クリスマスまであと少しとなると、教室の雰囲気も多少変わる。
落ち着かない様子の人も居れば、何が楽しみなのか浮かれている人も居る。
「佐々木さん、今年のクリスマスイブはどうするのですか?」
お昼休み、机を挟んだ向かい側から橘さんが、お弁当をつつきながら聞いてきた。
ちなみに彼女は先ほどの例で言えば、どちらかというと後者だろう。
落ち着かない様子の人も居れば、何が楽しみなのか浮かれている人も居る。
「佐々木さん、今年のクリスマスイブはどうするのですか?」
お昼休み、机を挟んだ向かい側から橘さんが、お弁当をつつきながら聞いてきた。
ちなみに彼女は先ほどの例で言えば、どちらかというと後者だろう。
そして私はどちらでもない、その他になる。
「どうって、普通に家に帰って家族とケーキ食べるわよ」
「えぇー? そんな事言って、本当はいい人とデートの予定だったりしないんですか?」
「生憎、そんな相手はいないもの」
「そんな、勿体無い」
「勿体無いって、私は特に気にならないけど」
橘さんが不服そうに言い返す。
「違いますよ」
「違うって?」
「逆です。佐々木さんを放置するなんて世間の男はなんて勿体無い事をしちゃうんでしょうか」
「どうって、普通に家に帰って家族とケーキ食べるわよ」
「えぇー? そんな事言って、本当はいい人とデートの予定だったりしないんですか?」
「生憎、そんな相手はいないもの」
「そんな、勿体無い」
「勿体無いって、私は特に気にならないけど」
橘さんが不服そうに言い返す。
「違いますよ」
「違うって?」
「逆です。佐々木さんを放置するなんて世間の男はなんて勿体無い事をしちゃうんでしょうか」
時々思うのだけど、どうして橘さんは私をこうも持ち上げるのだろう。
話し方にしても、同級生なのに敬語まで混ざったりする。
結構付き合いだって長いのに、何故なんだろう。
前に、その辺を聞いた事があるけれど、彼女にもそれほど明確な理由はないらしい。
何となく、そうなってしまうのだそうだ。
話し方にしても、同級生なのに敬語まで混ざったりする。
結構付き合いだって長いのに、何故なんだろう。
前に、その辺を聞いた事があるけれど、彼女にもそれほど明確な理由はないらしい。
何となく、そうなってしまうのだそうだ。
それはともかく、さすがにそれは言いすぎだと思ったけど、幸い周囲に今の発言を聞きとがめた人は居ないようだ。
私は苦笑しながら首を振る。
「それはさすがに過大評価が過ぎるわよ」
「過ぎてませんよ。んんもう、あたしが男なら絶対、ほっとかないのになー」
「毎年そうしてるんだから、別に・・・」
私は苦笑しながら首を振る。
「それはさすがに過大評価が過ぎるわよ」
「過ぎてませんよ。んんもう、あたしが男なら絶対、ほっとかないのになー」
「毎年そうしてるんだから、別に・・・」
不自然に言葉を切った私に、橘さんが怪訝そうに聞く。
「どうしたんですか?」
「え、ああ、だから別に今年もいつも通りって事」
「・・・あの、佐々木さん、その家族でケーキ食べるのって、時間厳守なんですか?」
「特にそういう訳ではないけど? 行事という程でもないし」
「あのですね!」
橘さんが身を乗り出してくる。
「なに?」
「他にクリスマスの予定がないなら、せっかくだからいいもの見に行きませんか?」
「どうしたんですか?」
「え、ああ、だから別に今年もいつも通りって事」
「・・・あの、佐々木さん、その家族でケーキ食べるのって、時間厳守なんですか?」
「特にそういう訳ではないけど? 行事という程でもないし」
「あのですね!」
橘さんが身を乗り出してくる。
「なに?」
「他にクリスマスの予定がないなら、せっかくだからいいもの見に行きませんか?」
こうして彼女に、やや強引に押し切られる形で、私はクリスマスの約束を取り付けられた。
行き先は、少し遠くの町で、数年前に作り直された光るイルミネーション。
そこがクリスマスの日限定で、イベントをするのだそうだ。
存在は知っていた。去年は新聞のニュースでも見た。
かなり派手だったし、賑わったらしい。
行き先は、少し遠くの町で、数年前に作り直された光るイルミネーション。
そこがクリスマスの日限定で、イベントをするのだそうだ。
存在は知っていた。去年は新聞のニュースでも見た。
かなり派手だったし、賑わったらしい。
確かに、せっかくのクリスマスなのだし、そういう綺麗なものを鑑賞するのは悪くない。
行き帰りの所要時間から計算しても、女子高校生が帰宅するのに非常識な時刻にならずに済む。
特に理由もなく女一人で行く気にならなかったけど、二人なら多少はましだろう。
本当はカップルで行くべき場所という気もするけれど。
行き帰りの所要時間から計算しても、女子高校生が帰宅するのに非常識な時刻にならずに済む。
特に理由もなく女一人で行く気にならなかったけど、二人なら多少はましだろう。
本当はカップルで行くべき場所という気もするけれど。
午後の授業が始まる。
何だか上機嫌の橘さんを見ながら、私はさっき言葉に詰まった原因を思い出す。
毎年そうしてると言ったけど、厳密には違った。
去年のクリスマスも、やはり家に帰るのが遅く、ケーキは後から食べた。
何だか上機嫌の橘さんを見ながら、私はさっき言葉に詰まった原因を思い出す。
毎年そうしてると言ったけど、厳密には違った。
去年のクリスマスも、やはり家に帰るのが遅く、ケーキは後から食べた。
あの頃の私には、とても仲の良い異性の友達がいた。
彼が去年のクリスマスの夕方、私を誘い2人で街を歩き回った。
と言っても彼の目的は、クリスマス限定商品が時間切れで投売りされるのを狙っただけなのだけど。
実に色気のない事おびただしい話だ。
でも彼には私を誘う必然性はないのに、ごく自然に声をかけてきた。
一緒に行くのが当然、という風に。
私も疑問すら感じずに同意し、妙にわくわくしながら街に向かった。
彼が去年のクリスマスの夕方、私を誘い2人で街を歩き回った。
と言っても彼の目的は、クリスマス限定商品が時間切れで投売りされるのを狙っただけなのだけど。
実に色気のない事おびただしい話だ。
でも彼には私を誘う必然性はないのに、ごく自然に声をかけてきた。
一緒に行くのが当然、という風に。
私も疑問すら感じずに同意し、妙にわくわくしながら街に向かった。
一昔前ならともかく、今は売り手側もあまり無計画な事はしない。
だから収穫はちゃちなものだった。
安っぽい限定商品とか、賞味期限の短そうなお菓子がいくつか買えただけ。
それでも、宝探しの探検の様なそれは楽しかった。
だから収穫はちゃちなものだった。
安っぽい限定商品とか、賞味期限の短そうなお菓子がいくつか買えただけ。
それでも、宝探しの探検の様なそれは楽しかった。
クリスマスの時だけではない。
彼と共に居た中学最後の一年は、とても楽しい日だった。
その最中には、そこまでとは思わなかったけど、別々の学校に行ってしまった今になって、痛感する。
彼は今、どうしているのだろう。
時折、無性に会いたくなるけども、何でもないのにわざわざ押しかけて行くだけの踏ん切りがつかない。
行きたいのだけど、私が女で彼が男という事実がブレーキになってしまう。
そこに色々な意味が勝手に付いてくるからだ。当人同士にも、周囲からも。
彼と共に居た中学最後の一年は、とても楽しい日だった。
その最中には、そこまでとは思わなかったけど、別々の学校に行ってしまった今になって、痛感する。
彼は今、どうしているのだろう。
時折、無性に会いたくなるけども、何でもないのにわざわざ押しかけて行くだけの踏ん切りがつかない。
行きたいのだけど、私が女で彼が男という事実がブレーキになってしまう。
そこに色々な意味が勝手に付いてくるからだ。当人同士にも、周囲からも。
学校が終わり、私は橘さんと共に下校する。
彼女は例のイルミネーションの見所を、色々と解説してくれる。
その詳しさは、どうやら前にも見に行った事がありそうなのだけど、あえてこちらからはそれを聞かない。
聞いて欲しくない話なのかもしれないから。そうでないなら、そのうち話してくれるだろう。
しかし、橘さんの解説どおりのイベントだとすると、思ったより帰宅が遅くなりそうだ。
さすがに泊り込みにはならないだろうけど。
ひょっとすると男女で見に行った人は、そのままどこかに泊り込むのかもしれない。
彼女は例のイルミネーションの見所を、色々と解説してくれる。
その詳しさは、どうやら前にも見に行った事がありそうなのだけど、あえてこちらからはそれを聞かない。
聞いて欲しくない話なのかもしれないから。そうでないなら、そのうち話してくれるだろう。
しかし、橘さんの解説どおりのイベントだとすると、思ったより帰宅が遅くなりそうだ。
さすがに泊り込みにはならないだろうけど。
ひょっとすると男女で見に行った人は、そのままどこかに泊り込むのかもしれない。
駅の構内で、私は彼女と別れる。
「それじゃ」
「クリスマス、楽しみですねー。それじゃ、また明日」
嬉しそうに微笑みながら、橘さんは多少オーバーアクションで手を振り、自分の乗る路線があるホームへ歩いていった。
まだ4日もあるのに、今からこんなにはしゃぐなんて、気が早いことだ。
とか言いながらも、実は私も結構楽しみにし始めていた。
イルミネーションだけではない。橘さんとは仲のいい友達なのだ。
友達とどこかに行く事自体が、楽しみなのは当たり前だろう。
「それじゃ」
「クリスマス、楽しみですねー。それじゃ、また明日」
嬉しそうに微笑みながら、橘さんは多少オーバーアクションで手を振り、自分の乗る路線があるホームへ歩いていった。
まだ4日もあるのに、今からこんなにはしゃぐなんて、気が早いことだ。
とか言いながらも、実は私も結構楽しみにし始めていた。
イルミネーションだけではない。橘さんとは仲のいい友達なのだ。
友達とどこかに行く事自体が、楽しみなのは当たり前だろう。
朝。
いつもと同じ、けだるい目覚め。
でもいつもと違う、何か良く判らない違和感がある。
何か、楽しい事があったような。
日付的には、クリスマスが迫っている。その関係だろうか。
でも、思い出せない。思い当たる事がない。
漠然と考えているうちに、違和感は消えていった。
いつもと同じ、けだるい目覚め。
でもいつもと違う、何か良く判らない違和感がある。
何か、楽しい事があったような。
日付的には、クリスマスが迫っている。その関係だろうか。
でも、思い出せない。思い当たる事がない。
漠然と考えているうちに、違和感は消えていった。
私はいつもと同じ様に支度を済ませ、義務を果たすように学校に向かう。
自分を奮わせて授業に集中し、やがて放課後。
どこのクラブにも入っていないから、そのまま下校する。
帰宅の途中、数日ぶりに彼女は居た。私を見つけ、こちらにやってくる。
「佐々木さん、こんにちは」
自分を奮わせて授業に集中し、やがて放課後。
どこのクラブにも入っていないから、そのまま下校する。
帰宅の途中、数日ぶりに彼女は居た。私を見つけ、こちらにやってくる。
「佐々木さん、こんにちは」
挨拶をしてくる相手に無言を貫けるほど、私は意地悪くはなれない。
「こんにちは」
「それで…」
「また同じ話なら、私の答えも同じよ。興味はない」
「え…はい。でも…本当なんですよ?」
「別に、嘘を言っているなんて思ってないわ」
「それでは、信じてくれるんですか?」
「それも違うの。真偽は問題にしてない。話が突拍子もなさ過ぎて、私には扱いきれないのよ」
「こんにちは」
「それで…」
「また同じ話なら、私の答えも同じよ。興味はない」
「え…はい。でも…本当なんですよ?」
「別に、嘘を言っているなんて思ってないわ」
「それでは、信じてくれるんですか?」
「それも違うの。真偽は問題にしてない。話が突拍子もなさ過ぎて、私には扱いきれないのよ」
神だの能力だの世界の真実だのという話題は、ただの読み物としてならいいだろう。
でも個人に降りかかってくる話としては、途方もなさ過ぎる。
「それじゃ、ね」
何を言えばいいのか悩んでいる様子の彼女を置いて、私は再び歩き始めた。
もちろん、この程度であきらめる相手ではないだろうけど。
ふう、と溜息が漏れた。
足が重い。まあ、これは彼女のせいばかりではない。
でも個人に降りかかってくる話としては、途方もなさ過ぎる。
「それじゃ、ね」
何を言えばいいのか悩んでいる様子の彼女を置いて、私は再び歩き始めた。
もちろん、この程度であきらめる相手ではないだろうけど。
ふう、と溜息が漏れた。
足が重い。まあ、これは彼女のせいばかりではない。
「佐々木さん」
背後から急いで追いついてくる気配と共に、彼女がまた呼びかけてきた。
振り返りもせずに答える。
「なに?」
「あの、あのですね。クリスマス、何か予定入れてますか?」
「別にないわ。それが何か?」
思わずむっとしたせいか、少し言葉が刺々しくなってしまった。
背後から急いで追いついてくる気配と共に、彼女がまた呼びかけてきた。
振り返りもせずに答える。
「なに?」
「あの、あのですね。クリスマス、何か予定入れてますか?」
「別にないわ。それが何か?」
思わずむっとしたせいか、少し言葉が刺々しくなってしまった。
「でしたらクリスマスに、ちょっといいもの見に行きませんか?」
「いいもの?」
「いいもの?」
首を傾げる私に、彼女は少し遠くの町で、クリスマス限定のイベントをする光るイルミネーションの話をした。
そういうのがあることは知っている。去年は新聞のニュースで見た。
とっても綺麗らしいけど、だからって理由もなく一人で見に行くほどではない。
そんな事を考える私に、彼女はそのイルミネーションの見所を、顔を輝かせて解説してくれる。
どうやら前にも見に行った事がある様子だ。
判る気はする。新聞の写真でも結構派手だったから、現場で見ればさぞ壮観だったのだろう。
そういうのがあることは知っている。去年は新聞のニュースで見た。
とっても綺麗らしいけど、だからって理由もなく一人で見に行くほどではない。
そんな事を考える私に、彼女はそのイルミネーションの見所を、顔を輝かせて解説してくれる。
どうやら前にも見に行った事がある様子だ。
判る気はする。新聞の写真でも結構派手だったから、現場で見ればさぞ壮観だったのだろう。
説明をしていた彼女は、ふと気が付いたように付け足す。
「あ、念のために言いますけど、これは今までお願いしていた事とは一切関係ありません。純粋にあたし個人からの提案です」
「まあ、それが綺麗なのは判ったけど、なんでそれを私に…」
「佐々木さんが元気なさそうだったからです。たまにはこんな賑やかな物を見に行くの、いいと思いますよ?」
「あ、念のために言いますけど、これは今までお願いしていた事とは一切関係ありません。純粋にあたし個人からの提案です」
「まあ、それが綺麗なのは判ったけど、なんでそれを私に…」
「佐々木さんが元気なさそうだったからです。たまにはこんな賑やかな物を見に行くの、いいと思いますよ?」
余計なお世話。却って疲れそう。
喉まで出かかった反論が、何故か言えなくなった。
まあ確かに、彼女の言う通りでもある。気晴らしした方がいいのは自分でも判ってる。
でも他人から言われたくはない。
そのはずなのに。
どうしてだか、私はその提案を嬉しく思ったのだ。
軽く眩暈がする。何かを思い出しそうだけど、思い出せない。
喉まで出かかった反論が、何故か言えなくなった。
まあ確かに、彼女の言う通りでもある。気晴らしした方がいいのは自分でも判ってる。
でも他人から言われたくはない。
そのはずなのに。
どうしてだか、私はその提案を嬉しく思ったのだ。
軽く眩暈がする。何かを思い出しそうだけど、思い出せない。
「…佐々木さん?」
黙り込んでしまった私に、橘さんが少し不安そうに話しかける。
それで我にかえった。
不思議な事に、先ほどまでの苛立ちが収まっている。
黙り込んでしまった私に、橘さんが少し不安そうに話しかける。
それで我にかえった。
不思議な事に、先ほどまでの苛立ちが収まっている。
私は軽く微笑みながら、そして自分が微笑んでいる事に少し驚きながら、言った。
「そうね。たまにはそういうのもいいかな」
「…あ、ええ、そうですよ!」
「だけど、言いだした側の責任ってあるわよね?」
「はい?」
「エスコートくらいはお願いできるかな? 橘さん」
「え……あ、はい! 喜んで!」
目の前の橘さんの笑顔。
それが、誰かと被る。
誰だろう。
私に、彼女と似ている知り合いなどいただろうか。いないはずなのだけど。
なのになぜ、懐かしく思ってしまったのだろう。
まるで、親友と再会したみたいに。
「そうね。たまにはそういうのもいいかな」
「…あ、ええ、そうですよ!」
「だけど、言いだした側の責任ってあるわよね?」
「はい?」
「エスコートくらいはお願いできるかな? 橘さん」
「え……あ、はい! 喜んで!」
目の前の橘さんの笑顔。
それが、誰かと被る。
誰だろう。
私に、彼女と似ている知り合いなどいただろうか。いないはずなのだけど。
なのになぜ、懐かしく思ってしまったのだろう。
まるで、親友と再会したみたいに。
<終>