ハッピーバレンタイン 穏やかな晴天 格好の飛び下り日和だ。
よし、飛ぼう!
男「きみきみ、飛び下りかね。くだらない」
助走をつけようとした俺に小汚いおやっさんが話しかけてきた。
やれやれ。説教でもする気か。
おやっさんは、俺が飛ぼうとしていたビルの1階にあった喫茶店に、俺を連れて行った。
男「生きていれば、辛い事も悔しい事も沢山ある。それはもうな、しかたねえんだ。
死んだほうがましなような事もたくさんあらぁなあ。
仕事も辛い、家族も冷たい、金もない、なんにもいい事なんかねえわなぁ。
俺もおまえくらいの内、死ぬまで思いつめたこともある。
そんなとき……ふと、この店で飲んだコーシーの味を思い出したのよ。
ああ、死ぬ前に飲みてえなぁって。
だから俺は、今度この店のコーシーをまた飲みにいくまで生きていよう、生きていようと、
そう思って、ここまで死ななかったんだよ。
なぁ、生きていても悪いことしかねえが、
死んだらもう、うまいもんも食えないからなぁ、がはは」
渋いマスターがしぶそうなカフェラテを運んできた。
小汚いおやっさんは旨そうにそれをすすっていた。
確かに、その香りは、また飲んでもいいような……そんな気を起こさせた。
あくる日、新聞の隅に、廃ビルから飛び降りた男の記事が出ていた。
最終更新:2011年02月28日 00:30