『とんぼ屋さん』

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店主「とんぼぉ、ええ、とんぼぉ」

ゴトゴト、ゴトゴト。
だいはちぐるまを引いたおじさんが 野原にあらわれました。

店主「とんぼぉ、ええ、とんぼぉ」

おじさんは、たけざお売りのような調子で呼びかけます。
野原で、かけっこや鬼ごっこをしていた子供たちは びっくりして
おじさんのだいはちぐるまに集まってきました。

子供達「おじさん、おじさん、何やってるの?」

店主「とんぼを売っているんだよ」おじさんは答えました。

子供達「とんぼって、何のとんぼ? おにやんま? 赤とんぼ?」

店主「いやいや、虫のとんぼじゃないよ。オモチャのとんぼだよ。」
おじさんは『オモチャ屋』とかかれた旗を立てながらいいました。
だいはちぐるまのおじさんはオモチャ屋のおじさんだったのです。

子供達「なんだ、竹とんぼか。竹とんぼなんていらないよ」

子供たちはがっかりして、また遊びに戻ろうとしました。

店主「違う違う、竹とんぼじゃないよ」
おじさんはあわてて、だいはちぐるまの中の箱をあけ、しなものを取り出します。

店主「ほら、こんなおもちゃだよ」

おじさんが取り出したのは、木でできた虫のオモチャでした。
虫のトンボの先には、長い持ち手がついていて、まるでトンボが、長い草の上にすーっと止まったかのようです。
トンボの羽は薄い板でできていて、おじさんが、ちょんちょんとつつくと、さわさわさわ、と揺れるのです。
おじさんが草の持ち手をくるくる回すと、とんぼもくるくると回ります。
羽を揺らして、空を飛び回っているようです。
子供たちは、わあっと、また集まってきました。

店主「ほら、こんなものもあるんだよ」

おじさんの箱から、今度は さっきのよりも大きなとんぼのおもちゃが出てきました。
今度のトンボは、羽が固い木でできていて、ちっとも動きそうにありません。
おじさんは、太い胴をちょん、とつまんで、えいやっとトンボを投げました。
すると…トンボは、紙ヒコーキのようにすーっと飛び…くるっと一回転野原を回って、地面の上にぴたっと止まりました。
おもちゃ屋のおじさんが、ひょこひょこ歩いてトンボを取りに行き、帰ってくると、
子供たちは ぱちぱちぱち、と拍手でむかえました。

オモチャ屋のおじさんは次々に、箱の中をあけました。
中には面白いおもちゃがたくさん。
「とんぼのめがね」という名前の、めがねのガラスが赤と水色に代わるふしぎなめがねまでありました。

店主「さあ、このおもちゃが、どれも100円。100円だよ。100円こっきり。今日だけの大サービスだよ。さあ、買っとくれ。遊んどくれ」

子供たちはめいめいに、自分が欲しいおもちゃを買い求め、
家にいる妹や弟、母親やおばあさんに見せにいきました。

静かになった野原に、おじさんと、おじさんのだいはちぐるまの”のぼり”の影だけが落ちています。

――――

おや。野原のすみっこに、一人だけ男の子が残っていました。
男の子は困ったような顔で、自分のポケットとオモチャ屋さんの車をちらちら見比べています。

店主「やあ、どうしたんだい?」とおじさんが聞くと、男の子ははずかしそうにもじもじとしてから答えました。

男の子「あのね、おじさん。そのオモチャ、全部100円なんでしょう?」

店主「そうだよ、全部100円だよ。」

男の子「あのね……もっと安いオモチャはないかなあ」

店主「うーん、おじさんは持ってきてないなあ……」

男の子「そっか……それじゃ仕方ないね」

店主「君、もしかして、お金がたりないの?」

男の子「うん。10円きゃないんだ」

店主「それじゃずいぶん足りないねえ」
おじさんがそう言うと、男の子は顔を赤くして俯いてしまいました。


おじさんは困ってしまいました。
本当を言えば、この男の子にひとつくらいあげてやりたいのですが、
それをしてしまえば、せっかくのお小遣いを使って、おもちゃを買っていった子供達に申し訳が立ちません。

店主「それじゃね、君。レンタルっていうのはどうだい。それなら10円でもいいよ」

男の子「レンタルって?」

店主「一日だけ、おもちゃを一つ貸してあげる。一日遊んだら、おじさんのところへ返しにおいで。
おじさんは、また明日もここでお店を開くからね、夕方までいるから、いつでもいいよ。」

男の子はにこりと頷いて、おじさんに10円玉を渡すと、
小さなトンボが頭にのった でんでんだいこを選んで、家にかけていきました。

10円玉は少しきしんでいて、緑の色がはげてついていました。

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最終更新:2011年01月07日 20:08