琳の玉姫
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(ヒグラシの声、竹の音)
お、ここなんかよさそうだな
女1「あーい よくお越しんす~」(歩く音と鈴の音)
うわ かわいい子だなぁ
おおっ良い店だ すいませんーお冷一つー
女2「あーい」(歩く音と鈴の音)
いやーこう言う店って好きなんだよねー

ん、兄さん、見ない顔だね、東京の人かい?

ええ、休み利用して一人旅をちょくちょくやってるんですよ
女3「あーいどうぞ~」(歩く音と鈴の音)あ、ども
うまいものと酒が目当てみたいなもんっす
京都とか鎌倉とか人多すぎなんで、紹介されてない田舎とか
で昔の雰囲気を味わいたいなぁなんて

おお だったらここに来たのは正解だ どうだい?一杯やらないか?

良いんですかーいやーありがとうございますー、どうぞそっちも一杯

おっありがとよ、兄ちゃんこう言う所・・・好きなのかい?

はい!結構俺こう言う雰囲気が好きで色々回ってるんですよ
いやーでもすごいですね ここの呑み屋 風情があるっていうか
でもあんまし見ない作りですね 窓とか扉とかやたらごっついし.

兄ちゃん 気付いたかい 実はね、ここは元々遊郭だったのさ 
江戸の中頃までやってたらしい ほら、そこに赤の格子窓があるだろう?
あそこの前に女郎たちが座って 通りの人たちに手招いてたそうだ
ここは当時の造りそのままの呑み屋なんだ

へーぇえ! すごいっすね! 遊郭とか時代劇で見たことありますよ!
あれっすよね 女とヤルんですよね! すげぇなあ!

はっはっはっ 流石年頃の兄ちゃんだな だが男と女のいいことばかりじゃぁなかったんだ
真っ黒でどろどろとして、それでいて悲しい話も山ほどあったのさ

まじっすか。。 どんな話です?  

聴きたいかい?

はい! 是非!

つくづく物好きな兄ちゃんだ じゃあお近づきのしるしに話そうか
ここらに伝わるふるぅい話を。
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兄ちゃんもご存知の通り、遊郭ってのは男と女がイタす場所だ。
ここも「玉菊屋」って名前でここ界隈じゃ一番大きな遊郭だったらしい。

へぇー。 確かにやらたでかい店ですよねここ。

昔は別棟もあったそうだが、今はこの程度になっちまった。
んでもって女郎を何十人と抱えていた。
落ちぶれた武家の妻女、親の借金のかたにつれてこられた町娘
果ては子沢山の口減らしまで、いろんな所から連れてこられた女たちだ。

売られたってやつですか?

そうさ。その借金を返し終わるまで、女たちは男に抱かれ続けた。
まぁ中には大店の若旦那に見初められ、奥様に納まった器量よしもいたそうだが
大半は金を返し終わるまで耐え忍んでいたそうだ。この間を年季っていうんだがね。

その年季って、大体どれくらいだったんです?

遊郭なんてあちこちにあるし定まった期間は無かったんだが、大体七、八年ってとこだったらしい。

し 七、八年! はぁ~~・・。

その間、数多の男がくる訳だが女郎だって人間だ。行きずりの客に恋をする女郎もいた。
苦界に身を沈めてたって心はかれない、むしろ人の温もりや、愛情にすがりたいって思ってこそ
人間じゃないか。その恋に落ちた女郎の中にやゑって娘がいた。

その子、可愛かったんすか? 

やはりそこが気になるか やゑは陸奥の出身でな、顔立ちの整った美人だったそうだ。
漁村の出だからお定まりの口減らしだったんだろう。殆ど口をきかずにすごしたらしく
年季が明けるのをじっと耐え忍んでる儚げな様が、皮肉にも客にウけたらしい
恋の鞘あてから来る刃傷沙汰が客の間で起こるほどの人気だったそうだが
その客のひとり、辰之助っていう男もやゑにいれあげた一人だった。

たつのすけ・・ですか

おうよ そいつも地方の出身だったとかでやゑとは通じるものがあったのか知らんが
やゑは辰之助に心を寄せるようになった。遊び人の辰之助も足しげくやゑの元に通い
身請けする約束まで交わした。

みうけ? なんすかそれ?

女が女郎屋に売られるってことは、いままであった借金を女郎屋が肩代わりするんだ。
そしてその払った金額分だけ、その店で女郎として働かす。けれどその金を客が払えば
その女は年季を待たずして自由になれたってわけさ。これをひかせるとか身請けとか言う。

へぇー 初めて聞いた

この辰之助はやゑとの秘め事の度に身請け話をしたそうだが、その時必ず使うものがあった。
それがこれさ。(鈴を机に置く音)

ん?こりゃなんです?鈴みたいだけど?(鈴の音)

魂胆遣曲道具。ああ、お前さんには大人のオモチャって言ったほうが早いか。
りんの玉って代物だ。

お、大人のオモチャぁ? そんな昔に?

おいおい お前さん東京の出身だろう 江戸は両国の四目屋って店を知らんのか? ああでも若いし無理も無いか。
卑猥なおもちゃの老舗も老舗で川柳や狂歌にも残ってる 漢方薬と一緒に、おまえさんや俺にも
ついてる大事な一物をかたどった張型やこのりんの玉なんかも売ってた。
それほど大昔からエロいおもちゃはあったんだ。

昔の人エロいなぁ、ま俺もだけど。 で、このりんの玉ってどうやって使ったんです?

これはな、いいことをする前に女の大事なとこに入れるんだ。そうするとあら不思議
男が動くたびに鈴の音が響き女はよがり狂うって寸法さ、これを身請け話のたびに辰之助は使った。
やゑにしてみればこの鈴の音が聞こえてる間は、夢を見れたんだろう

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逢瀬を重ねてやゑは外の世界と辰之助にますます想いをよせるようになり
そのうちに辰之助から渡されたりんの玉を肌身離さず持ち歩くようになった。

え? 持ち歩く? 肌身離さずって・・・。

そう、自分の大事なあの場所に入れっぱなしにしたんだ。
何をするにもりんの玉の音がするやゑを、巷の連中は"玉のやゑ"と詠ったそうだ。
他の客を取るときにさえ、りんの玉を取り出すことはなかった。
他の野郎に貰ったものを後生大事に入れっぱなしにして、秘め事をいたすたびに音が鳴るんだ。
そりゃ他の客からしたら面白くないわな。 それがこの女郎屋の主の耳に入って
ひどい折檻を何度もうけた。けれど今まで
一切逆らわなかったやゑが、頑として玉を取り出すのを拒み続けたんだと。

すげぇ。。。。

これまで従順だった女が頑なに反抗するもんだから、主はカンカンに怒った。
器量よしで売れっ娘の女郎にゃそこまでひどい折檻は普通くわえないんだが
ある日虫の居所が悪かったのか、主はこっぴどくやゑをいたぶった。

折檻ってなにされたんです?

これも遊郭によってまちまちだが、飯をくわせないとか、水ダライをまたがせるとか
あとは軽い木の棒で脚や腕をはれあがるまでひっぱたくとか、そんなのは主の胸先三寸でどうにでもなったのさ

いてぇえええええ

もともと玉菊屋は二棟あった。俺たちが今いる建物の隣にもう一棟あって
その奥に折檻部屋がをあったんだが、やゑの悲鳴がここまで聞こえてきたそうだ。
しかしやゑは耐えた。叩かれて体がきしむ度に鳴る鈴の音が、辰之助のことを思い出させたのか
折檻にも見事に耐え抜いた。

しかしその折檻がもとで、やゑは数日寝込む羽目になっちまった。通りを見下ろす小部屋で
養生してる間、ただずっと外を見てすごしてたそうだ。その間、辰之助は何度も
この玉菊屋を訪れたが、主はやゑに会わせようとはしなかった。

ひどいっすね その店主。

まぁ遊郭だからしかたないさね。 しかも仕事できない間にかかった食費やら何やらは
借金に上乗せされるってんだからおちおち休んでもいられない。
辰之助会いたさも手伝ってやゑは体に鞭打って店に出てきた。
ところが、辰之助が待てど暮らせど来ない。寝込んでる間、あれほど来てたのにぱったり姿を見せない。
そして、やゑが店に出てから十日くらいたって、近くの竹林で腹を刺された男の亡骸が見つかった。

ま、まさか。。。

そのまさかさ。それは辰之助の亡骸だった。玉菊屋の主が囲ってたごろつきに殺られたのさ。

な、なんだって刺したりしたんです??

やゑのなじみの客の中に、近くの油問屋の旦那がいた。その旦那もやゑにいたく御執心でな
身請けして妾にと迫ってたらしいが、やゑは断り続けた。業を煮やした旦那は玉菊屋の主に泣きついた。
大店の若旦那に身請けされりゃ、祝儀やら花代やらで何百両って金が玉菊屋に転がり込む。
しかし遊び人の辰之助に身請けされたら、祝儀も何もあったもんじゃない。欲に眼がくらんだ玉菊屋は
前から店の用心棒として飼ってたならず者に、辰之助をバラすように頼んだらしい。

なんてこった。。

その訃報を聞いたとき、やゑは髪を振り乱して凄まじい声で叫んだ。
ながぁい絹を裂くような悲鳴が宵闇に包まれた女郎屋に響き渡ったって話だ。
それ聞いた客が素っ裸で飛び出してきたってんだから相当だったんだろう。

そしてその日の夜、やゑは別棟の折檻部屋で油をかぶって自分に火をかけた。
自分の部屋でやらなかったのは、仲間の女郎のことを考えてのことだったのか
その棟が主の住処だったからなのか。、今となっちゃぁ知る由もない。
結局、やゑは真っ黒焦げになっちまったが、あそこにゃぁりんの玉が入りっぱなしだった。
それがどうやっても取り出せず、まさか骸の腹を裂いて出すわけにもいかないんで
そのまま亡骸を近くの無縁墓地まで運んだそうだが、その間ずっとなり続けたらしい。
建物は半分以上焼けたけど、主も含めてやゑの他に死人はでなかった。

やゑさんかわいそすぎだろ。。 主なんか死にゃよかったのに!

まぁまぁ、話はここからさ。半分だけ残った別棟を取り壊し
玉菊屋は商魂たくましくこの建物だけで商売を続けた。
事情を知ってた女郎たちを脅して、外に話が広まらないようにしたんだ。
だが客たちの間で妙な噂が流れ始めた。ほら、そこに廊下があるだろ?

あ、ホントだ。結構長いっすね。

その廊下の両側も今は座敷になってるが、当時は女郎と客が篭もる部屋だったんだ。
丑三つ時になると焼け爛れたやゑの幽霊がでて、鈴の音を響かせてすすり泣きながら
廊下をいったりきたりするって噂がたった。部屋の障子に映る影がやゑにそっくりだと
言い出す客まで現れた。

あせったのは玉菊屋の主だ。客が来なくなる原因は性病と枕探し、そして幽霊話って相場が決まってらぁ。
女郎たちを集めて誰のいたずらだと問い詰めたが、返る答えは知らぬ存ざぬばかり。
あせった主は、自分が幽霊の正体を暴いてやるってんで、一晩寝ずにここで見張ってたそうだ。

え? ここでって、俺たちが今座ってるとこですか?

そう、ここも元は部屋だったんだ。この場所ならすぐに廊下を覗けるし
上に上る階段もここしかないから具合がよかったんだろう。
その日だけは商売を休みにして、寝ずの番って事でこん棒片手に待ち構えてた。
そして真夜中、草木も眠る丑三つ時だ。主の耳に、小さな鈴の音が聞こえてきた。

そら来たと覗き込むと、廊下の突き当たりから
しゅる、しゅるという衣擦れの音と共に、すすり泣く人影がこっちに向かって歩いてくる。
そして聞こえてくる鈴の音は、まぎれもなくあのりんの玉の音だった。

一瞬ひるんだが、腐っても女郎屋の主。こん棒を振りかざしながらその人影に向かって歩み寄りながら
必死に怒鳴る。怖いのをごまかしつつ自分を奮い立たせようとするかのように。
廊下は暗く顔は見えないが、確かにこっちに向かって一歩、一歩ゆっくり泣きながら歩いてくる。
手の届く距離まで近づいたとき、主はその顔を見てやろうと蝋燭を前につきだした。

その瞬間、人影が絶叫と共に一瞬で炎に包まれた
その時照らされた顔は、間違いなくあの焼け死んだ やゑ だった。
あのやゑが、真っ暗な廊下で炎に包まれ、独楽のように回りながら見る見る骨になっていく。
真っ赤な襦袢のような焔をまとい、踊り狂う骸骨。
凄まじい臭いと音の中、ちりぃん と澄んだあの鈴の音が響く。

腰の抜けた主、這う這うの体で逃げ出そうとしたが、体が動かない。
完全に骨になったやゑがゆっくりこちらに手をのばす。その掌には
あの恋しい辰之助から貰ったリンの玉が遊んでいた。
眼窩の黒がゆっくり目の前で上下し、顎の骨がカコと開く。
骨になった指で愛しげに主人の頬をなで、変わり果てたあの声がした

女4「ぬしさまぁあああああああああああ」

そして丑三つ時の玉菊屋に、主の絶叫が響いた。

翌朝、そこの廊下で主は手足を焼きそがれて息絶えていた。
それはあの折檻部屋で叩いたやゑの手足と全く同じ部分だったそうな。
役人が検分をしたがどこにも手足を焼いた火種がみつからず
削いだ手足も見つかることなく下手人は上がらずじまい。
巷の瓦版はリンの玉姫の恨みと題し、非業の死を遂げたやゑのことを書き連ねた。
これが元で、玉菊屋は女郎屋として立ち行かなくなりつぶれた

これが玉菊屋、りんの玉姫の怪ってことでここらに伝わってる話だ。

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・・・・・。

どしたい。黙っちまって。

はぁー。 いやなんというか、すっさまじい話っすねぇ

まぁな 遊郭、遊女、とくらぁこんな話はざらにある。

で、主が死んだ後、そのやゑさんの幽霊は出たんですか?

いや、その後はぱったり出なくなったって話だ。
辰之助をやったごろつき共も酷い死に方をしたそうな。

へぇ~、しかしやゑさんかわいそうだなー。
遊女とか遊郭ってなんか哀れで悲しい話ばかりってイメージありますね
男が女を無理やり見たいな感じで。

そう思いたいのはわかる。けどかわいそうとか哀れだって思うばかりでもダメなんじゃないかい?
太夫とか花魁とかの華やかな場面だけじゃなく、地味な日常の部分だって遊郭の女たちは
たくましく生きていたよ。男尊女卑の典型だとかいわれがちな世界だか実際はそうじゃない。
今の時代の俺らが話す言葉の中にだって遊郭や遊女の間で生まれた言葉が生きてる。
それを汲み取っていけば、彼女らが生み出した文化、果ては彼女らが生きた意味ってのもわかる。
彼女らは哀れで可哀想でしたたかでたくましくてそして、可憐なのさ。

うーん 深いなぁ~

まぁ酒の席の虚言だ ほれ、呑め呑め

あざーっす お、このつまみうめぇ!

気にいってくれたか それはここの名物ですぐなくなっちまう

へぇー ちょっと黒っぽいけど歯ごたえがいい 不思議な食感だ
ごぼう?いや、なんかの肉か?

おーい、こっちにももう一皿おくれ~
女5「あ~い」(鈴の音)

そういえばここの店員の女の子、可愛い子ばっかりっすね
あと変わった言葉使いしてるし

あれは郭言葉と言ってな、遊郭で使われてた言葉さ 全国からつれてこられる女たちの
方言の偏りを無くすために使われた。ありんす言葉ともいうね。

へ~え いいな色っぽいなぁ そういやみんなちょっと変わった着物の着方してますね
あーやゑさんに会ってみたいなぁ 美人だったんだろうなぁ

そんなに会ってみたいか?

そりゃそうっすよ 美人ならなおさら

そうか。。 お、つまみが来たぞ

女6「辰さんおまちどう、しし焼きでありんす」(大きく鈴の音)

おおうありがとう

へぇー これしし焼きって名前なんだ。ししっていうと猪ですよね?

あはははははははははははははは

ど、どうしたんすか!?

くふふふf いやぁすまん その猪じゃないよ ひゃははははははははは

これ なんなんですいったい

ししってのは四肢だ つまり 手足のことさ あはははは

へぇ 何の手足なんです?

ひゃははははははははは ひっひっひゃははははははははは

・・・・どうしたんです?

あはははは どうしても聞きたいなら やゑに聞くんだな ひゃははははははははは

(大きく鈴の音)

やゑってあの?あの女郎のやゑ? ど、どこにいるってんですか

(大きく鈴の音)

どこって ひゃははははははは 最初からずっと

(大きく鈴の音)

お前の後ろ

?!

(鈴の音 衣擦れの音 吐息)
女7「玉菊屋名物 主の四肢焼き いかかでありんす  ぬしさまぁあああああああ」

ぎゃああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ・・・・・・
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いや ホントですって。気がついたらなんも無かったんですってば。
玉菊屋って店とか以前に建物も通りもなぁんもない、原っぱで目が覚めたんすから。
狐や狸に化かされた日本昔話のオチそのまんまでしたよ、風邪も引きますってそりゃあ。
ええ、ナンとか帰れましたよ。ただ、あんまし気になったんでもう一回その場所
行ったんです。あん時は夕暮れだったけど道は覚えたから。
んでもって途中、地元のばぁ様にで聞いたんですよ。玉菊屋の話。
そしたら確かに昔、そんな名前の店があったと子供の頃聞いたって言うんです。
ただ何の店だかは教えてもらえなかったそうですけどね。
その後、散々探し回ったんですが、結局店や通りは見つかんなかったです。
もう一度行ってみたいなぁ あの雰囲気。。

そうそう、ポケットにこんなもん入ってたんすよ。何ですかねこれ。
(大きく鈴の音)

                               -終-
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最終更新:2010年10月17日 09:46