『特効薬』


馬鹿なミスをした。
みんなに迷惑をかけた。めいっぱい怒鳴られた。自分が嫌いになった。
よく気がつく同僚が飲みに誘ってくれたが、今日はさすがにちょっと独りになりたかった。

アパートに到着。真っ暗。スーツを脱ぎ捨てる。ケータイの電源をオフ。
敷きっぱなしの布団へダイブ。

カチ。カチ。カチ。カチ。
うるさい。時計の電池を抜く。
ヴーン。
ウザい。冷蔵庫のコンセントを抜く。
ジョボボボボ。
上の部屋のトイレを流す音。どうしようもない。布団を頭からかぶる。

ガサッ。ガラガラガラガラ。ボテッ。ガリガリガリガリ。
……ああもう。悪かったよ、お前のこと忘れてた。

ジャンガリアンハムスター、メス、2歳、名前はしいたけ。色が何となくそれっぽいから。
好物は煮干と魚の形をしたペレット。
唯一の同居人のことはさすがに無視できない。
引き篭もるのをあきらめて彼女をケージから出してやる。

ほら、エサだぞ。手のひらに載せたままペレットを一粒づつ手渡してやる。
コラ、そんなひったくるように取るんじゃない。
待て、それはエサじゃなくて俺の指だ。というかいい加減爪を立てるのはやめてくれ。

比較的おとなしくしているのもエサの時間だけ。
お姫様は食べ終わるとせわしなく駆け回る。
俺の体をよじ登り、
途中で力尽きてポトリと落ち、
目にも止まらぬ速さでテレビの下に潜り込み、
さっそくガリガリと不審な音を鳴らしはじめる。
壁に穴を開けられてはたまらない。なぜか枕元にあった孫の手で引っ張り出す。
しいたけと、
大量の埃と、
大量ののティッシュペーパーと、
これまた大量に溜め込まれたエサ。
ってコラ。またそんなところに別荘をこしらえよって。

ほら、おとなしく俺の体をよじ登って遊んでなさい。
コラ、手の上にフンをするな。
乳首の上に爪を立てるな。
頭の上で急におとなしくなるな。なんか生暖かいが、おしっことかしてないだろうな?
俺の股ぐらを掘るな。レディーだろ。
っ痛!足を噛むな。
パンツの中に潜り込むな。素肌に爪を立てないでくれ。

……そろそろいいか?あんまりはしゃぎすぎてバテられても困るしな。ほれ、ケージに帰れ。
そんじゃ、おやすみ、しいたけ。

ガラガラガラガラ。

うるせえ!

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最終更新:2010年10月19日 14:02