音陽炎


作者 :鬼楽 ◆p2.NkAZNtw



下町の入り組んだ雑踏
茜さす夕暮れ時に歩けば
奥の見えない細道にふと
引き込まれる感覚

夏の夕立の手前
空が俄かに掻き曇り
吹く風の生暖かさに
胸が躍る感覚

緑萌える竹林の中
独りにてたたずむ時に
ざわざわと唸る笹の音に
足がすくむ感覚

遠くに聞く祭囃子に
気がそぞろの夕闇に
映える灯明の連なりに
声を無くす感覚

うだるような昼下がりに
鬱蒼と生い茂る木々を抜けて
朱の鳥居をくぐる刹那に
汗の引く感覚

時間を忘れ走り回り
いつの間にかの夕闇と
あたりに降る日暮の声に
家が遠くなる感覚

盆の暮れに炊く送り火の
くゆる先の黒の中
灯篭の藍(あお)に揺れて
母にすがる感覚

あなたは知っている これらの懐かしい感覚を
あなたは知っている これらの危うい感覚を
今にもうあの頃は亡く 夜も闇も恐れず
ただ漠然と独りで一人で歩く道

けれど確かに、確かに今も、あの日々に満ち満ちていた
あの"感覚"は在るのだ

夏の陰に 道の奥に 森の中に 胸の中に