ユメの続きが見たくて

part16-627◆LZfAlLlrykさんの作品です。


 ある日、あたしはユメを見た。

 いつものように学校でいつものように話してる。

 いつものような風景でいつものような顔触れたち。

 だけど、いつもと様子がかわった。

 世界が急にかわった。

 その時の友は、いつものバカ友じゃなくって、違う何かな気がした。

 その人の笑顔は輝いて、あたしの笑顔も輝いて。




 それがあたしの見たユメ。

 あくまでもユメ。

 でも、それが現実か、それとも本当に遠いユメの話か。寝ぼけ眼のあたしには理解するには時間がかかった。

 それで、あたしは、もう一度横になる。

 ユメの続きを見たくて、あたしは、もう一度横になる。

 彼とのユメを見たくて、あたしは、もう一度横になる。

 何度目か解らぬ。

 でも、ユメの続きを見たくて。

 ―――――ユメの続きが見たくて―――――





「キョンキョ~ン!」
「うぉっ! 朝からなんだうっとおしい!」
 あたしはなんら変わらぬ日常をしばらく過ごして来た。毎日学校に行って、帰ったらネトゲの世界へダイブ。顔も知らない仲間と一晩中騒いで盛り上がった。
 でも日常を変えたのがこの人。憐れなりキョンキョンや。名前も呼んでもらえずに中学からずっとキョンというあだ名らしい。
 名前は変でも意外とスゴい。平凡以外形容しようがないこのキョンキョンは、あたしの気持ちを鷲掴みにして決して離さなかった。
 このあたしをだよ? 今の今まで別世界の住人に恋をしていたようなあたしをリアルワールドで射止めた人物はこの彼だけだよ。
 これは自分でもわかるぐらい凄いことだ。驚天動地だ。天変地異の前触れか? とか、あたし一人で自嘲する。
 夜は決まってネトゲの世界に入り浸るあたしも、ひたすらボーっと夜を過ごしたのは初めてだよ。
 こんな性格だから、誰に相談するわけでもなく、もちろん本人に想いを伝えられるわけもない。
 ちなみにあたしにもれっきとした友人が何人かいる。その中の何人かも彼と交友があるわけで、その中の何人かもあたしと同様の想いを持っていることは判っている。
 だから相談出来ない。あたしの交友関係の広さは一般人の比ではない。悪い方で、比ではないのである。



 もちろん別世界の住人に助けを乞う事も出来ない訳じゃない。ただ、その世界をよく知っている自分だから、あえてその道は閉ざしてある。
 言うならば、あたしは身長にそぐわぬことない小心者、と言うことである。
 ただ、この性格と体型に感謝していることもある。
 こんな性格だから、この様に彼に抱きついてもなんらおかしくは無いわけで。
 この体型だから、外見では彼の妹にしか見えないわけで。
 少し悲しくもあるけれど、しかし、あたしのような小心者にとってはとても感謝すべきこと。
 最大限の勇気を使って、小さな小さな心を潤す。
 今は、それが一番しあわせ。
「え~なんていうかサ~もっと喜んでくれたり、受け止めてくれたりしないの?」
「そんな都合のいい思考回路は生憎持ち合わせていないもんでな」
 あたしの勇気を、簡単に受け流す彼は凄い。凄いというより憎らしくもある。
 憎らしくも愛してる。矛盾の心理は、小さな小さな心を、更に更に臆病にさせる。
 最大限の勇気が段々と小さくなるような時すらある。
 あたしは、どこに向かえば良いのだろう。



 ある日のこと。

 ユメを見た。

 しあわせなかおで笑うあたしと彼。

 何故だろう。彼の瞳の中には涙が溢れてる。

 泣きながら笑うなんて、なかなか滑稽な顔かな。

 彼の顔が近づく。

 曖昧だけど、三センチ。

 そこまで行って……






 あたしはベッドを頭から落ちた。
 後頭部である。人間としての大事なものが詰まっている後頭部である。
 その衝撃は、言葉では言い表せない。
 豆腐の角にぶつけて、なんて冗談があるが、あんなの冗談でしかない。
 幼い頃に母に習ったどうでもいい豆知識。こんな時に思い出すのは何故だろうか?
 そんなどうでもいいような事を思い出した後に、ユメを思い出した。
 ……転げ回ったよ。ぶつけた後頭部の痛さに。恥ずかしさに。自分の痛さに。
 ……しっかりと覚えてしまっている。あの顔、あの笑顔。
 妙な顔だけど、あたしを悶々とさせるには十分過ぎる破壊力を秘めている。
 ……時間は朝四時。お父さんは起きている様子は無い。
 ……自然と下腹部方向に手が伸びてしまう。
 ……いけないとは解っている。でも止まらないのが若さか。
 年頃の一般的女性達はみんなそうなんだろう、と自分に言いつけて手を下着の中へと忍ばせる。
 未だ生えない稚拙なものも、流石に興奮すれば機能はする。
 中は自分の名字に違えぬ様子だった。
 あたしは彼の本当の名前を呼んで、事を進めた。
 円滑になるあたしの中。固くなるあたしの頂点。
 彼の名前を呼ぶと益々興奮する。益々溢れる。
 彼の名を叫ぶと、彼があたしを抱いている妄想にかられる。
 妄想だから、なにしても自由。あたしは今までの別次元で体験したことを基にして理想の彼を作り出す。
 妄想は広がる。もう直ぐ達する。
 あたしは彼の名を叫び、達した。
 ……事が終わるとヒドい虚無感がある。これはどうにかならないものかと、あたしは早めに支度を始めた。
 たまにはきちんとした身なりで彼と会おう。そう思う一心で。



「おはよキョンキョン!」
「うぉっ! ……って」
 キョンは急に固まった。あたしの頭を見下ろす状態で。
 身長差は曖昧だけど、確か三十センチぐらい。それは見下ろす形にもなる。
「どったのサ、キョンキョン?」
「いや……その頭……」
「今日は気分転換でポニテにしてみました!」
「いや……すげー似合ってるぞ……」
 流石にこれにはドキッときたよ! 現在心臓の心拍数限界点を突破中!
 動悸、息切れには養命酒。とかいうどうでもいい冗談が浮かんでくるほど頭の中は大パニック。
 言った本人も顔が赤くなっている。正直可愛くてもっと見ていたいんだけど、自分もそれどころじゃないのが顔の熱さでよくわかる。
 ……朝のこともあって下の方は大決壊していることもわかる。悲しいかな女の性……。
「な、なにいいい言ってんのさキョンキョンキョンや」
「いや、お前キョンが一回多いぞ……」
 互いに顔を背けている中で、恥ずかしそうにキョンは突っ込んだ。ここでもツッコミの精神は忘れないのか。
「……なにハズカシいこと言っちゃってんの……」
「いや……これは……口から勝手に出たというか……」
「……本当に思ってることがポロッと勝手に出ちゃったと?」
「……なんとでも取れ」



 体調、いやちがくて、隊長! あたしの色々なところはもう限界です! 一時退却を!
「……ちょっとおトイレ行ってくるヨ」
「そ、そうか……」
「……うん、まぁ……その……」
「な、なんだ……」
「あ、ありがとう……褒めてくれて……」
 あたしは言い終わると最後、自分の出せる最大限の力を振り絞って、わざわざ別校舎のトイレまで駆け抜けた。
 そして悶えた。今なら歓喜の舞と称して全校生徒の前で踊ることだって出来そうなくらい舞い上がっていた。
 早めに身なりを整えたのは大成功だったようだ。
 ……ただ、朝に洗い流したハズの下の方は大変なコトになっている。
 ……ここは公共施設である学校である。
 ……ここには900人近い人間が集まっている。
 ……ここには……彼がいる……。
 ……理性なんてものは水に流してしまえ!
 下着を脱ぐ。もうほとんど本来の意味を為さないぐらいに濡れている。
 声を殺す。誰も居ないトイレには切ない喘ぎだけがこだまする。
 ……ここには……彼がいる……。
 ……ここで彼に見つかったらどうなるだろう。
 妄想は広がる。いつも以上に興奮する。
 あたしは、本日2度目を学校で済ましてしまった。
 ……興奮は消えない。でももう直ぐ授業。
 ……一限目ぐらいいっか。あたしは行為を続行した。



 明くる日も、あたしはユメを見た。
 昨日見たユメと同じユメ。
 全く同じ展開で目が覚めてしまう。
 あの後あたしはどうなるのだろう……もしかしたら、あんな展開やこんな展開に……。
 ……結局同じようにことをしてしまう。
 時間は昨日と同じぐらい。
 ……お風呂に入って、今日も早めに支度をしよう。
 彼が褒めてくれるように。

 明くる日も明くる日も同じユメを見た。
 その度あたしは行為に走る。
 最近欲求不満ではなかろうか……最近の回数は常軌を逸している。
 夜遅くまで行為に走ってしまう始末。しかも朝は毎日こんなユメを見るからかなり早い。
 ……まぁ幸せだからいいんだけど。
 ちなみに、最初誉めてくれた日から、彼はあたしを褒めなくなった。
 毎日見せつけるようにしているのに褒めてくれなくなった。
 ……まぁシャイなんだよね、キョンは。可愛いところもあるんだよねホント。
 さぁ今日も早く支度しよう。
 いつか彼が褒めてくれるように。



「あんたどうしたの? スゴい隈だよ?」
 そう言われたのはユメを見続けて1週間経った頃。毎日毎日同じユメを見る。
「そかな?」
「そうですね。夜遅いんですか?」
「う~ん……どうかなぁ~……」
「どうせあんたのことだから、毎晩遅くまでネトゲでもやってるんだろ?」
「いんや、最近INしてないなぁ~」
「なんですと!?」
「じゃあなにやってるの?」
「それは……」
 妄想を思い出す。思わず顔が赤くなっているのがわかる。
「おい、生きてるか~?」
「はっ! いやぁ~ちょっとね~!」
「なに急にフリーズしたりして……やっぱり疲れてるんじゃない?」
「そんな風に見える?」
「いんや、全く見えない」
「聞いといてそりゃないよかがみ……」
 れっきとした友達と呼べる仲との、何気ない会話。
 何気無く心配してくれてたりして、実際かなり嬉しい。



 その日の帰り道。
「夕焼けがきれいだねぇ~」
 言った後で後ろを振り返る。確認、誰も聞いていなかったみたい。
 今日は気分がいいから遠回りして帰ろう。そう思った。
 知らない道を歩く。行き止まりなら引き返して、また違う道。
 あたしの友達がいないときの暇つぶしだ。
 最近はめっきりこんなこともしなくなってた。友達もいるから。
 今日はなんとなく、やってみたかっただけだ。
 ふらふらと歩く。夕焼け空の中の風が気持ちいい。
 あたしのそこからの記憶は、あまり無い。
 ただ、気がついたら、そこは、夕焼け空の中だった。
 広い広い大空が、赤く染まっている。
 その中をあたしが浮いているような感覚。
 感覚といっても、感覚は無い。
 意識も朦朧としている。
 ……なんだろう。気づけば頭がもの凄く痛い。
 最近は毎日、後頭部をぶつけて起きる。
 それ以上に、後頭部にかかる激痛。
 体は動かない。感覚が無い。
 目の機能ははっきりと働いている。綺麗な赤い空を写している。
 でも、段々と瞼も重くなってきた。
 今気づいたが微かににだけど、聴覚も働いているようだ。
 どこか遠くから聞き覚えがある声がしてきた。
 誰だろう……。
 あたしの数少ない友達の中でもあたしの最も大切な人の声だといいな……。


「―――! オイ―――!!」
 うわ、スゴい。本当にキョンが来た。なんていうエロゲ的展開。
 口を動かしてみる。動くみたいだね。声もでるみたい。
「キ……ョン……キョ……ン」
 あれ? あたしこんなに喋れなかったっけ?
「大丈夫か!? 今救急車を!」
 救急車? あたしどうなったんだろう……。
 寝不足で倒れでもして、キョンが駆けつけてくれた……みたいな妄想通りの展開だったりしてね。
「……あた……し……どう……しちゃ……ったの……?」
「今は喋るな! もうすぐ救急車がくる!」
 なんか段々眠くなってきたような気がしないでもなくなってきた。
 ……でも今がチャンスだね。弱っているあたしの言うことならキョンは聞いてくれるよね?
「ねぇ……キョ……ン……キ……ョ……ン……?」
「どうした!? あんまり喋るな!」
 ヤバい。眠さピークだし、恥ずかしさで死にそうだよ~。
「ポニー……テー……ル……似合って……るか……な……?」
 言っちゃった……。
 顔は赤くなってるだろうけど、なにぶん感覚が無いからね。実際はわからない。



 すると、彼は瞳に涙を溜めて笑った。
 ―――あれ? これってユメで見たような……―――
「ああっ! 最高に似合ってるよ! だからあともう少しだ! 頑張れよ!」
 ……よかった。久しぶりに聞いたよキョンキョンめ。
 恥ずかしがり屋にもほどがあるってのに。
 ……眠い。とにかく眠い。
 眠たさのピークは今までの比じゃないくらい。
 ……少しぐらい寝てていいよね……。
 ……キョンなら家に運んでくれるぐらいしてくれるよ……。
「キョン……キ……ョン……」
「あぁっ! なんだ?」
 優しい笑顔。泣きながら笑ってる。
 あれ? 散々見たユメのまんまじゃん。
 今日は続きが見られるかな……
「あ……りが……と……」
 彼は笑顔のまま、あたしとの距離を約3センチまで詰めて……―――――



 あの日から、泉は目を覚まさない。
 もうすぐ一年。
 古泉に協力させて、知っている病院という病院を片っ端から泉を診てもらったが、結果は皆同じ。
 泉は所謂、植物状態になっていた。
 原因は酒気帯び運転の運転手による不注意による衝突事故。害者、後頭部を強く打ち重傷。意識不明。
 大手術の末に一命を取り留めても、結局はいつ死ぬかわからない状況。下手に手を出しても、死ぬ。
 最悪だ……こんな状況。
 運転手は即座に裁判、起訴されて、有罪懲役刑20年、執行猶予無しの判決を貰って今や刑務所の中でのびのびと暮らしている事だろう。
 ……出来ることなら俺がこの手で殴ってやりたい。
 二十年も経てばその事件の事など忘れて普通に老後を生きていくだろう。
 人の命を奪い損なっといて、自分だけ最期まで飯を貪り続ける。
 泉はチューブから繋がる点滴と呼吸器が命綱だっていうのに……。
 ……出来ることなら俺がこの手でその命を絶やしてやりたい。
 泉はあの日、笑った。
 理由はわからない。急にポニーテールにしだして、俺の目は泉に釘付けだった。
 泉はあの日、ポニーテールが似合ってるか聞いた。
 似合わない訳が無い。長く綺麗な髪だから。
 今や、その綺麗な髪も、やっと伸びてショートカットだ。
 頭には手術痕が残り、髪の生えぬ部分もある。
 もう2度と、あの綺麗なポニーテールは見られないのかも知れない。
 ……出来ることなら俺がこの手で奴らの家族を全員根絶やしにしてやりたい。
 ―――――……俺は、泉が好きだ……。―――――



 ある日、あたしはユメを見た。

 いつと違う風景でいつものように話してる。

 いつと違う風景でいつものような顔触れたち。

 だけど、いつもと様子が違った。

 世界が急にかわった。

 その時の友は、いつものバカ友じゃなくって、大切な何かな気がした。

 その人の笑顔は輝いて、あたしの笑顔も輝いて。




 それがあたしの見たユメ。

 あくまでもユメ。

 でも、それが現実か、それとも実際は遠いユメの話か。寝ぼけ眼のあたしには理解するには時間がかかった。

 それで、あたしは、もう一度横になる。

 ユメの続きを見たくて、あたしは、もう一度横になる。

 しあわせなユメを見たくて、あたしは、もう一度横になる。

 何度目か解らぬ。

 でも、ユメの続きを見たくて。

 ―――――ユメの続きが見たくて―――――



 世間一般で言えば、明日は七夕である七月七日である。
 同時に、柊姉妹の誕生日でもある。
 同時に、ポニーテールの日である。
 でも、それは俺たちのように普遍的に暮らしている、世間一般に言えば、である。
 泉には、時の流れも季節も一切わからないのだろう。
 今だ眠り続ける小さな体。何本ものチューブに繋がれた小さな体。
 過酷にももう一年と少し過ぎたが容態は変わらないままだった。
 明日は皆を連れてくるつもりだ。
 ハルヒ、長門、古泉、朝比奈さん、かがみ、つかさ、高良、黒井先生に泉のお父さん、それにゆたかちゃんと妹も……
 そこで、泉を加えたかがみ、つかさの誕生日を祝おう。
 生まれてきてくれてありがとう、と。
 みんなに巡り会えた奇跡を。
 明日は七夕。織り姫、彦星は願いを叶えてくれるとされている。
 ハルヒ、お前ならなんとかしてくれるんだよな……?



「あなたの考えは確かに一番確実なのかも知れない。だが、推奨はいたしません」
「何故だ!? 俺がジョン・スミスだと言って、ハルヒの力を認識させれば泉だって!」
「あなたは涼宮さんの気持ちをお分かりですか?」
「……ハルヒの気持ち?」
「涼宮さんは、あなたに好意を抱いていた」
 ハルヒが俺のことが好きだと聞いたのは、七夕前日の夜、駅前の公園で古泉からだった。
「……それがどうした」
「涼宮さんは泉さんがあなたに好意を抱いていることも判っていました。言うならば彼女は恋敵だったんです」
 そのときの俺は悪い方向にしか物事を捉えられなかった。
「……敵は滅べばいいと思ってるのかよ! お前も! ハルヒも!」
「彼女も人間。良心と泉さんに対する思いが心の狭間で揺らぎ、ひしめき合って、彼女の心はどんどん病んでいきました。
今まではそうは言ってもあなたは涼宮さんに付いていったし、彼女の心は当に首の皮一枚の状態で繋がっていたのです。
だがしかし、今回はつなぎ止めるものは何も無かった」
「俺のせいだって言うのか? 俺のせいでハルヒは苦しんでいるって言うのか?」
「あなたは冷静になるべきです。誰もそうとは言っていません」
「じゃあ何が言いたいんだよ! このまま泉が死……ッ!」
 俺は足が崩れた。自分の無力さに。
 ハルヒが考えていることも古泉が考えていることも理解できる。
 だが、理解出来ない。
 頭の片隅では理解しても、大部分は泉の事を考えてしまう。



「……現実的に言えば、万物の望みを実現出きる力なんていうものは存在してはならぬもの。
だが実際、この世のこの街の少女にはそんな誰もが望む、あってはならぬものが備わっている。
存在してはいけないものに頼って、泉さんは本当に回復したと言えるんですか?」
「だからと言って!」
「まだ彼女は生きている。あなたがその事を忘れなければ彼女は生きています」
「いつ死ぬかわからないんだぞ!?」
「冷静になって下さい。泉さんはこんなあなたを望んでいません」
 わかっている。解っているさ!
 だが、このまま引き下がって弱っている泉の事を見ていることなんて!
 元気だった泉の事がもう見れなくなるなんて……。
「……仮に、あなたが涼宮さんに自分の力を自覚させたとしましょう」
「そうすれば泉が!」
「しかし、泉さんを回復させた後、いえ、それ以前に打ち明けた直後苦しむのは彼女です。
他人から見たら普通ではないとはいえ、それでも自分の中では自分がありふれた人間だと、彼女は思っている。
だというのに、急に物理法則など適用されないような力を与えられていたと知って、彼女はどうするのです? どうすればいいのですか?」
「それは……」



「自由ほど怖いものはない。いずれ彼女は自分の力に溺れてしまうことでしょう。そうなれば最後、世界が消えてしまうかもしれない」
 古泉の言うことは全てが筋の通っていてもっともな話だ。
 だけど俺は諦めることが出来ない。
 俺は、泉が好きだ。
 ハルヒが俺に思いを寄せていると知っても、俺の気持ちは一寸も揺るがない。
 自分勝手だとは重々承知している。だが、泉を諦める事など俺には出来ない。
「解って下さい……彼女も悩んでいます。ただ、ひたすらに泉さんが回復する事を祈りましょう。僕達には、それしか出来ません……」
 古泉は心から悔しそうな顔をした。
 三年間一緒にいて、こいつのこんな顔は一切見たことが無かった。
 俺は泣いた。
 声を出して。声を荒げて。ただ、ひたすらに泣いた。
 泣くことの出来ぬ泉の分も、代わりに涙を流してやろう。
 自分の弱さを洗い流すように、涙を流してやろう。
 ひとしきり泣ききった後には、笑って泉が起きるのを待っていられるように、今はただただ、涙を流してやろう。
 明日は、昼には碧い空が見えて、夜には綺麗に天へと昇る星の川が見られるだろうから。



 七月七日。
 今年の七夕の曜日は学生からしたら休業日である土曜日。
 昼間からみんな集まって、かがみ、つかさの誕生日を祝った。
 病院だというのに騒ぎに騒いで、何度か看護士の人が来たが、特に注意する事もなく泉の点滴を替えて出て行った。
 きっと気を使っているのだろう。可哀想だと。気の毒だと。
 だが、みんなこの時はしあわせな顔をしていた。
 誰一人として諦めてなどいなかった。
「もうすぐ夜ね。みんな、短冊に願い事書いて!」
 ハルヒは二年前と変わらずに行事ごとはしっかりと参加している。
 七夕にはいつからか笹の葉に願い事を書いた短冊をくくりつけるという風習があったという。
 日本でしか行われておらぬこの風習に皆はなにを期待するのか。
 この信憑性のない行為に何を期待するのか。
 ――――決まっている。――――
 こなたが起きて元気になること。
 皆、誰一人違える事無くこの願い事を書いた。
 この行為は本当に効果があるのかは判らないが、ただ、何となくだが、今日は叶うような気がした。
 空を見れば、天に輝く幾千、幾万、幾億もの星々が、川の如く天を流れていた。
 この願いは、川の流れにも負けずに、対岸にいる彦星に届くのだろう。
 神を信仰する宗教とかに入っている訳ではない。が、今日だけは神という存在を信じてみてもいい。
 神様どうか、こなたが目を覚ましますように、と。



 その帰り道、俺はハルヒと歩を共にしている。
 どちらから言い出した訳じゃない。家の方向も同じな訳でもない。
 自然と二人で並んで満天の星空の中、自然と足が動いている。
 どこに歩こうなどと意識しているわけじゃない。
 ハルヒと会話はすることなく、ただ歩を共にしている。
 月明かりだけが足元を照らす暗闇の中、二人の距離は近く、だけど遠かった。
「なぁハルヒ」
「なによキョン」
「こなたのこと好きか」
「……嫌いよ」
「……そうか」
「あんたは」
「好きだよ」
「この期に及んで友達として好き、だとかいう下らないオチじゃないわよね」
「あぁ」
「そっ……」
 ハルヒの表情は見えない。それといって表情を無理に窺おうとも思わなかった。



「俺はこなたを女として好きだ」
「……あたしも好きだったわよ。男として、あんたを、ずっと」
「……そうか」
 いつもの会話のような、リズムのとれた会話のやり取り。
 泣き叫ぶこともしなけりゃ愛を乞う事もしない。謝ることもしなけりゃ怒ることもしない。
 ただ当たり前かのように、ハルヒは俺に告白した。
「こなたを嫌いって言ったのは嘘だけど本当。正直、居なくなればって思ったことだってある」
 互いに顔を向ける事無く、顔は常に正面一点に向けられている。
「それは残虐で非道で、とても悲しい事。だからあたしは今はそうは思わない」
 ハルヒの歩いていた足が止まる。顔を翻し、俺に満天の星空が詰め込まれた瞳を真っ直ぐに向ける。
「ねぇ、ちょっと手伝って」
 ただ俺の目の先一点に集中されたし場所は、東中。ハルヒとの出会いの原点。
 五年前と違う事は、ハルヒと俺の背格好とそこに朝比奈さんがいないことだけだった。



「あ~! ちゃんと真っ直ぐ線引きなさいよ! そこ! 曲がってるからやり直し! だぁ~っ! そこはもうちょい左よ!」
 俺は丁度五年前、朝比奈さんの時間遡航により、涼宮ハルヒが中学一年生の時の七夕に全く同じようなことをやらされた。
 真夜中の校庭に忍び込んで幾何学模様と言うべきか、はたまた魔法陣とも言うべきか。
 然るべくは、現代の文字文化が退化したともとれる謎の陣を書かされた。
 時を超えて五年たっても、我等がSOS団団長である涼宮ハルヒはなんら変わっていなかった。
「まぁいいわね! 後はあたしがやるからあんたはそこらで休んでなさい!」
 俺の手から白線を引く道具を奪い取ると、ハルヒは駆け出しといった。
 アイツは厄介事をずっと背負い込む程バカじゃない……か。いつかにあいつが自分で言った言葉を俺は思い出した。
 ただ線を引くだけなのに愉しそうに走り回って、大きな瞳の中の小宇宙は相も変わらず、キラキラ光輝いている。
「どう? ちゃんと出来てる?」
 座っていた朝礼台らしきものから立ち上がり、上からハルヒ力作の陣を最終チェックする。
「あぁ、完璧だ」
 ハルヒは満面の笑みをこちらに向ける。



 五年前の謎の宇宙語らしい陣がほんの少し形を変えたものがそこには広がっていた。
「ふぅっ、よし! 完璧ね!」
 ハルヒも朝礼台の上に立ち、自分で作った陣を見下ろして満足そうに笑みを浮かべる。
「これ、あんたには意味がわかる?」
 五年前――――俺が書いた文字の意味は――――アタシハココニイル――――
「アタシハココニイル、か?」
「ブゥ~ッ! 大ハズレよバカキョン!」
 顔の前で大きくバツマークをつけて得意のアヒル顔で笑ってる。
「あたしが最初に書いた文字は、織り姫や彦星や、どこか遠くにいる宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に向かって、
あたしはここにいる。だから、つまらない世界をあたしの世界を変えてほしくて、アタシハココニイルって意味を込めて書いたの」



 こいつは石の上にも三年とかいう諺を知らないだろうな、と思ったら思わず笑みがこぼれた。
「それで? 今回はどういう意味だ?」
 朝礼台の上で空を見て話していたハルヒは、朝礼台を飛び下りて陣の文字の中心に走っていった。
「それは……」
 大きく息を吸い込んで、大きく手を広げ、ハルヒは今にも飛び出しそうで、月明かりが眩しくて、俺はハルヒに天使が舞い降りたのをこの目で見た。
「この先、未来永劫、あたしたちの世界はずっとずっと暖かくて、優しくて平和な世界であるように、あたしはここに願う!」
 そうして、世界は光に満ち溢れた。




 ある日、あたしはユメを見た。

 明るく優しい世界でいつものように話してる。

 暖かく平和な世界でいつものような顔触れたち。

 世界が光が満ちている世界へかわった。

 友は、いつものバカ友じゃなくって、大切な何かな気がした。

 その人の笑顔は輝いて、あたしの笑顔も輝いて。




 それがあたしの見たユメ。

 でも、それが現実か、それとも本当に遠いユメの話か。寝ぼけ眼のあたしには理解するには時間がかかった。

 だけど、あたしはもう一度ユメを見ようと横にはならない。

 ユメの続きは、この暖かい世界で自分の目で見ていこう。

 彼とのユメの続きは、この平和な世界で自分の目で見ていこう。

 ユメの続きを見るために、あたしは自分の足で歩く。

 ―――――ユメの続きが見るために、あたしは自分の目を開ける……―――――



「ん~っ! 今日もいい天気だっ!」
 自分の小さな小さな体を精一杯伸ばして息を大きく吸い込みながら背伸びする。
 空を見れば夏の空に相応しい、青い蒼い雲一つない空が広がっている。
 天気は上々、気分も上々。気温は高いが、あたしの心はもっと熱かった。
「げっ! もうこんな時間!」
 夏だと言うのに全速力で走らなければならなくなった。
 愛するあの人が待っているから。……なんて、クサいねあたし。
 風があたしをすり抜けていく。セミロングの髪は後ろに靡いていく。
 外はこんなに暑いのに、気分は清々しい気分だった。
 空を見ながら走ってみれば、飛行機が通った後に飛行機雲が架かっていた。
 ……さぁ、あと少しで到着だ。彼はどんな表情で待っているだろうか。
 怒ったような表情か、呆れたような表情か。はたまた、いつもと変わらぬ冴えない顔か。
 だが、やっぱり、あたしはあの人の何気ない笑顔が好きだ。





「……よう」
 素っ気ない挨拶。だけど、表情はあたしが一番知っている、何気ない笑顔だ。
「おはよう、キョンキョン」
 あたしは彼に飛び付いた。彼は少し嫌な顔をする。が、直ぐに笑顔に顔を変え、大きな手であたしの頭を撫でてくれる。
「お前その頭……」
「へっへ~、どうかなキョンキョン?」
 彼はあたしを抱き締めたまま、いつかの言葉を口にする。
「あぁ……最高に似合ってるぞ」
 あの日の長さにはまだまだだけど、出来損ないのポニーテール。彼は喜んでくれたみたい。
 あたしは、彼との距離を0にする。
 あのユメの続きを見るために、あたしは今日も生きていく。
 あのユメの続きを見るために、彼とあたしは今日も生きていく。
 そう。こんなにも世界は、光と暖かさと優しさに満ち溢れているのだから。
 ――――ユメの続きは、自分の手で作っていくのだ。――――

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最終更新:2007年10月08日 17:36
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