『生命の在処について』

A:女性型。破損し遺棄されたアンドロイド。お喋り。
B:男性。旅のロボットエンジニア。話題をつなげるのが苦手。


A01『ある日、世界が毒にまみれた。水が、大地が、空気が、ありとあらゆる全てが毒に変わっ
  た。理由はわからない。虫が、植物が、動物が次々と死んでいった。世界は唐突に終わりを
  迎えた』
B01『人間たちはシェルターに潜った。もともと同族同士の争いに備えて造られたものだった。
  これにより人間たちは一時の安寧を手にしたが、依然、絶滅の危機からは逃れられずにい
  た。シェルターに備蓄された食料が尽きたとき、人間という種は終わりを迎えるだろう』
A02『そんな、何もかもが死に絶えた赤茶けた大地を、男がひとり歩いている。粗末な防毒マス
  クと水、7日分の食料だけを背負って。補給する当てはなく、そもそも補給するつもりもな
  い。男はゆっくりと終わりに向かって歩んでいた』
B02『荒野にひとりの少女が横たわっていた。身体に錆の浮いた、機械仕掛けの少女。この世の
  毒で死なない、永久無限の存在。男は少女と出会う。出会うべくして出会う。終わった世界
  に乾いた風が吹いた』

A03「♪ほたるの光 窓の雪 文読む月日 かさねつつ……」
B03「なんて不吉な歌を歌っているんだ、このアンドロイドは」
A04「あら、むしろ今この時にぴったりの歌だと思っていますよ、私は」
B04「だからこそ不吉だと言っているんだ。リアリティがありすぎる」
A05「むぅ。歌に罪はありませんよ。元はといえば、この歌を変な場面で使ってきた人間様が悪
  いんです」
B05「そのつもりだったのかそうじゃないのか、どっちなんだお前」
A06「人間様の思考回路は難しいです」
B06「そうかい」
A07「……。こんにちは、変な人間様」
B07「ちょっと待った。変なのはお前の方だろう」
A08「今どきシェルターの外に出る人間様なんて変です。とてもとても変わり者の人間様です」
B08「それは」
A09「そもそもです。初対面の相手と出会ったら、人間様はまず挨拶から始めるものです。私、
  マスターからそう教わりました」
B09「……初めまして、お喋りのアンドロイドさん」
A10「おお、こういう時は『こんにちは』じゃなくて『初めまして』でしたか。またひとつ学習
  しました。初めましてです、変な人間様」
B10「……。で、お前こんなところで何してるの」
A11「見てわかりませんか?」
B11「右足が付け根からばっさり千切れているな。かわいそうに、これじゃ歩くこともままなら
  ないだろう」
A12「マスターと一緒にシェルターへ向かう途中、後ろからトラックが猛スピードで突っ込んで
  きたのでマスターを庇ったら、こうなっちゃいました」
B12「ふうん」
A13「幸いマスターは怪我もなく無事だったので、ひとりでシェルターへ走って行きました」
B13「酷い話だ」
A14「マスターのことを悪く言う人間様は嫌いです」
B14「アンドロイドの考えることはよく解らん」
A15「私たちを作ったのは人間様です」
B15「だがお前を作ったのは俺じゃない。……で、お前の足はどこだ?」
A16「ここにありますが」
B16「そっちじゃない、千切れた方のだよ」
A17「じ、ジョークです。ちょっと勘違いしただけです。たぶんまだそこら辺に転がっているん
  じゃないですか?」
B17「……おお、あったあった。どれどれ……」
A18「へ、変態。いくら私の太ももが可愛らしいからって、そんなまじまじ見ないでください。
  えっち。なんてこと、変な人間様はただの変な人間様じゃなくて変態の人間様でした」
B18「やかましい。せっかく人が直してやろうっていうのに、ぐだぐだ文句言うんじゃない」
A19「へ?直るんですか?」
B19「こう見えても、俺はエンジニアだ」

(※修理中)
A20「……あの、直りますか?」
B20「直すよ」
A21「はあ」
B21「骨格がポッキリ折れてて、神経回路も全部千切れてはいるが、駆動部分は無事だし、まあ
  何とかなるだろう。あくまで応急処置だから、すっかり元通りとはいかないけどな」
A22「はあ」
B22「ああそうだ。ついでにソーラーパネルも取り付けてやるよ。さっき向こうで拾ったんだ。
  人間がいなくなったらエネルギーの補給もままならなくなるからな」
A23「はあ。ありがとうございます」
B23「ん」
A24「……あの、どうして直してくれるんですか?」
B24「壊れた機械を見たら直したくなるのがエンジニアってものだ」
A25「はあ。……あの」
B25「なんだよ」
A26「その、あんまり変なところに顔を近づけないでください。とてもとても恥ずかしいです」
B26「ぶっ。アンドロイドのくせに何言ってやがる」
A27「ジョークです。ジョークは人間様の心を和ませます。マスターに教わりました」
B27「酷いシモネタだ。お前のマスター、いったいどんなやつだったんだ」
A28「マスターの悪口を言ったら蹴りますよ。……というかですね」
B28「何だよ」
A29「あなた、会話が下手くそすぎです。もっと、こう、会話のキャッチボールを楽しみましょ
  うよ。さっきから私ばかり話しています」
B29「そうか?」
A30「そうです」
B30「別にいいだろ」
A31「よくないです。私、もっとあなたのお話が聞きたいです。だって、最後かもしれないんで
  すよ、こうやって人間様とお話しするのは」
B31「最後だろうな。俺はあと3日もすれば死ぬだろうし」
A32「それです。一体どうしてですか?どうしてあなたはここにいるんです?人間様は皆シェル
  ターの中で暮らしているはずです。シェルターの外では長く生きられないのに、どうしてこ
  んなところにいるんですか。どうして私を直してくれるんですか」
B32「大した理由じゃない」
A33「お話ししてください。あなたの物語を、私のメモリに記録させてください、人間様」
B33「本当に大した話じゃないぞ。……ある日、俺の暮らしていたシェルターで争いごとが起き
  た。食料が残り少なくなって、全員が食べていくなら残り半年。だが、もし半数をシェル
  ターから追い出したら1年、さらに半分追い出したら2年生きられる。……そんなことを言い
  出したバカがいたんだ。その後はもう地獄だった。狭いシェルターの中でたくさんの派閥に
  分かれて、殺し合いが始まった。子供や年寄りから先に殺された。隙を見せたやつも殺され
  た。例え仲間同士であっても、不用意に背中を見せることは出来なかった。そういうのが面
  倒くさくなって、俺はさっさと逃げ出した。シェルターの中でも外でも、どうせ長く生きら
  れないんだ。それなら好きなことをして、好きな場所で死んだ方がマシだろう。まあ、結局
  はこんなところで、口数の多い変なアンドロイドの修理に時間を取られているわけだが」
A34「頼んでません」
B34「はいはい」
A35「流さないでください。私、修理なんて頼んでません。人間様の大切な時間を使ってまで、
  私は生きたくなんかありません」
B35「だから、さっきも言っただろう。俺はエンジニアとして」
A36「そんなの納得できません。私を修理したいなら、きちんと私が納得出来る理由を話してく
  ださい。それが出来ないのなら、今すぐこんな修理なんかやめて、自分の為に時間を使って
  ください」
B36「言ってることが無茶苦茶だぞ」
A37「それでも、嫌なものは嫌なんです」
B37「……ったく。死ぬ時くらい格好つけて死なせてくれよ。あー、なんだ、ほら、アンドロイ
  ドならこんな世の中でも長いこと生き続けられるだろう。だから、要するに俺はお前を修理
  することで、自分が生きた証をこの世界に残したかったんだ。そんなことしたって俺が死ぬ
  ことには変わりないのに、まったく女々しいやつだよ、俺は」
A38「十分格好つけてるじゃないですか、結局」
B38「そうか?そうかもな。……ゲホッゲホッ」
A39「どうしました?」
B39「俺の付けている防毒マスク、ボロだから時々こうなるんだよ。少し喋りすぎたかな」
A40「……ごめんなさい」
B40「なに、ちょうど修理も終わったところだ。もういつ死んだって構わないさ。……さて、
  試しにちょっと動かしてみろよ。いいか、ゆっくりだぞ」
A41「……お?……おお。動く。ちゃんと動く。すごいすごい、本当に動きます。全部元通りで
  すよ。すごい」
B41「よかったな。俺もこれで……ゲホッゲホッ」
A42「大丈夫ですか?背中、さすりますね」
B42「ああ、悪い。……なあ、お前これからどうするつもりだ?」
A43「へ?……そういえば何も考えていませんね。私はこのままここで朽ち果てるものだとばか
  り思っていましたから。あの、もし人間様が構わなければの話ですけど、私、せめてもうし
  ばらくだけでも人間様のそばに居たいです。どうですか?」
B43「ゲホッゲホッ」
A44「ああ、大丈夫ですか」
B44「ん。……なあ、早く行けよ」
A45「え?だから私は」
B45「せっかく足がついたんだ。俺のことなんて放っておいて、自分の好きなように生きたら
  いいじゃないか」
A46「私は」
B46「いいから行けよ。……頼むから」
A47「……はい。あの、本当にありがとうございました。私、人間様のことは絶対忘れません。
  例え50年、100年経っても。これから私は、いつか誰かに人間様のことを伝えるために生き
  続けます。絶対に、あなたの生きた証を未来につなげてみせます」
B47「ああ、ありがと……ゲホッゲホッ」
A48「……。もう、行きますね」
B48「ああ。……いや、少し待ってくれ。最後にもう一度だけ、傍に来てくれないか」
A49「はい」
(※SE:ナイフが突き刺さる音)
A50「<脚部駆動システム・破損。電圧低下。姿勢制御・維持デキマセン>
  ……あ。どうして」
B49「怖いんだ。ひとりになるのが怖いんだ。ひとりで死ぬのが怖いんだ。怖くて死にそうなく
  らい、寂しいんだ。ごめん、ごめん。お願いだ。俺と、一緒に死んでくれ。俺をひとりにし
  ないでくれ」
A51「人間様」
B50「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん……」
A52「……ごめんなさい」

(※SE:雨)

B51『やがて男は眠りについた。傍らに横たわる機械人形にしがみつき、赤子のように泣きじゃ
  くりながら。もう目覚めることはないだろう。さて、残された少女はどうしただろうか。こ
  の世の毒で死なない、永久無限に存在しつづける機械仕掛けの少女。右足と、自由と、希望
  と、願いと、喪失を一度に与えられた少女は、この終わった世界に何を思うのだろう』