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虫祭り


作者:wikiの人◆SlKc0xXkyI


 冴え冴えと、蒼い月明かりの降り注ぐ下。
 異相の森は、今宵もざわざわと風に揺れていた。
 獣達は寝静まり、虫の歌声が高らかに鳴り響く。
 闇に沈み、一寸先も見えぬ有様となれば、世界を牛耳るのは虫達だ。
 ある者は歌うように声を上げ、ある者は羽をかき鳴らして伴奏をする。
 人も踏み入らぬ深い森の中では、虫達の音楽祭が毎晩のように開かれていた。
 しかし一匹だけ、大きな杉の木の根元に座り込む者がいた。
 樹齢千を超える、この森で最も荘厳な大樹。
 積み重ね続けた命の迫力が、誰をも圧倒するその根元で、彼はぼんやりと空を見ていた。
 彼は鳴かない。
 毎晩の音楽祭に、虫達の世界に、飛び込まない。
 だが、彼は鳴かないのではない。
 彼はもう、鳴けなくなってしまったのだ。
 長い間、彼はずっと羽を震わせて音色を奏で続けてきた。
 しかしその羽は、見るも無残に擦り切れてしまい、これでは音を出せない。
 それどころか、生きるために空を飛ぶのも無理だろう。
 だから彼は、ここにいる。
 森で最も長生きな、荘厳なる大樹の下に。
 あまりに長い命の傍で、あまりに短い一生を終えることを選んだ。
 生まれた時から、ずっと見上げ続けた樹の下で。
 かつては自分も参加した、虫祭りの音に包まれて。
 静かに、静かに、ひっそりと。
 その生涯を終える時は、穏やかに訪れた。
 もう音色を奏でることも、空を羽ばたくこともない羽は、月明かりに透けている。
 ……やがて、どこから集まったのか。
 無数の蛍が大樹の周りを飛び交い、空へと昇っていく。
 まるで送り火のように、命の灯火を夜空に穿つ。
 いずれ朝になり、また夜が訪れる。
 そのたびに虫の音楽祭は開かれ、最後には誰かを送る。
 こうして森は何百年、何千年と続いて来たのだ。
 森に生きる者はいつか土に還り、また森の一部として生まれて来る。
 だから、この森に別れはない。
 あるのはただ、積もり続ける記憶の大地。
 疲れた時は、ほんの少し眠ればいい。
 目を覚ました時には、新しい羽を得ているのだから。