目覚めよ、と呼ぶ声が聞こえ3

あまりの不快感と心の痛みに僕はひざまずく。
その下で、シンジはポケットから携帯を取り出し、話をしている。
僕は、見た。アスカの表情を。
なんて冷たくて、悲しい目をしているんだろうか。
その目に気づいた僕。気づかない下のシンジ。

「…ごめん、アスカ。仕事で戻らなきゃ…。」
「…。」
アスカは何も答えない。だけど、今の僕にはわかる。彼女の気持ちが。
あの頃の僕には、わからなかった。

「ほんとにごめん、アスカ。君の言ってたCOACHの新作、
気に入ったら買ってもいいからさ、ね?」
既にシンジの気持ちはネルフのジオフロント内にある。

答えを聞かずに駅に向かって走り出すシンジ。
「バカ」
下のアスカとここにいる僕は、同時に呟いた。

(私が欲しいのは鞄じゃないのよ、シンジと一緒にいる「時間」なのに…)
彼女の悲しみが素直な心の叫びが、僕の胸に響く。
僕の心拍は強く、そして早くなる。呼吸も荒くなる。
その音だけがしばらく響いていた。

気づけば、また僕は真っ暗闇の中にいた。
次は何が来るんだ?
胸が締め付けられるような苦しみに悶えながら、
僕は次にやってくるシーンがどのようなものか、なんとなく予想はついた。
そして、その予想は不幸にも当たっていた。

何度か仕事を理由にアスカとのデートをキャンセルする当時のシンジ。
確かにあの頃はネルフにとっても、僕にとっても大切な時期だった。
ネルフはその存在意義を問われ、予算を削られ、
社会に自分たちの必要性を認めさせるのに必死だった。
誰にも、余裕はなかった。
アスカにも、その余裕はなかった筈。
彼女は彼女で日々リツコさんに拘束されていたし、
彼女自身思い出したくもない筈の、量産機との戦いを
嫌と言うほどシミュレータで再現させられていた。
もちろん、腕を切り裂かれたり、腹を抉られたりするような事はなかったが、
それでもその実験のあった日のアスカは、ふさぎこんで、
瞼と右腕に残るその傷跡も、普段より赤く見えた。
まるで血でも流しているみたいに。
その夜は疼く腹部の傷跡を、一晩中さすってあげるのが僕の役目だった。

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最終更新:2007年08月07日 19:51
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