[電柱でござる]

わたくしは、とるにたらない電信柱でございます
生まれた時は、はて、たしかに杉の木でありまして、森の中でも一番の若造で、一番のチビ助だったものですが
気づけば、この町の一番高いところで、こうして見下ろしていることになっておりました
はてさて、縁とは異のもの、不思議なるものでございます

さて、今ほども性質の悪い子犬と性質の悪い飼い主が、わたくしめの足元にションベン引っ掛けて立ち去っていったわけでございますが
物言わぬ体とは、いやはや、不便なるものでございます
わたくしめとて、そんなチンケなことに構っている気はございませんが、一角の人間、一角の犬君と生まれてきたならば、
いっぱしのマナーくらいは守っていただきたいものでございます

はて、話が逸れました
まあ、今日び、いや明日とて、わたしめが出来ることなどこうしてぼうっとすずめを肩ほど…
もとい、電線ほどに置いて遊ばせてやるくらいなのでございますが
わたくしめが目下気になっていることは、この町のクソガキ…
いや失敬、やんちゃな坊主が、わたくしの どてっぱらに描き申された落書きのことでございます

書いた内容はかわいらしいものでございまして 相合傘に坊主の名前とミヨちゃんの名前が記しております
ミヨちゃんといいますのは、ポニーテールが初々しい女の子でございまして
あのやんちゃが目下、からかいとおしている相手でございます。
いやいや、男の子の初恋というものは とて、青いものでございます。

さて、お気づかれた方もいらっしゃるかもしれませんが、
わたくしめのような木の電信柱は、そろそろ耐久年齢だの地震に対するうんたらかんたらに引っかかるのでございまして
そろそろ、モルタルの若造と交換の運びになるようでございます
それに関しましては、もの言えぬ我が運命を呪うなどチンケなことを言う気はございませんが、
ミヨちゃんがこの書き込みに気づかないのだけが、この電信柱、唯一の心残りでございます

そして、今ほどもまた子犬が通り過ぎていきました
この飼い主、髪飾りの趣味はよいのですが、俄然マナーの悪いのだけが気にかかります。木だけに…あいや、失敬
そして、鈍感ときているのですから、わたくしめがここを離れて、あのクソ坊主の恋は結局実らぬ果実のままなのか…
さてさて、心配ごとに過ぎぬのでございますが…杉だけに

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最終更新:2010年10月20日 01:11