『砂礫の瞳』

A:ラジオのアナウンサー。
B:女性。フリーター。佐藤瑞希(サトウ・ミズキ)。幼い頃Cに両親を殺された。
C:男性。死刑囚。石岡徹男(イシオカ・テツオ)。Bの母親と何かあったらしい。
D:警察官。40~50代といったところか。善人。


(※ラジオ。誰がどこで聞いているものかは不明)
A01「臨時ニュースです。たった今、護送中の死刑囚が警察の制止を振り切り逃走しました。逃
  走した死刑囚は……」

(※街角)
B01「石岡さん」
C01「ひっ!……ああ、瑞希ちゃ……ああいや、佐藤さん。ちょうどよかった。仕事の帰りか
  い?」
B02「ええ。少し寄り道をしていて。立ち話もなんですから、こちらへ」

(※BがCを案内したのは無人の廃屋。人が寄りつくような場所ではなさそうだ)
C02「佐藤さん。その……」
B03「『瑞希ちゃん』で構いませんよ。『佐藤さん』では呼びづらいでしょう?」
C03「そうか……では、瑞希さん。まずは、本当に申し訳ない。謝って済む話ではないが、とに
  かく、すまない」
B04「ええ」
C04「それと、ありがとう」
B05「やめてください。あれは、そういうのじゃありません」
C05「しかし……」
B06「私の家、見ましたか?」
C06「……ああ、前々から耳にしてはいたが、全く酷いものだ」
B07「いいんです。私はそれだけのことをしたんです。……あなたにも。ですから、私に感謝し
  ないでください。そのくらいなら、私の父と母にもう一度謝ってください」
C07「……。佐藤さん、楓(かえで)さん、本当にすまなかった。どうか私の一生をかけて罪を
  償わせてください」
B08「父と母が許すことはないでしょうが、喜ぶこともないでしょうが、それでも石岡さんの誠
  意だけは、きっと伝わると思います。……さて、石岡さん。あなたが刑務所から脱走してま
  でここに来た目的は……」
(※静寂の中、Cが懐に手を入れる音がやけに大きく聞こえる)
B09「……私を殺しに来たのですね?」
C08「……ああ。君が法廷で言ったあの言葉、あれのせいで僕の人生は台無しだ。……いや、も
  ともと後は死刑を待つだけのクソみたいな人生だが、君のあの一言で、僕の尊厳は粉々に打
  ち砕かれたよ」
B10「『あの人を殺さないでください』……父と母を殺された悲劇の娘には似つかわしくない言
  葉でした」
C09「残念ながら判決の大勢に影響はなかったけれどね。おかげで新聞には好きなように書かれ
  たよ。楓さん……君のお母さんだけではなく、当時まだ幼かった君とも関係を持っていたん
  じゃないか。むしろ君を手に入れるために楓さんたちを殺したんじゃないか、とね。今では
  僕は畜生にも劣る卑劣なロリコン野郎さ。家族には縁を切られ、囚人仲間には馬鹿にされ、
  日々届く悪意ある手紙の数々に、看守からも皮肉を言われる始末。どうしてこうなった。僕
  はただ、僕を裏切ったあの人に復讐してやりたかっただけなのに……!」
B11「母とあなたの関係は、お世辞にも褒められたものではありませんでした。そして母の仕事
  自体、胸を張って言えるような仕事でもありませんでした。何を言われてもしかたありませ
  ん。もちろん、私のあの一言が火に油を注いだのは間違いありませんが」
C10「そう、君さえ、君さえいなければ、少しはマシな最期を迎えられたのに!誰にも知られず
  ひっそりと死刑台に立てたのに!」
B12「ええ。私も謂れのない中傷を受けずに済んだかもしれません。友達や親族、姉と弟にも縁
  を切られずに済んだかもしれません。全てはあの一言さえなければ。……ただ、私は恐ろし
  かったのです。父と母を奪った残虐な犯罪者、その罪をあなた自身の命で贖おうとするなら
  ば、その時私は、あなたと同じものに成り下がってしまうのではないかと……!殺してくだ
  さい!私を、こんな頭のおかしな娘を、殺してください!私を……今すぐお父さんのところ
  に連れて行って!!」
C11「死ねぇぇぇぇぇ!!」
(※Cが凶器を抜くと同時に、突然四方から警官隊が押し寄せる)
D01「動くな、石岡!抵抗はやめろ!確保だ!!」
C12「うわあぁぁぁああああ!!」

(※Cが逮捕され、連行された少し後)
B13「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
D02「……ええと、佐藤瑞希さん」
B14「……はい」
D03「石岡の確保への協力、ありがとうございます。おかげで無事、逮捕できました」
B15「……いえ。あの人が逃げ出した時点で、私に会いに来ることはわかっていましたから」
D04「……そうですね。我々も、石岡があなたに危害を加えることを一番に警戒していました」
B16「そうですか」
D05「あの。……あなたにとっては、わずかな気休めにもならないかもしれませんが……人間、
  生きていればいつか必ず良いことがあります。……人生の先輩として、日ごろから感じてい
  る言葉です。どうか強く生きてください」
B17「……。はい。ありがとうございます」
D06「それでは私はこれで」

(※D、心なしか早足ぎみに立ち去る。1人立ち尽くすB)
B18「……お父さん、お母さん」
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最終更新:2011年03月09日 22:37