なくなったもの
男:殺人犯。
監守:仕事一筋。
男01「出せ! 俺をここから出せ畜生ッ!
俺は無実だ! 何もやっちゃあいないんだ!!
調べ直せよ! 何かの間違いに決まってるだろうがァーッ!!」
監01「うるさいぞ囚人18号! 黙っていろ!」
男02「黙ってられるか! 俺は無実だ……無実なんだよォ……」
男03「……なんてね、そんなのは嘘さ。
俺が何をやらかしたのかは、俺自身が誰よりも知っている。
牢屋にぶち込まれた時のお約束として、とりあえず叫んでみただけさ。
ああ、どうして俺が牢屋にぶち込まれてるのかって?
簡単さ、ムカつくクソ野郎をぶっ殺したからだ。
そいつは仕事場の上司だったんだが、いつも俺をバカにする奴だった。
ま、バカにするのはいい。だって俺はバカだしな。
だがあの野郎は、俺に残業代を払おうとしなかった!
働いた社員には金を出す。それがルールだってのに、あの野郎はルールを破ったんだ。
カッときた俺は、つい勢いで野郎を殴り殺して、捕まっちまったというわけだ。
別に悪いとは思っちゃいない。あの野郎は、殺されて当然のクソ野郎だったんだから!」
男04「しかし……監守さんよ、俺はこれからどうなるんだ?
裁判ってやつに行かなきゃならないのか?」
監02「囚人18号、お前が裁判に行く事はない」
男05「はァ? 何言ってんのおたく?
俺は捕まったんだから、この後は法に裁かれるのがルールだろう?」
監03「お前には精神病院への通院暦がある。
精神病の犯罪者は責任能力がないため、裁判にかけられない」
男06「へェ……そういうもんなのか」
男07「ラッキー!! 精神病院なんて、鬱病で行っただけだぜ!
警察もバカなもんだ、そんなことで裁判にかけないなんてよ!
へへっ、こりゃあ思ったより早くここから出られるかもな」
監04「刑法第286条、特殊犯罪者への刑罰について、というものを知っているか」
男08「ンン? なんだい、監守さん」
監05「お前の刑罰を決定する法律だ。
この法律によって、精神病や知的障害の犯罪者は、自動的に無期懲役となる」
男09「はア!? ふざけんな、無期懲役だと?
一人殺したぐらいで、死ぬまで檻の中に入れる気かよ!?」
監06「異常者は更生するかどうかも分からんからな。
だがお前の場合、病気が治ったと診断されれば、改めて裁判が開かれる」
男10「おいおい、なんだよそりゃあ……ヤバイ、正気じゃないぜ。
治ったと診断されてから裁判だって?
それはつまり、どんな罰もそこからスタートって事じゃねえか!」
男11「お、おい監守さん! 俺は病気なんかじゃない!
犯行だって認める! だから早く裁判を開いてくれよ!?」
監07「言動が先ほどまでと完全に食い違っているな……。
やはりお前は病気のようだ。治るまでそこで頭を冷やしていろ、――何年でもな」
男12「こ、この野郎……ッ!
知っている! 俺が病気でもなんでもないと、知っていやがる!!
ああだこうだと言って、俺をずっとここに閉じ込める気なんだ!」
男13「出せ、俺をここから出せよ畜生ッ!!
なにニヤついてんだ、出せって言ってるのが分からねぇのかァ――ッ!?」
監08「出してやる事はできない。が、こちらも鬼ではない。
囚人18号、後ろを見てみるといい」
男14「後ろ……? ハッ、ハハハ! こいつは何の冗談だ!?
天井からロープなんざぶら下げやがって! 死ねって言うのかよ!」
監09「精神病患者であろうと、罪を認めて悔いる可能性はある。
その時、その命で罪を償うための手段として、それが用意してある。
自分が何をしでかしたか理解したら、そいつで首を吊るといい」
男15「バカだ……! どうしようもないバカだぜ!
俺が首なんて吊るかってんだ!!」
監10「好きにするといい。だがな、我々はお前の自発的な贖罪を願っているよ」
男16「お、おい待て……どこ行く気だ監守!? 俺を見張ってなくていいのかよ!!」
監11「監視カメラがある。今後、お前には食事の時を除いて、誰も会わないと覚えておけ」
男17「待て……待てよ……! なんだよこれ……!?
誰でもいい! 俺をルールで裁いてくれェ――ッ!?」
男18「……ああ、あれから何日が経ったのだろう。
今日も俺の目の前には、ぶらぶらとロープが垂れ下がっている。
ここは牢屋なんかじゃあなかった。
ここは、俺を殺すための絞首台だったんだ。
好きな時に、好きなタイミングで死ねと、ロープが囁いている。
ああ、そういやあ……この国で死刑が廃止になったのは、何年前だったっけ……?」
終わり
最終更新:2010年10月18日 04:38