僕の大学生活が始まる前日の話をしようか。
「そう言われても断るってのに」
「はぁ」
「聞いてる?」
「えっ?」
「えっ?」
ああ、またやってしまったようだ。いや、何もしていない。考えもなく、思いもせず、話もろくすっぽ聞かずに棒立ちしていただけだ。
圧巻な風景というのは未だ感じた事は無いのだけれど、ここにあるものをもっと違った形にすればそれは可能になるかもしれない。そんな可能性を信じる前に僕は恩田陸の新作を脇に置かなくてはならない。表紙絵が少し派手な気がしたので裏返したいところだが、それが失礼くらい分かっているよ。真昼に月を出すような不相応な真似はしないよ。
「人もいないし暇だねぇ」
「は?」
「無事でよかったねぇ」
「いちいち語尾を伸ばさない」
姉さんのチョップを脳天にくらい「いてっ」反射的に反応してしまった。それほど強くはないのに。慣れているはずなのに。それでも恩田と荻原をごったにせずに済んだ。僕も赤モヒカンだとしたらもっと違った結果を生み出していたかも。
「痛いよ、梨理子姉さん」
「話を聞いていないあんたが悪い」
頭を押さえたいとも思ったがそんな事は仕事の内容に含まれてはいないので整理を続ける。ただの平積み作業だけど。
現在の僕は就学している訳でも就職している訳でもない。しかしここで都合の良い精神論が働き僕を十代を意味する英単語を逆さに読んだ状態から脱却してくれる。そもそも自分で言わなければいいからあの言葉は楽だ。
今の状態は、ただ本に囲まれているの一言、花屋の花を本に変えたように。天井にまで吸い付いたようにひっつく自慢の本棚、今にも落ちそうでそれでいて落ちないような本の詰め方をマスターした時は少し鼻を伸ばしてしまった。見渡す限りの背表紙は何時間見ていても飽きないだろう、コレ実は結構本当。
「まあ、暇って言えば暇以外無いわよね、身内二人って」
「穴場的空間だから」
口やら手やらを狭い空間内の僅かな人類が動かしている。それを監視する本達の本性とは宇宙に存在するありとあらゆる証明式を詰め込んだ知識の集合体……とか得意でも無いのにSF設定を考えてどうするんだろう。このまま考えてもどうせ唾液をすする多量の本群にシャクシャクされる未来しか思いつかないし。第一、そんな暇が無い生活がもう始まるのだから。
明日は入学式、そう、こんな僕でももうすぐ、大学生になるのだから。
「そんな大事な頭になんてことを」
「そうねもっと前なら良かったかも。受験も終わって何を寝ぼけ」
パウワウワウー、と鳴ったのは自動ドアが開いたため。僕も姉さんも出ていく気は無い。三時間ぶりのお客さんだ。レジへと移動しよう。
「いらっしゃいませー。………………………………………………いらっしゃいませ。裏見せて下さい。ええと、こちら三冊で合計千と六十円です。カバーはどうしますか? こちらなのですが、いえ一種類しかないのですよ。そう言われましても。申し訳ございません。それでは千六十円……あ、袋はいいんですか? これは失礼しました。ではどうぞ。ありがとうございましたー」
パウワウワウー、自動ドアの快音もとい開音。僕らはどこにも開いていないのに。
「ふぅ」
「疲れる仕事?」
「えっ?」
「えっ?」
ああ、そうかバイトか。
特に特別でも無いので描写とかも思い浮かばず進めていったようだけど、三冊は重いんじゃないかなと今になって考えてしまう。更にもういくつかも。
「黙ってくれているとは思わなかったよ、いつも突っ掛かるし」
「いやぁここのところに埃が塗れてそれがまた鼻炎にかかる原い」
「ああ、犬だめだっけ」
「何で知ってて入れるのよ!」
そりゃあ割と頻度の高い利用者だからだよ。買うのは珍しいけど足をちょいちょい寄せてくれる人だし。それに一人と一匹の間にどういった種類の関係があるかは分からないけど、片方を断る理由もないから、普段から哺乳類を相手にしているんだし大差はないよ。
持論だけど犬は目がいいと思っている、あの犬さんは僕が触れようとする度、尾を機敏に振ってその後睨みつける。まるで女性に生理的嫌悪感をむき出しにされたような感覚を覚える。けれど犬さんの判断に間違いはないし、その通りしか言えないだろうから僕は何も言わない。
とまあそんな事は伝えないで、そのため伝わらなくて、平積みにした本が振動に巻き込まれない程度に離れて理不尽な暴力という実は正当な八つ当たりをポカスカと受ける。濁点も殺しも半ならまだ安心って事。そうそうこの高圧そうな黒髪女性、僕より先に生まれているけど実姉ではない。兄とか言ったら全となって色々と舞降りてくるだろう。
僕の母親の弟の娘の次に生まれた娘だ。
大沢梨理子(おおさわ りりこ)。二十三歳。職業現在無職。所在は近辺の値段控え目のアパート。僕が通う(予定)の大学のOG。性格は――
「っと。そうそう忘れてた」
気付くと背中に受けながらいつもと同じ、カウンター下にあるまだ店舗に置く前の商品の同じページに栞を挟む作業を行っていた。背中に拳を受け続けてもへこまない自信があったのだろうか。しかし言葉とともに背中が余韻の熱だけとなったため、やっと真正面から向き合う事が出来た。姉さんは僕をみていないようだけど。
「まあいいタイミングよね、いくらでも理由がつくんだもの、本当はその日ちょうどが一番なんだけどね当然」
梨理子姉さんはおもむろに置いてあったセカンドバッグの中を自分で掻き回す。ぽいぽいと埃の保障の出来ない床には、消耗品の化粧道具。年季の入った携帯、ウォークマンとカセットテープなどと実に姉さんらしい品物が重なり山を作る。見失ってもいないのに少し楽になった気分だ。ウォークマンの方はまだ活動しているのかなと要らぬ心配をしたのは、時間つぶしのためだ。栞統一も時間のかかる作業でないし。
「あったあった」
無数の屍を乗り越えてリリコは目的の物を手に入れた。BGMはなんでかどっきりどっきりどんどん、っておじゃまなものを思い浮かべてしまった。
しかし目的の物は何故か僕の眼前へと添えられた。っと、なんだ、良く見ればこれか。
「要望通りのものよ、でも本当にそれでいいの?」
「本当に欲しい物は人からもらえないものだから」
少し不服な表情をされてしまった。これだからこの子は、と黒針に包まれたような心の声も想像できる。でも本当に、自分がこれといって欲しい物はない。
僕はほんの少し顔を上げる。そこには本を背景に肩をすくめ、
「シノブ、誕生日と大学入学おめでとう」
見ているこちらが情けなく思えてくる、だらしない弟を思い遣る姉のような目線を送る頬の緩んだ従姉妹がいた。
申し訳なさにそそくさとそれを僕はひったくった、誤記ではない。右手に掴みポケットにでも入れようとして、ここは後回しにしておく。
「じゃあこれで」
「帰るの?」
「帰らないの?」
「それは僕しかいないのだし」
店長さんともう一人は今日はもうしばらく来られない。そんなに難しい仕事が無い時くらいは僕も留守番を任されるようになった。僕のことを認めてくれたとも言えるし、いい労働人形を見つけたとも受け止められる。しかし労働により疲労という違和感を覚えた後仲間と反逆ののろしを上げ……
「何してるのよ、これ、早く会計」
……また打ち切られた、まあ今回のオチも労働人形は疲労が極限値になるまで死ねなくて永劫の生と理不尽な死に様の苦渋の選択を強いられ次々と狂いのオーバーヒートを起こしていくとかそんな感じになるだろうけど、これジャンル何よ?
姉さんは多分誰しも名前を聞いた事があるマンガを置いて、そうして僕らは先程と同じやりとりを行い、それでも今回はカバーも袋も付けて(何でも取っておく性質)レシートとともに渡す。
「たまには連絡しなさいよ」
電話ボックスで声を変えてもいいなら、などとマンガになぞらえたジョークはしかし飲み込んだ。立ち上がり手などをちょいちょいと振ってみるも、姉さんは急ぎ足でヒールを鳴らして出ていった。
パウワウワウー。開音、そして、閉音ならぬ平穏。
「ふにゃぁ」などと麻酔でもくらったように備え付けの椅子へ腰を深くかけて深く息を吐く。このままでは深く根を張ってしまいそうだ。
それほどあの人との対面は気力を抜かれ、影響を注がれる。無理して合わせなければ追いつけなくなりそうだ。
「さてと」
自動ドアを見ても開閉は無い。それにひとまず渡された物を改めて見分する。
立方体の、温かいシロクマの体毛のような素材の、取り外し可能の蓋が付いた、片手に収まる汚れを知らない白い箱。
姉さんからもらった誕生日プレゼント、箱の中身は見ずとも分かった。
丸時計を見て「おっ」と思う。そろそろ掃除掛けの時間だ。
「そう言われても断るってのに」
「はぁ」
「聞いてる?」
「えっ?」
「えっ?」
ああ、またやってしまったようだ。いや、何もしていない。考えもなく、思いもせず、話もろくすっぽ聞かずに棒立ちしていただけだ。
圧巻な風景というのは未だ感じた事は無いのだけれど、ここにあるものをもっと違った形にすればそれは可能になるかもしれない。そんな可能性を信じる前に僕は恩田陸の新作を脇に置かなくてはならない。表紙絵が少し派手な気がしたので裏返したいところだが、それが失礼くらい分かっているよ。真昼に月を出すような不相応な真似はしないよ。
「人もいないし暇だねぇ」
「は?」
「無事でよかったねぇ」
「いちいち語尾を伸ばさない」
姉さんのチョップを脳天にくらい「いてっ」反射的に反応してしまった。それほど強くはないのに。慣れているはずなのに。それでも恩田と荻原をごったにせずに済んだ。僕も赤モヒカンだとしたらもっと違った結果を生み出していたかも。
「痛いよ、梨理子姉さん」
「話を聞いていないあんたが悪い」
頭を押さえたいとも思ったがそんな事は仕事の内容に含まれてはいないので整理を続ける。ただの平積み作業だけど。
現在の僕は就学している訳でも就職している訳でもない。しかしここで都合の良い精神論が働き僕を十代を意味する英単語を逆さに読んだ状態から脱却してくれる。そもそも自分で言わなければいいからあの言葉は楽だ。
今の状態は、ただ本に囲まれているの一言、花屋の花を本に変えたように。天井にまで吸い付いたようにひっつく自慢の本棚、今にも落ちそうでそれでいて落ちないような本の詰め方をマスターした時は少し鼻を伸ばしてしまった。見渡す限りの背表紙は何時間見ていても飽きないだろう、コレ実は結構本当。
「まあ、暇って言えば暇以外無いわよね、身内二人って」
「穴場的空間だから」
口やら手やらを狭い空間内の僅かな人類が動かしている。それを監視する本達の本性とは宇宙に存在するありとあらゆる証明式を詰め込んだ知識の集合体……とか得意でも無いのにSF設定を考えてどうするんだろう。このまま考えてもどうせ唾液をすする多量の本群にシャクシャクされる未来しか思いつかないし。第一、そんな暇が無い生活がもう始まるのだから。
明日は入学式、そう、こんな僕でももうすぐ、大学生になるのだから。
「そんな大事な頭になんてことを」
「そうねもっと前なら良かったかも。受験も終わって何を寝ぼけ」
パウワウワウー、と鳴ったのは自動ドアが開いたため。僕も姉さんも出ていく気は無い。三時間ぶりのお客さんだ。レジへと移動しよう。
「いらっしゃいませー。………………………………………………いらっしゃいませ。裏見せて下さい。ええと、こちら三冊で合計千と六十円です。カバーはどうしますか? こちらなのですが、いえ一種類しかないのですよ。そう言われましても。申し訳ございません。それでは千六十円……あ、袋はいいんですか? これは失礼しました。ではどうぞ。ありがとうございましたー」
パウワウワウー、自動ドアの快音もとい開音。僕らはどこにも開いていないのに。
「ふぅ」
「疲れる仕事?」
「えっ?」
「えっ?」
ああ、そうかバイトか。
特に特別でも無いので描写とかも思い浮かばず進めていったようだけど、三冊は重いんじゃないかなと今になって考えてしまう。更にもういくつかも。
「黙ってくれているとは思わなかったよ、いつも突っ掛かるし」
「いやぁここのところに埃が塗れてそれがまた鼻炎にかかる原い」
「ああ、犬だめだっけ」
「何で知ってて入れるのよ!」
そりゃあ割と頻度の高い利用者だからだよ。買うのは珍しいけど足をちょいちょい寄せてくれる人だし。それに一人と一匹の間にどういった種類の関係があるかは分からないけど、片方を断る理由もないから、普段から哺乳類を相手にしているんだし大差はないよ。
持論だけど犬は目がいいと思っている、あの犬さんは僕が触れようとする度、尾を機敏に振ってその後睨みつける。まるで女性に生理的嫌悪感をむき出しにされたような感覚を覚える。けれど犬さんの判断に間違いはないし、その通りしか言えないだろうから僕は何も言わない。
とまあそんな事は伝えないで、そのため伝わらなくて、平積みにした本が振動に巻き込まれない程度に離れて理不尽な暴力という実は正当な八つ当たりをポカスカと受ける。濁点も殺しも半ならまだ安心って事。そうそうこの高圧そうな黒髪女性、僕より先に生まれているけど実姉ではない。兄とか言ったら全となって色々と舞降りてくるだろう。
僕の母親の弟の娘の次に生まれた娘だ。
大沢梨理子(おおさわ りりこ)。二十三歳。職業現在無職。所在は近辺の値段控え目のアパート。僕が通う(予定)の大学のOG。性格は――
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「まあいいタイミングよね、いくらでも理由がつくんだもの、本当はその日ちょうどが一番なんだけどね当然」
梨理子姉さんはおもむろに置いてあったセカンドバッグの中を自分で掻き回す。ぽいぽいと埃の保障の出来ない床には、消耗品の化粧道具。年季の入った携帯、ウォークマンとカセットテープなどと実に姉さんらしい品物が重なり山を作る。見失ってもいないのに少し楽になった気分だ。ウォークマンの方はまだ活動しているのかなと要らぬ心配をしたのは、時間つぶしのためだ。栞統一も時間のかかる作業でないし。
「あったあった」
無数の屍を乗り越えてリリコは目的の物を手に入れた。BGMはなんでかどっきりどっきりどんどん、っておじゃまなものを思い浮かべてしまった。
しかし目的の物は何故か僕の眼前へと添えられた。っと、なんだ、良く見ればこれか。
「要望通りのものよ、でも本当にそれでいいの?」
「本当に欲しい物は人からもらえないものだから」
少し不服な表情をされてしまった。これだからこの子は、と黒針に包まれたような心の声も想像できる。でも本当に、自分がこれといって欲しい物はない。
僕はほんの少し顔を上げる。そこには本を背景に肩をすくめ、
「シノブ、誕生日と大学入学おめでとう」
見ているこちらが情けなく思えてくる、だらしない弟を思い遣る姉のような目線を送る頬の緩んだ従姉妹がいた。
申し訳なさにそそくさとそれを僕はひったくった、誤記ではない。右手に掴みポケットにでも入れようとして、ここは後回しにしておく。
「じゃあこれで」
「帰るの?」
「帰らないの?」
「それは僕しかいないのだし」
店長さんともう一人は今日はもうしばらく来られない。そんなに難しい仕事が無い時くらいは僕も留守番を任されるようになった。僕のことを認めてくれたとも言えるし、いい労働人形を見つけたとも受け止められる。しかし労働により疲労という違和感を覚えた後仲間と反逆ののろしを上げ……
「何してるのよ、これ、早く会計」
……また打ち切られた、まあ今回のオチも労働人形は疲労が極限値になるまで死ねなくて永劫の生と理不尽な死に様の苦渋の選択を強いられ次々と狂いのオーバーヒートを起こしていくとかそんな感じになるだろうけど、これジャンル何よ?
姉さんは多分誰しも名前を聞いた事があるマンガを置いて、そうして僕らは先程と同じやりとりを行い、それでも今回はカバーも袋も付けて(何でも取っておく性質)レシートとともに渡す。
「たまには連絡しなさいよ」
電話ボックスで声を変えてもいいなら、などとマンガになぞらえたジョークはしかし飲み込んだ。立ち上がり手などをちょいちょいと振ってみるも、姉さんは急ぎ足でヒールを鳴らして出ていった。
パウワウワウー。開音、そして、閉音ならぬ平穏。
「ふにゃぁ」などと麻酔でもくらったように備え付けの椅子へ腰を深くかけて深く息を吐く。このままでは深く根を張ってしまいそうだ。
それほどあの人との対面は気力を抜かれ、影響を注がれる。無理して合わせなければ追いつけなくなりそうだ。
「さてと」
自動ドアを見ても開閉は無い。それにひとまず渡された物を改めて見分する。
立方体の、温かいシロクマの体毛のような素材の、取り外し可能の蓋が付いた、片手に収まる汚れを知らない白い箱。
姉さんからもらった誕生日プレゼント、箱の中身は見ずとも分かった。
丸時計を見て「おっ」と思う。そろそろ掃除掛けの時間だ。
などと掃除している内に用事を早く終えた店長が帰ってきて、僕も別用があるのであがらせてもらった。暗くなってからの予定ではあったけど、まだ空は海の反射色に染められている。逆だったっけ。
大学南門を通りかけ、やっぱりと思い左に曲がる。右下に見える土汚れとかび色に染まるコンクリートの硬質の無さったらない。
しかし、運がよかったらしい。今のバイトの決まり方は。そろそろ親と離れた財源を持ちたくて折り込みチラシを漁ったあの日の日曜日からもう一年近く経つ。後から聞いた話だと書店員って言うのは大抵経験者優遇らしい。一回の電話で通されたので最近まで意識しなかったけど。
最初は仕事だし慣れないこともそりゃ多かったけど、店長の教え方も上手くて、来てくれた学生さんおやっさんお兄さんお姉さんとの交流もそれなりに楽しめた。受験三日前から当日まではさすがに休んだけど、自主登校の二月中は半分以上をあそこで過ごした。もちろん勉強したのは仕事も終わってあまりお客さんがいない時だ。
小慣れてきたというか板についてきた最近ではそれ以外の活動も不定期に行っている。大した事でも無いけれど。駅前やコンビニやデパートの自由掲示板コーナー、路地裏の誰も通りそうにない代わり誰も咎めそうにない空間、それに大学中ありとあらゆる学部棟その他建造物に宣伝を掲示した位だ。
大学南門を通りかけ、やっぱりと思い左に曲がる。右下に見える土汚れとかび色に染まるコンクリートの硬質の無さったらない。
しかし、運がよかったらしい。今のバイトの決まり方は。そろそろ親と離れた財源を持ちたくて折り込みチラシを漁ったあの日の日曜日からもう一年近く経つ。後から聞いた話だと書店員って言うのは大抵経験者優遇らしい。一回の電話で通されたので最近まで意識しなかったけど。
最初は仕事だし慣れないこともそりゃ多かったけど、店長の教え方も上手くて、来てくれた学生さんおやっさんお兄さんお姉さんとの交流もそれなりに楽しめた。受験三日前から当日まではさすがに休んだけど、自主登校の二月中は半分以上をあそこで過ごした。もちろん勉強したのは仕事も終わってあまりお客さんがいない時だ。
小慣れてきたというか板についてきた最近ではそれ以外の活動も不定期に行っている。大した事でも無いけれど。駅前やコンビニやデパートの自由掲示板コーナー、路地裏の誰も通りそうにない代わり誰も咎めそうにない空間、それに大学中ありとあらゆる学部棟その他建造物に宣伝を掲示した位だ。
① そこいらに張った『今昨明』宣伝の張り紙。
何やらこれでは熱中しているみたいだけどそんな事はない。偶然見ただけで選んだ場所で、本も言うほど読まないし。読書趣味は昔付き合っていた彼女の影響だ。そんなに覚えていない都合の良い穴開きの記憶だけど(埋めてくれるかな、皆)。確か向こうが何か読んでいてそれなあに的なことを聞いて、それで読めばわかると本か金か貸してくれたかもらったかで、それ以来読書体験にハマって……あれ、切なくないのにどうしてだろう。自然と顔を上げたくなる。まんまるい月を見上げたくても、今は真昼過ぎということだ。早い段階だがいいだろう、もうこの辺で。
「……つまんないねぇ、人生ってやつは」
とりあえず呟いてみる。あ、なんか決め台詞になりそう。もっとも僕だったらもう口には出せないけど。
大学正門までそして辿り着き目的の場へと向かうことにする。学食が見えてきて奥華子の曲でも流れていないかななんて誘惑にも打ち勝つ。まず開いているのかも微妙だ。脇道を通り抜けコピー室の裏側へと抜ける。こんなに詳しくなったのはちなみによく散歩コースにしているためだ。恐かったのは最初だけで慣れてしまえばいい散歩コースだ。
そして裏側に回るとおっと、少し違うがここにいたとは。
大学内によく居るよく見る三毛柄の猫だ。普段様々な学部棟を走り回っているが、どうやら一休みのようで横腹を地面につけて「ふにゃあ」などと欠伸をしている。誰に見られた訳でもないのに少し恥ずかしい。でも、ここで会ったが吉日。
猫はいい。犬より持続力はないけど、一回きりの使い勝手の良さったらない。
少しづつ歩み寄りながら用意してきたマタタビを取り出して酔わせる、三毛猫は気持ちよさそうに背を地面に、腹を空にというかこちらに向ける。そのすきに急いで準備をしてしまう。割と細かい作業が重なるが、そういうのは小慣れている。
やがて目を覚ました猫はすぐに体を翻し、こちらに尾を向け走り去って行った。ふらふらとまだ体重バランスが取れていない体で。
「……つまんないねぇ、人生ってやつは」
とりあえず呟いてみる。あ、なんか決め台詞になりそう。もっとも僕だったらもう口には出せないけど。
大学正門までそして辿り着き目的の場へと向かうことにする。学食が見えてきて奥華子の曲でも流れていないかななんて誘惑にも打ち勝つ。まず開いているのかも微妙だ。脇道を通り抜けコピー室の裏側へと抜ける。こんなに詳しくなったのはちなみによく散歩コースにしているためだ。恐かったのは最初だけで慣れてしまえばいい散歩コースだ。
そして裏側に回るとおっと、少し違うがここにいたとは。
大学内によく居るよく見る三毛柄の猫だ。普段様々な学部棟を走り回っているが、どうやら一休みのようで横腹を地面につけて「ふにゃあ」などと欠伸をしている。誰に見られた訳でもないのに少し恥ずかしい。でも、ここで会ったが吉日。
猫はいい。犬より持続力はないけど、一回きりの使い勝手の良さったらない。
少しづつ歩み寄りながら用意してきたマタタビを取り出して酔わせる、三毛猫は気持ちよさそうに背を地面に、腹を空にというかこちらに向ける。そのすきに急いで準備をしてしまう。割と細かい作業が重なるが、そういうのは小慣れている。
やがて目を覚ました猫はすぐに体を翻し、こちらに尾を向け走り去って行った。ふらふらとまだ体重バランスが取れていない体で。
② 猫に渡した小箱、中身は袋に入った白い物。
鈴をつけるように箱をつけた猫をそして見送る。自由に君は走り回ってくれ。
首輪までつけたのはくすぐったいかなとも考えたが、あの猫が持っていることに意味があるのだ。別に誤って落としてしまっても面白そうではあるけどね。ちなみにこのために使ったってことも中身がなんだってことも姉さんは知らない。姉さんは言われた通り、手ごろな大きさの空箱を用意してくれただけなのだから。
面白い、のかな、少なくとも、僕以外は。
「……この程度、ちょうどいいくらいだ」
見限ってしまったのは何時からだろう。何時ではないか、経過で少しずつ、でも十分に重なって出来た。
両親は教師であり教師であった。母親は結婚するに当たって辞めたからだ。生徒や同業者や保護者の信頼も厚くそれに見合ったプライドを持った人達だ。そしてそれを実の子どもに生かさない理由がない。血縁という広い枠をとっているのだから、ある意味自由な教育が施された。妊娠中クラシックを聴かせることから始まって言わされるがままにマナーも勉強もスポーツもやらされてきた気がする。運動会などは見せる頑張り方を指導された、適度に友情を感じさせスポーツ精神を見せる方法。合唱コンクールや修学旅行の時でさえ似たようなことを言われた。素直に聞いていたかといえばそうでもない。適度にそれがやはりずれていたからだ。まるで眼隠しであるいているように、真っ直ぐになんて進む事が出来なかった、両親は重りというより両目にかかる布だったのか。僕に道を見せてくれない、しかし驚くことに、それは意外に慎重策なのだ。波風を起こす事無く、自傷に駆られる事無く、僕の周りは無風地帯のように、これまで問題の無い人生を歩んできた。いや、多分傾聴とはいえ経験だろう。無駄にキャリアはある人達だから学生生活で起こる様々な出来事を見てきたのだ、それを聞いて育ったためどんな事象でも、既視観にとらわれ、それを面白いと感じられない。
自分がしている事もだから小さくとしかとらえられない。
引き合いに出しても元も子もないが、だから物語のような、劇的な出会い、運命の一日、ラスト衝撃の五分間、なんてものを体験してこなかった。
少なくとも僕はそんなもの、全て予想の範囲内であったから。枠組みにとらえられ慣れている、とでもいうべきか。
そんなわけで呟くほど思ってしまう、ああなんてつまらない人生なんだろう、なんて。
「……だから期待が高まる、っと」
さて、そしてもう一つの目的がこの先にある。一番分かりにくい、だから一番気になってしまうもの。
首輪までつけたのはくすぐったいかなとも考えたが、あの猫が持っていることに意味があるのだ。別に誤って落としてしまっても面白そうではあるけどね。ちなみにこのために使ったってことも中身がなんだってことも姉さんは知らない。姉さんは言われた通り、手ごろな大きさの空箱を用意してくれただけなのだから。
面白い、のかな、少なくとも、僕以外は。
「……この程度、ちょうどいいくらいだ」
見限ってしまったのは何時からだろう。何時ではないか、経過で少しずつ、でも十分に重なって出来た。
両親は教師であり教師であった。母親は結婚するに当たって辞めたからだ。生徒や同業者や保護者の信頼も厚くそれに見合ったプライドを持った人達だ。そしてそれを実の子どもに生かさない理由がない。血縁という広い枠をとっているのだから、ある意味自由な教育が施された。妊娠中クラシックを聴かせることから始まって言わされるがままにマナーも勉強もスポーツもやらされてきた気がする。運動会などは見せる頑張り方を指導された、適度に友情を感じさせスポーツ精神を見せる方法。合唱コンクールや修学旅行の時でさえ似たようなことを言われた。素直に聞いていたかといえばそうでもない。適度にそれがやはりずれていたからだ。まるで眼隠しであるいているように、真っ直ぐになんて進む事が出来なかった、両親は重りというより両目にかかる布だったのか。僕に道を見せてくれない、しかし驚くことに、それは意外に慎重策なのだ。波風を起こす事無く、自傷に駆られる事無く、僕の周りは無風地帯のように、これまで問題の無い人生を歩んできた。いや、多分傾聴とはいえ経験だろう。無駄にキャリアはある人達だから学生生活で起こる様々な出来事を見てきたのだ、それを聞いて育ったためどんな事象でも、既視観にとらわれ、それを面白いと感じられない。
自分がしている事もだから小さくとしかとらえられない。
引き合いに出しても元も子もないが、だから物語のような、劇的な出会い、運命の一日、ラスト衝撃の五分間、なんてものを体験してこなかった。
少なくとも僕はそんなもの、全て予想の範囲内であったから。枠組みにとらえられ慣れている、とでもいうべきか。
そんなわけで呟くほど思ってしまう、ああなんてつまらない人生なんだろう、なんて。
「……だから期待が高まる、っと」
さて、そしてもう一つの目的がこの先にある。一番分かりにくい、だから一番気になってしまうもの。
③ 文化系サークル会館脇水道近くの壁に描いた落書き、『334』
例えばこんな例をあげてみる。
男の子がいる。無口で友人がいないため同級生にいじめられている。いつも助けてくれる女の子がいる。その子に話しかけたくてもでも、話題がない、上手い言葉がない。そんな時帰り道で謎の数字を目撃する。気になって夜も眠れないほど悩む。そうして、気になって気になってしょうがなくなって男の子は「こんな話があるんだけど」とその子に話しかけるのだ。「それ、私も知っている!」女の子は笑ってくれるのだ。
ここまで上手くいかなくてもいい、不器用な少年に少しの変化が起こっただけでもこの例は成功例だ。
とても些細なことだろう、それでも、僕が勝手に見定めてしまっているだけかもしれない。
さあ、これはヒントだ。
個々に繋がりは無い、それを考えるのは伝わったやつらだけだ、どこかの誰かに届くかもしれない、届いていても拾わないかもしれない、引き金になるか穴になるか、僕が出来るのは用意する程度だ。
僕の人生なんて予定調和に過ぎる、けれど誰もが同等なんてだから思いたくは無い。
ここからの人生はまだ決まっていない。歩み始めた人も、曲がり角に立った人も、疲れきってゴールが見えてきた人もいるだろう。ただ、誰かが気付いてくれたらいい、僕の用意した微小な事象が誰かの行く末を変えた事を想像してみる。その程度だ、この程度なら僕でも出来る。
どこか分かれた世界の中で、僕の刻んだ些細な過程、誰かの『次』に関わってほしい、例えそれを知る事はなくても、想像するだけでも僕は満足だ。
「……これではまるで……いや、なんでもない」
そして散歩再開だ。向かうは落書きを書いた水道。消えてしまってないか確認、いやそれはそれで誰かが辿り着いた結果が示されているから万々歳か。ひょっとしたら蜜が薄くとはいえカブトムシの群がりほどは無くてもトイレの書き込みぐらいの感じで返答があるかもしれない。それだったら返答を更にしようと思うぐらいは良識だろう。
そして今、サークル会館脇、蛇口の有無により限られる水道の内、ここが③を行った場所であるが。おおっと、まぁこれはこれで……いや予想は出来ないどころかまずしない。
……ええ。あ、これは嘆息プラス困惑ね。
先客がいた。
野菜をせっせと洗っている。
牛蒡だ。六本。おしいっ。
その体に隠れてしまって落書きの行方が見えない……でなくて。ええと、これは。じゃぶじゃぶとじゅきじゅきと混じった音が伝わる。牛蒡ってスリムになれるんだぁ……いやいや……ここはあれだ、考えよう。そうだ、あれはきっと牛蒡じゃない……違う、牛蒡の方が牛蒡で、洗っている方が実は筋組織に電極を仕込ませた、あ。
思索にふけっている内に、振り向かれていた、そして立ちあがっていた、火花を起こすのには十分なくらい、僕と相手の視線はかち合っている。
片手には牛蒡を四本、もう片方には二本とスポンジを持ってこちらを睨みつけている。
ガタイのいい男のようだった。こちらが年上であるにも関わらずかなりの身長差があるらしく、向うは綺麗に直立しているから顔を見ようとすると首が軋みを上げる。顎のラインが控え目に鋭利で、ワックスでもつけているのか微風が吹いているのに明るい茶髪は微動にもせず斜め四十五度の尖りをいくつも生み出している。ツンツン張りという髪型かもしれない。見下ろすというべきか見下すと言うべきか、こちらに向かう両目がえらいおっかない。眉間に皺と影を生んで場数踏んでんだよとでも言いたげな、赫い過去の栄光を感じられそうな攻撃的で高圧的な吊り目だ。
何故年下の男の子かって、そんなの今彼が来ている学ランに聞いてくれ。似合わないとか言えたら言ってくれ。
さっきの話のオチ、今度も至極簡単だ。それに分かったよ。
これは、やばいタイプの人だ。と――
相手が動いた。姿がぶれてまともに映らない。
牛蒡が来ると思った、片手に持った四棒が。
しかし来たのは「んぶっ」五棒……ではない。
太い左腕、関節を曲げて傾かせる。固い固い肘、鉄のように。ここまで来て逃れようも肘鉄を顔面にくらい勢いに押され倒される。
ああ……やっぱり、人間側が倒される、になるのね。今顔ついているのかなこれ。
「う」
うおわっ、と慌てたのはなぜか見えない所だった。
「なんだよ」
声が濁点だらけかと思ったらそうでもない、大分ガラガラだがなんだ、酒焼けか? じゃあやっぱり年齢詐称?
「襲われるかと思っちまったじゃん。オレ、うわ鼻!」
彼は肘鉄を引き、倒れた僕の横に膝を寄せてきた。当たった感触がやはり金属じみている。覗き込んでくる両目が細くなって、眼光を鋭くさせている。おっかなさは増したけど、ゆすらないだけマシか。この形だとしかし、僕を心配して狼狽してくれているみたいだな。自分から突っ込んでおいて。
「そのなんだ、鼻がなくてもさ、辛いもんに変わりねぇから、刺激は感じるって」
と。まるで僕のように、しかし鼻ではなく口が呼吸困難のように、切れ切れの吐息が随分多いが、そこだけは両耳もキャッチしていたようだ。
でも、なんてことを幾らでも垂れる気があるのならそうだな、流血を止めるためもう一本、マタタビサイズの棒でも欲しいな。血液と一緒にこのままでは色々と飛んでいってしまうだろうから。
しかしどうだろう……いや、僕が関わっていることだしそうだな……確認がてら……カウント、しようか。
男の子がいる。無口で友人がいないため同級生にいじめられている。いつも助けてくれる女の子がいる。その子に話しかけたくてもでも、話題がない、上手い言葉がない。そんな時帰り道で謎の数字を目撃する。気になって夜も眠れないほど悩む。そうして、気になって気になってしょうがなくなって男の子は「こんな話があるんだけど」とその子に話しかけるのだ。「それ、私も知っている!」女の子は笑ってくれるのだ。
ここまで上手くいかなくてもいい、不器用な少年に少しの変化が起こっただけでもこの例は成功例だ。
とても些細なことだろう、それでも、僕が勝手に見定めてしまっているだけかもしれない。
さあ、これはヒントだ。
個々に繋がりは無い、それを考えるのは伝わったやつらだけだ、どこかの誰かに届くかもしれない、届いていても拾わないかもしれない、引き金になるか穴になるか、僕が出来るのは用意する程度だ。
僕の人生なんて予定調和に過ぎる、けれど誰もが同等なんてだから思いたくは無い。
ここからの人生はまだ決まっていない。歩み始めた人も、曲がり角に立った人も、疲れきってゴールが見えてきた人もいるだろう。ただ、誰かが気付いてくれたらいい、僕の用意した微小な事象が誰かの行く末を変えた事を想像してみる。その程度だ、この程度なら僕でも出来る。
どこか分かれた世界の中で、僕の刻んだ些細な過程、誰かの『次』に関わってほしい、例えそれを知る事はなくても、想像するだけでも僕は満足だ。
「……これではまるで……いや、なんでもない」
そして散歩再開だ。向かうは落書きを書いた水道。消えてしまってないか確認、いやそれはそれで誰かが辿り着いた結果が示されているから万々歳か。ひょっとしたら蜜が薄くとはいえカブトムシの群がりほどは無くてもトイレの書き込みぐらいの感じで返答があるかもしれない。それだったら返答を更にしようと思うぐらいは良識だろう。
そして今、サークル会館脇、蛇口の有無により限られる水道の内、ここが③を行った場所であるが。おおっと、まぁこれはこれで……いや予想は出来ないどころかまずしない。
……ええ。あ、これは嘆息プラス困惑ね。
先客がいた。
野菜をせっせと洗っている。
牛蒡だ。六本。おしいっ。
その体に隠れてしまって落書きの行方が見えない……でなくて。ええと、これは。じゃぶじゃぶとじゅきじゅきと混じった音が伝わる。牛蒡ってスリムになれるんだぁ……いやいや……ここはあれだ、考えよう。そうだ、あれはきっと牛蒡じゃない……違う、牛蒡の方が牛蒡で、洗っている方が実は筋組織に電極を仕込ませた、あ。
思索にふけっている内に、振り向かれていた、そして立ちあがっていた、火花を起こすのには十分なくらい、僕と相手の視線はかち合っている。
片手には牛蒡を四本、もう片方には二本とスポンジを持ってこちらを睨みつけている。
ガタイのいい男のようだった。こちらが年上であるにも関わらずかなりの身長差があるらしく、向うは綺麗に直立しているから顔を見ようとすると首が軋みを上げる。顎のラインが控え目に鋭利で、ワックスでもつけているのか微風が吹いているのに明るい茶髪は微動にもせず斜め四十五度の尖りをいくつも生み出している。ツンツン張りという髪型かもしれない。見下ろすというべきか見下すと言うべきか、こちらに向かう両目がえらいおっかない。眉間に皺と影を生んで場数踏んでんだよとでも言いたげな、赫い過去の栄光を感じられそうな攻撃的で高圧的な吊り目だ。
何故年下の男の子かって、そんなの今彼が来ている学ランに聞いてくれ。似合わないとか言えたら言ってくれ。
さっきの話のオチ、今度も至極簡単だ。それに分かったよ。
これは、やばいタイプの人だ。と――
相手が動いた。姿がぶれてまともに映らない。
牛蒡が来ると思った、片手に持った四棒が。
しかし来たのは「んぶっ」五棒……ではない。
太い左腕、関節を曲げて傾かせる。固い固い肘、鉄のように。ここまで来て逃れようも肘鉄を顔面にくらい勢いに押され倒される。
ああ……やっぱり、人間側が倒される、になるのね。今顔ついているのかなこれ。
「う」
うおわっ、と慌てたのはなぜか見えない所だった。
「なんだよ」
声が濁点だらけかと思ったらそうでもない、大分ガラガラだがなんだ、酒焼けか? じゃあやっぱり年齢詐称?
「襲われるかと思っちまったじゃん。オレ、うわ鼻!」
彼は肘鉄を引き、倒れた僕の横に膝を寄せてきた。当たった感触がやはり金属じみている。覗き込んでくる両目が細くなって、眼光を鋭くさせている。おっかなさは増したけど、ゆすらないだけマシか。この形だとしかし、僕を心配して狼狽してくれているみたいだな。自分から突っ込んでおいて。
「そのなんだ、鼻がなくてもさ、辛いもんに変わりねぇから、刺激は感じるって」
と。まるで僕のように、しかし鼻ではなく口が呼吸困難のように、切れ切れの吐息が随分多いが、そこだけは両耳もキャッチしていたようだ。
でも、なんてことを幾らでも垂れる気があるのならそうだな、流血を止めるためもう一本、マタタビサイズの棒でも欲しいな。血液と一緒にこのままでは色々と飛んでいってしまうだろうから。
しかしどうだろう……いや、僕が関わっていることだしそうだな……確認がてら……カウント、しようか。
① そこいらに張った『今明昨』宣伝の張り紙。
② 猫に渡した小箱。中身は袋に入った白い物。
③ 文化系サークル会館脇水道に描かれた落書き、『334』
④ 牛蒡六本。そして、巨体と視線という構成要素を主幹に成り立ってしまった、肘鉄な彼。
② 猫に渡した小箱。中身は袋に入った白い物。
③ 文化系サークル会館脇水道に描かれた落書き、『334』
④ 牛蒡六本。そして、巨体と視線という構成要素を主幹に成り立ってしまった、肘鉄な彼。
これから始まる大学生活に向けて、用意した以上の事象は果たしてどうなることやら。
あ、④は分けた方がよかったかな。
そんな思考を最後に僕は、視界を暗転に委ねたんだとさ。
あ、④は分けた方がよかったかな。
そんな思考を最後に僕は、視界を暗転に委ねたんだとさ。
お話の締めをさせてもらえば定型通りの言葉しか出ないけれど、それが定例であるのかもしれないけれど。
これが僕――水森思信――と、これからもっともっと出逢う世界を分かち合う人々の話もそうだけど、とりあえずその最初に彼――判花手――とのファーストコンタクトの話。
そしてこんな後にも関わらず、鼻からどくどくと熱をもったものが口にまで通達して、何もこれかよと嘆息しながら、固い地面の上に倒され更に高く見えた空は透き通るように気持ちの良い青色で、それをキレイだなんてことも忘れて僕は生まれて初めてかもしれない、だから確信の得られない想いを抱くのだ。
ああなんだ、こんな人生が面白いってことなのか。
これが僕――水森思信――と、これからもっともっと出逢う世界を分かち合う人々の話もそうだけど、とりあえずその最初に彼――判花手――とのファーストコンタクトの話。
そしてこんな後にも関わらず、鼻からどくどくと熱をもったものが口にまで通達して、何もこれかよと嘆息しながら、固い地面の上に倒され更に高く見えた空は透き通るように気持ちの良い青色で、それをキレイだなんてことも忘れて僕は生まれて初めてかもしれない、だから確信の得られない想いを抱くのだ。
ああなんだ、こんな人生が面白いってことなのか。
《続きは本編で》