『こいするかりんとう』


 ミドリちゃんのおばあちゃんの家(うち)には、いつも欠かさず美味しいお菓子があります。
 なので、近所の子どもたちが毎日遊びに来ます。優しいおばあちゃんは皆にお菓子を振舞うの
ですが、いつも決まって、かりんとうだけが、誰にも食べられずに残ってしまいます。
「皆もったいないわねえ。見た目はそっけないけれど、かりんとうだって、とっても甘くて美味
しいのよ」
 皆が帰ったあと、おばあちゃんはポリポリとかりんとうを囓りながら、そう呟きます。

 夏休みのある日、遠くの街からミドリちゃんが遊びに来ました。
 ミドリちゃんは、テーブルの上に置いてあるかりんとうを見つけて、不思議そうな声でおばあ
ちゃんに聞きます。
「おばあちゃん、これは何?黒くて、くにゃくにゃで、変な形」
「これはね、かりんとうっていうのよ。甘くて美味しいから、一つ食べてごらんなさい」
 ミドリちゃんは、かりんとうを見て、おばあちゃんを見て、それからそっとかりんとうを一つ
つまんで、ぱくり。とたんにミドリちゃんの瞳が、キラキラ輝きます。
「美味しい!甘くて、カリカリしてて、とっても美味しい!おばあちゃん、ミドリね、かりんと
うが大好き!」
 一つ、二つ、三つ。ミドリちゃんは夢中になって、かりんとうを食べます。
 それはそれは美味しそうに、ニコニコして食べます。

 そのことに誰よりも驚いたのは、かりんとうです。
「今まで皆ボクを食べてくれなかったのに、この子は何て美味しそうに食べてくれるんだろう」
 そして、誰よりも嬉しかったのも、やっぱりかりんとうです。
「とっても美味しそうな、素敵な笑顔だなあ。もしボクが人間になって、この子と一緒に遊べた
なら、それはきっと、すごく楽しいだろうなあ」
 そうです。ミドリちゃんがかりんとうを大好きになったように、かりんとうもまた、ミドリ
ちゃんのことを大好きになったのです。

 その日から、かりんとうは人間になるために頑張りました。
 かりんとうに手はないけれど、ミドリちゃんと手を繋ぎたいから、一所懸命に手を伸ばしまし
た。
 かりんとうに足はないけれど、ミドリちゃんと野原を駆けまわりたいから、一所懸命に足を伸
ばしました。
 たくさん、たくさん時間をかけて、かりんとうは頑張りました。

 ある日、かりんとうは、小さなテントウムシになりました。
 人間にはまだまだ遠いけれど、手と足を手にいれて、かりんとうは喜びました。
 ある日、かりんとうは、大きな角のカブトムシになりました。
 身体も少し大きくなって、かりんとうは喜びました。
 たくさん、たくさん時間をかけて、かりんとうは少しずつ人間に近づいていきます。

 かりんとうが、緑色のカエルになった頃、ミドリちゃんのおばあちゃんが倒れました。
 小学生になったミドリちゃんが、大きな声で泣いていました。
 カエルになったかりんとうは、
「ボクが今すぐ人間になって、ミドリちゃんの涙を拭いてあげられたらいいのに」
そう思いました。

 かりんとうが、しっぽの長いネズミになった頃、ミドリちゃんの隣にはいつも同じ男の子が
立っているようになりました。
 ネズミになったかりんとうは、どうしてかムシャクシャして、男の子に噛みついてやりたい気
持ちになりました。けれど、ミドリちゃんの幸せそうな顔を見ると、どうしてもそんなことは出
来ませんでした。

 かりんとうが、空をとぶ小鳥になった頃、ミドリちゃんはお母さんになっていました。
 ミドリちゃんは優しい声で、子どもに話しかけます。
「これはね、かりんとうっていうのよ。甘くて、美味しくて、お母さんの大好物なのよ」
 それは まるで小さい頃のミドリちゃんと、ミドリちゃんのおばあちゃんを見ているようでし
た。
 小鳥になったかりんとうは懐かしい気持ちになって、ミドリちゃんのおばあちゃんのために綺
麗な歌を歌いました。

 かりんとうが、可愛い仔犬になった頃、ミドリちゃんはシワシワのおばあちゃんになっていま
した。
 ミドリちゃんは子どもたちに囲まれて、幸せそうな笑顔で、ゆっくりと目を閉じました。
 枕元には、ミドリちゃんが大好きだった、かりんとう。だけど、もうミドリちゃんはそれを食
べることが出来ません。
 仔犬になったかりんとうは、庭からそれを眺めて「わぉん」と一声鳴きました。

 かりんとうは、それからどうしたでしょうか。
 ミドリちゃんはいなくなったけれど、やっぱり人間になったのでしょうか?
 ミドリちゃんのように、たくさん遊び、大きくなって、誰かを好きになって、お父さんにな
り、おじいちゃんになり、幸せに暮らしているのかもしれませんね。
 それとも、またかりんとうに戻ったのでしょうか?
 黒くて、くにゃくにゃで、だけど食べると甘くてとっても美味しい、素敵なお菓子は、今日も
皆をにっこり笑顔にしているのかもしれませんね。

 かりんとうの長い長いお話は、これでお終い。
 お話の続きは、きっといつか、皆の夢のなかでお話ししましょう。

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最終更新:2011年03月09日 22:20