『真実と男』

クレト…[男]
シエラ…[女]
マリネ…[男]
N……[不問]

N:災いの預言書はこう記す。
  『大地を暗黒が覆いし時、空より来たり勇者、光をもたらさん。』



クレト:ようしメイヒム、下ろせ!

N:黒々とそびえ立つ高い塔の上をめがけ、鈍く光る龍が姿を現した。
  龍はゆっくりと塔を旋回し、避雷針の上に翼を下ろす。
  龍のつま先にはすがりついていた若い男は、軽く跳躍し、塔の先端に立った。

クレト:良い子だ、メイヒム。お前は目立つ、どこかに身を隠せ。

N:龍は、男の言葉がわかったかのように、低くうなりを立て、黒雲の間へと姿を隠す。
  男はそれを見届けると、腰に抱えたものを離した。
  ボロボロの枕のようなそれは、よく見ればボロを纏った小さな悪魔のようであった。

クレト:おいマリネ、この場所で合っているのだろうな。
マリネ:へ、へえ。たしかにたしかに、ここでごぜえます、旦那。
    第二皇女シエラ姫はこの塔にとらわれてごぜえますです。
クレト:ふぅん…やはり、正面の監獄はおとりか。

N:男が視線を向けた先には、この塔よりもずっと高く大きくそびえた、岩の要塞があった。
  耳をすませば剣と魔法と争いの声。
  王の先見部隊は皇女の居場所を岩の要塞と定め、魔物たちに戦いを挑んでいるのである。

マリネ:へ、へへ…じゃあ、案内も済んだところで、あっしはこれでお暇を…
クレト:パメラ、縛れ

N:男の声とともに、小悪魔はもがきだした。
  どうやら、目に見えない精霊が男に使役されているらしい。

マリネ:ひい!わかりました、わかりましたから!逃げませんから離してください!
クレト:お前は信用ならない。パメラ、不審な動きをしたら、お前の判断で絞め殺していい。
マリネ:わかりました、わかりましたよ…畜生。

N:男はもう一度、岩の監獄の喧騒に耳を澄まし…塔の外階段を下へと向かい降り始めた。

マリネ:旦那は高いところは怖くないのですか?
クレト:メイヒムに乗りなれているからな。
マリネ:そ、そうでござんすか。あっしは怖くて怖くて……
    ねえ旦那、さっきのようにあっしを小脇に抱えちゃくれませんか。
クレト:そうして蹴り落とすつもりか?
マリネ:ま、ままままままままままさか!めっそうもない…
クレト:私に嘘が通用すると思うな、悪魔。

N:男には不思議な力があった。他人の心を読む力。
  勿論人の心など格式化できるものではない。
  文章のように整然とせず、雑然としているのが人の心であり、
  楽しみや苦しみ、憎しみと愛情など、一様に分けられるものではない。
  男にも、人の痛みや嬉しさなどの感情は、うっすらとわかる程度である。
  だが――読みやすい心というものもある。それは「嘘」だ。
  現代では嘘発見機がその効力をある程度信頼されているように、
  偽証することにより揺れ動く心は、心の変化でもとみに顕著である。
  男に嘘は通用しない。
  その能力は幾度も男を救ったが、幾度も男の心を傷つけた。
  そのせいか、今の彼は滅多に感情を動かすことはない。

  さて、「他人の心を読む力」とはいうものの、その効力は動物や精霊(しょうれい)、
  神々や悪鬼(あっき)にまで及ぶ。
  動物の痛み、悲しみ、苦しみ、また喜びや楽しみが、彼にはわかる。
  彼が龍や精霊(せいれい)を使役する能力は、ここから身に付けたものである。

マリネ:この階でごぜえます…
クレト:…強い気を感じる。おいマリネ、この階には、どんな魔物が姫を見張っているんだ?
マリネ:見張り?そんなものはいませんよ
クレト:何?そんなはずはない。ならばこの気は…
マリネ:ククク…あっしはねえ、たしかに嘘はついてない。嘘はついていないが、言っていないことはある。
クレト:お前…
マリネ:「嘘」がわかったところで…悪魔のほうが上手ということでごぜえますよ、旦那。
    ほら、あっしの言葉に嘘はないでしょう?
    この階には姫がいる。
    そして、この階に見張りはいない…。
クレト:パメラ…絞め殺せ。
マリネ:クッ…クカカカカカ、クカカカカ!殺せ!悪魔にはァ、死など、ただの…快楽だ!!!

N:高く笑うような咆哮をあげ…小悪魔はぐったりと、宙に浮いた格好で息絶えた。
  見えない何ものかは、しばらくして縛りを解いたらしい。
  小柄な体はゆらりとかたむき、高い塔の上から転がり落ちて行った。

シエラ:誰かそこにいるの?
クレト:!

N:階段の先、バルコニーの小窓が音を立てて開いた。
  男は咄嗟に少し後ずさりし、利き手に収めた小剣を握る。

シエラ:貴方…誰…?

N:窓から姿を見せたのは、幼い少女だった。
  小首を傾げ、少しおびえた目で男を見ている。
  服はすりきれ汚れていたが、元は豪奢であったことが見て取れる。

クレト:あなたは…シエラ姫…ですか?
シエラ:はい…

N:男は少女を見た。男には少女の感情が、色がついてみえる。
  空気に青くペンキを塗られたように、おびえと深い悲しみが少女を支配していた。
  しかし、嘘で揺れ動く感情は見当たらない。

クレト:非礼をお詫びします、姫。
    私は皇国先遣部隊員クレト。
    貴方様を救出するために参上致しました。
    私が宮殿までお連れいたしましょう。
    魔物どもに気づかれないうちに、この塔を出るのです。
シエラ:どうして…
クレト:姫?
シエラ:どうして帰らなくちゃいけないの?
    ここはとても居心地がいいのよ。
    私、ずっとここにいるの…

クレト:(様子がおかしい…まさか、幻術にかけられているのか?)

クレト:姫、無礼をお許しください…
    パメラ!縛れ!!

N:男の呼び声とともに、見えない精霊が姫の体を拘束した。
  自由を奪われた姫は暴れ狂うが、精霊の拘束は強く、地団駄を踏むだけに終わってしまう。

シエラ:いや!!嫌ぁっ!!離して!!!!
クレト:来い!メイヒム!!

N:暗黒の狭間から龍が姿を現し、男の方向へ音もなく一直線に滑空する。
  男は姫を抱きかかえ、助走をつけ龍に飛び乗った。
  龍は男を乗せると、上空に進路を変えて悠然と飛行を続ける。

クレト:幻術ならば、術者と離れれば、自然と解けるはず…
    しばらくの辛抱です、姫様…
シエラ:嫌、嫌…わたしをあそこに帰して…

N:暴れても無駄と悟ったのか、姫は静かに涙を流す。
  哀れを誘う姿であった。

クレト:パメラ…解け。

N:男はここまでくればと、精霊に命令し、姫の体を自由にした。
  途端、

シエラ:離せえええ!!!!

N:姫は滅茶滅茶に暴れだした。
  男は押しとどめようとしたが、突然の力にバランスをとれず、龍の背から姫もろとも投げ出された。
  空に投げ出された少女と男は地上に向かい落ちていく。
  だが、少女の体は…

シエラ:アーハハハハハハハハハハハ!!!

N:ドレスの背が破れ、そこから黒々とした翼が現れた。
  少女はバサバサと翼をはためかせ、窓が開いたままのバルコニーへと飛んだ。
  主を失った龍は、男を求め地上に飛んでいった。

N:だがすべてが遅かった。


N:それから数刻。男の龍が、傷ついた体で宮殿へと帰ってきた。
  龍は宮殿についた途端、巨大な体を横たえ、息を引き取った。
  龍の背には、傷ついた主の死体が乗っていた。

N:国の王は預言者につめよった。
  彼は勇者ではなかったのか、災いを倒すのではなかったのか、預言は外れたのかと。
  預言者は首を振って答えた。
  きっと彼は預言の勇者ではなく、ただの男だったのでしょうと。
  それを聞き、王様は嘆いた。
  もし、真実を知る能力が、彼でなく、ほかの人間にあったなら、
  もっと早く、彼が勇者ではないと気づいただろうにと。

N:国のために命を落とした英雄は、国の墓に入れられたが、
  彼が勇者であったことは王により緘口令がしかれ、
  彼は名も入れられず、体だけがそこに眠っているという。
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最終更新:2010年10月21日 11:59