『世界が滅んだ朝』

A:女性。記憶喪失。跳ねっ返りのリアリスト。
B:男性。記憶喪失。詩作趣味のロマンチスト。


A01「ここはどこ?わたしはだれ?」
B01「ここはここ。君は君だ。世界は7時間前に滅んだらしいよ」
A02「答えになってない。言ってる意味がわからない。いったいここはどこなの?」
B02「ホテルだよ。地上40メートルのスイートルーム。素敵な眺めだね」
A03「やっぱり答えになっていない。ここはどこなの?」
B03「ようこそ新しい世界へ。最も新しい人」
A04「あなたは誰?」
B04「僕は僕。それしか知らない。それしか要らない。ここはここ。それで充分」
A05「違うわ。そんなの間違っているわ。ここはどこ?わたしは誰?あなたは誰?知らない。知
   りたい。どうしてあなたは悲しそうなの?」
B05「ああ、それが君なんだね。君は優しい人だそうだ。けれど君が強い人だとは、昔の僕は気
   づかなかったらしい」
A06「あなたは誰?」
B06「僕が持つこの手帳によると、僕と君とは恋人だったらしい。お互いにお互いが好きで好き
   で、だけどそれは許されなくて、2人で逃げて、追い詰められて。そうしてここで、2人は
   特別な薬を飲んだ」
A07「特別な薬?」
B07「思い出を無かったことにする薬。要するに、出会ってはいけない僕らは、出会ってからの
   ことをすっかり忘れることにしたわけさ。僕と君の2人の世界は7時間前に滅んだ。ここい
   る僕らはその残りかすってところかな」
A08「迷惑な話ね」
B08「寂しいことだね」
A09「そうかしら。何もわからないままこんなところに放り出された私としては、腹立たしいに
   もほどがあるわ」
B09「君は本当に強い人だね」
A10「あなたが感傷的に過ぎるのよ」
B10「僕が目覚めたとき、僕と君とは同じベッドの中にいた。僕の左手は君の右手と強く、強く
   繋がれていたんだ」
A11「……そう」
B11「わかるかい?僕がこの世に生を受けた2時間前、僕の人生最初の繋がりは、温もりは、君
   のものだったんだ」
A12「それは、迷惑な話ね」
B12「いいや。ただただ悲しいと思った」
A13「あなたは優しい人ね」
B13「君も、やっぱり優しい人だ」
A14「私が目を覚ましたとき、初めに見たものはあなたの顔だった。知らない誰かの、泣きそう
   な、慈しむような、優しい微笑みだった」
B14「それは……なんというか、照れくさいね」
A15「ご縁があれば、また会いましょう。思い出が消えた今は無理でも、いつか、どこかで。
   ひょっとしたら次の次の次の世界あたりで。袖触れ合うも多生の縁、なんて言うでしょう?
   ……さようなら。またね」
B15「さようなら。またいつか、どこかで」