野球は一人では出来ない。九人いたとしても、やっぱり出来ない。正直、十八人いたって審判いないと試合にならないんだけどね。スポーツというにはルールという縛りが欠かせない。まあ限られた環境があるから人間の闘争本能とやらは高まる事になると言う。掃除ロッカーに閉じ込められた時にやってくる攻撃的思考はそういう訳だ。比喩は極端な方がいい、嘘と言い換える事が容易いから。
でも、サッカーは十一人いなくても実は出来る。十人で充分試合になるし、八人でも出来るルールがある。これはそんな、五対五の男達による熱き戦いのお話。を見たければご帰宅願いたい。そんな期待なら、損となるだけだから。
「あがれあがれー!」
グラウンドでは、砂を蹴る音に混じってそんな、人を噴気させようとする声が響く、それに合わせるように視線の先の集団は一気に方向を変えて速度を上げる。色違いの縦縞ユニフォームより、大分熱を帯びていそうな、むき出しの足をつい見てしまう。個々の速度によって違う動きを見せていて、中々飽きない光景なのだ。あ、あの9番力ぬいてる。
そんな場にあって混じらず存在を強調している、モノクロの五角形が表面に敷き詰められた球体は、さっきから誰かさんの足の動きに合わせて地面を転がり続けている。大きな跳躍、まあシュートってやつは今気配を殺している最中だ。
「暑い暑い」
そう言って思わず顔を上げ、眩しさにやっぱり下を向いてしまう。太陽光線が目に痛いとある週末の昼、大学のグラウンドでサッカーの試合が行われている。どうやら大学内カップの決勝戦らしい(ちなみに教育学部生中心のチーム対医学系学生が中心のチーム)。けれど人数を見た限り、正確にはサッカーではなくてフットサルというのか。4V4にゴールキーパーがついたバージョン。4V4の説明は、こした先生辺りに聞けばわかるよ。
「ミツル好きだったんだけどな……加納に持ってかれたよな」
感慨にふけたところで、またグラウンドの方へ視線を戻す。いるいる、見慣れた顔がちらほらと。
試合をよく見るため、または応援をするためか、ギャラリーのほとんどはグラウンド内と外を区切るネットの周囲、若草色の芝生上に集まっている。公のイベントでは無いとはいえ人数はなかなかのもので、特に黄色い(主にキャピキャピした女子の……って言えば通じるかな)喚声なんか耳に痛いくらいだ。
そんな人々とは離れて、僕は木陰に腰掛け薄めの文庫本を開いている。今九つの話の四つ目だけどうーん、外国の純文学ってこんな感じなのか? 勿論試合も時々見る事にしている。
何故わざわざ離れた所にいるか。熱中症対策というのと、もうひとつ大事な要因、知り合いと顔を合わせたくないのだ。
対戦を行うチームの一方は、何を隠そう同学科の人中心のチーム。今参加している人達だって、先輩も入れれば皆同じ学科。約一名、ゴールキーパーを除けば。そして学科の人達の「お、応援してくれてありがとう!」みたいな顔をされる事の回避もあるが(そういう意外なところあるじゃん、なポジションは僕に非ず)、最も避けているのはその学科とはまるで関係無い、このチームやサッカーとも本来関係無いはずのキーパーの方だ。
お、などと言っている間に医学系チームの一人がゴールへと蹴り込んだ。しかし、ビシッ! と音が立ちキーパーが片手でボールを掴んでいた。得点とはならなかったようだ。
「良い立ち位置だ」
ゴールネットの前で丸太のような腕を組んで直立している姿は正に守護神。そんな言葉を使わなければ、顔だけで避けられるおっかないおっちゃんとも言える。しかしユニフォームは似合ってないな。
僕が避けている相手はそう、海栗頭巨木こと判花手な訳で。
彼の、なんとも億劫そうな表情を見ていると、三日前のバイト先での会話を思い出してしまう。
『サッカーの助っ人を頼まれたんだが』
『だから?』
『ある男が強くオレを推薦したそうだ』
『それで?』
『オレのポジションはサードなんだが』
『つまり?』
『……別に』
それだけ聞いて、猫背気味に帰って行った。パウワウワウーがどこか寂しく響いた気がした。
彼が言い淀んだ内容は分かる。「何でお前がサッカー部でもないオレを紹介したんだ」だろう。そんなの確証が無くて聞けなかったんだろう。僕が「証拠はどこにあるんだい?」ってとぼければ、彼に対処は出来ないだろうから。あ、ちなみに僕が彼の情報を与えたのは間違いないですよ。
だって同学科の彼らも困っていたのは確かな事。まあ学科の友人との交流は適度には続けておきたいし、ちょうどケガをして出れなくなったのがキーパーで、壁にふさわしい人材が僕の近くにいたのだから。
判花手がサッカーをするという構図も、教育系の空気に彼がどこまで溶け込めるかも、前から薄々興味があった。
ほら、人助けと自己助けを兼ねているのです。一挙両得。一巨両得、とも言える。
どうやらカップのルール上も別に違反では無いらしかった。無事に彼がネット近くで仁王立ちしているのだし。あっちもどうやら助っ人を頼んでいたようだ。しかも年下に。
ちょうど視線は医学チームのその人物に向いていた。よく動くものは自然と目で折ってしまうのだ。
顔付きと体付きから中学生くらいに見える子だ。癖毛なのか跳ねた髪が体に合わせて落ち着きなく動いている。健康そうに焼けた肌には大粒の汗が大量に浮かんでいる。10番のユニフォームは確かエースナンバー、まだ小さいのにえらいえらい。
とは言ってみたものの。
「カバー入って!」
などと良く知れた仲間にするような行動から分かるように、そんな訳無い。
あっちの巨木が見た目に反して若いのとは似ていて逆の理由だろう。顔に似合わず年をくっている。正式な年齢は知る由が無い。まあ流石に745才とかは世界が違ってしまうけど。元ネタはスレイヤーズかレイアースかはど忘れ。
見ていて、実質一番動いている。これはこの試合、あの子と花手の出方で決まりそうだ。そうです。無責任です。
しかし、楽しそうに試合を行うな。息切れしそうな勢いで走り回っているのに苦しさとは無縁の笑みを浮かべ、味方にまで軽い、けれど気分を緩和させるだろう声かけは欠かさない。いや、そんなのは大抵無意識でやってるんだろうけど。
それは楽しさを見いだせなければスポーツなんてやる意味はないだろうけどね。ボールで遊ぶなら猫やアシカと大差ない。アシカはヘディングのみだし猫はハンド確定だしね。
とか言ってる間に、今医学チームがボールを放った。しかしキーパーの真正面でなんなく掴まれてしまった。
「……そんなこんなもありまして」
気付けば終了五分前。中略の理由は、サリンジャーさんのみぞ知る。残すはテディという短編だけになってしまった。
ここまでの途中経過、2対1、教育チームのリードだ。
やはり最初の一点こそキーパーが不慣れでルールすら把握していない状態ではあったが、試合が進みに連れ慣れてきたのかミスはせず、どのボールも防いでいた。持ち前であろう彼の運動神経と体格の事もあるし、あの威圧的な風貌と雰囲気は充分プレッシャーを与えて、的確なシュートとはいかないようだ。唐突な助っ人にしてはよう働いているようで感心感心。
そのためか、もう医学チームはシュート数自体が減っている。まともに相手陣地に攻め込んでいるのはもう、あの童顔の彼だけに見えた。
「たっくんだけに頼んな! そこマーク甘い!」
マネジさんが言うにはそんな感じ。たっくん……じゃあ名前はタクミかな? 出典はゴーゴゴー。数字変換はご自由に。
どうやら医学チーム、守備に弱点が目立つようで、教育チームの攻め手は、隙を見ていつの間にか2点を奪っていた。絶好調の用だね。そして、制限時間少ないと、やはり士気は下がるもののようで、医学チームに激しい動きはもう、たっくん以外見られない。
このうだるような暑さの中よくやる。こっちは指と指の間に浮かぶ汗に気分を害されていると言うのに。文庫もべろべろになるし。試合追いながらだと進みも悪いし。
見たとしても、ムードがまるで勝者のそれと敗者のそれに別れてしまっている。応援側も本格ではなく大衆的な気分で見ただけだろうから、それに難なく同調してしまっているし。
結果は、見えたな。サッカーに無知な僕でも分かるくらい。
スポーツはルールに縛られる。
団体競技はチームに足を取られる。
キーパーだけでは得点がとれないように、攻め手が一人でいても賄い切れないのだ。
花手は思っていたより真剣で、特にそれ以上でもそれ以下でもない様子。ふーん、こんなところか。
読んでいたところに紐を挟み右手に持ったまま、僕は「帰るか」と立ち上がる。
視線を上げて、あ、と思った。持っていた文庫本が滑り落ちる。すぐに目を逸らした、自分で首を持っていきそうになる程高速で。
さっきまで花手や学科の友人ばかり気にしていたから気付かなかった。それとも目には入っていたけど今ようやく思い出したのか。出来るだけ顔を向けないように注意して、もう一度首を重く動かす。
女子大生と思われる人が、芝生の上に立っていた。背までの黒髪が目につき、続いて細身な体と気温に反して肌の露出が少なめな服装を遠くから確認する。
そこには知り合いがいたのです、いやこれでは互いの仲良さが数値として高い位置にあるようだな。訂正、もし僕という残滓が彼女の頭内に介入しているなら、僕らは互いに知り合っていることになる。可能性は彼女によってのみ表示可能。
前にバイト先に来た事がある人だ。確か、変な人という印象が残っている。眠気、参考書の重さ、去り際の会釈まで記憶している辺り、よほど強かったらしい。至って普通そうな人なのに。
それで何故だろう、自分の足はまだ森林浴でも続けたいのか動こうとしない。なんとなく気になってそのまま彼女の動きを眺めてしまう。
じっとグラウンドの方を呼吸もせずに見ている、かと思えば、息を飲むように驚愕を顔に張り付け、また次の瞬間にはほっとしたのか胸に手を当て溜息をついている。すぐにまた、試合へと視線を動かす。何かを口にしようとして、それでも踏みとどまる。落ち着く事無く変化に富んでいるようだけども、一連の動作にはいつも不安そうな感情が附属している。
どうやら医学チームの応援のようだ(前来た時も医学書買っていたし、学部の知り合いでも居るのだろうか)、応援の声をかける事は無いが、チームの動向に合わせて忙しなく視線と体を動かしている。
というよりさっきからある人物の行動とシンクロして表情を変えている。
更に言えば、医学チームで大きな動きを見せる人物は、ただ一人。
敗色一色の中で唯一、別の空気を出そうとする男が。
「……ん」
と、そこで、その彼、たっくんが、教育チームが持っていたボールを若干強引に、奪い取った。
運悪く、教育チームの攻めは医学チームのゴール側に集中していた。つまり、
「走れぇっ!」
そう、格好のチャンスだった。
反射的に向いたグラウンドでは言われた通り、けれど言われるより踏み出しは早く、たっくんが駆けだしていた。
そこで一気に、芝生の上から歓声が沸く、離れているこっちの両耳にもがぃぃんと響くくらいに、それでも彼の耳にはどうやら届いていないようで、一直線に動いていた。
初速が速かった事、元々の能力とスタミナか、ここにきて見せる爆発的な力に、誰も彼の横にもつけず、前にも回りこめなかった。味方すら投げだす、いや言い方を変えて、彼に任せる程に。
けれど最後に待ちうける物に変わりない。
二人は、この試合において、互いのチームの色に混じらなかった二人だ。
ゴールネットと巨木に近付いていく。
彼の足が、次第に速度を落としていく。
その時だった。
僕は、たっくんの本名を知る事になる。
でも、サッカーは十一人いなくても実は出来る。十人で充分試合になるし、八人でも出来るルールがある。これはそんな、五対五の男達による熱き戦いのお話。を見たければご帰宅願いたい。そんな期待なら、損となるだけだから。
「あがれあがれー!」
グラウンドでは、砂を蹴る音に混じってそんな、人を噴気させようとする声が響く、それに合わせるように視線の先の集団は一気に方向を変えて速度を上げる。色違いの縦縞ユニフォームより、大分熱を帯びていそうな、むき出しの足をつい見てしまう。個々の速度によって違う動きを見せていて、中々飽きない光景なのだ。あ、あの9番力ぬいてる。
そんな場にあって混じらず存在を強調している、モノクロの五角形が表面に敷き詰められた球体は、さっきから誰かさんの足の動きに合わせて地面を転がり続けている。大きな跳躍、まあシュートってやつは今気配を殺している最中だ。
「暑い暑い」
そう言って思わず顔を上げ、眩しさにやっぱり下を向いてしまう。太陽光線が目に痛いとある週末の昼、大学のグラウンドでサッカーの試合が行われている。どうやら大学内カップの決勝戦らしい(ちなみに教育学部生中心のチーム対医学系学生が中心のチーム)。けれど人数を見た限り、正確にはサッカーではなくてフットサルというのか。4V4にゴールキーパーがついたバージョン。4V4の説明は、こした先生辺りに聞けばわかるよ。
「ミツル好きだったんだけどな……加納に持ってかれたよな」
感慨にふけたところで、またグラウンドの方へ視線を戻す。いるいる、見慣れた顔がちらほらと。
試合をよく見るため、または応援をするためか、ギャラリーのほとんどはグラウンド内と外を区切るネットの周囲、若草色の芝生上に集まっている。公のイベントでは無いとはいえ人数はなかなかのもので、特に黄色い(主にキャピキャピした女子の……って言えば通じるかな)喚声なんか耳に痛いくらいだ。
そんな人々とは離れて、僕は木陰に腰掛け薄めの文庫本を開いている。今九つの話の四つ目だけどうーん、外国の純文学ってこんな感じなのか? 勿論試合も時々見る事にしている。
何故わざわざ離れた所にいるか。熱中症対策というのと、もうひとつ大事な要因、知り合いと顔を合わせたくないのだ。
対戦を行うチームの一方は、何を隠そう同学科の人中心のチーム。今参加している人達だって、先輩も入れれば皆同じ学科。約一名、ゴールキーパーを除けば。そして学科の人達の「お、応援してくれてありがとう!」みたいな顔をされる事の回避もあるが(そういう意外なところあるじゃん、なポジションは僕に非ず)、最も避けているのはその学科とはまるで関係無い、このチームやサッカーとも本来関係無いはずのキーパーの方だ。
お、などと言っている間に医学系チームの一人がゴールへと蹴り込んだ。しかし、ビシッ! と音が立ちキーパーが片手でボールを掴んでいた。得点とはならなかったようだ。
「良い立ち位置だ」
ゴールネットの前で丸太のような腕を組んで直立している姿は正に守護神。そんな言葉を使わなければ、顔だけで避けられるおっかないおっちゃんとも言える。しかしユニフォームは似合ってないな。
僕が避けている相手はそう、海栗頭巨木こと判花手な訳で。
彼の、なんとも億劫そうな表情を見ていると、三日前のバイト先での会話を思い出してしまう。
『サッカーの助っ人を頼まれたんだが』
『だから?』
『ある男が強くオレを推薦したそうだ』
『それで?』
『オレのポジションはサードなんだが』
『つまり?』
『……別に』
それだけ聞いて、猫背気味に帰って行った。パウワウワウーがどこか寂しく響いた気がした。
彼が言い淀んだ内容は分かる。「何でお前がサッカー部でもないオレを紹介したんだ」だろう。そんなの確証が無くて聞けなかったんだろう。僕が「証拠はどこにあるんだい?」ってとぼければ、彼に対処は出来ないだろうから。あ、ちなみに僕が彼の情報を与えたのは間違いないですよ。
だって同学科の彼らも困っていたのは確かな事。まあ学科の友人との交流は適度には続けておきたいし、ちょうどケガをして出れなくなったのがキーパーで、壁にふさわしい人材が僕の近くにいたのだから。
判花手がサッカーをするという構図も、教育系の空気に彼がどこまで溶け込めるかも、前から薄々興味があった。
ほら、人助けと自己助けを兼ねているのです。一挙両得。一巨両得、とも言える。
どうやらカップのルール上も別に違反では無いらしかった。無事に彼がネット近くで仁王立ちしているのだし。あっちもどうやら助っ人を頼んでいたようだ。しかも年下に。
ちょうど視線は医学チームのその人物に向いていた。よく動くものは自然と目で折ってしまうのだ。
顔付きと体付きから中学生くらいに見える子だ。癖毛なのか跳ねた髪が体に合わせて落ち着きなく動いている。健康そうに焼けた肌には大粒の汗が大量に浮かんでいる。10番のユニフォームは確かエースナンバー、まだ小さいのにえらいえらい。
とは言ってみたものの。
「カバー入って!」
などと良く知れた仲間にするような行動から分かるように、そんな訳無い。
あっちの巨木が見た目に反して若いのとは似ていて逆の理由だろう。顔に似合わず年をくっている。正式な年齢は知る由が無い。まあ流石に745才とかは世界が違ってしまうけど。元ネタはスレイヤーズかレイアースかはど忘れ。
見ていて、実質一番動いている。これはこの試合、あの子と花手の出方で決まりそうだ。そうです。無責任です。
しかし、楽しそうに試合を行うな。息切れしそうな勢いで走り回っているのに苦しさとは無縁の笑みを浮かべ、味方にまで軽い、けれど気分を緩和させるだろう声かけは欠かさない。いや、そんなのは大抵無意識でやってるんだろうけど。
それは楽しさを見いだせなければスポーツなんてやる意味はないだろうけどね。ボールで遊ぶなら猫やアシカと大差ない。アシカはヘディングのみだし猫はハンド確定だしね。
とか言ってる間に、今医学チームがボールを放った。しかしキーパーの真正面でなんなく掴まれてしまった。
「……そんなこんなもありまして」
気付けば終了五分前。中略の理由は、サリンジャーさんのみぞ知る。残すはテディという短編だけになってしまった。
ここまでの途中経過、2対1、教育チームのリードだ。
やはり最初の一点こそキーパーが不慣れでルールすら把握していない状態ではあったが、試合が進みに連れ慣れてきたのかミスはせず、どのボールも防いでいた。持ち前であろう彼の運動神経と体格の事もあるし、あの威圧的な風貌と雰囲気は充分プレッシャーを与えて、的確なシュートとはいかないようだ。唐突な助っ人にしてはよう働いているようで感心感心。
そのためか、もう医学チームはシュート数自体が減っている。まともに相手陣地に攻め込んでいるのはもう、あの童顔の彼だけに見えた。
「たっくんだけに頼んな! そこマーク甘い!」
マネジさんが言うにはそんな感じ。たっくん……じゃあ名前はタクミかな? 出典はゴーゴゴー。数字変換はご自由に。
どうやら医学チーム、守備に弱点が目立つようで、教育チームの攻め手は、隙を見ていつの間にか2点を奪っていた。絶好調の用だね。そして、制限時間少ないと、やはり士気は下がるもののようで、医学チームに激しい動きはもう、たっくん以外見られない。
このうだるような暑さの中よくやる。こっちは指と指の間に浮かぶ汗に気分を害されていると言うのに。文庫もべろべろになるし。試合追いながらだと進みも悪いし。
見たとしても、ムードがまるで勝者のそれと敗者のそれに別れてしまっている。応援側も本格ではなく大衆的な気分で見ただけだろうから、それに難なく同調してしまっているし。
結果は、見えたな。サッカーに無知な僕でも分かるくらい。
スポーツはルールに縛られる。
団体競技はチームに足を取られる。
キーパーだけでは得点がとれないように、攻め手が一人でいても賄い切れないのだ。
花手は思っていたより真剣で、特にそれ以上でもそれ以下でもない様子。ふーん、こんなところか。
読んでいたところに紐を挟み右手に持ったまま、僕は「帰るか」と立ち上がる。
視線を上げて、あ、と思った。持っていた文庫本が滑り落ちる。すぐに目を逸らした、自分で首を持っていきそうになる程高速で。
さっきまで花手や学科の友人ばかり気にしていたから気付かなかった。それとも目には入っていたけど今ようやく思い出したのか。出来るだけ顔を向けないように注意して、もう一度首を重く動かす。
女子大生と思われる人が、芝生の上に立っていた。背までの黒髪が目につき、続いて細身な体と気温に反して肌の露出が少なめな服装を遠くから確認する。
そこには知り合いがいたのです、いやこれでは互いの仲良さが数値として高い位置にあるようだな。訂正、もし僕という残滓が彼女の頭内に介入しているなら、僕らは互いに知り合っていることになる。可能性は彼女によってのみ表示可能。
前にバイト先に来た事がある人だ。確か、変な人という印象が残っている。眠気、参考書の重さ、去り際の会釈まで記憶している辺り、よほど強かったらしい。至って普通そうな人なのに。
それで何故だろう、自分の足はまだ森林浴でも続けたいのか動こうとしない。なんとなく気になってそのまま彼女の動きを眺めてしまう。
じっとグラウンドの方を呼吸もせずに見ている、かと思えば、息を飲むように驚愕を顔に張り付け、また次の瞬間にはほっとしたのか胸に手を当て溜息をついている。すぐにまた、試合へと視線を動かす。何かを口にしようとして、それでも踏みとどまる。落ち着く事無く変化に富んでいるようだけども、一連の動作にはいつも不安そうな感情が附属している。
どうやら医学チームの応援のようだ(前来た時も医学書買っていたし、学部の知り合いでも居るのだろうか)、応援の声をかける事は無いが、チームの動向に合わせて忙しなく視線と体を動かしている。
というよりさっきからある人物の行動とシンクロして表情を変えている。
更に言えば、医学チームで大きな動きを見せる人物は、ただ一人。
敗色一色の中で唯一、別の空気を出そうとする男が。
「……ん」
と、そこで、その彼、たっくんが、教育チームが持っていたボールを若干強引に、奪い取った。
運悪く、教育チームの攻めは医学チームのゴール側に集中していた。つまり、
「走れぇっ!」
そう、格好のチャンスだった。
反射的に向いたグラウンドでは言われた通り、けれど言われるより踏み出しは早く、たっくんが駆けだしていた。
そこで一気に、芝生の上から歓声が沸く、離れているこっちの両耳にもがぃぃんと響くくらいに、それでも彼の耳にはどうやら届いていないようで、一直線に動いていた。
初速が速かった事、元々の能力とスタミナか、ここにきて見せる爆発的な力に、誰も彼の横にもつけず、前にも回りこめなかった。味方すら投げだす、いや言い方を変えて、彼に任せる程に。
けれど最後に待ちうける物に変わりない。
二人は、この試合において、互いのチームの色に混じらなかった二人だ。
ゴールネットと巨木に近付いていく。
彼の足が、次第に速度を落としていく。
その時だった。
僕は、たっくんの本名を知る事になる。
「――――!」
声が響いた。相手は返事をしない。
変わりに彼は右足を振る。
空に舞うボール。
綺麗にえがく、放物線。
変わりに彼は右足を振る。
空に舞うボール。
綺麗にえがく、放物線。
「……何企んでやがった?」
「べっつにー。勝負は勝つか負けるかだし」
「互いの了解あってだろ、オレに利益がないこの試合、オレは勝負だなんてとらえていない」
「言っていいの」
「お前にはな」
「そうだね」
少なくともタカって人には聞かせちゃいけません、つもりが無くても踏みにじられる想いはあるだろう。
とはいえ試合は、3対2で、向こうの逆転勝ち。だってキーパー2点目決められてから残り時間やる気ゼロだったし。残り一点は最初力をにうていたあの9番に取られてしまったくらいだし。
「で、何をやってるんだ」
「サッカー観戦」
「遠くから御苦労なこった。だが現在を聞いてもいいか」
「えぇ、そうだね」
自己嫌悪、以外の何物でもない。立つこともできず、地面にへたりこみ両目を押さえる僕を判花手はどんな目で見ている事か。
あえて耳を押さえつけないのは、やってもしょうがない程、耳の中でリフレインしている。
彼女が呼んだ、たっくんの本名。
ネットを揺らした5角形。
驚いたように彼はある1点に視線を移し、これでもかという程に満面の笑みをブイサインと共に向けた。
彼女もそれに……この先は見ていない。見てはいけないところだろうし、限界だった。
「いっそ毒でも盛って欲しいよ」
「テトロドトキシンを持ってくるか? 運が良ければ神経麻痺ですむぞ」
まさかの回答だが今は無視させてもらう。
無条件でも、好意を述べられる人がいる。
ああいう人がたまにいるんだ。手放しで本能みたいに、誰か他人を心配できる人種が。そんな人は本当に困る。目に毒だ。まいってしまう。
彼女と同じ空間にいて、ハラハラしながらその成り行きを心配して、そんな動向を気にして見てしまう。次第に気分が同調するような感覚を覚え、注目していた相手の満足そうな様子にこちらも気分が高揚してしまう。そうする事で僕は自分が善人であるかのような錯覚を覚える。実際は違うから。
「おい、けつの下」
分かってる、そう言わずに僕はその場から立ちあがる。咄嗟に何も考えが出ず脱力したため、文庫本の上にのっかかってしまった。
思い出す、同じように本を踏みつぶした人物、その時の行動も。
鼻先で思い出す、目を覚ますような刺激臭。
耳が巻き戻す、あの日の非情に満ちた悲鳴。
爽快で無かったと同時に、後悔も無かった。
見えている結果に関わらず、平気で人に手を下した。
その時は、それが最良だと思った。その行動に関する感想を考える機会も訪れない。
それはこういう時、ああいう相手に触れて初めて僕は、自分が狡猾である事を認識する。
心が大分えぐられる、それを報いと受け取るしかない。全て、自分発信でしかないのだけれど。
「……何してんだろう、ほんと」
「悪気があるなら、さっさとどけばいいだろうが」
……それもそうだ。嫌なら関わる事は無いのだ。
「そういえば、彼らと打ち上げとかは」
「乗り気じゃない」
「自分で言う事なのかな」
そういえば彼女もタカくん達とともにさっき去って行った。よかった。それが一番いい事だろう。出来れば会いたくない。次会った時、自分のそういう小狡さを見せたくないから。そんなものとは別の世界にいてよ、頼むから。
「そういえば途中どっかに目映してたが、知り合いでも」
あと、彼女を避けようとした理由があるなら。
「いいや、だって僕は名前さえ知らないから」
例えば、ただ彼女は、昔の彼女に似ていたとかいう理由があるなら。
「いや流石に」それは無理があるだろうな。
「べっつにー。勝負は勝つか負けるかだし」
「互いの了解あってだろ、オレに利益がないこの試合、オレは勝負だなんてとらえていない」
「言っていいの」
「お前にはな」
「そうだね」
少なくともタカって人には聞かせちゃいけません、つもりが無くても踏みにじられる想いはあるだろう。
とはいえ試合は、3対2で、向こうの逆転勝ち。だってキーパー2点目決められてから残り時間やる気ゼロだったし。残り一点は最初力をにうていたあの9番に取られてしまったくらいだし。
「で、何をやってるんだ」
「サッカー観戦」
「遠くから御苦労なこった。だが現在を聞いてもいいか」
「えぇ、そうだね」
自己嫌悪、以外の何物でもない。立つこともできず、地面にへたりこみ両目を押さえる僕を判花手はどんな目で見ている事か。
あえて耳を押さえつけないのは、やってもしょうがない程、耳の中でリフレインしている。
彼女が呼んだ、たっくんの本名。
ネットを揺らした5角形。
驚いたように彼はある1点に視線を移し、これでもかという程に満面の笑みをブイサインと共に向けた。
彼女もそれに……この先は見ていない。見てはいけないところだろうし、限界だった。
「いっそ毒でも盛って欲しいよ」
「テトロドトキシンを持ってくるか? 運が良ければ神経麻痺ですむぞ」
まさかの回答だが今は無視させてもらう。
無条件でも、好意を述べられる人がいる。
ああいう人がたまにいるんだ。手放しで本能みたいに、誰か他人を心配できる人種が。そんな人は本当に困る。目に毒だ。まいってしまう。
彼女と同じ空間にいて、ハラハラしながらその成り行きを心配して、そんな動向を気にして見てしまう。次第に気分が同調するような感覚を覚え、注目していた相手の満足そうな様子にこちらも気分が高揚してしまう。そうする事で僕は自分が善人であるかのような錯覚を覚える。実際は違うから。
「おい、けつの下」
分かってる、そう言わずに僕はその場から立ちあがる。咄嗟に何も考えが出ず脱力したため、文庫本の上にのっかかってしまった。
思い出す、同じように本を踏みつぶした人物、その時の行動も。
鼻先で思い出す、目を覚ますような刺激臭。
耳が巻き戻す、あの日の非情に満ちた悲鳴。
爽快で無かったと同時に、後悔も無かった。
見えている結果に関わらず、平気で人に手を下した。
その時は、それが最良だと思った。その行動に関する感想を考える機会も訪れない。
それはこういう時、ああいう相手に触れて初めて僕は、自分が狡猾である事を認識する。
心が大分えぐられる、それを報いと受け取るしかない。全て、自分発信でしかないのだけれど。
「……何してんだろう、ほんと」
「悪気があるなら、さっさとどけばいいだろうが」
……それもそうだ。嫌なら関わる事は無いのだ。
「そういえば、彼らと打ち上げとかは」
「乗り気じゃない」
「自分で言う事なのかな」
そういえば彼女もタカくん達とともにさっき去って行った。よかった。それが一番いい事だろう。出来れば会いたくない。次会った時、自分のそういう小狡さを見せたくないから。そんなものとは別の世界にいてよ、頼むから。
「そういえば途中どっかに目映してたが、知り合いでも」
あと、彼女を避けようとした理由があるなら。
「いいや、だって僕は名前さえ知らないから」
例えば、ただ彼女は、昔の彼女に似ていたとかいう理由があるなら。
「いや流石に」それは無理があるだろうな。
- あとがき
サッカーの知識はマラドーナ伝説の五人抜きメンバーで止まっているので大分荒いです。あしからず。
試しに今度サッカー作品からルールを覚えてみようかと。やはり最近のものがいいな……イナイレかぁ……。
試しに今度サッカー作品からルールを覚えてみようかと。やはり最近のものがいいな……イナイレかぁ……。