2012年8月4日
最初に数字を書いてしまうと、
現在韓国で1年間に出版されるライトノベルは約600冊に上る。そのうち韓国の国産の作品は約1割強で、残りの9割弱は日本のライトノベルの翻訳である(以上、当サイト調べ/詳細は後述)。年間600冊というのは、日本の2005年~2006年ごろのライトノベルの出版点数に匹敵する。なお現在の日本では、1年間に約1000冊のライトノベルが出版されているそうだ。(日本でのライトノベルの出版点数についてはブログ「
積読バベルのふもとから」の2012年1月22日付記事「
ライトノベル発行点数を調べてみたら、電撃がやはりヤバイ件について」を参照した)
ちなみに、この「国産の作品が1割強」というのは韓国におけるミステリ小説の出版にもあてはまる。韓国推理作家協会が出したデータによれば、韓国では現在、1年間にミステリ小説が約300冊出版されており、そのうち国産の作品が約1割強である。日本の作品は全体の約三分の一を占める。つまり、韓国で1年間に翻訳出版される日本のミステリ小説は約100冊である。
韓国で日本のライトノベルが大量に翻訳されていることは知っていたが、それにしても毎月約45冊、年間約530~540冊のペースで訳されているというのは予想を遥かに上回っていた。このことは数日前にTwitterで書いたのだが、それだけではもったいないのでこのページで改めてデータをまとめておこうと思う。あわせて、韓国における日本のライトノベルの受容および創作の歴史ついてもまとめておく。
Index
韓国におけるライトノベルの現況――出版点数を中心に――
(1)現行のライトノベルレーベル
まず、以下の2つのリンク先を見ると、韓国でのライトノベルの出版現況がなんとなく分かるのではないかと思う。
次に、現在韓国で刊行中のライトノベルレーベルの一覧を示す。韓国のライトノベルレーベルは日本の作品を翻訳出版するレーベルと、韓国の作品を出版するレーベル、および日韓両方の作品を出版するレーベルとに分類できる。
※「刊行作品一覧」のリンク先は、韓国のネット書店アラジン。それぞれのレーベルの刊行作品を新しいものから順に一覧表示する。ただし、新規参入の《AKノベル》の刊行作品はネット書店アラジンではまだ「
その他のライトノベル」に分類されている。
※《Jノベル》でも2007年12月から2009年9月にかけて韓国オリジナルの作品が刊行されたことがあるが、現在は韓国作品は刊行していないので「翻訳ライトノベルレーベル」に分類する。《Jノベル》で刊行された韓国オリジナル作品については「
こちら」でまとめた。
※《エクストリームノベル》の創刊は2004年8月だが、当初は『鋼の錬金術師』などのマンガ作品の小説版を翻訳刊行しており、ライトノベルの翻訳に参入したのは2005年7月。
上で示した7つのレーベルはどれも毎月コンスタントにライトノベルを出版しているレーベルである。《NTノベル》、《エクストリームノベル》、《Jノベル》、《Lノベル》はそれぞれ毎月8冊~12冊ほどのライトノベルを翻訳刊行している。これらのレーベルのうち、《NTノベル》、《エクストリームノベル》、《Jノベル》の版元のテウォンCI、ハクサン文化社、ソウル文化社は大手の漫画出版社であり、ライトノベル業界にも他に先んじて参入した。
《Lノベル》の版元のD&Cメディアにはほかに韓国オリジナルのライトノベルを専門に刊行する《シードノベル》というレーベルもあり、毎月平均で4冊ほどの新刊を出している。
2011年に新規参入したのが《ノベルエンジン》と《AKノベル》である。《ノベルエンジン》は日韓両方のライトノベルを出版するレーベルで、毎月平均で8冊ほどの新刊を出している。《AKノベル》は翻訳ライトノベルレーベルで、毎月2冊ほどの新刊が出る。
これら以外に、講談社BOXの作品を不定期に翻訳出版するレーベル
《ファウストBOX》(2010年7月~)がある。これは講談社の文芸誌『ファウスト』の韓国版を出版していたハクサン文化社のレーベルで、講談社BOXの作品以外に韓国版ファウスト賞を受賞した作家のオリジナル作品も刊行している。
また、日本のコバルト文庫などの女性向けライトノベルレーベルの作品を翻訳出版するレーベルにソウル文化社の
《ウインクノベル》(2004年4月~)(
刊行作品一覧)がある。ただ、《ウインクノベル》は2012年2月以降、刊行が途絶えているようである。
(2)1ヶ月あたりの出版点数と年間の出版点数
本当ならば2011年に韓国で出版された全ライトノベルを数え上げるのが正確なんだろうと思うが、それは大変なので、2012年7月に韓国で出版されたライトノベルの数をカウントしてみた。先ほど表で示した7レーベルで、出版点数はちょうど50冊であった(韓国オリジナル作品も含む)。ということはこれを12倍して、韓国では1年間にライトノベルが約600冊刊行されていると推定していいだろう。
2012年7月に韓国のライトノベルレーベルで出版された書籍全50冊
※《Jノベル》は前月と前々月は各12冊刊行されており、2012年7月はやや少なくなっている。
※《NTノベル》で刊行の『テレビでは流せない芸能界の怖い話 ザ・ベスト』は怪談話50編を収録した本で、ライトノベルとは言えないだろう。《NTノベル》でこういう本が翻訳出版されるのはかなり異例のことだと思われる。
2012年7月に刊行された以上の50冊のうち韓国オリジナルのライトノベルは9冊でありおよそ2割を占めるが、これは平均よりもやや高い数値である。2011年8月から2012年7月の1年間に刊行された韓国オリジナルのライトノベルを数えてみると、《シードノベル》で46冊、《ノベルエンジン》で19冊、《ファウストBOX》で2冊の計67冊だった。現在の韓国の1年間のライトノベル出版数が約600冊だとすると、やはりライトノベル全体に占める韓国オリジナル作品の割合は1割強程度だと見ていいだろう。
(3)過去の出版点数の推移(2002年~2009年)
《NTノベル》が創刊された2002年7月から2009年末までの7年半の間に韓国で刊行されたライトノベルのリスト(※Excelファイル、韓国語)を「
こちらのページ」から見ることができる。のちに『一片黒心』(イラスト:Anmi)でデビューした韓国のライトノベル作家の人間失格氏がデビュー以前の2010年1月に作成したものである。ここではそれを参照して、現行の7レーベルのうち2011年に創刊された《ノベルエンジン》と《AKノベル》を除く5レーベルについて、出版点数の推移を表にしてみる。
2002年7月~2009年末の各ライトノベルレーベルの出版点数推移(韓国のライトノベル作家・人間失格氏のデータを基に作成)
|
NTノベル |
Extreme |
Jノベル |
Lノベル |
Seed |
その他 |
計 |
2002年 |
27 |
- |
- |
- |
- |
- |
27 |
2003年 |
59 |
- |
- |
- |
- |
- |
59 |
2004年 |
73 |
5 |
- |
- |
- |
- |
78 |
2005年 |
81 |
32 |
- |
- |
- |
- |
113 |
2006年 |
93 |
50 |
- |
- |
- |
- |
143 |
2007年 |
112 |
59 |
25 |
1 |
14 |
- |
211 |
2008年 |
120 |
73 |
70 |
25 |
37 |
- |
325 |
2009年 |
129 |
80 |
97 |
44 |
33 |
19 |
402 |
計 |
694 |
299 |
192 |
70 |
84 |
19 |
1358冊 |
2009年の「その他」の内訳は、翻訳ラノベレーベル《ディライトノベル》11冊、翻訳ラノベレーベル《Yノベル》6冊、国産ラノベレーベル《Mノベル》2冊。どれも2009年に創刊され、短命に終わったレーベルである。女性向けレーベルは除外した。また、ハードカバーで刊行された西尾維新作品や上遠野浩平作品など、例外的なものも表からは除外した。
(4)女性向けレーベルは苦戦?
日本のコバルト文庫などの作品を翻訳刊行するレーベルとしては現在は《ウインクノベル》があるのみだが、かつては《イシューノベルズ》や《メイクイーンノベル》があった。
2004年4月~2009年末の各女性向けライトノベルレーベルの出版点数推移(韓国のライトノベル作家・人間失格氏のデータを基に作成)
|
ウインク |
イシュー |
メイクイーン |
計 |
2004年 |
6 |
- |
- |
6 |
2005年 |
28 |
8 |
- |
36 |
2006年 |
19 |
21 |
16 |
56 |
2007年 |
11 |
26 |
33 |
70 |
2008年 |
28 |
35 |
23 |
86 |
2009年 |
18 |
15 |
20 |
53 |
計 |
110 |
105 |
92 |
307冊 |
《ウインクノベル》はソウル文化社が2004年4月に創刊。最初の刊行作品は今野緒雪『マリア様がみてる』(コバルト文庫)だった。2012年2月以降刊行が途絶えているが、最近はもともと刊行点数が少なかったので、休刊になってしまったのか否かは分からない。
《イシューノベルズ》はテウォンCIが2005年4月に創刊。最初の刊行作品は椎野美由貴『バイトでウィザード』(角川スニーカー文庫)だったが、その後は少女小説を翻訳刊行した。2009年12月の刊行が最後となっている。
《メイクイーンノベル》はハクサン文化社が2006年8月に創刊。最初の刊行作品は毛利志生子『風の王国』(コバルト文庫)、金蓮花『銀朱の花』(コバルト文庫)。2010年12月の刊行が最後となっている。
(5)新人発掘事情
シードノベル大賞やノベルエンジンライトノベル大賞などの新人賞で新人を発掘している。それらについては、数日前にTogetterにまとめたのでそちらをご参照のこと。
韓国におけるライトノベルの受容・創作の歴史
以下のおおまかな流れは、《シードノベル》の編集者兼作家であるイ・ドギョン(李度京)氏が作成した「
ライトノベル韓国出版年表」(※韓国語)を参考にしている。
(1)1997年:日本のライトノベルの翻訳レーベル《ファンタジーノベル》、《アドベンチャーノベル》の創刊
1997年7月、週刊の漫画雑誌『少年チャンプ』(소년챔프)(1991年創刊)などを刊行していた出版社のテウォン(大元)が翻訳ライトノベルレーベル《ファンタジーノベル》を創刊。最初の刊行作品は神坂一『スレイヤーズ』(富士見ファンタジア文庫)、秋田禎信『魔術士オーフェン』(富士見ファンタジア文庫)。
同じく1997年7月、隔週刊の漫画雑誌『チャンス』(찬스)(1995年創刊)などを刊行していた出版社のハクサン(鶴山)文化社が翻訳ライトノベルレーベル《アドベンチャーノベル》を創刊。最初の刊行作品は神坂一『日帰りクエスト』(角川スニーカー文庫)。
※イ・ドギョン氏の「ライトノベル韓国出版年表」では1997年の《ファンタジーノベル》、《アドベンチャーノベル》の創刊を「日本のライトノベルの翻訳出版の始まり」としている。もっとも、それ以前の1995年に水野良の『ロードス島戦記』(角川スニーカー文庫)が翻訳されていたりもしたようである。イ・ドギョン氏の年表はレーベルの創刊と廃刊をメインにしたものなので、ライトノベルレーベルで翻訳出版された訳ではない『ロードス島戦記』は除外したのかもしれない。
(2)2002年・2004年:《NTノベル》と《エクストリームノベル》
前述の《ファンタジーノベル》が2002年7月に《NTノベル》としてリニューアルし、現在も刊行中。《NTノベル》の創刊ラインナップは賀東招二『フルメタル・パニック!』(富士見ファンタジア文庫)、秋田禎信『魔術士オーフェン』(1997年の韓国語訳の復刊)。版元のテウォンCIは角川書店のアニメ雑誌『ニュータイプ(Newtype)』の韓国版を1999年から出版しており、「NTノベル」という名称はそこから来ている。
同じく前述の《アドベンチャーノベル》は2004年8月に《エクストリームノベル》としてリニューアルし、現在も刊行中。ただし、《エクストリームノベル》が最初にライトノベルを出したのは2005年7月の橋本紡『半分の月がのぼる空』(電撃文庫)、高野和『七姫物語』(電撃文庫)、鈴木鈴『吸血鬼のおしごと』(電撃文庫)で、それまではマンガ『鋼の錬金術師』、『東京アンダーグラウンド』、『ラブひな』の小説版の翻訳刊行をしていた。
(3)2006年:日本の文芸誌『ファウスト』の韓国版出版
2006年4月、《エクストリームノベル》の版元であるハクサン文化社が日本の文芸誌『ファウスト』の韓国版の刊行を開始。同時に、西尾維新、佐藤友哉、舞城王太郎、滝本竜彦、上遠野浩平らの作品のハードカバーでの翻訳出版を始めた。韓国版『ファウスト』は基本的に日本の『ファウスト』を翻訳したものだが、韓国の作家によるミステリ小説やホラー小説、SF小説なども掲載された。韓国版のファウスト賞も実施したが、受賞者は第1回の優秀賞を受賞したイ・ソヌンのみである。日本では『ファウスト』はVol.8(2011年9月)まで刊行されているが、韓国では2009年8月にVol.6 SIDE-Bの翻訳が出て以降刊行が途絶えている。
日本では『ファウスト』の刊行のあと、山田悠介や神永学の小説を主力とする『B-Quest』(文芸社)というよく似た雑誌が創刊されたりしたが、韓国でも韓国版『ファウスト』のあと、それによく似た『ドリームアウト』という雑誌が出ていたそうである。『ドリームアウト』1号は2007年3月刊行。「
こちら」で『ファウスト』と『ドリームアウト』の比較写真を見ることができる。あまりにも似すぎており、韓国のライトノベルファンの人たちからも批判があったようである。また、「
こちら」の編集部の人のブログ(?)では『ドリームアウト』2号の表紙を見ることができるが、結局2号は予告はされたものの刊行されなかったようである。
韓国版『ファウスト』を刊行していたハクサン文化社はその後、2010年7月には講談社BOXの西尾維新の作品などを翻訳刊行する新レーベル《ファウストBOX》を立ち上げている。韓国ファウスト賞の受賞者のイ・ソヌンもこのレーベルで作品を発表している。
(4)2007年:韓国オリジナルの作品を専門に刊行するレーベル《シードノベル》の誕生
2007年7月、出版社のD&Cメディアが韓国オリジナルのライトノベルを専門に刊行するレーベル《シードノベル》を創刊。創刊ラインナップは、日本では漫画原作者として著名なイム・ダリョン(林達永)の『幽霊王』と、オトゥスン『ミヤルのブランコ』、パン・ジェウォン『超人同盟にようこそ!』。
(5)2007年:《Jノベル》と《Lノベル》の参入
少々時間が前後するが、2007年4月にはテウォンCI、ハクサン文化社と並ぶ大手の漫画出版社であるソウル文化社が翻訳ライトノベルレーベル《Jノベル》を創刊している。最初の刊行作品はヤマグチノボル『ゼロの使い魔』(MF文庫J)、榊一郎『神曲奏界ポリフォニカ ウェイワード・クリムゾン』(GA文庫)。
2007年11月には《シードノベル》の版元のD&Cメディアが、翻訳ライトノベルを刊行するための《シードLノベル》を創刊。最初の刊行作品は杉井光『神様のメモ帳』(電撃文庫)。このレーベルは2009年1月に《Lノベル》と名称を変更し、現在も刊行中である。
また、2007年8月に創刊された《アーキタイプ》および《イーリアス》は韓国国産のライトノベルおよび中国のファンタジー小説の翻訳などを刊行するというやや異色のレーベルであった。2010年7月を最後に刊行は途絶えている。刊行ラインナップなどは追って調査したい。
2007年12月には、《Jノベル》の版元のソウル文化社から日韓両国のライトノベルを出版する《Gemsノベル》が創刊された。創刊ラインナップは、有沢まみず『いぬかみっ!』(電撃文庫)、ソン・ソンジュン『アンテノラ・サイク』、チョ・ソニ『他国から来る』の3冊。ただ、この《Gemsノベル》は同月末には《Jノベル》との合併が発表され、結局《Gemsノベル》から出た本はこの3冊だけだった。2008年1月、《Jノベル》は《Gemsノベル》を吸収合併。2009年9月までに《Gemsノベル》の2冊も含めて計20冊の韓国作品を刊行したが、その後は韓国作品の刊行は途絶えている。
(6)2009年:消えていった新規参入レーベル
2009年1月には国産ライトノベルレーベル《Mノベル》が創刊される。2009年6月にやっと2冊目が刊行されたが、《Mノベル》の刊行はこれが最後となった。合計で2冊しか出ないという超短命レーベルであった。
同じく2009年1月には翻訳ライトノベルレーベルの《ディライトノベル》も創刊されている。こちらは2010年1月までの約1年間に12冊を刊行し、その後刊行は途絶えた。(→ネット書店アラジン
《ディライトノベル》刊行作品一覧)
2009年9月には翻訳ライトノベルレーベルの《Yノベル》が創刊されている。2010年3月までの約半年の間に12冊ほどを刊行した。
(7)2011年:国産・翻訳ライトノベルレーベル《ノベルエンジン》創刊
国産ライトノベルは2007年以来、《シードノベル》のほぼ独占状態にあったが、2011年1月に国産・翻訳の両方を刊行するライトノベルレーベル《ノベルエンジン》が創刊され、《シードノベル》にもついにライバルが生まれることとなった。創刊ラインナップは韓国作品のポルジャ『ノベルバトラー』、パン・シヨン『君のためなら死ねる』および、翻訳の裕時悠示『踊る星降るレネシクル』(GA文庫)。《シードノベル》は創刊当初から新人の発掘に取り組んでいたが、《ノベルエンジン》もノベルエンジンライトノベル大賞を年2回実施し、新人発掘に努めている。
2011年8月には、それまでガンダムシリーズの小説版の翻訳刊行などをしていたAKコミュニケーションズが《AKノベル》を創刊し、ライトノベルの翻訳出版を始めている。創刊ラインナップは日日日『魔女の生徒会長』(MF文庫J)、日日日『みにくいあひるの恋』(MF文庫J)。今後出版点数は増えていくかもしれないが、現在のところは刊行点数は毎月2冊程度である。
また現在、韓国の国産ライトノベルを出版するレーベル
《ルートノベル》(
公式サイト)の創刊が予告されている。2012年3月には第1回ルートノベル・コンテストの受賞作の発表があった。
最終更新:2012年08月04日 23:18