ネクタイだけは心に留めて

父:古風な旧家の親父さん。名前は進藤(しんどう)
娘:父の一人娘、10代後半。名前は晴美(はるみ)
男:娘の恋人、20代後半~30代程の青年。名前は誠一(せいいち)ZE☆N☆RA

(SE:ししおどし音・竹がカポーン)
父01「……駄目だ」
娘01「どうして! どうしてわかってくれないのよ、お父さん! 誠一さんは……」
男01「晴美ちゃん、やめるんだ……お義父さんも考えあってのことなんだよ」
娘02「でも、誠一さん!」
男02「いいんだ……これでいいんだよ。第一、僕と君とは、年が離れすぎてる」
娘03「そんなの関係ないわ! どっちにしろ、女のほうが男より長生きするに決まってるんだから! あたし、誠一さんの死に水まで看取る覚悟よ!」
男02「晴美ちゃん……」
父02「あー、ゴッホン! ……晴美、わしが反対する理由は 年齢のことじゃあない」
娘04「じゃあ何だって言うの? 誠一さんはね、性格だってとても優しいし、職業も公務員で安定してるし……」
父03「ゴホン……きみ、公務員なの?」
男03「え……ああ、はい……税務のほうを、少々……」
父04「公務員なのか……その風体で……」
男04「あ……」
娘05「お父さん! やめてよ! 結婚に反対するのはわかる、でも誠一さんの人柄や容姿にまでケチつけるのはやめて! そんなの、卑怯よ!
   こっちが言い返せない立場だからって……卑怯よ……」
男05「晴美ちゃん……ごめん、僕がこんな体たらくだから……」
娘06「だって……だって、そんなの関係ないもの……誠一さんは、素敵な人なのだから
   あたしの、大事な人なのだから……」
父05「ゴッホン! ……晴美、落ち着いて考えなさい。お前はおかしいと思わないのかね? 彼の……」
娘07「彼がウチの財産目当てだとでも言うつもりなの?
   彼みたいな前途有望な人が、こんなおてんば娘を相手にしてくれるなんておかしいってこと……?」
父06「いや……そうじゃあないが……」
娘08「だったらいいわ! こんな家、出ていってやる! 誠一さんは……誠一さんは……」
男06「晴美ちゃん、落ち着いて。お義父さん……いや、進藤さん。
   僕は、晴美さんが、進藤晴美ではなく、彼女だからこそ愛しているのです。
   彼女がたとえ ただの一人の少女だとしても
   僕は彼女を心から愛し、慈しむことができる、それだけは断言できます。
   ですが、進藤さんが信じられないのは当然です
   大事な一人娘をどこの馬の骨ともわからない男に渡せない気持ち……わかる部分があります」
娘09「誠一さん……」
男07「進藤さんは晴美さんにとって大事な父親です、家族です。
   その家族が仲違いしてしまう原因を……僕の愛する人が悲しむ原因を僕自身が作ってしまうのは……僕には、耐えられないことです」
父07「……なら、あきらめるというのかね」
男08「いえ……また来ます。何度でも、認めていただけるまで。僕は彼女のためなら、どんなことも我慢できます。
   それまでに、僕が彼女にふさわしい人物になれなかったのなら……僕の力量が足りなかった、それだけです」
娘10「誠一さん、嫌よ! あたし、あなた以外の人なんて絶対に嫌!」
男09「晴美ちゃん……それなら、認めてもらえるように一緒に頑張ろう。
   君は、花嫁修業をするんだ、もうおてんばなんて呼ばれないような女性になるんだ。
   どんな男も放っておかないような、素敵な女性に……
   その時も、僕がきみの大切な人で、きみの心に僕が住んでいるなら……」
娘11「……ううっ」(泣いて)
父08「ウォッホン! ……誠一くんとやら」
男10「はい」
父09「なにやら、事が大げさになっているがね……
   私は、きみが あるひとつの事柄だけをなんとかしてくれれば、それでいいんだ」
男11「あるひとつ……唯一の……つまり……心、ということですか? 僕には まだその心構えがない、と……?」
娘12「お父さん!」
父10「……いや、だから大げさにしないでほしい。きみの、そのだね、服装が……ネクタイ、というのは……」
娘13「洋装なのが生意気だとでもいうつもり! いいがかりはやめてちょうだいよ!
   今時の文化人に和装の人なんていないわ!
   お父さんが旧人類だからって、誠一さんにまで同じことを求めるの、やめてちょうだい!」
父11「いや、そうではない、そうではないのだ。きみ、出勤のときもその風采なわけではないのだろう? そうなのだろう?」
男12「は、はあ まあ……制服が至急されておりますので……」
父12「そうなのだな、それはひとつ安心事だが……きみ、職休みの日はいつも、その……ネクタイ、かね?」
男13「いいえ、いつもは……してません。
   今日は、お義父さ……進藤さんにお会いするのにと、めかしこんでしまって……
   馬子にも衣装でしたでしょう、みっともない風采を……」
娘14「誠一さん! 気にしないでいいのよ……
   あたし、あなたの飾らない姿が好き、お父さんのいうことなんか、気に留めないで」
男14「晴美ちゃん……」
父13「ウォッホン!! ……ああ、そういうことではないのだ。
   わしには お前たちがわざと 直面する問題から眼をそらしているように見える」
娘15「どんな問題があったっていい! あたしは誠一さんを心から愛し、尽くしてみせるわ!
   どうしてわかってくれないの……お父さん!」
父14「晴美、お前は本当に気に留めていないのか。彼が……その、少々涼しすぎる姿でいることを」
娘16「やめて! 聞きたくない! ……彼の髪のことを言うのはよして
   こうなったのは誠一さんのせいじゃないわ、お父さんだって、もう通ってる道じゃない!
   たとえ今どんなに髪があったとしても、それは青春時代の欺瞞だわ。
   どうせ人は皆 お骨になるの、その前には全部抜けるの、その真理の前では 今あることに何の意味があるの?」
男15「晴美ちゃん……ごめん、僕のために
   進藤さ……お義父さん、今日は帰ります。また……またお伺いします」
娘17「誠一さん……送るわ。いいでしょう、お父さん」
父15「……ご近所の目を気をつけるんだぞ」
娘18「お父さん、なんてこと!」
男16「晴美ちゃん! わかっています……嫁入り前の娘の元に男が出入りなんて、いい飯の種です。
   ……お義父さん、お会いしてくださってありがとうございました!」

娘19「誠一さん! 待って!」
父16「……晴美、どうしてお前は……彼から覗く……その、大砲に無関心でいられるのだ?」
娘20「彼が爆弾だとでもいうの? この古めかしい家に落とされた砲撃とでも?」
父17「いや……そうではなくてだな。どうしてお前たちはそんなにも……」
娘21「あたしはいいの……たとえ……決してないことだけれど、どんなにもてあそばれたのだとしても
   彼なら、あたしは許せる……それほどに、愛しているの!
   ……あたし、追うわ。止めないで、お父さん」

父18「……最近の若者はああいうものなのかね。それともわしの頭がおかしくなったのか……
   なあ、母さん。ばかは一体どっちなんだと思うね? なあ……母さん」
 (SE:仏壇の鐘を鳴らす)


お題:若ハゲ・バカ・大砲
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最終更新:2010年10月20日 17:24