2日目 223・251・267・268・269

言葉「ん?この扉…今までなかったのに…?なぜ?」

シン「ああ、朝起きたときもなかったな。なんだ?」

カタカタ…コトコト…コトコト…

言葉「シンくん、何かしら?扉の向こうのあの音…」

シン「…何かが起きるな。気をつけろ、言葉。」

言葉「ところでこのドア鍵がかかっているかしら?」

シン「開けない方がいい。とにかく音が静まるまで待つんだ」

ガサッ!

シン「言葉!」

言葉「大丈夫です。あらっ、静まりましたよ」

シン「あの扉…何かあるか俺が確かめる。言葉は待つんだ」

ガチャガチャ…ドアノブをひねるとあっさり開いた。
中は薄暗いが人影らしきものが見える。

シン「!!言葉!誰かいるぞ!」

言葉を背中でかばうシン。
しかし言葉はシンの背中からすり抜けて部屋を覗き込む。

「やっぱり嘘だったんじゃないですか…」

そしてくすっと笑いながら、ドアの近くのスイッチを押す。

「中に誰もいませんよ」

二人は明かりのついた部屋に入った。
部屋には洒落たアンティークの机があり、花束とレース模様のカード、そして二つの小箱が置かれている。
そして二人は机の後ろの二体のマネキンが先の人影の正体だと知った。
一体は純白のウェディングドレスをまとい、ティアラが頭を飾り、純白のハイヒールが足元に置かれている。
もう一体は式服をまとい、胸ポケットから純白のハンケチがのぞいている。
足元にはよく磨きこまれた革靴が置かれていた。
どれも仕立てのいい、一流のものだと一目でわかるものだった。
二人はカードを手に取った。

 ” シンくん・言葉さんへ
   この部屋が出来たということはもうわかっていますよね?
   そのために必要なものをそろえておきましたよ。
   それではお幸せに・・・
   守護天使より                           
    PS 黒幕たる私ですが、今度だけは守護天使名乗っちゃいますよ? ”

シン「おどろかせて…あーあ…どうしよう…」
言葉「どうしようって、どうすることですか?」

クスッと笑ってにらむ言葉にシンは赤らめながら答えた。

「いつこの服に袖通すか…言葉はいつがいい?」
「わ…私は…いつでも構いません…」

二人はしばらく頬を赤らめていたまま黙っていた。
この二つの小箱を開ける日はそう遠くなさそうだ。

それからしばらくしてシンはその部屋に一人立っていた。

「だって…どうしようかな…だけど…」

もじもじと独り言を言いながらシンはぼんやりとウェディングドレスと式服のマネキンを眺めていた。
ちょうど言葉は風呂に入っている。
一人きりになるにはこの時間しかない。
天井からひらひらと紙がシンのまえに一枚舞い落ちた。
拾い上げて読んでみた。

”何を迷っているのです?何のために準備したと思っているのですか?”

読み上げ、思わずシンはつぶやいた。

「だって…俺と言葉は恋人じゃないし…」

ちょうどそのころ、風呂上りの言葉はシンを捜していたが、その部屋からもれたシンのこの一言に立ち止まった。
瞳から見る見るうちに光が失せて行く。

「恋人じゃないんだ…だってまだ言葉に好きだと告白していないんだ!普通結婚というものは恋人になってから プロポーズするものだろう?そして恋人というのは告白して初めて恋人同士になるんだ…そうやって段階を踏んで行かなきゃだめじゃないか…段階踏んでいかなかったら言葉に失礼だ」

このシンの独白にまたひらひらと紙が舞い落ちる。

”だったら告白の練習ですよね。はじめましょう。私が判定します”

その命令に少し逡巡したが、おもむろにシンは叫んだ。

「好きだーっ!ことのはーっ!愛しているんだーっ!」

だが、ブーッと無情なブザーの音が鳴り響く。

「わかった…今度は優しく言ってみるよ…好きなんです。言葉さん。初めて見た時から僕は君の…あの…その…」

もごもご言いかけた時、またブザーの音が鳴り響く。

「ぐっ…言葉…好きなんだ…俺はどんな世界でも君を守り抜く」

だが、ブーッと断ち切られた。

いらついてきたが、シンはぐっとこらえた。
この練習に合格して、言葉に告白して恋人同士になってから、改めてプロポーズして結婚する。
そのために今はこらえる時なのだ。

「言葉…どんな言葉でも言い表せないほど君が好きだ」

ブーッ

しかし断ち切られてもシンはある限りの言葉を振り絞っていた。
言葉は閉ざされたドアの前で呆然と立ちすくんでいた。
その目は潤んで輝きを取り戻している。
ドアの中からシンの声は筒抜けなのだ。
全身が熱く火照って声も出せない。
心の中でつぶやくのが精一杯だった。

「シンくん…私はすでにシンくんの彼女です…」

「……ハァハァ……ぜい…ぜい…」

どのくらい時間が過ぎたのか…
その部屋で練習し続けたシンの喉はからからに渇き、声がかすれてわずかにしか出ない。

「…今日は…ここまで…」

息を切らせながらドアを開けたとたん、頭をタオルで包んだパジャマ姿の言葉がシンの胸に倒れこんできた。

「……!言葉……!」
全身を熱くさせ、喉をぜいぜい言わせている。
風邪を引いたのかと思った途端、シンの胸が冷えた。

―俺はいったいなんて事をしてしまったんだ―

言葉はシンの胸に倒れこんだまま荒い息を吐いていたが、すぐに気づくとシンの胸から頭を上げ、
寝室に向かおうとするが、その足取りはおぼつかない。
すぐにシンは言葉を抱き上げ、寝室へ運び込む。

「あ…いいんです…歩けます…ごほっごほっ…」

言葉はシンの腕の中で軽く顔を背け咳をした。

「ごめん…言葉……湯冷めさせて風邪を引かせるようなまねをして…」

シンの詫びに言葉は笑って首を振る。

「いいんです…風邪なら…母から教えてもらった特製レモネードが効くんです…それ作りますから…」

だがシンの表情は硬かった。

「なら…それを作る。風邪薬も用意する。言葉をこんなことにさせた俺が悪いんだ…」

「私が作ります…大丈夫です…たいした事ありません」

だが、シンはきっぱりと言い、言葉をベッドに横たえた。

「言葉は寝ているんだ。レシピさえ教えてもらえれば出来る。言葉…これ以上君をつらくさせたくない」

ベッドに言葉を横たえ、布団をかけたが、言葉の顔は赤らみぜいぜいと息が荒い。
すぐにすっと目をつぶり、熱に耐えているようだ。

「言葉…すぐに作るから…待っていろよ…」

キッチン中にレモンの匂いが満ちていく。
どの材料も普通のレモネードの倍以上だ。
湯を沸かす間、シンは 歯を食いしばり自分の愚行を呪っていた。

―なんで俺はあんな馬鹿な練習にこだわって言葉をほったらかしにしていたんだろう―
―本当に大切なのは言葉を大切にすることだろう―
―告白だとか恋人とかそんなことにこだわらずに言葉をただ守ってやるーそれだけでいいのに―

「俺は馬鹿だ!」

舌打ちしながらポットからマグカップに湯を移すとき、手元が狂い湯がマグカップを持った左手にかかった。
しかしその痛みさえ今のシンには自分の愚行への罰に思えるのだった。
左手の火傷をそのままにしたまま冷蔵庫から氷をボールに移し、氷水を作る。
タオルをボールに浸すと、トレイにレモネードのマグカップ、タオル入りのボールを置き、トレイをしっかりと抱え寝室へ向かった。

 シンが来たことにすら気づかず、言葉は目を閉ざし荒い息を吐いている。
熱が上がってきたらしい。
しかしシンが濡れタオルを額に乗せたとき、言葉は目を覚まし起き上がった。

「シンくん…ありがとう。私のせいで…」

「いや、俺のせいだ。俺が言葉をこんなことにさせてしまった。本当にすまない。」

言葉はにっこりと笑い、サイドテーブルの上のレモネードに手を伸ばし、ゆっくりと飲み始めた。

「あつつ…ああおいしい…シンくんありがとう」

「礼を言われる筋じゃないよ、俺…」

うなだれるシンに言葉はレモネードを飲む手を休め、そっと言う。

「シンくんの気持ちだけで…充分嬉しいんです…そんな風に思ってくれる人…初めてだったから…
うれしくて…つい…謝らなきゃならないのは私です」
言葉のその言葉は先ほどのシンの練習についてのことだった。
もし扉を開けていたならシンをこれほど困らせることはなかった。
もしそれだけの勇気があれば…何も自分には怖いものなんてない。
しかし、飲み干すと熱とだるさが言葉から言葉を奪った。
言葉はベッドに倒れこむように横たわった。

―!!!―

左手の火傷よりこの言葉の姿がシンにとってはたまらない痛みだった。
左手の火傷は赤い筋となって手の甲を走っている。
だが、言葉のこの姿はシンの心に赤い痛みとなって走る。
シンはタオルをボールの氷水に再び浸して絞ると言葉の額に置いた。
火傷はずきずき痛むが眠気がさめてありがたいぐらいだ。

 このまま言葉の寝顔を見ていたかった。

ここへ来る前の言葉はどんな暮らしをしてきたのだろうか。
戦争のない平和な時代の少女ー普通に家族がいて、普通に友人がいて、普通に学校に通っているはずー
なのになぜ言葉は以前の暮らしの話をしないのだろうか。
話すことといえば妹の心ー
マユと同じ年頃の少女のことばかりだ。
そんなに元の世界はつらかったのだろうか。
たった一人ー
たった一人ということが。
話す友達のいない
たった一人の世界がー
 孤立したつらさーシンも同じだった。
だがシンには戦う理由があった。
復讐ー理想ー大義が彼を支えていた。
だがこの中にあるものはー彼を孤立から守っていたのはー大事な存在だった。
家族ー両親、マユーつかの間打ち解けていたステラー戦友たちー彼らだった。
失うことは耐えられない。
だがいなくていいわけでは決してない。
彼らを胸に思うことが彼を孤立から守っていた。
自分が戦局に振り回され駒でしかなくなったとしてもー
彼らはシンを支えていた。

 そうだー俺は言葉を支えていたい。
たとえもとの世界にお互い別々になろうとも、俺は彼女の支えになりたい。
言葉が俺のことを思ってー俺がこんなに言葉を思っていたことを思ってー
一人でもそんな奴がいたことを胸に刻んでー俺は言葉に幸せになってほしい。
笑っていてほしい。たった一人でもそんな奴がいてくれたらきっと…言葉は強くなれる。

 そんな衝動に打たれたまま言葉の寝顔を見つめていた。
その視線の強さに気づいたように言葉が目を覚ました。

「シンくん…寝てなかったの?」

だがシンは静かにさえぎり、強いまなざしをむけたままとつとつと言葉をつむいだ。

「言葉…俺は言葉の支えになりたい。
言葉を幸せにしてやりたい。
たった一人でも俺は言葉の味方になる。
俺と言葉は住む世界が違う。ここにいるだけしか一緒になることはできない。
でも、たった一人でも言葉のことをこんなに好きで、守ってやりたいと願っている奴がいるなら、きっとそいつは言葉の大事な宝になる。
そいつのことを思うたびに言葉は自分は一人じゃないといつも思えるのだから。
言葉はこんなに思われていた、いや思われているんだって。
なぜなら引き裂かれたとしてもその後もずっとそんな風に思っている
奴がいるんだから…言葉はもう一人ぼっちじゃないんだ。俺はそんな奴になりたい。
言葉のそんな…」

「シンくん…もういいよ…ありがとう…もう…私こそ…」

言葉の目に涙がせりあがり頬を伝う。
その時。
パンパカパーン!パッパパッパカパーン!
のんきなファンファーレが部屋中に鳴り響いた。

「え?朝?目覚まし?」

涙をぬぐって言葉は部屋を見回すと、シンの左手の赤い筋に目を止めた。

「シンくん!火傷!私、薬と氷水持ってきます!」

がばっと起き上がり、パジャマのまま部屋から走り出そうとした。

「言葉、寝ているんだ」

だが、シンはめまいで立っていられなくなっていた。
こらえていた眠気と精神的疲労がどっと押し寄せてきたのだ。
言葉はしぶるシンを寝かしつけた。

「今日はこのまま寝ていてください。寝れば疲れは取れますよ。レモネード作りますから、そのままおやすみなさい」

「言葉…」

言いかけたが、シンはたちまちのうちに眠りに落ちた。
シンの寝顔を確かめると言葉はキッチンへと向かった。

「…今度は私から…言うから待ってて…ありがとう。こんな言葉…ありがとう」

鼻をすすりながら、冷蔵庫からありったけのレモンを取り出した。
特製のレモネードはどんな味がするか、シンはまだ知らない。

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最終更新:2009年02月27日 00:53
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