浮浪者と少年と
男:小学生
女:高校生
男「僕は孤独を愛していた。孤独を自ら求めることを好んでいた」
女『浮浪者と』
男『少年と』
女「やあ、ミスタ」
男『彼女はごろりと身体を起こして僕に挨拶する。
雨で橋の下のダンボール小屋が流されてから、この下水道管理室が彼女のねぐらだった』
女「ミスタ、学校は」
男「休み」
男『……嘘だけど、と続く言葉は飲み込んだ』
女「いいな、私は学校だ」
男「おねーさんは行かないの」
女「休んだ」
男『彼女はまたごろりと転がり、くしゃくしゃの雑誌に熱中しだした』
男「それ、なに」
女「ミスタはまだ法的に見ちゃいけない雑誌」
男「おねーさんはいいの?」
女「拾得物の10%ないし15%をお礼として貰ってるだけだから、いいの」
男「それ、ばっちぃよ」
女「うん、泥まみれ」
男『彼女は気にもせずに読みふける。
うつ伏せになった彼女の、足でパタパタと床を叩く音だけがプールの管理室に似た狭い空間に響く。スカートの裾から赤い体操着が見える。
僕はランドセルを背中から下ろし、中を漁って国語の教科書を取り出した』
女「飽きないね」
男「他に読むもの持ってないから」
女「歴史の教科書とか楽しくない?」
男「中学からだよ、小学校は社会」
女「ゆとり社会の弊害により、この小学生は読むものすらないのです、ああジーザス、アーメン、神よ」
男『100円あれば読むものは買える世の中だ。僕も望めば100円玉が手に入る。
でも、僕の家族は僕が読み物を買ってくるより、細々した駄菓子を買ってくることを喜ぶ。
何を言われたわけじゃないけど、それでも、分かることがある。
説明はできないけど、わかるのだ。伊達に10年以上同居はしてない。
アカの他人の夫婦でさえ、ツーカーになるんだというし
僕が、言葉のない嘆きが耳に届いてうるさくてたまらなくなったとしてもおかしくないことなのに』
女「ごんぎつね、のってる?」
男「えっ」
女「ごんぎつね。手袋買いには? ある?」
男『橋の下に寝転んだ彼女は、そう僕に声をかけた。
その時から、このセーラー服の浮浪者とは読みもの仲間だ』
女「フンフ~ン♪」
男『彼女はよく喋ったが、僕がなにかを読んでいる時は寡黙だった。
彼女の喋っていることは僕にはなにがなんだかサッパリわからず、気味悪くも感じた時もあった。でも、黙っている時の彼女は とても素敵なパートナーだった』
男『ある日のことだ』
女「帰る」
男「えっ?」
女「帰らないと……それじゃ、ミスタ」
男「どこ行くの!」
女「ウチに帰る」
男「ウチはここだって言ったよ! 他にないって言った!」
女「……そうだったけど、帰る」
男『アッサリと彼女はそう言って、身一つでどこかに消えた。
その翌日、学校から”不審者に注意”とのお知らせが来た。
汚い格好で子供たちに話しかける人物が出没しているから注意するように、そう書いてあった。
母親は、ぶっそうねえとため息をつき、父親は気をつけるんだぞ、と念を押した。
――数日後、僕の家の玄関先に不法投棄物が置いてあった。
古ぼけて、染みのついた本や雑誌の山。紙紐で結わえてあって、ゴミ捨て場から拾ってきたようなそれだった。
母親が他の家族に金切り声をあげている隙に、僕はそれを部屋の押入れに運んだ。
寝ぼけていたんじゃないか、誰かが置いただけだったんじゃないか、と階下で聞こえる声を聴きながら、
僕は時期はずれのサンタクロースに感謝を捧げる。ああ、ジーザス、アーメン、神よ。
――その後すぐ、そのゴミは見つかり、トイレットペーパー2つに変わったけれど。
セーラー服の浮浪者は、今もどこかの軒下で本を読んでいる。
警察の手を逃れているなら、の話だけど』
END
最終更新:2010年10月20日 17:00