事の始まりは、本日の昼過ぎだった。
とは言っても太陽はてっぺんよりも地平線の方に近い位置まで移動し、暑さも若干和らぎ始めた頃である。
ハルヒの号令の下、本日も残り少ない夏休みを大いに盛り上げるための儀式として、夏にしかできない行事を慎ましやかに進行し終え、俺は一人帰路へと赴いていた。
因みにこの日の行事は長門発案の『第一回 SOS団内ガマン大会』。この暑い中、部室でストーブを焚いて朝比奈印の煎茶(もちホット)を飲み、そして機関……っていうか新川さんの用意してくれた鍋焼きうどんを食べていたりする。
正気の沙汰ではないことは承知の上だ。
涼宮ハルヒ以下、宇宙人未来人超能力者と相まみえたときから尋常ならぬ生活が俺の下に舞い降りたのはうすうす感づいてはいたし、事実今までも、そして今後ものっぴきならない事態が進行するのは既定事項だと言っても差し支えない。
だが、さすがにやりすぎだ。自ら猛獣の檻につっこむような真似はしたくない。
結果、俺は早々にギブアップすることと相成った。こんな思いをして喜ぶ奴なんざ誰もいないし、第一俺の体の調子が狂っちまう。
ギブアップする際の古泉の目が若干冷ややかな気がしたが、そこはそれ。後はせいぜい頑張ってくれたまえ。俺がいなくなっても温度調整もばっちりなヒューマノイドインターフェイスがいるんだし、ハルヒの相手は十二分につとまるだろう。
むしろ古泉。頑張りすぎて体壊すなよ。念のために言っておくがお前のためじゃないぞ。明日から始まる夏山探索は機関やお前が主導になってるんだから、それがチャラになると今以上に機嫌悪くなるぞ、ハルヒの奴は。
とは言っても太陽はてっぺんよりも地平線の方に近い位置まで移動し、暑さも若干和らぎ始めた頃である。
ハルヒの号令の下、本日も残り少ない夏休みを大いに盛り上げるための儀式として、夏にしかできない行事を慎ましやかに進行し終え、俺は一人帰路へと赴いていた。
因みにこの日の行事は長門発案の『第一回 SOS団内ガマン大会』。この暑い中、部室でストーブを焚いて朝比奈印の煎茶(もちホット)を飲み、そして機関……っていうか新川さんの用意してくれた鍋焼きうどんを食べていたりする。
正気の沙汰ではないことは承知の上だ。
涼宮ハルヒ以下、宇宙人未来人超能力者と相まみえたときから尋常ならぬ生活が俺の下に舞い降りたのはうすうす感づいてはいたし、事実今までも、そして今後ものっぴきならない事態が進行するのは既定事項だと言っても差し支えない。
だが、さすがにやりすぎだ。自ら猛獣の檻につっこむような真似はしたくない。
結果、俺は早々にギブアップすることと相成った。こんな思いをして喜ぶ奴なんざ誰もいないし、第一俺の体の調子が狂っちまう。
ギブアップする際の古泉の目が若干冷ややかな気がしたが、そこはそれ。後はせいぜい頑張ってくれたまえ。俺がいなくなっても温度調整もばっちりなヒューマノイドインターフェイスがいるんだし、ハルヒの相手は十二分につとまるだろう。
むしろ古泉。頑張りすぎて体壊すなよ。念のために言っておくがお前のためじゃないぞ。明日から始まる夏山探索は機関やお前が主導になってるんだから、それがチャラになると今以上に機嫌悪くなるぞ、ハルヒの奴は。
とまあ、話は少しずれたが、団内ガマン大会はもちろん長門有希の優勝を以て幕を閉じた。当たり前って言っちゃ当たり前の結果かも知れない。
次点のハルヒも当然、三位の古泉はかなり粘った。言うまでもないが朝比奈さんは俺よりも早く戦線から離脱した。
ともあれハルヒ的にはご満悦だったらしく、あるいはこの後何かをする体力も無かったのかも知れないが、思ったよりも早く本日の団活は解散となった。
その帰り道の事である。俺はそいつと出会ったのは。
次点のハルヒも当然、三位の古泉はかなり粘った。言うまでもないが朝比奈さんは俺よりも早く戦線から離脱した。
ともあれハルヒ的にはご満悦だったらしく、あるいはこの後何かをする体力も無かったのかも知れないが、思ったよりも早く本日の団活は解散となった。
その帰り道の事である。俺はそいつと出会ったのは。
「ふう……生き返るな……」
皆と別れて5分もたたない内に近くにある駄菓子屋に入り込み、早速冷たい水でキンキンに冷やしたラムネを一口飲んで出たセリフが先述のものである。
空きっ腹に不味いもの無し、渇ききった喉に飲めないもの無しを実感した。いいね。実にいい。ほどよい甘さと炭酸が、さっきまでの地獄の如き暑さを忘れさせてくれる。一瞬だけとは言え、天国に来たような気分だ。
しかし、その気分はある登場人物のおかげで一気に瓦解することになった。
「…………」
遠くから、如何にも怪しい人間が、頼りない足取りでこちらに近づいているのだ。まるで地獄で彷徨う亡者か、死ぬに死ねない自縛霊のような足取りである。もちろん例えであり、ふらふらしているのは人間である以上、助けに行かないわけにはいかないだろう。
俺はその頼りない足取りをした人間の下に近づき……
「おい、大丈……げ」
「あ……その声……キョンさ……」
やっぱり止めた。見なかったふり見なかったふり。
確かに普通の人間ならばここで助けに行くべきだと思うのだが、その風貌を見るや否や俺のやる気は一挙にクールダウンした。
即ち、栗色のツインテールを携えたとある人間を見て。
「ふぇ……み、水……」
バタリ。
俺の努力の甲斐もあって、その面妖な生き物はそこで息を引き取った。
めでたしめでたし。
「んな訳あるか」
いくら機関の敵だからと言って、いくら朝比奈さんを誘拐した張本人だからと言って、そしていくら同調する人がいない必死ちゃんだからと言って、このままこいつを枯死させるのは些か気が引ける。
「やれやれ」
俺は溜息を一つついて、駄菓子屋のおばあちゃんに一つ頼み事をした。
皆と別れて5分もたたない内に近くにある駄菓子屋に入り込み、早速冷たい水でキンキンに冷やしたラムネを一口飲んで出たセリフが先述のものである。
空きっ腹に不味いもの無し、渇ききった喉に飲めないもの無しを実感した。いいね。実にいい。ほどよい甘さと炭酸が、さっきまでの地獄の如き暑さを忘れさせてくれる。一瞬だけとは言え、天国に来たような気分だ。
しかし、その気分はある登場人物のおかげで一気に瓦解することになった。
「…………」
遠くから、如何にも怪しい人間が、頼りない足取りでこちらに近づいているのだ。まるで地獄で彷徨う亡者か、死ぬに死ねない自縛霊のような足取りである。もちろん例えであり、ふらふらしているのは人間である以上、助けに行かないわけにはいかないだろう。
俺はその頼りない足取りをした人間の下に近づき……
「おい、大丈……げ」
「あ……その声……キョンさ……」
やっぱり止めた。見なかったふり見なかったふり。
確かに普通の人間ならばここで助けに行くべきだと思うのだが、その風貌を見るや否や俺のやる気は一挙にクールダウンした。
即ち、栗色のツインテールを携えたとある人間を見て。
「ふぇ……み、水……」
バタリ。
俺の努力の甲斐もあって、その面妖な生き物はそこで息を引き取った。
めでたしめでたし。
「んな訳あるか」
いくら機関の敵だからと言って、いくら朝比奈さんを誘拐した張本人だからと言って、そしていくら同調する人がいない必死ちゃんだからと言って、このままこいつを枯死させるのは些か気が引ける。
「やれやれ」
俺は溜息を一つついて、駄菓子屋のおばあちゃんに一つ頼み事をした。
「おい、起きろ!」
バッシャーン!
「ひいぃ!」
意外に威勢のよい声が響き渡った。
「冷たいじゃないですか!」
おばあちゃんがラムネを冷やすために作ってた大量の冷水が功を奏した。
「なんだ、生きてたのか」
「あったり前です! こんなことじゃ死なないのです!」
お前さっきまで死にそうにしていたじゃないか。一体何をしてたんだ?
「あ、ああ。アレは……まあ……その……ええっと……ガマン大食い大会をやってまして……」
ガマン……大食い大会?
「ええ。佐々木さんがふと口にしたんです。『夏休みはルーティーンになりがちだから、もっとスティミュレイティッドな出来事を誘発させなければいけないね』と言われまして。そこであたし考えついたんです。ガマン大食い大会をやろうって」
どっかの団でも同じようなことをした気がするが……だがガマン『大食い』大会ってなんだ?
「ただのガマン大会をしても面白くないから、そこに大食い大会を足したんです。これであたしの食い扶持を助かるってもんです」
おいおい……
「そして『一位の人には一週間夕食オゴリにしよう』って約束を取り付けました。実は組織からのお給金が尽きまして、明日の食パンの耳を買うお金すら持ってないんです」
あ、そう……
「だからこの勝負。絶対に負けるわけにはいきません。あたしは不退転、背水の陣の覚悟でこのガマン大会に臨みました。その甲斐あってか、佐々木さんと藤原さんは早々にリタイアしました。でも残るは神経が通ってない九曜さん。強敵です!」
はあ……
「でもお給料が出るまで無一文で過ごすわけにはいきません。夏場は余り物を人にあげないようにと保健所からのお触れも出ているんで、お店の残った料理を引き取るとかのご厚意にも甘えられないのです!」
…………
「だからあたしは必死になって戦いました! 難関キムチチゲをあっという間に完食し、食後のブラックコーヒー……もちろんホットですよ。これも一気に飲み干し、一時はあたしが優勢だと思われました!」
…………
「でも……でも! まさか九曜さんがハバネロフェチだったなんて……」
…………
「あたしの意識はここで途切れてしまいました。気がついた時には、『後片付けよろしく』と書かれた佐々木さんの残し手紙のみ。負けた悔しさよりも、介抱も片付けもしてくれなかった皆さんがひどくて……ううう」
…………
「何とか片付け終えて、外に出たまでは良かったんですが、あれ以来一口も冷たい水を口にしていなくて……それで冷たい水がある方向へ歩いてきたんです……」
…………
「……? どうしましたキョンさん? さっきからボーッとして」
いや……お前も古泉と同じで結構苦労しているんだなって思ってさ。
「佐々木さんが心を開いてくれれば、これくらいのことなんてことはないのです」
なんだかかわいそうになってきた。仕方ない。こいつの健気さに免じて……
「橘。ほら、これを飲めよ」
「へ?」
俺は店からさらにもう一本ラムネを取り出して、橘に差し出した。
「これは……?」
「似たような境遇で少し同情したし、奢ってやる。どうせ買うお金すらないんだろ? 嫌なら別にいいんだが」
「そ、そんなことはありません! ありがとうございます! ありがとうございます!」
例えではなく本当に瞳を潤ませながら俺に頭を下げる。ラムネ一本でここまで感謝されるとは……奢る方も気分いいってもんだ。SOS団の奴らもこれくらい謙虚だと助かるんだがな。朝比奈さんを除いて。
俺がそうこう思っているうちに、橘はラベルをはがして栓代わりのビー玉を勢いよく外した。
「ビー玉が栓なんて珍しいですね。じゃ、いただきます。……あれ?」
橘の顔がそこでこわばった。
「中のジュースがでてこないです……なんで?」
そう言って何度も瓶を上げたり下げたりする。ハナから見ていると結構楽しい風景である。
「あ、このビー玉が栓の役割をして……えいっ……どけっ!」
勢いをつけてみたり、ガラス製の瓶を押しつぶそうと努力するが勿論無駄。そんなことでビー玉が退くわけがない。
俺は苦笑を浮かべながら橘の瓶を奪い取った。
「ほら、瓶の上に窪んだところがあるだろ? ここにビー玉を乗せて飲むんだ」
ついでに実演してやる。ラムネ一本じゃ俺の喉の渇きを潤すのに少々力不足だし、元々俺の金だ。少しくらい飲んだって構わないだろう。
「あー! あたしのラムネ! 返してください!」
偉い剣幕でラムネを奪い返す。
バッシャーン!
「ひいぃ!」
意外に威勢のよい声が響き渡った。
「冷たいじゃないですか!」
おばあちゃんがラムネを冷やすために作ってた大量の冷水が功を奏した。
「なんだ、生きてたのか」
「あったり前です! こんなことじゃ死なないのです!」
お前さっきまで死にそうにしていたじゃないか。一体何をしてたんだ?
「あ、ああ。アレは……まあ……その……ええっと……ガマン大食い大会をやってまして……」
ガマン……大食い大会?
「ええ。佐々木さんがふと口にしたんです。『夏休みはルーティーンになりがちだから、もっとスティミュレイティッドな出来事を誘発させなければいけないね』と言われまして。そこであたし考えついたんです。ガマン大食い大会をやろうって」
どっかの団でも同じようなことをした気がするが……だがガマン『大食い』大会ってなんだ?
「ただのガマン大会をしても面白くないから、そこに大食い大会を足したんです。これであたしの食い扶持を助かるってもんです」
おいおい……
「そして『一位の人には一週間夕食オゴリにしよう』って約束を取り付けました。実は組織からのお給金が尽きまして、明日の食パンの耳を買うお金すら持ってないんです」
あ、そう……
「だからこの勝負。絶対に負けるわけにはいきません。あたしは不退転、背水の陣の覚悟でこのガマン大会に臨みました。その甲斐あってか、佐々木さんと藤原さんは早々にリタイアしました。でも残るは神経が通ってない九曜さん。強敵です!」
はあ……
「でもお給料が出るまで無一文で過ごすわけにはいきません。夏場は余り物を人にあげないようにと保健所からのお触れも出ているんで、お店の残った料理を引き取るとかのご厚意にも甘えられないのです!」
…………
「だからあたしは必死になって戦いました! 難関キムチチゲをあっという間に完食し、食後のブラックコーヒー……もちろんホットですよ。これも一気に飲み干し、一時はあたしが優勢だと思われました!」
…………
「でも……でも! まさか九曜さんがハバネロフェチだったなんて……」
…………
「あたしの意識はここで途切れてしまいました。気がついた時には、『後片付けよろしく』と書かれた佐々木さんの残し手紙のみ。負けた悔しさよりも、介抱も片付けもしてくれなかった皆さんがひどくて……ううう」
…………
「何とか片付け終えて、外に出たまでは良かったんですが、あれ以来一口も冷たい水を口にしていなくて……それで冷たい水がある方向へ歩いてきたんです……」
…………
「……? どうしましたキョンさん? さっきからボーッとして」
いや……お前も古泉と同じで結構苦労しているんだなって思ってさ。
「佐々木さんが心を開いてくれれば、これくらいのことなんてことはないのです」
なんだかかわいそうになってきた。仕方ない。こいつの健気さに免じて……
「橘。ほら、これを飲めよ」
「へ?」
俺は店からさらにもう一本ラムネを取り出して、橘に差し出した。
「これは……?」
「似たような境遇で少し同情したし、奢ってやる。どうせ買うお金すらないんだろ? 嫌なら別にいいんだが」
「そ、そんなことはありません! ありがとうございます! ありがとうございます!」
例えではなく本当に瞳を潤ませながら俺に頭を下げる。ラムネ一本でここまで感謝されるとは……奢る方も気分いいってもんだ。SOS団の奴らもこれくらい謙虚だと助かるんだがな。朝比奈さんを除いて。
俺がそうこう思っているうちに、橘はラベルをはがして栓代わりのビー玉を勢いよく外した。
「ビー玉が栓なんて珍しいですね。じゃ、いただきます。……あれ?」
橘の顔がそこでこわばった。
「中のジュースがでてこないです……なんで?」
そう言って何度も瓶を上げたり下げたりする。ハナから見ていると結構楽しい風景である。
「あ、このビー玉が栓の役割をして……えいっ……どけっ!」
勢いをつけてみたり、ガラス製の瓶を押しつぶそうと努力するが勿論無駄。そんなことでビー玉が退くわけがない。
俺は苦笑を浮かべながら橘の瓶を奪い取った。
「ほら、瓶の上に窪んだところがあるだろ? ここにビー玉を乗せて飲むんだ」
ついでに実演してやる。ラムネ一本じゃ俺の喉の渇きを潤すのに少々力不足だし、元々俺の金だ。少しくらい飲んだって構わないだろう。
「あー! あたしのラムネ! 返してください!」
偉い剣幕でラムネを奪い返す。
要領を得た橘は、瓶の先からようやく出てきたラムネを美味しそうに、そしてコクコクと音を立てて彼女の喉を潤していく。
翡翠色の瓶に満たされていた液体はみるみるうちに無くなり、カランと音を立て名残惜しそうに瓶から口を離した。
「ふう……生き返りました。ごちそうさまでした」
はいはい、お粗末様でした。
「とは言え……あたしのラムネ、少し飲みましたね。どう責任取ってくれるんですか!?」
おいおい、ほんのちょっとじゃないか。そんなにムキになるな。それに俺の金で買った奴だし、少しくらいいいじゃないか。
「それはそうですけど……でも」
グズグズとブーたれるその表情は何だかスッキリとしない。一体何を悩んでいるのだろうか? ……ああ、そうか。
「分かった、俺と間接キスをしたのがそんなに嫌だったのか。それはすまないことをしたな。
「? 間接キスって……ああっ!!」
いきなり顔を真っ赤にさせた。
「ば、馬鹿ぁ!」
痛っ! こら叩くな!
「な、何てことをするんですかいきなり! いいいくら間接とはいえ、心の準備がまだ……」
ほほう、心の準備が出来ていたらいつでもOKってことか? 俺の方は万事OKだ。お前の準備ができたらいつでもブチューとかましてくれ。待ってるぞ。
「そ、そう言う意味で言ったんじゃありません! それに一体何を言ってるんですかあなたは!」
橘の顔はさっきよりも真っ赤になり、完熟トマト以上に熟れ上がっているのが分かった。非常にからかいがいのあるやつだ。もっと弄ってやろう。
「そうだな、できれば長めにお願いしたいね。この暑さも忘れるくらい情熱的にな。これもお前を愛するからこそだ。分かってくれたまえ」
「もうっ! あなたって人は!」
俺の弄りに、怒りが頂点に達したのか、橘は右手を大きく挙げた。やばっ、ちょっとからかいすぎたか?
反射的に目を閉じ、頬に来る痛みに備えて構え、そして……
翡翠色の瓶に満たされていた液体はみるみるうちに無くなり、カランと音を立て名残惜しそうに瓶から口を離した。
「ふう……生き返りました。ごちそうさまでした」
はいはい、お粗末様でした。
「とは言え……あたしのラムネ、少し飲みましたね。どう責任取ってくれるんですか!?」
おいおい、ほんのちょっとじゃないか。そんなにムキになるな。それに俺の金で買った奴だし、少しくらいいいじゃないか。
「それはそうですけど……でも」
グズグズとブーたれるその表情は何だかスッキリとしない。一体何を悩んでいるのだろうか? ……ああ、そうか。
「分かった、俺と間接キスをしたのがそんなに嫌だったのか。それはすまないことをしたな。
「? 間接キスって……ああっ!!」
いきなり顔を真っ赤にさせた。
「ば、馬鹿ぁ!」
痛っ! こら叩くな!
「な、何てことをするんですかいきなり! いいいくら間接とはいえ、心の準備がまだ……」
ほほう、心の準備が出来ていたらいつでもOKってことか? 俺の方は万事OKだ。お前の準備ができたらいつでもブチューとかましてくれ。待ってるぞ。
「そ、そう言う意味で言ったんじゃありません! それに一体何を言ってるんですかあなたは!」
橘の顔はさっきよりも真っ赤になり、完熟トマト以上に熟れ上がっているのが分かった。非常にからかいがいのあるやつだ。もっと弄ってやろう。
「そうだな、できれば長めにお願いしたいね。この暑さも忘れるくらい情熱的にな。これもお前を愛するからこそだ。分かってくれたまえ」
「もうっ! あなたって人は!」
俺の弄りに、怒りが頂点に達したのか、橘は右手を大きく挙げた。やばっ、ちょっとからかいすぎたか?
反射的に目を閉じ、頬に来る痛みに備えて構え、そして……
チュッ
――頬に感じたのは、痛みではなかった。
何とも言えない、柔らかい感触。
そう形容する以外の言葉を持ちあわせていなかった。
何とも言えない、柔らかい感触。
そう形容する以外の言葉を持ちあわせていなかった。
(心の準備ができましたので、お望み通り長めにしてあげましたよ)
その直ぐ傍で、橘がそっと耳打ちをした。
まるで天使と小悪魔が同時に語りかけたような、甘くて悪戯めいた囁き。
俺はと言うと、あまりのことに呆然として声が出ない。
(女の子の心を弄ぶようなことをいっちゃダメです)
……す、すまん。心の中でそう呟いた。
(あんまりひどいと……)
その直ぐ傍で、橘がそっと耳打ちをした。
まるで天使と小悪魔が同時に語りかけたような、甘くて悪戯めいた囁き。
俺はと言うと、あまりのことに呆然として声が出ない。
(女の子の心を弄ぶようなことをいっちゃダメです)
……す、すまん。心の中でそう呟いた。
(あんまりひどいと……)
――本気に、しちゃいますからね――
「橘!?」
俺の体が金縛りからようやく解放された。
しかし橘は既にその場にいなかった。
いつの間に移動したのだろうか。数メートル先の道路で、くすっと笑顔を振りまいて佇んでいた。
「ラムネ、ごちそうさまでした」
そして踵を返して俺の前から去っていった。
俺の体が金縛りからようやく解放された。
しかし橘は既にその場にいなかった。
いつの間に移動したのだろうか。数メートル先の道路で、くすっと笑顔を振りまいて佇んでいた。
「ラムネ、ごちそうさまでした」
そして踵を返して俺の前から去っていった。
――頬に残る、微かなラムネの香りだけを残して。
Fin.