第20回IROワールドチャンピオンシップ 2014年9月24日~28日(スロベニア共和国/ノバ・ゴリツァ)

IRO世界大会の記念すべき第20回大会がスロベニア共和国ノバ・ゴリツァで開催され、日本からは3団体5組が参加しました。災害救助犬神奈川からは、瓦礫捜索部門に大谷/ブリスの1ペア、広域捜索部門に若月/椋、勝野/ドーンの2ペア、合計3ペアが出場しました。


                  報告者/勝野翠
 

年々厳しくなる出場枠

IRO世界大会は、過去2年以内にそれぞれのジャンルのIRO・B段階試験で300点満点中270点を獲得することが出場条件となっています。
しかし加盟団体の増加とともに出場希望者が増え、団体ごとの出場頭数に制限が設けられるようになりました。今年は「瓦礫、広域各50組、追求20組」を上限に、団体ごとに提出するエントリー名簿の、各捜索ジャンルごとの1番目は出場確実、2番目以降は先着順、という、かつてない方式がとられたのです。

私達日本人にとって、「世界大会に参加する」ということは、「犬連れでヨーロッパに渡航する」ということ。犬の出入国にともなう検疫には複数の医療措置や膨大な書類の作成が必要で、そのため渡航準備は5月に始まります。
↑(今回の旅に携えた必要書類とマニュアルの束)
検疫準備を進めながら、航空券の手配、犬の輸送の手配、ホテルの予約。それらすべてが終了した7月、やっと世界大会の出場受付が開始されました。
当会からは広域のエントリーが2組です。
そのため、大会本部から3名全員の名前が入った出場者名簿が届くまでの40日間は、そわそわと落ち着きのない日々となりました。

それでも、晴れて全員の出場が確定!これだけで、大きな山をひとつ超えた気持ちです。
私も私の犬・ドーン(♀5歳、M・プードル)も、初めての世界大会です。


開会!

開会式前日の9月23日(火)、わたしたち神奈川のチームメンバーは、ドイツSVチーム・Inderwies夫妻の全面的なアテンドをうけ、開催地ノバ・ゴリツァに入りました。それまでの滞在先・ドイツ/フランクフルトからアウトバーンをひたすら南下し、約11時間のドライブです。

9月24日(水)、大会はスタジアムでの参加者受付からはじまりました。
↑(受付デスク。この場所を捜すのに、まず一苦労)
チーム名を告げ、訓練手帳を提出。すると出場者名簿、ビブス、ネームカード、記念品などを手渡されますが、中身の確認もそこそこにドクターチェックへと進みます。
↑(獣医師が健康チェックとIDの確認を行います)
会場には各国語が飛び交っており、プログラムはスロベニア語、ドイツ語、英語の3ヶ国語表記でした。

夕方5時、スタジアムに近い市庁舎前広場でオープニングセレモニーが開催されました。
↑(地元高校生に先導されて入場します。phot by IRO)
今大会は参加22カ国、国名アルファベット順に入場します。チーム順もアルファベット順なので、日本チームの先頭となる私達は日の丸とチーム旗を掲げて行進しました。
頭上には参加各国の万国旗がはためき、予想以上のギャラリーが拍手で迎えてくれました。

選手たちは気軽に「ヘロー!」「グッドラック!」の声をかけ合い、常連のハンドラーたちが旧知のライバルと旧交を温めています。ギスギスした試合の場、というより、お祭り騒ぎそのもの!
緊張もしたけれど、わくわくした気持ちが湧き上がって、
「この大会をしっかり楽しもう!」
と思うことができました。

服従試験

↑(チームリーダーミーティングとくじ引きはこの部屋で行われました)
出場順は、オープニングセレモニーのあとのくじ引きで決まります。引きあてた番号をタイムテーブルで照らし合わせると、服従試験は大会3日目の夕方6時、捜索試験が最終日の午前11時でした。
経験者によると、これは「お得な日程」だそう。最終日までたっぷり楽しむことができる、というのです。なるほど!
↑(大会2日目、高得点を獲得した若月/椋の服従作業)
↑(ギャラリーは、素晴らしい作業への賞賛を惜しみません)
服従試験は申告のさいに自分の名前が出てこないほどの緊張で始まりました。
ハンドラー同様、私の犬・ドーンも集中と落ち着きを欠いたまま、休止では肘が浮いた体制から停座となりましたが、その場を動くことはなく、その後みずから伏臥の姿勢をとりました。
続く服従作業は、人、犬双方にいくつかの失敗はあったものの、課目が進むにつれぐいぐいと犬の集中が高まってくることが感じられ、そのことにハンドラーが助けられて、良い作業内容になりました。特に脚側行進は練習どうりの作業をさせてやれたと思います。
↑(良い集中を見せたドーンの群衆内行進)

捜索試験

↑(小さなホテルの解体現場を利用した瓦礫捜索会場)
↑(大谷/ブリスが捜索タクティクを申告中)
↑(大会期間中は、ひたすら出番を待つ、待つ、待つ)

大会最終日。チームでも最後となった、ドーンの捜索試験が始まりました。
ドーンの出場課目は「広域捜索」、森林原野での捜索作業です。

今大会は捜索会場が山間部にセッティングされていて、例年ヨーロッパらしい平らな森で実施される広域捜索のエリアが、山の上り斜面に設けられました。
↑(岩山斜面を下り第一ヘルパーに向かうドーン。phot by IRO)

規定の下限である3500平米まで狭められたとはいえ、南欧特有の白い岩場が連続するハードなエリアでの持ち時間30分はぎりぎりの数字です。

私は捜索タクティクとしてエリア周縁の約30m内側付近を左回りするルートを申告し、捜索を開始しました。
ドーンの動きはよかったと思います。
自ら前進し、起伏の多い岩場に怯むことなく安定したペースで走り、ゆるやかにスラロームしながら、しっかり鼻も使っていました。

しかし、捜索エリアの約3分の1を残したままタイムアップ。犬の作業内容やアジリティ、コントロール性に対する評価は高かったものの、3名中1名発見にとどまり、私とドーンの初めての世界大会は、捜索試験不合格という結果で終わりました。
↑(捜索会場と、約30km離れた本部との無線連絡はスロベニア消防が担います)


大会結果

瓦礫捜索 広域捜索 追求
合格頭数/エントリー数 15/51 13/52 8/15

瓦礫は条件設定、広域はエリアの難易度からか、瓦礫、広域とも、例年より少なめの合格数でした。
神奈川からは初めてチーム戦が成立する3組の出場でしたが、合格はかなわず。しかし、厳しい頭数制限の影響からか、3組合格する団体はゼロという結果となり、今大会でのチーム戦の表彰は行われませんでした。
↑(高難易度だった広域捜索で見事合格したMrs'Inderwies/Forrest phot by IRO)

大谷/ブリス、若月/椋とも、犬の作業や能力に対する評価は極めて高く、特に若月/椋はジャッジに「エクセレント!ナンバーワンドッグだった」という講評をいただきながらも、2名発見にとどまりました。

私達の犬は世界の舞台できちんと力を出し、その作業内容、評価のいずれも、実働犬として作ってきたベースの考え方が間違っていないと思えるものでした。
けれども結果には結びつきませんでした。

犬は動いていた。
あの場所で、あんなふうに動けていた。
その犬の力を活かしてやれなかった。
大会が終わってなお繰り返し繰り返し痛烈に襲ってくるのはその思いです。

私の犬ドーンは体重8kgの小さな犬です。
大きな犬たちでも4頭のうち3頭がタイムアップもしくは作業中止となっている今回の捜索エリアで、この小さな犬をどう活かすか。そのことを、もっと強く感じ、しっかりと受け止め、考え抜かなくてはいけませんでした。
このことは、プランニングに費やす時間を制限され、大きくストレスのかかったあの場で、実働においてはチームとしての活動の中でカバーされていたハンドラーとしての弱さが、隠しようもなく露呈したのだと感じます。
この「弱さ」を強く意識しブラッシュアップすることが、今の私には必要なのだと思い知らされました。

世界大会とは、ハンドラーとしての自分に今必要なものを、より明瞭にくっきりと見せつけ、刻みつる、拡大鏡のようなものなのかもしれません。
↑(広域捜索部門の表彰式。犬もメダルをかけてもらいます)

全てのペアが作業を終えた、午後4時。
夕方の光の中で表彰式と閉会式が行われ、名残惜しさを残したまま5日間の大会は幕を閉じました。
国内試験とは違う、圧倒的なおもしろさを感じたテスティングイベントでした。

ドイツSVチームとの交流の中でヨーロッパの犬文化のぶ厚さ、奥深さに触れたこと、日本にはまだ少ない「ドッグスポーツとしての救助犬」を楽しむ方々のレベルの高さを見せていただいたことも、大きな収穫です。スポーツだからこそまっすぐに結果を求め、「救助」の美名に酔うことなく、ゆがみなく自分の犬と向き合えることもあるのだと教えていただきました。

最後になりましたが、お世話になったInderwies夫妻、ドイツSV救助犬チームの皆様に心より御礼申し上げます。

次のIRO世界大会は、2015年9月、デンマーク王国にて開催予定です。
↑(ありがとう。また来年!)















災害救助犬神奈川
Mutral link 子犬のしつけ・パピーレッスンNursery+(ナーサリープラス)町田市




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