リザ夫人の肖像


それに触れるな!
……ああ、失礼。取材の人だな? 怒鳴って悪かった。つい、貴重なものもあるものでね。
かけたまえ。

それで…取材だったかな? ふむ? 録音? よろしい、許可しよう。
……ふむ。どうも画伯と呼ばれるのも照れるな。私は芸術家でもあるが、もともとはただの学者だからね。
芸術の世界に興味を持ったきっかけか。そう――どう表現していいものか。
私は現実世界の女には興味が持てなかった。ああ、不能者でも同性愛者というわけでもない。ただ、興味がなかったのさ。枯れたというわけでもなく、そもそも自分とかかわりのないものだと思って過ごしてきた。
ああ、いや。だから、理想像を追い求めるようになったというわけでも……いや、そうなのかな。
どうも理系の人間でね、感情論の説明は苦手なんだ。

そう、私はいつも同じ女性の画を描いている
初恋の人? そうだな、そうとも言える。これほどまで揺さぶられる想いははじめてだ。
彼女は誰かって? 大衆はずいぶん詮索好きなんだな。そんな事はささやかなことだよ。私は彼女を心から敬い、愛している。それだけで充分さ。
それでもね、彼女も…朽ちる時が来る。愛も、想いも、その肉体も
いつまでもみずみずしいままではいられない。美しいままではいられない。
人はいずれ老いる、まさにその通りだ。
こんな言い方は非道かい? しかし、私は…愛しているんだ、愛しているが、あの時のような強い想いをもう彼女には向けられない。

その通り、私がここ数年、筆を握っていないのも、まさにそれが理由だ。
だから、新しい画に挑戦してみようと思うんだ。
モデルを一新して? そう、その通り、記者さんは頭が早いね、まさしくその通り。
美術界にとって復帰は喜ばしいと。はは、記者さんはもちあげるのがうまいね。
そう、新しい私の崇拝の対象がほしい

それは、君だよ
……驚いたかい? それでも、私はさっき記者さんの顔を見た時に、これぞと思ったんだ。君ならきっと……

光栄? そうかい!そうかい! それは嬉しい事だ。
それじゃあ、君にも紹介しよう
ああ、さっき君が触れようとしていた彼女さ。
像に彼女なんておかしい? まあ見てくれたまえよ。

ほら――美しいだろう、彼女の屍は

(絶叫)


お題:数学者 デスマスク 卑猥

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最終更新:2010年10月20日 00:44