デートは中止という電話が掛かってきたのは約束の時間の、三十分前だった。
「それは、また」
吐く息は白く。商店街の街並みは、昼間だというのにライトアップされ、普段とは違う一面を見せている。
「唐突ですね。どうしたんですか?」
「……声聞けばわかるだろ。風邪引いたんだよ」
ジングルベルの音がやかましい。携帯を耳に押し当て、声に少しだけ力を込める。
「でも、キョンさんですからね。長門さんあたりを連れ込んでるという可能性を、否定しきれません」
「そうだと言ったらどうする気だ?」
「そうですねぇー」
まったく、と笑みが浮かぶ。風邪をひいていても、意地悪な所は変わらない。
「泣きます」
「……冗談だ。手ごわくなってきたな、お前」
「それはもう。いつもいつも愛のあるイジメをしてくれる素敵な彼氏がいますから」
携帯の奥で、言葉に詰まる彼の姿が目に浮かぶ。こういう直接的な言い方に弱いのだ、彼は。
「……あのな、橘。いや、彼氏である事は否定しないし、いやむしろ嬉しいくらいなんだが、いきなり」
「とりあえず、そっち行きますね。大人しく布団で寝ていてください」
有無を言わさず電話を切った。
過剰なまでのデコレーション。喧しいくらいのクリスマスの音。
となりに誰かさんでもいれば、素敵なイリュージョンと心躍る音楽へと変わったのだろうけれど。
「でも、しょうがないですね」
少しだけ残念そうに息をついて、デートのスタート地点に別れを告げた。
こんなのだからこそ、私たちらしいといえるのだろう。
財布を確認し、銀行前に止めてあった自転車を引っ張り出す。スーパーまで走って五分。
気分晴らしに鼻歌でも歌いながら、たまご粥を作る歌を歌いながら、唐突に閃いた。
腕時計の針は十時を指している。ちょっと早い昼食になるが、たまご粥でも作ってあげよう、と橘は思った。
商店街を、風を切って駆け抜けていく。
クリスマスという幻想を振り切り、ただの十二月の二十四日として、今日という日を迎え撃つ。
「それは、また」
吐く息は白く。商店街の街並みは、昼間だというのにライトアップされ、普段とは違う一面を見せている。
「唐突ですね。どうしたんですか?」
「……声聞けばわかるだろ。風邪引いたんだよ」
ジングルベルの音がやかましい。携帯を耳に押し当て、声に少しだけ力を込める。
「でも、キョンさんですからね。長門さんあたりを連れ込んでるという可能性を、否定しきれません」
「そうだと言ったらどうする気だ?」
「そうですねぇー」
まったく、と笑みが浮かぶ。風邪をひいていても、意地悪な所は変わらない。
「泣きます」
「……冗談だ。手ごわくなってきたな、お前」
「それはもう。いつもいつも愛のあるイジメをしてくれる素敵な彼氏がいますから」
携帯の奥で、言葉に詰まる彼の姿が目に浮かぶ。こういう直接的な言い方に弱いのだ、彼は。
「……あのな、橘。いや、彼氏である事は否定しないし、いやむしろ嬉しいくらいなんだが、いきなり」
「とりあえず、そっち行きますね。大人しく布団で寝ていてください」
有無を言わさず電話を切った。
過剰なまでのデコレーション。喧しいくらいのクリスマスの音。
となりに誰かさんでもいれば、素敵なイリュージョンと心躍る音楽へと変わったのだろうけれど。
「でも、しょうがないですね」
少しだけ残念そうに息をついて、デートのスタート地点に別れを告げた。
こんなのだからこそ、私たちらしいといえるのだろう。
財布を確認し、銀行前に止めてあった自転車を引っ張り出す。スーパーまで走って五分。
気分晴らしに鼻歌でも歌いながら、たまご粥を作る歌を歌いながら、唐突に閃いた。
腕時計の針は十時を指している。ちょっと早い昼食になるが、たまご粥でも作ってあげよう、と橘は思った。
商店街を、風を切って駆け抜けていく。
クリスマスという幻想を振り切り、ただの十二月の二十四日として、今日という日を迎え撃つ。
キョンの住むマンションは、駅前にあって大きくて綺麗で、家賃も高い。
もちろん、一人暮らしをするには贅沢すぎる部屋であり、一般的な両親を持つ大学生が住むにはちょっと無理な家賃である。
では、どうして彼はそこに住んでいるのか。
そのカラクリは隣に住む長門有希さんとその反対側に住む朝倉涼子さん、の謎の叔父さんの支援による。
どこをどう吹っ飛べばそうなるのか理解できないが、高校を卒業すると同時にマンションを買い上げ格安で提供したのだ。
始めのうちこそ断った彼であったが、長門有希と朝倉涼子の誠意ある説得により首を縦に振ったそうだ。
そうした訳で、彼の部屋はSOS団の支部として十二分に活用され、佐々木団(キョン命名)の支部と化している。
と、そこまで考えて溜息。
敵は強大である。
もちろん、一人暮らしをするには贅沢すぎる部屋であり、一般的な両親を持つ大学生が住むにはちょっと無理な家賃である。
では、どうして彼はそこに住んでいるのか。
そのカラクリは隣に住む長門有希さんとその反対側に住む朝倉涼子さん、の謎の叔父さんの支援による。
どこをどう吹っ飛べばそうなるのか理解できないが、高校を卒業すると同時にマンションを買い上げ格安で提供したのだ。
始めのうちこそ断った彼であったが、長門有希と朝倉涼子の誠意ある説得により首を縦に振ったそうだ。
そうした訳で、彼の部屋はSOS団の支部として十二分に活用され、佐々木団(キョン命名)の支部と化している。
と、そこまで考えて溜息。
敵は強大である。
駐輪場に自転車を止めて、カゴから袋を取り出す。念のため、卵が割れてないか確認。
問題なし。
角の店で買ったガトーショコラを落とさないように気をつけつつ、マンションに入る。
暗証番号は暗記している。何せ、自分の誕生日だ。
ちょっとだけ優越感に浸りつつ、ピピピピ、とボタンを押してドアを開けた。エレベーターに乗り七階を押す。
707号室が彼の部屋だ。サブマリンかよ、という彼の謎の突っ込みは誰にも理解されず、闇へと消えた。
エレベーターを降りて、部屋へと向かう。
呼び鈴を押してみる。
反応なし。
念のため、もう一度押してみる。反応がない。寝ているのかしら?
ポケットから合鍵を取り出して、ロックを解除。
と、がらんとした廊下の先、寝室のドアが開いていた。
「……あー、橘か?」
「お邪魔します。起きてましたか」
ケーキの箱をテーブルの上に置いて、袋から卵とネギを取り出す。
「ほらほら、病人は寝てて下さい。ひどい顔ですよ」
寝巻きのまま、彼が起きてくる。髪はボサボサで、辛そうに息をしている。
「いや、何する気だ?」
「れすきゅー、です。とりあえずお昼ごはんでもと思いまして。お米、炊いてありますよね?」
「ああ、あるけど。正直、あんまり食欲無いんだが」
キッチンに常備してある自前のエプロンを取り出す。
三角巾をキュっと締めて、振り返り、笑う。
「たまごがゆ、お嫌いですか?」
問題なし。
角の店で買ったガトーショコラを落とさないように気をつけつつ、マンションに入る。
暗証番号は暗記している。何せ、自分の誕生日だ。
ちょっとだけ優越感に浸りつつ、ピピピピ、とボタンを押してドアを開けた。エレベーターに乗り七階を押す。
707号室が彼の部屋だ。サブマリンかよ、という彼の謎の突っ込みは誰にも理解されず、闇へと消えた。
エレベーターを降りて、部屋へと向かう。
呼び鈴を押してみる。
反応なし。
念のため、もう一度押してみる。反応がない。寝ているのかしら?
ポケットから合鍵を取り出して、ロックを解除。
と、がらんとした廊下の先、寝室のドアが開いていた。
「……あー、橘か?」
「お邪魔します。起きてましたか」
ケーキの箱をテーブルの上に置いて、袋から卵とネギを取り出す。
「ほらほら、病人は寝てて下さい。ひどい顔ですよ」
寝巻きのまま、彼が起きてくる。髪はボサボサで、辛そうに息をしている。
「いや、何する気だ?」
「れすきゅー、です。とりあえずお昼ごはんでもと思いまして。お米、炊いてありますよね?」
「ああ、あるけど。正直、あんまり食欲無いんだが」
キッチンに常備してある自前のエプロンを取り出す。
三角巾をキュっと締めて、振り返り、笑う。
「たまごがゆ、お嫌いですか?」
たまごがゆのつくりかた。
一 炊いてあるご飯に水を入れ、コトコトと弱火で煮込みます。
二 鼻歌でも唄いながら、ネギを細かく切りましょう。
三 ネギと一緒に溶き卵を加えて、
二 鼻歌でも唄いながら、ネギを細かく切りましょう。
三 ネギと一緒に溶き卵を加えて、
……大事な事を忘れていた。
「お塩がいいですかー? お味噌がいいですかー?」
寝室の奥から任せるー、の声。ならばと思い、味噌を入れる。
薄味が彼の好みだ。
寝室の奥から任せるー、の声。ならばと思い、味噌を入れる。
薄味が彼の好みだ。
四 よく煮込んだら、お皿にとってあげましょう。
愛情たっぷりの、たまごがゆの出来上がりー
「出来ました」
「ああ。悪いな」
「ふふん、自信作ですよー」
「いや、たまごがゆってそんなに難しいもんじゃないだろ?」
「まだまだですねー。簡単な料理ほど腕を振るいがいがあるってものです」
そういうもんなのか、という言葉に、そういうもんですよ、と返す。
「……まあいいか。頂きます」
「はい、どうぞ。熱いですから気をつけて下さいね」
「ああ。悪いな」
「ふふん、自信作ですよー」
「いや、たまごがゆってそんなに難しいもんじゃないだろ?」
「まだまだですねー。簡単な料理ほど腕を振るいがいがあるってものです」
そういうもんなのか、という言葉に、そういうもんですよ、と返す。
「……まあいいか。頂きます」
「はい、どうぞ。熱いですから気をつけて下さいね」
外はクリスマス一色で。
みんな、それぞれのクリスマスを楽しんでいるのだろう。
けれど、それを羨ましいとは思わない。
何故ならば、キョンが美味しそうに、自分の作ったたまごがゆを食べているからだ。
頬笑みが隠しきれない。湧き上がってくる嬉しいという感情が、どうしても止められない。
だって、たまごがゆを、あんなに美味しそうに食べているのだから。
「おい、そうニヤニヤしながら見られると食べづらいんだが」
「あ、お気になさらず。今、もの凄い幸せ感じてますから」
「答えになっとらん」
みんな、それぞれのクリスマスを楽しんでいるのだろう。
けれど、それを羨ましいとは思わない。
何故ならば、キョンが美味しそうに、自分の作ったたまごがゆを食べているからだ。
頬笑みが隠しきれない。湧き上がってくる嬉しいという感情が、どうしても止められない。
だって、たまごがゆを、あんなに美味しそうに食べているのだから。
「おい、そうニヤニヤしながら見られると食べづらいんだが」
「あ、お気になさらず。今、もの凄い幸せ感じてますから」
「答えになっとらん」
ジングルベルの鈴が鳴る。
今日はクリスマス。雰囲気に浮かれ、デコレーションに酔う日。
そんなお祭りに参加できないのは残念だったけれど。
でも、と橘は思う。
雰囲気も、ロマンも、鈴の音もない。
この部屋にはクリスマスの破片すらない。
けれど。
そんな十二月の二十四日もあっていい、と橘は思うのだ。
だって、今。
とても幸せなのだから。
今日はクリスマス。雰囲気に浮かれ、デコレーションに酔う日。
そんなお祭りに参加できないのは残念だったけれど。
でも、と橘は思う。
雰囲気も、ロマンも、鈴の音もない。
この部屋にはクリスマスの破片すらない。
けれど。
そんな十二月の二十四日もあっていい、と橘は思うのだ。
だって、今。
とても幸せなのだから。
「キョンさんキョンさん」
「ん?」
「メリー、クリスマス」
幸せそうに、橘京子は笑った。
「ん?」
「メリー、クリスマス」
幸せそうに、橘京子は笑った。
「で、そのケーキはなんだ?」
「あ、これですか。これは私が食べたかっただけです」
「…………」
「あ、これですか。これは私が食べたかっただけです」
「…………」