『記念日のスープ』


 あの人が悪いんです。

 そう、ことの始まりは去年の結婚記念日。
 珍しく早く帰ってきたあの人は、また珍しく私にプレゼントを買ってくれていました。
 真っ白な可愛いらしい仔猫。
 うれしくてうれしくて、まるで蜜月の頃のように、わたしはあの人にぴっとり甘えて、2人と1
匹の甘い未来を夢見ました。

 異変に気がついたのは、ほんの半月後。
 仔猫は私にちっとも懐きませんでした。
 猫というのはそういう生き物なのだと、私は自分を納得させようとしました。
 だけど、あの猫という生き物はどういうわけか、あの人にだけはよく懐いたのです。
 私はあの人に嫉妬しました。
 あの白い仔猫は、私にくれたプレゼントなのに――。

 1月経ち、2月経ち、半年が過ぎても、依然猫は私に懐きませんでした。
 かわりに、あの人への甘え方は日に日に酷くなっていきました。
 あの人が帰ってくる音を聞きつけると、飛び跳ねて玄関で出迎え、あの人もあの人で、今や家
に居る間中、膝に猫を抱えては顔を緩ませているのです。
 私に気遣う様子もなく。
 私を気にかける素振りもなく。

 そう、私はあの人にしてやられたのです。
 あの人は、私へのプレゼントにかこつけて、まんまと愛人を家に招き入れたのです。

 ――さて。今夜の食卓はいつもより豪勢にしてみました。
 あの人も、私がお願いしたら、今日は少し早く帰ってくると約束してくれました。
 なにせ、今日は特別な日。
 私たち夫婦の誓いを確かめ合い、また明日から穏やかな生活を営むための大切な記念日。
 メインの料理は大鍋でじっくり炊きあげたスープにしました。
 下ごしらえに手間取って少しだけスープを濁らせてしまったけれど、あの人ならきっと美味し
いと言ってくれるでしょう。昔からそういう人でした。
 あの人がどんな顔でスープを食べてくれるのかが楽しみ。
 スープを食べたあとで、あの人に味の秘訣を教えてあげるのが楽しみ。
 あの人と2人きりの日々がこれからも続くことが何よりも楽しみ。

 あっ、あの人が帰ってきました。
 玄関で出迎える私。着替えもそこそこに、あの人の背中を押して温かな食事の待つダイニング
へ招待します。
 一通り料理の紹介をする私に、あの人が一言。

 「白いね、このスープ」

 その瞬間、私はこれまでの幸せな日々が破綻したことを悟りました。
 私はそっと、包丁に手を伸ばします。

 ……全ては、あの人が白い猫を連れてきたときから。
 それまでは何もかもうまくいっていたのに。
 全部あの人が悪いんです。

 私は悪くありません。

タグ:

朗読 完成有
+ タグ編集
  • タグ:
  • 朗読
  • 完成有

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年11月29日 21:50