ハルヒと親父 @ wiki

ハルヒ先輩9(最終回)

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haruhioyaji

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 「じゃあ、おねがいします」
「はい、確かに。いってらっしゃい」
「……母さん、いまのキョン?」
「ええ。毎朝、けなげにお弁当を届けに来る子なんて他にいないわ」
「もう、自宅にいるんだから、必要ないのに……」
「とは言うものの、毎日しっかり食べるのね」
「だって……残したりしたら、あいつ、悲しそうな顔するもの」
「はいはい。ごちそうさま」
「……母さん、あたしって、わがままかな?」
「どういう意味で言ってるのか分からないけど……そうね、多分」
「キョンは何であたしみたいなのと、付き合ってくれてるの?」
「さあ、そればっかりは。……わたしも、お父さんがどうしていっしょにいてくれるんだろうって、ときどき思うわ」
「あたしは母さんが、あの親父といっしょにいるのが、いまだに理解できない」
「そう? 前にお父さんが言ってたわ。『好きってやつだけは、どうしようもない』って」

 退院はしたものの、足の捻挫は思ったよりもひどく、折った腕をつりさげたまま松葉杖を使うのも無理があり、あたしは2週間ぐらいになるかもしれない「自宅休養」をとるはめになった。
 大学の退屈な授業も、暇つぶしくらいにはなっていたことを痛感した。ああ、思いっきり暇だ。
 「暇だ、暇だ」と言うやつは、要するに「さびしい」と鳴いているのだと、親父はまたインチキなことを言っていったが、今は認めざるを得ない。あたしはさびしい。今まで味わったことがないくらいに。

 どれだけ会いに来てもらっても、会いに行けないってことがストレスになって、あたしにのしかかった。

 キョンは朝夕と、毎日、うちに通ってくれた。朝はさすがにお弁当を届けるだけだけど、夕方は夜まで一緒にいてくれる。お弁当を作る時間を省いて、朝ももう少し居てくれたらいいのに、と思ったがさすがに口に出せなかった。元はと言えば、あたしが押しつけた習慣だ。キョンは律儀に(それ以上に頑固に)その習慣を守っている。雨の日も、大雨の朝も。
「キョン!」
「ハルヒ! 雨の日は杖がすべって危ないって言っただろ。こんな日に外に出るな」
「あんたこそ、何? こんな雨の中を! 遭難したらどうすんのよ!?」
「雪山じゃないし、さすがにそこまではないと思うぞ。でも、心配かけたなら謝る」
「なんで、あんたがあやまるの? 悪いのは、あたしじゃないの!」
「ハルヒは悪くない。これは俺が好きで続けてるんだ」
「元はといえば、あたしが押しつけたんでしょうが」
「ハルヒ」
 キョンは明らかに腹を立てていた。当然だろう、あたしはばかだ。
「ハルヒ、なんか勘違いしてないか? たとえば、おまえが言えば、おれがなんでも従うだろうとか」
「ちがうっての?」
「あたりまえだ!」
 あたしは間違ってた。間違ってることに気付いてもいた。だったら謝ればいいのに。でも勢いで、言いたいのと違う言葉が口から出た。
「じゃあ、なんだっていうのよ!?」
キョンはすうと息を吸ってから叫んだ。
「おまえが別れろって言ったってな、絶対いやだって言うからな!」
「バカキョン!! そんなこと言うわけないでしょ!」
「いや、だから、例えばの話で……」
「たとえばも、へったくれもないわ!! いい? あんたが、知ってる人が誰も居ない場所に居て、路地の奥かどこかで血を流してのたうちまわってたら、必ずあたしが行ってあげる。死にそうなくらいさびしくなっても、何をしても楽しくなくていっそ死んでしまった方がいいんじゃないかと思うことがあっても、あんたのアタマを割れそうなぐらいぶっ叩いてでも、正気にかえしてあげる。あたしから逃げようたって、そうはいかないわ!」
「誰が逃げるもんか」
「だったら一緒にいて! これからずっと一緒にいて! ええ、むちゃくちゃなこと言ってるくらいわかってるわよ! あんたと毎日会うのは楽しいわ。あんたが来てくれるにはうれしい。でも、あんたが帰っていく時、歩いていって見えなくなったとき、体中が痛いくらいさびしくなるし、不安になる。万に一つでも、二度とあんたと会えなくなったらどうしようって思うから! あんたが……」
「ハルヒ、もういい」
 あたしの言葉は、頭ごと、キョンの胸に押しつけられた。
「ハルヒが言いたいこと、全部わかる」
キョンは、びっくりするくらい静かな声で言った。
「18の誕生日が来たら、迎えにいく。養われてる立場だし、式とか新婚旅行とか、そんなのみんな、後になると思うけど。おれもハルヒとずっといっしょにいたい。……これでいいか?」
 もう、ずっとこうしていたかった。でも無理よね。一瞬忘れてたけど、どしゃぶりの中で怒鳴りあってたんだわ、あたしたち。もったいないけど、一時中断よ。こんなところでエンド・マークを打つ訳にいかないじゃない?
「い、良いわけないでしょ、バカキョン! ……せ、せめて、さらいにいくって言いなさい!」


 それから?
 二人して、ずぶぬれになりながら、あたしの家に帰ったわ。二人の未来のことを、怒鳴り合いながらね。
「さあ、気合いれて幸せになるわよ、キョン!」
「いや、おれはすでに、ものすごく幸せだけど」
「なに、それ? いつから?」
「ハルヒと会ってから」
「だから!! あんたは、なんで、タメもモーションもなしに、そういうパンチを打ってくるのよ! 全部、被弾よ!」
「だめか?」
「あたしも幸せだから、これでいいわよ!」








































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