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狼少年の父親


重野:主人公の少年。名前は健一。
秋田:重野の友人。
大輔:重野の父親。
先生:学校の先生。
佐川:重野のバイト仲間。


重01「僕は狼少年に同情する。
   嘘を吐く事しかできなかった、あの寂しい少年に。
   あの物語のどこに、狼少年の味方がいたのだろう。
   家族も友達も、あの世界にはいなかった。
   作者という神が、そんなものを与えてくれなかったから。
   ひとりぼっちの少年が、誰かの気を惹こうとしたのが……嘘の、始まりなのかもしれない。
   だから、僕は狼少年に同情する。
   孤独の中で嘘を吐くしかなかった、あの悲しい少年に」


タイトルコール
重02「狼少年の父親」


秋01「しーげーのーくーん! 起きなさーい、放課後ですよー?」
重03「う、んぅ……あれ……? 秋田、ひょっとして寝てた?」
秋02「おう、昼からばっちり寝てましたとも。寝不足か?」
重04「いや……寝不足っていうか……疲れてんのかな」
秋03「なに、バイト忙しいの? コンビニだろ、確か」
重05「楽そうに見えて、けっこー辛いんだよ。
   変な客には気ぃ遣うし……人間関係とかあるしさ……はぁ」
秋04「おーおー、やさぐれてるねぇ。
   やっぱお前、パパに頼った方がいいんじゃないの?」
重06「パパって言うな! もうちょっとさ、言葉を選ぼうよ……」
秋05「まあまあ、そういつまでも肩肘張ってないでさー。
   素直に甘えればいいんだよ、素直にさ」
重07「……血も繋がってないおっさん、どうやって甘えろって言うんだよ」


重08「――半年前、母さんが死んだ。
   今じゃ治らない病気でもない白血病で、本当に呆気なく死んでしまった。
   残された僕はそれなりに悲しんでから、それなりに立ち直った。
   だけど問題は他にあって――三年前、母さんは再婚していた。
   そして僕は今、血の繋がりのない父親の世話になっていた」


重09「ただーいまー」
大01「おかえり、健一君! 遅かったんだね、もう九時だよ?」
重10「あー……その、『部活で遅くなって』……だから」
大02「そっか、だったら仕方ないね。野球部、練習厳しいって評判だからね」
重11「そう! そうなんだよ! 日が落ちてもね、ランニングはできるとか。
   今時ありえないってぐらい、根性論の監督なんだ」
大03「そっかー……うんうん、よく分かる!
   僕も昔は高校球児だったからね、応援してるよ!」
重12「あ、ども……大輔さん、ご飯は食べた?」
大04「まだだよ。親子なんだし、一緒に食べようと思ってね」
重13「……その。僕は『帰りに友達と食べた』から、今日はちょっと」
大05「あ、そうなんだ? ちゃんと食べたならいいけど、それで足りた?
   なんだか最近、健一君痩せてきてるみたいだしね」
重14「『練習が厳しい』から……かな。たぶん」
大06「うーん、まあ脂肪は落ちるものだからねえ。
   でも適度な脂肪は必要なんだし、オーバーワークにならないように注意するんだよ?」
重15「ああ、うん。分かってるよ、それは」


重16「深夜、空腹で目が覚める。
   昼からずっと、何も食べていないせいだ。
   水を飲んでごまかそうと思ったけど、大輔さんが起きるかもしれない。
   だから空っぽのお腹を絞めるように抱いて、僕は眠りに落ちるのを待つ。
   ……こんな嘘が、いつまで続くんだろう……」


秋06「しーげーのーくーん! 起きてますかー?」
重17「……うん、なんとか」
秋07「お前さ、なんかやつれてないか?
   バイトも遅くまでやってるんだろ? 体、壊しちまうぞ」
重18「自分の体は自分がよく知ってるよ。
   大丈夫……なんとかなるって、たぶん」
秋08「だといいんだけどねえ――そうそう、先生が呼んでたぞ。
   お前、最近居眠りしてばっかだしな」
重19「先生って、担任? ……分かった、行って来るよ」


先01「ん、おお。来たか重野」
重20「なんですか、呼び出して」
先02「分かっとると思うがな、お前の居眠りについてだ」
重21「あー……成長期なんですよ、僕」
先03「だとしても、授業中に寝るのはいただけんな。
   ……聞いたぞ重野、バイトしとるんだってな?
   別に禁止しちゃあおらんが、学業がおろそかになるってのはなぁ……」
重22「あ、ああ、ち、違うんです! 居眠りはその、気が緩んでるだけで!
   バイトとか、全然原因じゃなくて! だから、その……。
   ……バイト先とか、家とか。電話するのだけは、やめてください……」
先04「……まあ、お前の事情が複雑なのは知っとるよ。
   でもな、重野。それでも無理しちゃあいかんだろうよ」
重23「や、でも……ホント、全然、無理とかじゃなくて……。
   学校も、バイトも、ちゃんとしますから!」
先05「……それを無理しとるって言うんだがなぁ。
   まあいい、あんまり人に心配させるんじゃないぞ?」
重24「あ、はい!」


佐01「――なるほど、学校でそんな事がねぇ」
重25「佐川さん、なんかいい方法ないですか? こう、眠くても一発で目が覚めるようなの」
佐02「んーむ……目の下にメンタムは?」
重26「ダメです、あれは目が覚めすぎて」
佐03「ま、確かに。でもな、そりゃ寝不足が原因だろ。
   もっと早く寝るとか、そういう解決で――って、おい。重野!?」
重27「あ……大丈夫です、大丈夫。ちょっと、立ちくらみして」
佐04「ったく、言わんこっちゃない。お前、今日はもう帰れ」
重28「え、でも……」
佐05「店長には俺から言っとくからさ。
   つーかお前、シフト減らした方がいいんじゃないのか?」
重29「……はい。考えときます」
佐06「おう、じゃあ気ぃつけて帰るんだぞ!」


重30「僕は何をやっているんだろう。
   色んな人に心配させて、迷惑かけて……。
   分かってる、分かってるんだ。
   こんなの、なんの意味もない事ぐらい。
   だけど――こうでもしなきゃ、ダメなんだ」


重31「……ただいまー」
大07「おかえり、今日は早かったんだね」
重32「うん、ちょっと……先、お風呂入るね」
大08「ちょっと待った! 少し、話をしたいんだ」
重33「話……って?」
大09「うん――先生からね、電話があったんだ」
重34「――――――」
大10「バイト……してるんだってね?」
重35「そ、それがどうかした!?
   別にバイトぐらい、誰だって……!」
大11「うん、バイトをしちゃいけないとは言わないよ。
   でも……そのお金、何に使うつもりなんだい?」
重36「っ……それ、は……」
大12「それは?」
重37「だ、大輔さんには関係ないでしょ!?」
大13「関係ならあるよ。僕は、健一君の父親なんだから」
重38「違う! 大輔さんは……違う、父親なんかじゃ……!」
大14「……なんとなく、だけどね。健一君の考えてる事、分かるんだ。
   君はお金を貯めて……家を出ようとしてたんじゃないかな?」
重39「そ、そんな事は……」
大15「いいんだよ、もう嘘なんか吐かなくて。
   こんなおっさんと一緒に暮らすのは、誰だって嫌だろうしね。
   ……でもね、この家を出るなら僕の方だ。
   君がそんな無理をしてまで、家を出る必要なんかないんだ」
重40「ち、がう……違うんだよ、大輔さん……」
大16「ん? 違うって、何がだい?」
重41「だって……母さん、結婚してすぐ入院したから。
   大輔さんに残ってるの、この家ぐらいじゃんか!
   だから、ダメなんだ。大輔さんは、ここにいなきゃダメなんだ!」
大17「け、健一君……?」
重42「それに、大輔さん優しいじゃんか!
   母さんの子供だからって、僕を引き取らなくてもよかったのに、引き取ってさ!
   ……それが、嫌だったんだ。
   大輔さんの方が、ずっと辛いのに! 僕、苦労かけてばっかりでさ……!
   でも、バイトして、家にお金入れるって言っても、大輔さんたぶん聞かないし!
   だから、だから家出なきゃって……!!」
大18「そっか……そう考えてたのか、君は。
   ははっ、僕よりよっぽど男の子だったんだな、健一君は」
重43「ちゃ、茶化すな!」
大19「別に茶化してるわけじゃないさ。
   だけど……うん、君はやっぱりまだ、子供なんだよ。
   変に気を遣ったりしないで、もっと自分の事を考えればいいのにさ」
重44「でも……!」
大20「それにね、僕はちっとも辛いだなんて思ってないんだ。
   君は僕に、この家しか残ってないって、そう言ったけどね。
   あるんだよ、もっと大切なものが。
   君のお母さんは――僕に君を残してくれたじゃないか」
重45「……そんなの、嘘だ」
大21「嘘じゃ、ないんだ。
   ……本当はね、自分でもおかしいかなって、思ったんだ。
   健一君は親戚に預けたりするのが自然かなって、そう思ったよ。
   でも、やっぱりダメだった。
   もう三年も一緒に暮らしてるんだから……健一君がいないと、僕が寂しいんだよ」
重46「でも、血とか繋がってないし……お金ばっかりかかるし……!」
大22「いいんだよ、それが子供ってものなんだから。
   ねえ、健一君……確かに血は繋がっちゃいないけれど。
   僕は改めて、君のお父さんになってもいいだろうか?」
重47「……改めても、何も。
   父親じゃんか……! 大輔さん、ずっと前からさぁ……!」
大23「うん……ありがとう。さあ、ご飯にしようか。
   お腹、空いてるだろう? 一緒に食べよう」
重48「うん……!」


重48「こうして、僕の嘘は終わった。
   一人で空回りしていたような、そんな気がしないでもないけど。
   だけど嘘吐きな僕は、とうとう狼少年になれなかった。
   だって、僕は。
   狼少年と違って、ひとりぼっちじゃなかったから。

   ――僕は狼少年に同情する。
   僕と違って、家族のいなかったあの少年に……」