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僕らの弱さ


義人:主人公。名前の読みはヨシト。
早苗:ヒロイン。


義01「大学からの帰り道。いつの間にやら、雪が降り出している事に気付いた。
   雪の季節になったという事は、あれからもう、ちょうど一年になるのか。
   ……ねえ、早苗。僕らはあれから、何か変わっただろうか。
   変わる事が、できただろうか」

早01「――変わらないわ、義人。あなたは一生、変われない」(リバーブ)

義02「……っ。あれから一年も経つっていうのに、やっぱり思い出すのは辛かった。
   目の奥が熱くなって、胸が錆びたように軋む。
   早苗――君は今、どこで何をしてるんだい?」

(場面転換)
SE:ドア

早02「おかえり義人。今日はどこに行ってたの?」
義03「ただいま。今日もいつものように大学ですよ、早苗さん」
早03「辞めたらいいんじゃない? そうしたら、ずっと一緒にいられるのに」
義04「いやいや。僕は大学を出た後、働いて君を養わなきゃいけませんので」
早04「義人が働かなくてもいいわ。私が養ってあげるから」
義05「……その提案はとっても魅力的だけど、ヒモになるのはお断りだ。
   というか、どっちが養うにしろ、結局働く必要があるわけだし」
早05「だから私が働いてるのよ。ほら、義人は浮気性だから。
   ずっと家に閉じ込めておいたら、私も安心できるでしょう?」
義06「あー、うん。そうだねぇ」

義07「典型的なセリフを素で吐いちゃうくらい病んでるね、早苗さん。
   先月から同棲している僕の彼女は、なんかもう、どうしようもない。
   ――僕が浮気性だという点に関しては、認めなくもないんだけどね」

早06「まあいいわ。義人、ご飯食べるでしょう?
   何か作るけど、何がいい?」
義08「いや、今日はバイトだから、ご飯は帰ってからでいいよ」
早07「……私の料理、嫌いになったの?」
義09「いえいえ、滅相もない」

義10「しかし困ったな。下手な事を言って、ご機嫌を損ねるわけにはいかない。
   不機嫌になった早苗は本気で地獄を見せてくれるから、ここは慎重に言葉を選んでおこう」

義11「ほら、お腹空いてる方が、もっと美味しく食べられるだろ?
   僕は早苗の手料理をもっと美味しく食べたいから、空腹っていうスパイスを用意するんだよ」
早08「本当にそれだけ? バイトに行くとか言って、外に他の女がいるんじゃないの?」
義12「大丈夫だよ。僕が一番好きなのは早苗だから、心配しなくていい」
早09「うん。私も義人が好きよ。私の義人が一番好き」
義13「さりげなく僕を所有物にしないでくれ……。
   ま、いいや。それじゃあバイトに行って来るよ」
早10「もう行くの……?」
義14「荷物を置きに帰っただけだからね。
   っていうか、捨てられたネコみたいな目で見ないでください」
早11「やーだー。義人、行っちゃだめー。一緒にいーるーのー」
義15「はいはい、わがままを言うんじゃありません。
   重たいから、抱き付いてくるのも禁止」
早12「うー。義人のばーか」
義16「馬鹿なのは自覚してるから大丈夫。
   じゃ、行ってきまーす」

SE:ドア

義17「家を出てから気付いたけど……早苗の奴、どうして平日なのに家にいたんだろう。
   いや、どうしても何も、仕事を休んだから家にいるんだろうけど。
   会社にはちゃんと行けって話したのに、まったく守っていない。
   その理由は――まあ、どうせ僕と一緒にいたいから、とか。そんなところだろうけど。
   ……やっぱり僕らは、一緒にいてはいけないのだろう」

(場面転換)

義18「早苗と出会ったのは、駅のホームだった。
   彼女がふらふらと自殺しかけていたので、反射的に助けてしまったのが僕らの出会いだ。
   どうして助けたの、と訊ねられた。
   放っておけなかったから、と答えた。
   放っておいて、と言われた。
   放っておけない、と答えた」

早13「放っておいてよ……また、自殺しようとするかもしれないわ。
   貴方はそのたびに、私を助けるつもりなの?
   できるわけないじゃない――だったら、放っておいて。迷惑なの」

義19「明確な拒絶の言葉。けれど、僕には。
   僕を拒絶する彼女の姿が、まるで泣いている子供のようにしか見えなかった。
   なおさら――放っておくなんて、できなくなってしまった」

早14「ほら、早くどこかに行きなさいよ!」
義20「いやいや、どこにも行きませんってば。今は君が心配なのです」
早15「いいから優しくしないでよ!
   いなくなるんだから――皆、私の前からいなくなるんだから……!」
義21「はいはい、落ち着こうね? 僕はここにいますから」
早16「うるさい!!」

SE:平手打ち

早17「皆、口先ばっかりだ!! いなくなるんだ!!
   私の事なんて、誰も分かってくれない……!」
義22「そりゃまあ、完璧に人を理解するのなんて不可能だよ。
   でもさ、理解しようと努力する事はできるだろ?
   たとえば僕は今、君の事を知りたいな、なんて思ってるんだけど」
早18「何よ……そんなの知って、どうするのよ」
義23「別に何がしたいってわけじゃないけど――まあ、強いて言うなら君の助けになりたいね」
早19「嘘――そんなの、嘘」
義24「決め付けられるほど、僕の事を知ってるわけじゃないだろ?
   せめてそれが嘘か本当か分かるまで、まあ、嫌だと言われても傍にいるよ」

義25「自分がどうしてそんな事を言い出したのか、嫌というほどによく分かる。
   分かるからこそ、僕はもう、引き返せなくなっていた。
   そして……迷うように、彼女が口を開いた」

早20「ねえ……私は、貴方を信じていいの……?」

義26「僕は答えない」

早21「名前も知らないのに……信じていいのかしら……?」

義27「僕は、答えない」

早22「――私は、信じたいと思った」
義28「――僕は、裏切らないよ」

義29「それが僕らの契約だった。
   彼女が僕を信じたいのなら、僕はいつまでも信じさせてやる。
   その契約がある限り、僕らは繋がれる事になるのだろう。
   ――たとえそれが、どんなに一方通行であったとしても」

(場面転換)

SE:ドア

義30「ただいまー……って、あれ?」

義31「バイトから帰ってくると、早苗の声がしなかった。
   普段ならすぐに、というか、僕がただいまと言うより先におかえりと言ってくれるのに。
   何か……嫌な予感がした」

義32「おーい、早苗! いないのかー?」

義33「いいや、いる。いるに決まってる。
   玄関には靴があったし、部屋にも電気が点いている。
   絶対に外には出ていないんだ――そして、彼女は風呂場にいた」

義34「早苗!!」
早23「ん……あー……義人、おかえりー……」

義35「薄暗い風呂場の中で、彼女は手首を切っていた。
   鼻にツンと刺さる血の臭い。流れる血が、彼女を赤く染めている」

義36「馬鹿、何やってるんだよ!」
早24「だって……生きてる意味、ないし……死んじゃおうかなって……。
   会社もクビだし……義人も、私よりバイトだし……」

義37「ああ――そうか、だから平日なのに、家にいたのか。
   僕がバイトに行かなければ、こうはならなかったのだろう。
   何故なら早苗は、もう、自分のためには生きていない。
   誰かから必要とされていなければ、こうして、あっさり死を選んでしまう。
   今まで生きていたのは――僕に、依存していたからだ」

義38「早苗――とにかく病院に行こう。話はそれからだ」
早25「やだ、死ぬ……もう死ぬの!!」
義39「いいから僕の言う通りにしろ! 僕が君を死なせたくないんだよ!」
早26「義人……私が死ぬの、嫌?」
義40「嫌に決まってるだろ!?」
早27「えへへ、分かった――じゃあ、死なない」

義41「ああ。だからそんな理由で、死ぬとか生きるとか、決めて欲しくないのに。
   僕は君の助けになる事ができれば、それでよかった。
   僕も昔、君のように自殺しそうになった事があるから。
   君はまだ間に合うって、そう思ったから、助けになろうとしただけなのに。
   君の生きる理由になんか――なりたくなかったんだ。
   だってそんなのは、生きていないのと同じなのに。
   ――ねえ、早苗。僕らはもう、潮時だと思うよ?」

(場面転換)

義42「自殺未遂をした早苗が退院するのを待って、僕は別れ話を切り出す事にした。
   別れよう、と言った瞬間、彼女は呆然と僕を見た」

早28「え……義人、何言ってるの……?」
義43「だから、別れようって――そう言ったんだ」
早29「どうして!? ねえ、私が何かした? 嫌われるような事した?」
義44「いいや、何もしてないよ。だけど、僕らは一緒にいちゃダメなんだ」
早30「だからどうして!? お願い、別れるなんて言わないで……一緒にいて、義人。
   私、貴方がいないとダメだから――義人が好きだから……!」
義45「早苗。僕も君の事は好きだよ。
   だけど――だからこそ、僕らは別れなきゃいけない。
   君は僕に、依存してしまっているから」
早31「依存なんかしてない!」
義46「どこからどう見ても、依存しているよ。
   早苗――僕は君の助けになりたかった。
   だけど今、僕は君をダメにしてしまっている。
   君は一人でも立てるのに、僕がダメにしているんだ」
早32「ちゃんとするから! 私、一人でも立てるようになるから……!
   だからお願いよ、別れるなんて言わないで!」
義47「――ダメだ、それだけはできない」
早33「どうして……ねえ、どうしてなの……。
   こんなだったら、初めから助けないでよ!! 私になんか構わないでよ!」
義48「……まあ、そこは僕の悪いところだね。
   ごめん、早苗。僕は最初から、君が好きだったわけじゃないんだ」
早34「え――?」
義49「君は今にも死んでしまいそうだったから。
   おこがましい事に、助けずにはいられなかった。
   君が僕を好きだと言うのなら――恋人ごっこも、悪くないと思ったよ」
早35「何よ、それ……馬鹿にしてるの……?」
義50「馬鹿になんてしてないよ。
   でも、確かに――僕も、このままじゃダメだよな。
   少しでいいから、変わらないとダメだ」

義51「僕は僕を軽蔑する。
   求められたら応えてしまう、覚悟も信念もない、半端なだけの優しさを。
   いつだって人を傷付けてしまう僕を、僕は軽蔑する。
   そして――早苗は、言った」

早36「義人……変わらないわ、義人。あなたは一生、変われない」
義52「……どうして?」
早37「だって、貴方はそれがないと、生きていけない。
   分かるのよ――ずっと、貴方を見ていたから。
   貴方は人助けをして、誰かに必要とされたがってるだけ。
   生きる意味や理由がないと、死んでしまうから――そうでしょう?」
義53「……さあ、どうだろうね」
早38「ねえ義人、考え直して。私達、すごく相性がいいの。
   お互いがお互いを必要としてるなんて――素敵な事じゃない」
義54「だけどそれは――別に、誰だっていい筈だよ」

義55「僕らは確かに、誰かに依存しなければ生きていけないのだろう。
   でもそれは、特別な相手を必要としない。
   依存できてしまえるのなら――それこそ、誰だっていいんだ」

義56「だからお別れだ、早苗。
   君には立ち直れる可能性がある――僕は、邪魔者なんだ」
早39「待って! ねえ、待ってよ義人!!」
義57「――さようなら」

SE:ドア

義58「こうして、僕らの恋人ごっこは終わった。
   ……その後すぐに、早苗には新しい恋人ができたらしい。
   そしてどういうわけか、その新しい恋人と話す機会があった。
   その時、彼は僕に教えてくれた。
   早苗はとても傷ついている、と。
   だから二度と関わらないで欲しいと――そう、言われた。
   当然だ。あんまりにも当然だから、僕は何も反論しなかった。
   そして一年が過ぎ……また、雪の降る季節になったというわけだ」

(場面転換)

義59「……悪いのは全面的に僕だ。
   君を助けたいと思ったなら、距離を置くべきだった」

義60「雪が降り続けている」

義61「だけど早苗。君は僕を好きになって、ずっと僕を見ていたんだろう?
   それなら――分かってただろ。
   最初から好きだったわけじゃないけど、僕が君を好きになった事ぐらい」

義62「目の奥にあった熱いものは、みっともなくこぼれ落ちて」

義63「君が傷付いているって? 笑わせるなよ!!
   僕だって痛いんだよ! 僕だって傷付いてるんだよ!!」

義64「雪の降る街で、狂ったように泣き叫ぶ。
   この一年、胸の奥で凍らせていた感情を」

義65「自分だけ被害者面しやがって!! 僕の顔を見た事あんのかよ!
   全部僕にぶつけて、人に泣きついて! 僕はどこで泣けばいいんだよ!?」

義66「死にたくなる。死にたくなる。
   こんなにも辛いのなら、生きるのなんてやめればいい。
   ――だけど」

義67「だけど――それもこれも、僕らが弱かったからだよな」

義68「僕らが強ければ、自殺なんて考えもしなかった。
   僕らが強ければ、依存なんてする筈がなかった。
   僕らが強ければ、……愛し合う事さえなかった」

義69「――死んでやるもんか。
   どんなにみっともなくたって、生きてやるからな……!」

義70「早苗。君と一緒にいた時、僕は確かに幸せだったんだ。
   死んでしまったら、それまで否定してしまうような気がして」

義71「見てろ、絶対に幸せになってやる」

義72「僕の弱さが、生きろと叫んでいるんだ」

義73「だからお前も幸せになれよちくしょう!!」

義74「涙は止まらなくて、胸は軋んでいる。
   心はこれからも長く血を流し、その痛みにのたうちまわるだろう。
   それでも今は、その痛みがありがたかった。
   痛みだけが、恋が終わった事を教えてくれるから。
   ねえ、早苗――僕らは変われるだろうか?
   僕らは、幸せになれるだろうか」

義75「ああ――強く、なりたいなぁ……」


終わり