「シシシシ」


(女5歳)
女01「ひっく、ひっく…」
男01「シシー、もう泣くな」
女02「だって、だって、かあさまが…」
男02「シシー。君の体に、これ以上の塩分の分泌は毒だ。泣きやみなさい。
   君は夕食も食べていないんだ。干からびて倒れてしまうよ」
女03「かあさまが、わたし、変な子…って…そんな子はいらないって…」
男03「シシー。落ち着きなさい。マリアが君をないがしろにするのは今にはじまったことじゃない。
   いくら泣いても無駄になるだけだよ。涙がもったいない」
女04「ねえシス、かあさまは わたしをきらいなの?」
男04「シシー、マリアの前でそんなことを言ってはいけないよ。また機嫌を損ねてしまう。
   こんなにも愛して、尽くしているのにそれが分からないのか…ってね。」
女05「どうして、かあさまは娘を愛せないの?」
男05「大人びた考えをするようになったね、シシー。僕はこう思う。
   マリアは、自分が一番愛しいんだよ。
   きっとね、マリアもマリアの母にシシーと同じようにされたのだよ。
   母ではない、他の誰かかもしれないが…
   マリアは、自分と、自分の権利と、自分の自由を守るために、
   自分を一番にするよう戦って、その行使の方法を身につけてきたのだよ。
   そして、生まれたばかりの娘にも、その権利をもぎとろうとしている。臆病なんだ。もう仕方がないんだよ」
女06「…よく分からない」
男06「自由の維持は、人を傷つけることでしか手に入らないということさ。
   シシーも、自由を望むならば、その人を傷つけなくてはいけないよ」
女07「いや…いや、わたし、そんなことしたくない…」
男07「そうなるんだよ、シシー。大人になれば、きっと…愛する人を、愛する子を、愛する家族を…」
女08「いや!!」
男08「…それならば、シシー。誰も愛さないことだ。独りならば、傷つくものもいないよ。
   傷つく者を作らなければ、傷つける者も、いずれ君より先に旅立っていく。
   君は、孤独という対価を払い、自由を手に入れるのだ」


(女12歳)
女09「ねえシス。わたし、こわいの」
男09「君は美しく健やかに育った、シシー。いずれ…君を愛してくれる人が現れるかもしれない」
女10「いや! 私、怖いの。怖いの、シス…」
男10「ならば、シシー。自分を愛しなさい。鏡に映った君を一番に愛しなさい」
女11「いや…マリアみたいになる」
男11「ならないよ、シシー。君は、自己を愛し、自己に一生の愛を捧げ、忠誠を誓うんだ。
   そこには、誰も介在しない。君は誰も傷つけず、人を愛すんだ。」

(女15歳)
女12「…ね…ねえ…シス、わたしの体はどうなったの…」
男12「ひどく火傷を負った。顔は、半分はただれて、もう君のそれではない。
   もう半分は君のまま、美しいままだ」
女13「ああ…! シス、シス…!」
男13「嘆いてはいけないよ、シシー。涙は君を痛めてしまう。」
女14「わたし、恐ろしいの、シス…こんな醜い体じゃ、もう、わたしは私を愛せない…
   それどころか、美しいものに羨望を覚えるの、シス、どうしたらいいの…
   羨望から、恋をしてしまうかもしれない。人を愛してしまうかもしれない…」
男14「……なら、シシー。僕を愛しなさい。僕らは1(いち)だ。
   何も恐れなくていい、僕を愛しなさい。僕には体がない。だから君は想像すればいい。
   五体満足の君の体を持った僕の姿を」
女15「シス! 愛してる…愛していたの、ずっと…。でも、あなたはわたしだと思い込んでいた…
   そうじゃないのね、わたしたちは1つで、2人なのね…
   やっと言える、愛してる、愛してる、シス…!!」

(女16歳)
女16「シス、シス…どうしたらいいの、シス…」
男15「泣かないでくれ、シシー。医者の言う事は正しい。君は異常だ」
女17「どうして二人じゃだめなの! わたしは、幸せなのに…
   話さなきゃよかった、あなたのこと…
   あの看護婦が優しくしてくれるから、気を許してしまった…
   わたしは、わたしとあなただけを愛さなくてはいけなかったのに…」
男16「シシー。それが正常なんだ。
   友人がいて、快く話せる隣人がいて、少し気に入らない隣人もいて
   …それが、世界なんだよ」
女18「いや! シスを消すなんて、ひどい…わたし、治療なんて絶対受けない!」
男17「シシー……帰るんだ、現実に。
   君が五歳になった年、わたしたちは一人から二人になった。
   また元に戻るんだよ。君は、置いてきた10年の歳月を取り戻すんだ。」
女19「シス……シス、シス、シス…!!」


 泣き震えながら自分の体を抱きしめる



 どういうことだ? どうしてシシーがいない? どうして僕が残っている?
 僕が主人格だから? 違う! 僕は一歩だって動けなかった。
 彼女は僕の頭の片隅にいてくれて、いつも僕の変わりに動いて、働かせてくれたんだ。
 ほら、見ろよ、僕は手足を少しだって動かせないじゃないか……
 パーキンソン? アルツハイマー? 今まで動いていた事の方が奇跡?
 嘘だ! 彼女がいる間、僕は自由に動いていたんだ!
 返してくれ、返してくれ、彼女がなくては、彼女の手足がなくては、僕はここから動けない、どこにも行けない…
 シシー、シシー、帰ってきてくれ……
+ タグ編集
  • タグ:
  • 朗読
  • 2人
  • 掛け合い
  • 不条理

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年11月24日 07:58