三股をかけるからだ。最後の女Dは、どこもAに似ていない。Aのお話を受けいれるタイプでもない。人は変わるし、時には変われなくとも変わろうとする。絵描きなりにあがいてたんだろうさ。だが、Bが死にCが死んで、所詮自分も運命の輪から抜けられないと知ったんだろう。そのまま一人さびしく自殺しとけば迷宮入りだったかもしれんがな。ちがう誰かを巻きこみ、助けを得ようとしたんだろう」

 親父さんは、深いため息をついて立ち上がった。
「さて、謎も解けたことだし帰るとするか」
「待った。キョン君には労いの意を込めておれからご褒美がある」
「はあ? なんだんだ、キョン?」
 さあ、とおれはとぼけてみせた。弁護士が抱いて戻ってきたものを見て親父さんが顔をしかめた。さすが、自分の危機には抜群の反応だ。
「涼宮家から借りてきた。親父が描いた絵を見たいと言ってたからな」
「おい、それ、まさか!」
 それは、夏の日差しを浴びてひまわりのように笑う女性の絵だった。
「親父が描いた絵? ……なに、親父、こんなもの、いつ描いたのよ!? あたしじゃないの!」
「馬鹿言え。……これは母さんだ」
「ええ! ちょっとどういうこと?」
「いいから、ちょっと来い!」
 親父さんは露骨に「覚えてろ」といった視線を飛ばし、ハルヒを押し出しながら事務所を出ていった。正直、死ぬほどびびったが、今は笑いをかみしめよう。

「さあ、うるさい奴は出ていった。キョン君、ゆっくり見ようぜ」
 弁護士はもうひとつの絵の包みを解いた。
「若くて屈折したパリの親父像だ。まだ20代の若造だぞ」

 この絵の親父さんが、やがてさっきのハルヒの母さんの絵を描けるようになるとは。
 なるほど、人は変わることができるのだろう。それも否応なしに、違えようもなく。




〜おしまい〜



シリーズ「スポンサーから一言」














記事メニュー
目安箱バナー