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『捕食者 -Predator-』

 


「……見ろよ、この顎(あご)」

 

 そう言いながら――いつしか『プレデター』と呼ばれるようになった――巨大な怪物の頭蓋骨を指し示す、薄汚れた白衣の男。
 この男の名前は小島裕人(こじまひろと)。防衛医科大学校卒業の幹部隊員であったが、その面影は既になく、伸ばしっ放しの髭と頭髪に、片方にヒビの入った銀縁の眼鏡が特徴的な、まるで漫画のマッドサイエンティスト的風貌となっている。 
 そしてここは基地の倉庫の一角を、合板とビニールシートで隔離し、一応の明かりと作業台、発電機、そして手術台と用意可能な最大限の医療器具を備えた、二〇畳ほどの医務室兼手術室兼研究室である。
 現在作業台の上には巨大な四本腕の怪物の骨格標本と、壁面の棚にはアルコールに漬けられた、四〇以上の内臓や皮膚や筋肉などの標本が並んでいる。

 

「――この顎、見事にバラバラですね。サージェンさんに殴られたんですか?」

 

 軽く皮肉な笑いを込めた台詞は、椚幸久(くぬぎゆきひさ)という八王子の医科大学生である。一応現役のはずだったが、米陸軍のコンバットブーツにオリーブドラブの戦闘服を着て、右の腰にはM9(※1)と予備弾倉が一つ、大腿部にはコンバットナイフを装備し、普通の医大生にはとても見えない。 
 因みに小島にとって、幸久の台詞全く思いもかけないものだったらしい。重そうにそれを持ったまま、呆れたようにため息をつくと、嫌がる相手に無理やり頭蓋骨を渡す。

 

「違うよ。良く見ろ」

 

「……キモイ、つーか重いです」

 

 確かに、幾分地球産の生物よりもミネラル分の多いその骨は、白骨というより、幾分黒く変色しており、なんとも迫力のある風合いである。

 

「バカ! こことここ、それからこことここコレもだ!」

 

 言いながら側頭部から顎先にかけての部分を、分厚いゴムの手袋をした手で指し示す。
 それで幸久と呼ばれた男も、それでようやく真剣にそれを見る気になったらしい。

 

「なんだろ? 関節? 小島さん、コイツ、なんで顎に関節が?」

 

「うん、関節というか、顎が四箇所でロック出来るようになってるんだ。それにこの部分……」

 

 幸久は既に夢中になっているらしい。
 コレが自分達の同胞を何人もまとめて殺戮していった怪物の頭部だという事を、完全に忘れてしまっているのである。
 そして小島と呼ばれた男が指差している部分を見ると、人ならもう一つ口を作れるほどの空洞が、側頭部から顎にかけての部分に存在している。

 

「ここだけモノコック構造?」

 

「……お前なぁ。まぁいいや、こことここで、それぞれ別々に梃子の原理が働く。しかも筋肉は子供の腕くらいもある立派なヤツだ。覚えてるか? 顔が半分に噛み千切られてた死体があっただろう? これが機能すると、あんな死体を量産できるようになるわけだ」

 

 言われて改めてその骨が何であるかを思い出したらしい。額にじっとりと嫌な汗を浮かべて、もう一度側頭部から顎に

かけての部分を観察しはじめる。
 大きさとしては、およそ馬の頭蓋骨をひとまわり大きくした程度であるが、その大部分が巨大な口であり顎で牙である。
 上下に特徴的な四本の犬歯、いや、剣歯が突き出し、広げると最大六〇センチ以上にまで広がる巨大な口。
 奥に上下左右で僅か八本の臼歯が、辛うじてこの生物が雑食性である事を示してくれている。

 

「……なるほど、三段階に広がって、閉じるときは四段階でロックされる……と」

 

「そう。そしてその力はおよそ六〇〇~一〇〇〇キログラム。つまりな、一度噛み付いたら、外そうと思わない限り、絶

対に外れない。挙句にこの牙だ」

 

 と、今度は作業台に放置されていた一本の剣歯を取り上げ、幸久の目の前にかざして見せる。
 長さはおよそ一五センチ、歯根の部分を除いて一二センチほどだろうか?
 まるで分厚いコンバットナイフのようだった。

 

「すごいですね……」

 

 それに頷き、見てろ、と一言。同じ場所に放置してあった木片に当てて引く小島。
 ザリザリと嫌な音をたてて、実に呆気なく、その木片に剣歯が食い込んでいく。

 

「――ノコギリ?」

 

「いや、ナイフさ。この牙の縁はな、細かなナイフが無数に並んでるんだ。地球ではティラノサウルスが同じ様な構造の歯を持っていたが、コイツはもっと硬くて薄くて鋭いぞ? 噛まれたら絶対に暴れるな。ズタズタにされる」

 

 それまで黙って持っていた『プレデター』の頭蓋骨を、慌てて作業台の上に放り出し、何か濡れた物を触ってしまった後の子供のように、両手をお尻の部分で何度も拭う幸久。

 

「あ、あの、暴れるなって、噛んだ方は暴れないんですか?」

 

「ならコイツにだけは噛まれるな。何処を噛まれても取り返しがつかなくなる」

 

 生唾を飲み込み。
 初めてこの世界に来た夜の恐怖を思い出す。

 午後の明るい日差しの中から、突然真夜中のこの世界に放り出された幸久達は、混乱したまま最悪の二時間を過ごし、全く、何一つ、どんな準備も心構えも無いままこの怪物の集団に襲われたのだ。
 楽しかった午後のイベント会場は、一瞬で怪物どもの食堂に変わった。
 二〇〇名以上いたのは判っているが、地球からこの世界に放り出された者が、一体全部で何人だったのか、正確なところは判然としない。
 この世界に来て二時間で、誰にも知られる事なく、さらに別の世界へと旅立って行った者達が何人も、もしかしたら十数名はいたのだ。 

 深呼吸の後、幸久は改めて『プレデター』の頭蓋骨を見つめて答える。

 

「……絶対に噛まれないようにします――」 
  

 

 


おしまい?

 

※1
M9:米軍仕様のベレッタM92の事。9ミリ口径の半自動拳銃。

 

 

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