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挟まれた老人


作者:wikiの人◆SlKc0xXkyI

A:乗客。
B:乗客。
老人:数奇なる運命を人生の最終局面にて歩む者。
車掌:そのまんま。


SE:電車

車01「えー、次は赤羽ー、赤羽でございまーす」

A01「夜も遅くなると、電車には色んな奴が乗るもんだ。
   いかにも疲れたって感じのリーマンや、音楽を聴きながらケータイをいじる大学生。
   化粧の手直しをするOLは、これからまだ予定があるのだろうか。
   とりあえずこんな時間に子連れの家族が電車に乗るな、せめてクソガキを黙らせろ。
   ああイライラする。普段は気にもしないってのに、今日はやけにイライラしてしまう。
   それというのも、隣に座ってるジジイだよ!
   このジジイ、ちゃんと風呂に入ってんのか? 全身臭くってたまんねーぜ!
   ったく、これだから電車は好きになれないんだ。
   ちゃんとルールを守って、人に迷惑かけないようにしろよな。
   あー……気分悪ィ。ジジイが臭いせいで、吐き気までしてきやがった。
   このジジイ、なんでこんなに臭いんだ?
   …………つーか、息してんのかこれ?」

B01「臭い。ええ、何が臭いかと言えば隣に座るご老人です。
   人様を臭いと評すのは失礼だと理解していますが、こればかりはどうにも。
   まるでそう、馬糞のような、とでも言えばいいのでしょうか。
   人体が発するとは思えぬような悪臭が漂っておりまして、中々に辛いものがあります。
   私の反対側、つまりご老人を挟むようにして座る男性も、これには辟易しているようですね。
   ……おや? 何やら驚いた顔をしていますが、何かあったのでしょうか?」

A02「おいおいおい、ちょっと待てジジイ。百歩譲って臭いのは勘弁してやってもいい。
   けどな、よりにもよって、なんで俺の隣でぽっくりしてんだよ!
   まさかボケ? これが老化によるボケですか? 呼吸の仕方を忘れたとか?
   それともあれか、ストライキか。心臓が職務放棄かましちゃってるのか。
   いや、そんなのはどうでもいい。問題は、反対側に座る男が俺を見ている事だ。
   ジジイが死んでるっていうのに、なんだあの冷静な顔は。つか、なんで俺を観察してやがる。
   ま、まさか……こいつがジジイに何かして、ジジイを殺したのか!?」

B02「大変です、どうした事でしょう。先ほどの男性が私をめっちゃ睨んでいます。
   目は口ほどに物を言うとありますが、眼光だけで殺そうとしてるんじゃないかと思います。
   ええと、私、何かしましたっけ?
   とりあえず敵意はない事を伝えるために、微笑みかけてみましょう。にっこり」

A03「わ、笑ってやがる……! なんて奴だ……!
   これで間違いないぜ。ジジイを殺したのはこいつだ!
   あの笑顔は、騒いだら俺も殺すって意味だ。そうに違いない。
   くそっ……! なんでこんな電車に、あんな恐ろしい殺し屋が乗ってるんだよ!?
   なあ神様、俺が何かしたか? そんなに俺が嫌いなのか?
   ああもう、ケガしていいから飛び降りてェ――ッ!!」

B03「なんかもう大変過ぎます。例の男性が、飛びてー、とか呟いています。
   ひょっとすると彼は、薬物中毒か何かで、今まさにトリップしているのでは。
   そうだとすると、私をあんな目で睨んだ事も納得がいきます。
   彼は私を睨んだのではなく、幻覚によって別のものに見えた私を睨んでいたのでしょう。
   しかしそんな人が電車に乗っているとは……この国の治安も落ちたものですね。
   ――おや、車内アナウンスが流れ始めましたね」

車02「えー、この先、揺れますのでご注意くださーい」

SE:振動

A04「ぬおっ……ジジイが、ジジイの死体がこっちに!?
   外傷とかないし、ジジイの死因って毒か何かだよな?
   って事は、触ったらヤバイじゃねーか! こっちくんな! あっちいけ!」

B04「なっ!? 倒れかけたご老人を、こちらに押し飛ばしてきましたよ!?
   確かに臭いのは認めますが、か弱い老人になんて事をするのでしょう。
   ご老人、大丈夫ですか――っていうか、息してませんね?
   え、まさか死にました? 押し飛ばされて、この世からも飛び出しちゃいましたか?
   ……なんて、酷い事を。
   薬物中毒だとしても、許される行いではありませんよ……!」

A05「うわあああ! や、やっぱ睨んでる! 超怒ってる!
   けど俺だって、死体とくっついてるのなんて嫌だし!
   元はと言えばお前が殺したジジイなんだから、責任取ってテイクアウトしろよ!?」

B05「な、なんという事でしょう……彼は怯えたように、激しく身悶えしているではありませんか。
   そのクネクネした動きは、明らかに常軌を逸しています。理性は欠片も残っていないでしょう。
   しかし私がここに偶然居合わせたのも、何かの運命なのでしょう。
   まずは彼に、ご老人が死んでしまった事を認識させる必要があります。
   死者を冒涜するようで気が引けまが、ご老人の死体を押し付けてやりましょう」

A06「何ー!? 何これ!? 何が起きてるの!?
   どうしてこいつ、ジジイの死体をぐりぐり押し付けてくるんだよ!?
   やり返すにしても、もっと別の方法がいくらでもあるだろ!
   怖いっつーかキモイ! キモ怖い!
   その死体、もうお前が持ってろよ!」

B06「馬鹿な、ご老人の遺体を押し返してくるだなんて!
   彼には死者を尊ぶ気持ちなど、欠片もないという事なのでしょうか。
   いえ、それだけではありません。
   ご老人が亡くなっている事を理解しながら、私へやり返すかのように遺体を押しているのです。
   まるでゲームに興じているようではありませんか!
   遺体を弄び、ゲームの道具にするとは、まさに悪鬼の所業。
   ですが私も、ここで引き下がるわけにはいかないのです……!」

A07「なんでだよー!? なんでもっと強く押してくるの!?
   ごめ、ごめんなさい! キモ怖いとか思ってごめんなさい!
   もう怖いだけだから、マジ怖いから、ホントやめてください!
   ああほら、挟まってるジジイからなんか、骨のポキポキ鳴る音がしてるから!
   もうこのくらいにして、引き下がってくださいよ!?」

B07「くっ、押し返すのをやめるどころか、さらに強く押してくるではありませんか。
   このままでは押し切られてしまいます。
   足を踏ん張り、肩を入れて、押し込むようにしなければなりません。
   ここまできたからには、意地というものがありますよ!」

A08「ほ、本気過ぎる! 何そのタックルみたいな姿勢は!?
   俺も同じようにしないと、押し切られてジジイを全身で抱き締める事になりかねない。
   さあ、これが俺の本気だ、諦めてその死体持って帰れよ!」

老01「ご、ぶふっ……! い、痛い、痛い痛い痛い!!」

A09「…………は?」
B08「…………おや?」

老02「な、何をするんじゃ!?」
A10「いや、何って……なあ?」
B09「ええ、まあ……ねえ?」
老03「わしのようなジジイを挟んで、何が楽しいんじゃ!?
   ハッ……! ま、まさか!」
B10「まさか……?」
老04「このわしの、熟れた肉体を目当てにあんな事を!?」
A11「気持ち悪い事言ってんじゃねぇぞジジイー!?
   さっきまで死んでたクセに、なんだその発想は!!」
B11「まったくです! 息を吹き返したからいいものの……!」
老05「あ、違う違う。わし、睡眠時無呼吸なんちゃらってやつでの?
   息止まっても、心臓はちゃっかり動いておるのよ、これが」

A12「……つまり俺らは、何か恐ろしく不毛な争いをしていた事になるわけか?」
B12「認めたくはありませんが……そうなるでしょう」
A13「じゃあさ、もうさ、いっそ……な?」
B13「ええ、ええ。いいでしょう、そうするべきです」

老06「お、おい? お前さんら、なんじゃその物騒な目付きは。
   いやいや、考え直せ! 老い先短いわしと違って、未来とかあるじゃろー!?」

車03「赤羽ー、赤羽ー。お降りの方は、忘れ物のないよう、ご注意下さーい」


終わり