ハルヒと親父 @ wiki

王様とあたしたち その3

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haruhioyaji

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ACT-20

 「彼女は、この国の女性ジャーナリストの草分けで、民主派のリーダーの一人でした。スズミヤ氏が象に乗ってこの国を救ってくれたあの事件の際、夫を亡くし、その後、乳飲み子を連れて大学へ通い学位をとったのです。議会政治の腐敗と軍事クーデターが繰り返されるこの国の政治の在り方に強い疑問を持つ女性でした。また、なんとか事態を収拾し、玉虫色の均衡と和平を目指した私の最大の批判者でもありました。彼女からすれば、私はあまりにも現実におもねりすぎているように見えたのでしょう。逆に私は、彼女の清廉な理想主義と人柄に惹かれました。私達は何度も公衆の面前で批判し合い罵り合いました。大勢の人間が、私達に相手のことをもっと大事にするようにと忠告してくれました。私達は選んだ手段こそ違いましたが、同じ理想を追求しているのだと、説明してくれる人たちが大勢いました。私は民衆に支持され、彼女は知識階層や外国のものを含むジャーナリストから支持されていました」


「あなたは結婚しないの?」
「君の方はどうなんですか?」
「私はしたわ。知ってるでしょ? 私が言いたいのは、世継ぎがなければ、また争いが起こるってことよ」
「世継ぎって何です? 私は国民が選んだ大統領ですよ。その私が、国民を差し置いて、次の大統領を指名する? しかも自分の血縁のものを? 世襲制なんて、ぞっとしませんね。それこそ最も君が批判しているものじゃないですか?」
「そうよ、大統領。前に『終身』なんてのものがつくのだって、本当は認められないわ。でも、現実には、あなたが死んだら、この国はまたいくつにも分かれて争いがはじめる。それを止めるためなら、理想を棚上げにして、すべてに優先してもおかしくない。違う?」
「違いません。……君は私が気が狂ったと思うかもしれませんが、いいアイデアがあるんですが」
「聞きたいわ」
「私と……結婚してくれませんか?」
「気でも違ったの?」
「確かに正気じゃないかもしれない。でも本気です。少なくとも、この国から争いの種がいくつか消える。このところ、この国で最も激しくやりやってるのは、私達二人ですし」
「私には、息子がいるのよ。知ってるでしょ?」
「それは素敵だ。お妃ばかりか王子まで、やって来る。世継ぎの問題もクリアーされますよ」
「そんなこと、国民が認めないわ」
「彼らには改めて信を問いましょう。でも、まず君です。君がイエスと言ってくれないなら、そもそも何も問いようがない」
「……私はあなたが好きよ。あなたが王家に生まれていなかったら、って思うわ」
「私はいつもそう思ってきました。だけど、生まれを恨むだけでは、今の平穏は、たとえかりそめのものであっても、なかったでしょうし、君とこうして話すこともなかったと思います」
「あなたは、自分の生まれを受けいれて、引き受けた。そうしたくなかったのだと思うけれど、あなたは、もっと大きなもののために、自分で選んだ。尊敬するわ」
「選んだという意識もありませんでした。こんな目にあうとは正直思っていなかった。でも、やってみて分かりました。これでも、少しはこの国が好きだったらしい。でも君ほどじゃない。誰かが見張ってないと、途中で放りだすかもしれませんよ」
「今度は脅迫?」
「無理を言ってるのはわかってます。勝ち目がないのなら、なおのこと、すべてのカードを使い切らないと。だけど、実はもう、打ち止めです。……君を愛してる。結婚してくれないか」
「バカな王様。それを最初に言いなさい!」


 「それから関係するすべての人を説き伏せました。父や兄達、王室の者、民主派のリーダーたち、その他諸々。一番の論敵は、お互いでしたから、二人がかりでやれば、容易ではなくても不可能ではありませんでした。最大の難関は彼女の、そして私のにもなる、当時6歳の息子でしたが、彼はまだ反対するだけの言葉を知らなかった。食べる事をボイコットして抵抗を示しましたが、最後には彼女は説得しました。……そして、国を挙げての結婚パレードの途中、彼女は撃たれ銃弾に倒れました。ちょうど彼が、息子が見ている目の前で」
「そ、そんな」
「私は息子を引き取り、王宮で育てました。私にとって彼は恋人の忘れ形見でしたが、彼にとって私は母を奪った憎むべき敵だったでしょう。でも、どうやら、裁きの日が来たようです。夜もふけました。私も明日は早くなりそうなので、これで失礼します」


ACT-21

 「……なんでよ?」
「何がだ、バカ娘? 主語を言え」
「なんで王様が、裁きを受けなきゃいけないの? 何を悪い事したのよ!?」
「……強いて言えば、愛したこと、だな」
「あたしは真面目に聞いてんの!」
「おれも真面目に答えてる。それも、かつてないぐらいにだ。いいか、バカ娘、言ったってどうせ理解できんだろうが言ってやる。大人は恋なんてしない」
「な、なによ、それ? 全然、理解できないわ!」
「人間、少し知恵がつくと、自分の行動が何を引き起こすかを考えるようになる。行動の結果どうなるか、それを見てから行動するかしないかを決める。そして行動したことについて責任を負う」
「何よ、アタリマエの事ばっかり言って!」
「だが人間は全知じゃない。結果がわからなくても行動しなきゃならない時もある。そして不意を食らっても、想像だにしなかった結果の責任を負わなくちゃならないことだってある。……だが、恋に後先はない。人を好きになって、そんなこと考えていられるか。そして大人は、《それ》がどういうことなのか、痛いほど知ってる。だから恋をしない」
「じゃ、あんたは、王様がガキだったって言いたい訳?」
「恋する者の前じゃ、誰だってガキだ。おれだって母さんの前じゃ、ただのガキだぞ」
「そんなことは聞いてない!」
「ついでにいうが、バカ娘、お前の前でも、だぞ」
「……」
「恋愛対象ってことじゃないぞ」
「当たり前でしょ!!」
「さっきも言ったが、親は子のことになると、後先がなくなる。だが、それだけじゃ子は育たんし、死んじまう。あいつもな……」
「……親父さん」
「お、今回、希少で貴重なキョンの発言だ」
「王様はクーデターの計画を知っているんですね?」
「知ってると言うか、掌握してるんじゃないか。めぼしい首謀者は今夜中に拘束したしな」
「王子を何故放っておくんですか?」
「さあ、あいつが書いたシナリオだしなあ。親らしいことのひとつでも、しようってんじゃないか?」


ACT-22

 「もう寝るの、あんたは?」
「自分は寝ないような口振りだな」
「悩みの無い人間はいいわね」
「おまえでも悩むことがあるのか? 良かったら聞くだけは聞いてやるぞ」
「それで譲歩したつもり? もちろん聞いたら最後、聞くだけじゃ済まさないわよ」
「……おやすみ、ハルヒ」
「キョン、こら、待ちなさい!」
「待ってもいいが、どれだけ頑張っても、扱えるのはおまえか、おれか、おまえとおれの問題だけだぞ。解決できるかどうかまで、分からんが」
「首を突っ込むなと言いたい訳ね。向こうが先にあたしたちを巻き込んで来たんじゃないの!?」
「そういうんじゃない。そうじゃなくて……」
「申し訳ありません。ハルヒ様、キョン様」
「「!? 近衛長さん?」」
「この廊下は、見ての通りまっすぐで、よく声が通るのです。失礼ですが、お二人の言い争うのが聞こえたものですから」
「……あの、ハルヒが言ったのは本心じゃないと言うか、表現が足りないと言うか、こいつはこいつなりに王様や王子のことを心配して、ただそういうのをストレートに出すのが苦手と言うか、抵抗があると言うか」
「おせっかいなフォローはやめなさい!」
「陛下にお会いになられたのですね」
「ええ、ついさっき。……親父といっしょだったのかしら?」
「王様と王子が、血がつながってないことを聞きました」
「あんなに王族、王族って、こだわってたのにね」
「お心の中を推しはかることはできませんが、血がつながってないからこそ、執着せざるを得なかったと申し上げてよろしいかもしれません。……これはまだ内密に願いたいのですが、実は今夜、クーデターの首謀者を逮捕しました。私の昔話にも登場した彼、あの将軍です。陛下とスズミヤ様は、それに立ち合っていただきました」
「あの、親父! そんなことは一言も!」
「やめとけ、ハルヒ。……近衛長さん、まだ内密に、ってことは、明日以降に公表されるんですか?」
「そこは微妙な問題もあるのですが。ですが明日にはすべての決着がつくはずです。王子を後押しするものも、手となるものも、すべておさえました」
「明日、何が起こるんですか?」
「一言では言えませんが……強いて言えば『親子ケンカ』でしょうか? ずっとこれまで延期されて来た……。あのようなお立場では、それさえもままならなかったのです」
「キョン、あんたがさっき言いかけたのって、このことなの?」
「いや、はっきり何が起こるとか、そういうことじゃない。ただ……」
「ただ、何よ?」
「王様がわざわざおれ達の前に、素の姿さらして、普通話しにくいことまで話してくれたのは、おれたちを巻き込んだことに対する謝罪というか、労に報いたというか……とにかく王様が書いたシナリオはもう終わりが近いんじゃないかって思っただけだ」
「そうですな。しかしまた、一組の父とその息子にとっては、それからこの国にとっても、『はじまり』になる終わりなのだと、私は思っております」


ACT-23

 「ハルヒ」
「んん……誰、キョン?」
「わらわじゃ。偉そうなこと言っておったが、ひとり寝か?」
「6歳児!? あんた、なんでこんなとこにいんのよ?」
「王宮には、内からは鍵がかかるが、外からは簡単に空く寝室がいくつかある。暗殺や夜這いには便利じゃ」
「そんなとこに、あたしたちを泊めてるの、ここの連中は?」
「安心せい。おまえたちのうちでは、この部屋だけじゃ。キョンとやらが通って来やすいように、わらわが気をきかしたのじゃ」
「おおきなお世話よ」
「そなたの名で投げ文までしたのに来とらんとは、キョンめ、とんだヘタレじゃ」
「巨大なお世話よ! そんなことするから、来るものも来ないんじゃないの!」
「なんじゃ、おめでたか」
「ボケまでジジイくさいわよ」
「そのジジイがつかまったのでな。別れを告げに来た。当然、馬鹿げた縁談は流れ、わらわも実家に帰ることになった」
「そっか。……あんた、こうなることが分かってたの?」
「まあ、そうじゃ。ジジイもそう言っておったしな」
「あんた、これからどうすんの?」
「どうもせん。まだ自分の意思で何かするような力は持たん」
「……」
「安心せい。籠の鳥状態は、あと10年も続かん。そのうち留学でもして、そのまま出奔するか、万一国に戻ったときは、政治家にでもなろうぞ。あのバカ王子よりは、ましに治めるとは思わんか?」
「そうね。あんたの方が向いてそうね」
「そなたもじゃ。わらわが国を治めるころには、日本を牛耳っておれ。2国で何か奇怪なことをしでかそうぞ」
「世界征服とか?」
「それもよいな。じゃが、この国は軍が弱い。他国と闘ったのは、ジジイが率いた非正規の「義勇軍」だけ、実践経験があるのはジジイとその部下たちだけ、という有様じゃ。あとは抵抗もせぬ国民に銃を向けた経験しか持っておらん」
「軍隊が弱いままで済んでるのは、別の強みがあるってことよ」
「そうじゃ。殺すよりも生かすことに長けておる。プライマリ・ケアの分野では世界一じゃというし、今も医療を受けるため、無許可で国境を越えて来る「医療難民」が周辺国から山のようにおる」
「それはそれで問題だけど、考え方を変えれば『人質』よね。医療のレベルをもっと上げて、各国のVIPが入院しに来るようにすれば、他にない安全保障になるわ」
「ふむ。では最初は医者にでもなっておくか。そなたはどうするのじゃ?」
「あたし? うーん、そうねえ……」
「なんじゃ、6歳児がこれだけのビジョンをぶち上げておるのに、何もなしか?」
「決まってる部分は決まってるけどね。あとは大いなる未定よ!」
「若い頃は何にでもなれるように思うものじゃが、それはその者がまだ何者でもないからじゃ。人は結局、何か一つのものにしかなれぬ」
「6歳児の言葉かと思うと逆に重みがあるわね。でも、あたしがなりたい者となれる者は、狂いもなく一致してるわ。この先、どこで何をしているかなんてわからないけど、あたしはあたしになる。どこで何をしていようとね。あ、もちろん、キョンは連れてくけど。……ちょっと何なのよ、その苦いモノ飲まされたような顔は?」


ACT-24

 「父上!」
「めずらしいね、朝のこんな早くに。近衛の者まで連れて」
「退位していただきたい。そして結婚式は中止します」
「私は民意によって選ばれた大統領だ。『退位』なんてできないよ」
「だから王政復古です。クーデターですよ」
「やれやれ。王様に戻って、その上、退位か。一日にそんなたくさんは働けないよ。……将軍は元気かね?」
「矍鑠(かくしゃく)としたものです。父上より長生きしそうですよ」
「最近、縛り首になる夢を見てね。その話をスズミヤ氏したんだ」
「ほう。彼はなんと?」
「いつものことだが、私が考えている通りのことを言い当てたよ。……私の息子だ、扱いは普通でいい」
「な、何を! おい、おまえたち? 裏切るのか!?」
「将軍の身柄は、昨日の晩、彼の愛人宅で拘束したよ。これでも外の世界を覗いて来た分、人情の機微がわかるつもりなんだけど……」
「息子に寝首をかかれて、何を世迷いごとを!」
「いつも迷っているから、そう言われても仕方がない。だがすべきことはする。大人だからね。手遅れになるのは、もうたくさんだ」
「……殿下。お静かに願います」
「おまえたち、よくも!」
「あなたが国にお戻りになる頃には、今日のこともよい思い出になっておるでしょう」
「近衛長!? ……もしや、おまえが描いた絵か? スズミヤ氏たちを迎えるなどと、妙なときに国を空けおって、それも策略か!?」
「いいえ。……あなたのお母様の葬儀の晩、陛下は今日の日のことを計画されました」
「ば、ばかな……」
「目覚めた方(ブッダ)を気取るつもりはないよ。ただ君には、王位算奪者ではなく、私の政敵になってもらいたいんだ。いつか民と一緒に私を追い落としに来てくれ。力をつけたまえ。借り物でなく、君自身の力を。……これで日本へ亡命&ホームスティに送りだせば、私の計画どおりだったんだけど。……彼は、スズミヤ氏はね、娘一人、口説き落とせないバカ息子はお断りだというんだよ。まあ、オックスフォードもいいところだ。ただ向こうで待っている先生は国際関係論の権威だが、真面目すぎるのが欠点でね。『手酌』は教えてくれないかもしれない。だから私が今ここで教えよう。……いや、それより、もっといいものがあった。彼が教えてくれることは、まったく無駄なことがないなあ。『差し向かい』というらしい。お互い抱きあって別れるには歳かさがいっているが、これならおあつらえ向きだ。……誰か、毒の入ってない酒とグラスを二つ持ってきてくれないか」


epilogue:

 「空港で会うなんてな。誰かの見送りか?それとも見送られる方か?」
「スズミヤ氏……」
「隣、空いてるぞ」
「知っていらっしゃるのですね。……私は、父の手の上で踊っていただけのようです」
「そこまでわかってるなら、やることは一つだな」
「ええ……父は、あなたのところで学ばせたいと思っていたようでした」
「悪いがその席はもう埋まってる。会ったんだろ?」
「会いました。よほど彼を気に入っておられるようですね」
「全世界と娘を秤(はかり)にかけて、娘の方を選ぶような奴なんだ。バカでもないくせにな。バカ親父には、それだけで十分だと思わないか?」
「……そうですね」
「まあ、それだけじゃないけどな。ちなみに落ち込むことはないぞ。お前さんくらいの歳には、おれだってできなかった。賭けられてたのはたかだか、好きな女とおれの人生だったが」
「失恋して、勝負に負けて、親に勘当されて、おまけに亡命です」
「だが、理由も分からず、手元に置かれて飼い殺しになるよりはマシだ」
「そのとおりです。……父が言ってました。あなたの言葉には万に一つも無駄がない、と」
「うちのバカ娘とは、正反対の見解だな」
「そうですか」
「会ってくか?いま、キョンや母さんといっしょに土産を買いに行ってる」
「ご冗談を。あの二人はまぶしくて、今の私には痛みになるだけです」
「何年か経って、ほとぼりが覚めたら、おれのところに寄れ。あいつらの子供を見せてやる」
「傷口に塩を塗るようなことを」
「その頃には傷も癒えてるさ。……少しオヤジになってるだろうけどな」


























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