泉こなたの奮闘 ― 第一幕 ―

あたしは泉こなた。花も恥らう女子高生。
大学受験というやつも間近に迫ってきて、さすがに本腰入れて勉学に励んでいる今日この頃…だった。
だったはずなんだけどねえ。

― 第一幕 ―

「おっす、こなた」
と声をかけてきたのは、あたしの腐れ縁的な存在、柊かがみだ。
友達にランク付けなんてするもんじゃないとは思うが、強いて序列を決めるなら一番の親友、なんだろうな。
「お姉ちゃん待ってー。あ、こなちゃんおはよう」
こちらは柊つかさ、かがみの妹。
双子なんだからどっちが姉でもよさそうなものだけど、どう見てもつかさのほうが妹タイプだね。
あたしたち三人して、学校までの坂を歩く。
それにしてもくそ長い坂道ですこと。まあそういう設定になってんだから、仕方ないか。
「いまさらになって、バス通学だったありがたみがわかったよ」
つい、そうひとりごとが出る。
「へえ、あんた中学はバスだったの。でもこっちのほうがカロリー消費できていいじゃない」
おっと、いまのをかがみに聞かれてしまった。さてどう返そうか。
「それって、カロリー余らしてるひと限定のありがたみだよね」
そう聞いたかがみは、うっさいわねと言ってずんずん先へ進み出した。つかさがあわてて後を追う。
特段その必要もないくせに、なぜそうダイエットにこだわるかね。そんなに脂肪分が憎いなら、おバストを三割ほどこっちに分けてくれんか、かがみんや。
彼女のカラ元気もそう長くは続かなかったようで、すぐ追いついたあたしはまた並んで歩いた。
どうということのない日常会話をしてるうちに、一年の教室の前までたどり着く。かがみは五組、あたしとつかさは六組にいったん別れた。じゃ、また昼休みにでも。

うちのクラスにはつかさのほかに、もうふたり友達がいる。
どっちも女子ってあたりが、あたしの交友関係の限界を示してるわけだけど。
「おっはよー、みゆきさん、ながもん」
おはようございます、と朗らかに返答してくれたのは、優等生の高良みゆき。
この人のご挨拶はいつも、バックにしゃらーんとお花かなんかが映りそうな勢いだ。同級生なんだけどつい『さん』付けで呼んでしまう。
そして。
「……」
三点リーダだけでも登場人物のセリフとみなせる。日本語って便利だね。
長門有希は、本当に一瞬だけあたしと目を合わせ、ミリ単位の動作でわずかにあごを引いた。
うんうん、長門はこうでないと。だがね、時にはあえてキャラ立ちを崩すことで、よりいっそう深みが出るってもんだよ。
「おはよ、ながもん。なーがーもーん」
そう呼びかけてみる。長門は、さっきよりはもう少しだけ長くこちらを見た。
「ながもん、ではない。長門有希」
「いやいや、もちろん知ってるよー。でもあたしはさ、ながもんって呼びたいんだ」
さらにわざとらしく、肩をぺしぺし叩くふりをしながら言ってみる。長門はあいも変わらずの無表情、だけどやや不機嫌そうに見えなくもない。こりゃちょっと踏み込みすぎたかも。
「そう呼ぶ意図が推測できない」
ほう。長門でも推測不能な何かを起こせる生物は、この広い宇宙でもそうそういなかろう。
「あたしにとって、長門有希は憧れの存在の一人なんだよ。だからあたしだけの特別な呼び方がしたくてさ。まあ、長門をながもんと呼ぶこと自体は、わりあいメジャーなんだけどね」
そう聞いて、長門は相変わらずの無表情…彼女の表情の描写はもういいか。つかさとみゆきさんは呆れ顔だ。
「メジャーだったの? こなちゃんのほかには聞いたことないけど」
「あの、差し出がましいようですけど、ご本人がお嫌そうな呼び名はどうかと」
むう。本気で嫌がってるんなら、やめといたほうがいいかな。まだ情報連結解除はされたくないし。などと考えていると。
「そのような動機なら、止めはしない」
そう言ってくれて、ぱっと嬉しくなった。ウォッチの対象としてではなく、純粋に友達として好きになれそうだよ。
「お、いいの。じゃあこれからもそう呼んじゃうよ。よろしくね、ながもん」
長門はまたさっきみたいに、一瞬だけ視線をあわせてうなづいた。これはもしや、ちょっと恥ずかしいけどでも嬉しい、みたいな感じかな。あたしにも長門表情鑑別士の才能が芽生えてきたか。
「よかったね、こなちゃん」
つかさは自分のことのように喜んでくれている。
みゆきさんは少し恥ずかしそうにしていた。本当に差し出がましかったみたいで…とかごにょごにょつぶやいている。
うん、これだよ。以前の、いつもだいたい四人でいた日常も、全然悪くはなかった、でもやっぱり。
あたしはこの世界が大好き。


授業の合間の休み時間、お手洗いに行ってきたあたしは廊下で何人かの女子に声をかけられた。
「ちょっと泉さん。あんた、あのSOS団に入ったってマジ?」
ええと、この子らは何組だっけ…まったく思いだせないや。
「ん。こないだ団長サマに入団を許可してもらったけど。それがどしたの」
そう答えると、あたしに声をかけてきた女子は眉をひそめた。
「どうって、その団長様が問題よ。あの涼宮ハルヒの数々の伝説、知らないわけじゃないでしょ」
信じられない、とでも言いたげな顔をしている。別の女子がさらに質問してくる。
「もしかして古泉君が目当てなんですかあ」
そう聞きながら、こいつはニヤニヤしている、なんだか感じ悪いな。
「古泉ねえ。それほどあたしのタイプじゃあないな。確かに『ウホッ、いい男』とは思うけど」
「ウホ? なにそれ」
はいはい、理解できないネタでしょうね。これでピンと来る人種ならもう少し付き合ってあげてもいいけど。正直、これ以上彼女らと話してても、時間のムダって気がする。
「ちょっと待って、まだ終わってないんだけど」
会話を切り上げて教室に戻ろうとしたところで、行く手をふさがれた。なによ。
「あんなワケわかんない人と、本気でつるむつもりなの、って聞いてるの」
こいつ、口元は笑ってるけど目がマジだよ。いいからもう帰してほしいなあ。
「なんでそんなムキになってんのさ。なんか恨みでもあるの、ハルにゃんに」
目の前の子は頬がぴくぴくと引きつっている。ほかの子たちは、あーあって顔をしている。何かまずいことでも言ったか。
「は。東中出身で、あいつをよく思ってる生徒なんて一人もいないわ、女子も男子も。こっち来てちょっとはおとなしくなるかと思ったら、なによ、あれ。変り者ばっか集めて、偉そうにして」
彼女はえらくヒートアップしている。やっぱりなんか恨みでもおありのようで。それはあたしに言わず、本人に直接言ってみたらどうだい。
ま、言ったって相手にされないから、誰かにやつあたりでもしたいんだろうけど。
「特にあの、なんだっけ、変なあだ名の男子。なんでずっと涼宮さんと付き合ってられるの。ドMなの?」

どう手をつけたらいいものか、ちょっと唖然としていたあたしの背後で、大きな咳払いが聞こえた。
「俺はいたってノーマルだ、これ以上妙な評判を広めないでくれ」
たったいまドM疑惑をかけられた話題の男、本名不明の男子、キョンがあたしの後ろにいた。
「あと、誰でもいいから俺の代役を募集中。なりたいやつがいればの話だが」
噂をすれば何とやら。さっきまで派手に炎上していた女子Aは、はっと我に返った。ふん、とひとこと吐き捨てるように言い、女子B以下を引き連れて立ち去っていった。
「なんと言うべきか…中学時代のハルヒの悪行が想像できるな。これでいいのか、あいつの人生」
ため息をつくようにキョンは言う。自分に変な噂が立つことについては、あまり気にしていないのか、それとも全て諦めてるのか。
「お人よしだねー、キョンキョンは。あたしは、あの無茶なとこも含めてハルにゃんが好きだけど」
ハルヒの気持ち、少しは理解できるつもりだ。あたしも中学の頃はわりと孤立しているほうだったし。まあ深夜の校庭に魔方陣を描くまではしなかったけどね。
「いまみたいのでいいのか、泉」
ん、なんのこと。
「確かにあいつら、いい感じじゃなかったけど、それでも同級生だろ。ハルヒと同類に見られてちゃ、あとあと苦労するぞ」
ホントにこいつは心配性だね。遺伝子レベルで苦労人属性というべきか。
「あー、いいのいいの。どうせ背景キャラだよ、あの子ら」
彼女たちが、あたしにとって重要な人物でないのはわかりきってる。
「…全員、くじら声だったじゃないのさ」


お昼休み。あたしはいつものように手近な席をくっつけて、つかさ&みゆきさんとお弁当を食べていた。そのうちかがみもこの教室に来るはず。それがいつものルーチン。
今日はもう一人、この島にお呼ばれされてる人物がいる。
「ねえねえ、長門さん。わたしも長門さんのこと、長門さんじゃなくて、違うふうに呼んでもいいかなあ」
つかさはさっきから熱心に長門にからんでいる。本人にはからんでるつもりなんてないんだろうけど。
「長門有希…ゆきちゃん。ってダメか、ゆきちゃんはゆきちゃんのほうだし。じゃあでも、んー、有希だと、どう考えてもゆきちゃんにしかならないし」
完全にイミフっすよ、つかささん。しかし、混乱してるつかさはズルいほど可愛いな。
「では、その呼び名は長門さんにお譲りするとして、私のほうを違う風に呼んでいただく、というのはどうでしょう」
たまらずみゆきさんが代案を出す。
「じゃあそうしよっかな。えーと、みゆちゃん。うう、なんかすっごい違和感あるよ」
長門はこのやり取りにいっさい口を挟まず、黙々とお弁当を片付けている。
「やっぱりゆきちゃんはゆきちゃん。だとね、長門さんは…」
これ、ほっといたらエンドレスで続くね。つかさはもしかして、あたしだけが長門と親しいのが悔しいのかな。この場合どっちに嫉妬してるんだろう。
それにしてもかがみのやつ、遅いなあ。
わいわいやってるうちに、みんなあらかた食べ終わってしまった。食事が遅いつかさだけは、まだもぐもぐしてるけど。
長門は食事を終えると、じゃあ、とひとこと言って席を立ち、そのまま教室を出て行った。積極的に仲良くしようとされるのは苦手なのかな、別に嫌がってたようには見えなかったけど。
みゆきさんは教科書を広げて、午後の授業の予習中。筋金入りのマジメっ娘さんだねえ。
あたしはどうにも手持ち無沙汰だ。カバンにはゲームが入ってるけど、やってるとこを先生に見つかる可能性を考えたらリスクがでかい。何をしたもんか。
このとき、ふと誰かの視線を感じた気がした。出入り口のほうをうかがうと、ガラス越しに見知った姿が見える。キョンか。なんかあたしを手招きしてる、なんだね。
席を立つとつかさがこっちを向いた。ちょっち隣に行ってくるよ、そう言い訳する。

「どしたのー、キョンキョン。こっそり呼び出すなんて。はっ、まさか愛の告白とか」
そう言われて、キョンはうんざりしたような表情になる。
「じょーだんだってば。本気で告白するんなら、まず靴箱にラブレターを投函してからだね」
「悪いが、おまえのペースにはつきあってられんぞ。ちょっと確認したいことがあるんだが」
なんだかそっけない態度だぞ。あたしもいままでに、ちとアレな話題を振りすぎたか。
「いいけど。あ、そういやかがみんは? お昼はそっちのクラスで食べてたの?」
そう聞くと、キョンは顔をしかめた。
「かがみか。たしか昼休みになってすぐ、ハルヒと一緒に学食に行ったな。弁当持参だからいいって言ってたのに、ムリヤリ連行されて」
なんだ、ハルヒの強権発動に巻き込まれたのか。ならしかたない。
「ハルヒのやつがなあ、なぜか急に、俺に口をきかなくなっちまったんだ。もう面を見るのも嫌って顔してやがった」
キョンは何かぶつぶつ言ってる。
「まーたなんかやらかしたの? キョンキョンは無意識にフラグをへし折る体質だからね」
「おまえの発言の二割ぐらいが俺には理解不能だぞ。まあその辺はどうでもいい、本題に入らせてくれ」
話しながら歩いているうちに、人目につかない階段脇あたりに連れ込まれた。なんだか身の危険を感じるシチュだよこれ。といっても相手はキョンだから安心か。微妙になんか悔しい気がするのはなんでだろ。
彼は真面目な顔であたしを見た。まさか本気で告白じゃないだろうね。
「この前ははぐらかされちまったけど、もう一度聞くぞ、泉」
間近でささやくよう言われて、急に心臓がドキンと高鳴った。落ち着けあたし、平常心、平常心。
「いやん、泉だなんて。もう前みたいに、こなた、っては呼んでくれないの?」
おもいっきりわざとらしい演技で答えてみた。ついでにうそ泣きも加える。キョンは思わず視線をそらした。
「やめい、そのよくわからんフリは。って、おまえやっぱり覚えてるんじゃないか、こないだの事件のこと」
「なんのことかなー、お姉さんわっかんないなー」
キョンはやれやれとつぶやき、またさっきの目であたしを見た。こっちからしたら、そのマジ顔をやめい、ってとこだよ。
「おまえは、異世界人なんだよな。ハルヒの探していた」


こないだの事件。忘れるわけがない。
あたしのいた高校、陵桜学園に、なぜか朝比奈さん・古泉・長門といった面々が入学してきた。いや、この言いかたは違うかな。
なぜか、彼らとは元から同級生だったという設定になっていた。そのときは疑問にも思わなかったけど。
さらにわけわかんないうちに、いつのまにかあたしがSOS団の団長になっていた。夢の中だってそうそうないよ、こんな展開。
で、現在。あたしはかがみたちと、この県立北高に通っている。
「どっからどこまで現実だったのやら、あたしにもよくわかんないや。でもまあ、ここがあたしの見てたアニメの世界だってのは確かだね」
キョンはなんだか難しい顔をしている。
「アニメのキャラね。俺には、自分は間違いなく実在の人物だ、っていう自覚があるぞ」
「うん。あたしもいまでは、ちゃんとキョンキョンたちにリアリティ感じてるよ」
そう答えてあげても、キョンはまだ何か考え込んでいる。
「おまえだけなんだよな、この歴史改変とやらを自覚してるのは。いっしょに来た三人は完全に普通人なのか?」
こいつはまた難しい質問を。いったいなにをもって普通人と認定できるのか。
「んー、ハルにゃんの引き起こす超常的ななにかとは、あんまり無縁そうだね。時間は一緒に巻き戻ってるみたいだけど」
キョンは不思議そうにしている。もうちっと説明が必要か。
「こうみえてもあたしら、高校三年だったんだよ。エロゲだって堂々と買えるお年頃さ」
「買えるからって女子が買うな、んなもん」
「言ったでしょ、あたしゃお姉さんなんだよ。せめて泉先輩と呼びたまへー」
あ、でも、こころなしかみんなの身長が縮んでる気はする。あとかがみの胸も若干。肉体的にも二年分若返ってるのかも。

「とてもそう呼ぶ気にはなれん…ああ、もうひとつ聞きたいんだが」
なんだね。今日はやけに質問攻めにされる日だ。
「おまえがアニメとしてこの世界を観察していたんなら、もしかして、これからハルヒが起こす予定の事件とかも知ってるのか。できればあらかじめ、心の準備をしておきたいからな」
え、そう来たか。まいったね、ちょっと答えづらいんだけど。
「あー。アニメ版はね、キョンたちが一年の冬の時点で、第一期が終わっちゃったんだよ。いまの時期だと本筋のストーリーはみんな済んじゃってるね」
そう説明してあげても、まだ怪訝な顔をしている。
「その話では、最後に何か大事件が起きたりはしてないのか」
「事件ねえ。キョンキョンが夢の中で、ハルにゃんとあつーいキッスを交わした以上のことは、何も」
キョンはあからさまにうろたえている。墓穴を掘ったね。
「く、くそ、製作者出てこい…そういや、たしか原作は小説だったんだよな。そっちのストーリーはもっと先に進んでたりしないのか」
なおも食い下がってくるか。自分の未来がそんなに気になる?
「あたしノベルは読まない派だからねー。ちらっと聞いたあらすじだと、確かこのあと、消失事件、雪山事件、あと分裂事件とかいうのが起きるらしいけど。ごめん、その程度」
キョンは軽く嘆息した。
「どれもこれも、不吉な予感のネーミングだ。まあいいさ、知ってたら知ってたで、どうせ予想を裏切られそうな気もする」
やっと聞き込み調査をあきらめてくれたか。うん、そういうイベント事は所見のインパクトが大切なんだよ。
「しかし意外だな。おまえ、そういう情報は貪欲に集めるやつだと思ってたが」
む、前にかがみにも似たようなことを言われたよ。
「いやさね、確かにあたしも、話の続きがムチャクチャ気にはなってたんだ。でもあたしは信じた、近いうちに必ず二期があると。来る日も来る日も待った。それなのに製作発表の『せ』の字も出て来ない。どーなのよ」
思わず熱くなるあたしを、キョンは完璧な半笑いで眺めている。こいつはこいつで地雷だったな、とかなんとかつぶやいて。
「そのうち受験勉強も忙しくなってきてさ。気分転換のつもりで、録画してたのを観なおそうかなー、とか思ってたら…」
「思ってたら?」
「こっちの世界に来てた」
キョンは遠くを見るような目で、やや乾いた笑いを漏らした。そんなに変なこと言った?
「つまり、利害が一致したわけだ。俺たちを観察したかったおまえと、異世界人を見つけたがってたハルヒの」
そういうことになるのかね。
この世界の設定上、いつかSOS団に異世界人が加わるのは規定事項みたいなもんだと思ってたけど、そこにあたしが選ばれたってのはラッキーだね。

泉こなたの奮闘 ― 幕間 ―

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最終更新:2008年10月06日 00:44
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