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雨の前

登場人物……若者


 長い戦争があった。
 周辺諸国全てを巻き込んだ、いつ終わるとも知れぬ戦争。
 爺さんの代から続いてきた、血で血を洗う悲惨な戦乱。
 始まりがなんだったのか、もう誰も覚えていないような争いだった。
 理由を見失った戦争は止まる事ができずに、とてもたくさんの命を奪い続けた。
 ……でも、やっと終わったんだ。
 勝者も敗者もいない、疲れ果てた国同士が停戦を約束しただけ。
 それでも確かに、長く続いた戦争が終わってくれた。
 だから俺も、こうして乗合馬車に揺られて、故郷の村に帰る事ができる。
 ああ、懐かしいな……村に帰るのは何年ぶりだろう。
 村を出る前に残してきた子供が、どれほど大きくなっているのか楽しみだ。
 妻の方は少しだけ、老けているかもしれない。
 それは俺も同じだけど、愛しい事に変わりはない。
 大好きな家族にやっと会えるんだと思えば、長旅だって辛くはない。
 ガタゴト、ガタゴト。
 馬車の揺れに身を任せて、少しだけ眠っておこう。
 もうすぐ帰るんだから、あいつらに疲れた顔なんか見せたくない……。




雨の後

登場人物……少年、あるいは少女。


 もうすぐお父さんが帰ってくる。
 嬉しそうにお母さんが言うんだけど、よく分からなかった。
 だってお父さんの顔なんて、よく覚えてないんだもん。
 今よりずっと小さい頃、お父さんはいなくなった。
 戦争に行ったんだって、お母さんが教えてくれた。
 国を守るために戦ってくれるんだって、色んな人が話していた。
 でも、国の事なんてよく分からない。
 そんなよく分からないものを守るお父さんは、やっぱりよく分からない。
 村で暮らしてたらずっと平和なんだから、戦争なんて行かなければいいのに。
 ……お母さんが呼んでいる。
 よそから馬車が来た、きっとお父さんだって喜んでる。
 だから外に出てみたけど、村に来たのはおかしな馬車だった。
 真っ黒な馬車。
 ガタゴト、ガタゴト。
 黒い箱を運んでいる。
 ねえ、お母さん……お父さんはどこにいるの?
 ねえ、お母さん……どうして泣いているの?
 ねえ、お母さん……黒い箱の中に誰かいるよ?
 ねえ、お母さん……この人はどうして動かないの?
 ねえ、お母さん……これがお父さんだって言われても。
 やっぱり、よく分からないよ。




雨の中

登場人物……ナレーション


 それは突然の出来事だった。
 復員兵や単なる村人を乗せた馬車の進路を塞ぐように、大勢の男が立っている。
 御者が慌てて馬車を止めるが、どこに潜んでいたのか、後ろからも男達。
 彼らは手に手に武器を持っており、粗野な身なりを見れば、一目で山賊と知れた。
 狙いは積荷か、あるいは復員兵が持つなけなしの金か。
 誰かが体勢を整えるよりも速く、山賊達は馬車へ襲いかかった。
 馬がいななき、制御を失った馬車が転倒する。
 やっとの思いで這い出した乗客達へ、振り下ろされる刃。
 一人、また一人と、首を斬られて転がっていく。
 辺りは瞬く間に血の海となり、噴き出す鮮血が雨となって降りそそぐ。
 山賊達は馬鹿みたいに笑いながら、死体から金目の物を剥ぎ取っている。
 金になるのなら、ボタンの一つまでむしり取る。
 そうして最後には、戦利品を馬車に載せて運んで行く。
 ガタゴト、ガタゴト。
 盗まれた真っ赤な馬車が、どことも知れぬ山道を走って行く。
 跡にはただ、物言わぬ死体が無数に転がるのみ。

 ――これは、どこにでも転がっている、ありふれた悲劇。
 けれどそれが、悲劇である事に変わりはなかった。



終わり