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**僕らの弱さ 義人:主人公。名前の読みはヨシト。 早苗:ヒロイン。 義01「大学からの帰り道。いつの間にやら、雪が降り出している事に気付いた。    雪の季節になったという事は、あれからもう、ちょうど一年になるのか。    ……ねえ、早苗。僕らはあれから、何か変わっただろうか。    変わる事が、できただろうか」 早01「――変わらないわ、義人。あなたは一生、変われない」(リバーブ) 義02「……っ。あれから一年も経つっていうのに、やっぱり思い出すのは辛かった。    目の奥が熱くなって、胸が錆びたように軋む。    早苗――君は今、どこで何をしてるんだい?」 (場面転換) SE:ドア 早02「おかえり義人。今日はどこに行ってたの?」 義03「ただいま。今日もいつものように大学ですよ、早苗さん」 早03「辞めたらいいんじゃない? そうしたら、ずっと一緒にいられるのに」 義04「いやいや。僕は大学を出た後、働いて君を養わなきゃいけませんので」 早04「義人が働かなくてもいいわ。私が養ってあげるから」 義05「……その提案はとっても魅力的だけど、ヒモになるのはお断りだ。    というか、どっちが養うにしろ、結局働く必要があるわけだし」 早05「だから私が働いてるのよ。ほら、義人は浮気性だから。    ずっと家に閉じ込めておいたら、私も安心できるでしょう?」 義06「あー、うん。そうだねぇ」 義07「典型的なセリフを素で吐いちゃうくらい病んでるね、早苗さん。    先月から同棲している僕の彼女は、なんかもう、どうしようもない。    ――僕が浮気性だという点に関しては、認めなくもないんだけどね」 早06「まあいいわ。義人、ご飯食べるでしょう?    何か作るけど、何がいい?」 義08「いや、今日はバイトだから、ご飯は帰ってからでいいよ」 早07「……私の料理、嫌いになったの?」 義09「いえいえ、滅相もない」 義10「しかし困ったな。下手な事を言って、ご機嫌を損ねるわけにはいかない。    不機嫌になった早苗は本気で地獄を見せてくれるから、ここは慎重に言葉を選んでおこう」 義11「ほら、お腹空いてる方が、もっと美味しく食べられるだろ?    僕は早苗の手料理をもっと美味しく食べたいから、空腹っていうスパイスを用意するんだよ」 早08「本当にそれだけ? バイトに行くとか言って、外に他の女がいるんじゃないの?」 義12「大丈夫だよ。僕が一番好きなのは早苗だから、心配しなくていい」 早09「うん。私も義人が好きよ。私の義人が一番好き」 義13「さりげなく僕を所有物にしないでくれ……。    ま、いいや。それじゃあバイトに行って来るよ」 早10「もう行くの……?」 義14「荷物を置きに帰っただけだからね。    っていうか、捨てられたネコみたいな目で見ないでください」 早11「やーだー。義人、行っちゃだめー。一緒にいーるーのー」 義15「はいはい、わがままを言うんじゃありません。    重たいから、抱き付いてくるのも禁止」 早12「うー。義人のばーか」 義16「馬鹿なのは自覚してるから大丈夫。    じゃ、行ってきまーす」 SE:ドア 義17「家を出てから気付いたけど……早苗の奴、どうして平日なのに家にいたんだろう。    いや、どうしても何も、仕事を休んだから家にいるんだろうけど。    会社にはちゃんと行けって話したのに、まったく守っていない。    その理由は――まあ、どうせ僕と一緒にいたいから、とか。そんなところだろうけど。    ……やっぱり僕らは、一緒にいてはいけないのだろう」 (場面転換) 義18「早苗と出会ったのは、駅のホームだった。    彼女がふらふらと自殺しかけていたので、反射的に助けてしまったのが僕らの出会いだ。    どうして助けたの、と訊ねられた。    放っておけなかったから、と答えた。    放っておいて、と言われた。    放っておけない、と答えた」 早13「放っておいてよ……また、自殺しようとするかもしれないわ。    貴方はそのたびに、私を助けるつもりなの?    できるわけないじゃない――だったら、放っておいて。迷惑なの」 義19「明確な拒絶の言葉。けれど、僕には。    僕を拒絶する彼女の姿が、まるで泣いている子供のようにしか見えなかった。    なおさら――放っておくなんて、できなくなってしまった」 早14「ほら、早くどこかに行きなさいよ!」 義20「いやいや、どこにも行きませんってば。今は君が心配なのです」 早15「いいから優しくしないでよ!    いなくなるんだから――皆、私の前からいなくなるんだから……!」 義21「はいはい、落ち着こうね? 僕はここにいますから」 早16「うるさい!!」 SE:平手打ち 早17「皆、口先ばっかりだ!! いなくなるんだ!!    私の事なんて、誰も分かってくれない……!」 義22「そりゃまあ、完璧に人を理解するのなんて不可能だよ。    でもさ、理解しようと努力する事はできるだろ?    たとえば僕は今、君の事を知りたいな、なんて思ってるんだけど」 早18「何よ……そんなの知って、どうするのよ」 義23「別に何がしたいってわけじゃないけど――まあ、強いて言うなら君の助けになりたいね」 早19「嘘――そんなの、嘘」 義24「決め付けられるほど、僕の事を知ってるわけじゃないだろ?    せめてそれが嘘か本当か分かるまで、まあ、嫌だと言われても傍にいるよ」 義25「自分がどうしてそんな事を言い出したのか、嫌というほどによく分かる。    分かるからこそ、僕はもう、引き返せなくなっていた。    そして……迷うように、彼女が口を開いた」 早20「ねえ……私は、貴方を信じていいの……?」 義26「僕は答えない」 早21「名前も知らないのに……信じていいのかしら……?」 義27「僕は、答えない」 早22「――私は、信じたいと思った」 義28「――僕は、裏切らないよ」 義29「それが僕らの契約だった。    彼女が僕を信じたいのなら、僕はいつまでも信じさせてやる。    その契約がある限り、僕らは繋がれる事になるのだろう。    ――たとえそれが、どんなに一方通行であったとしても」 (場面転換) SE:ドア 義30「ただいまー……って、あれ?」 義31「バイトから帰ってくると、早苗の声がしなかった。    普段ならすぐに、というか、僕がただいまと言うより先におかえりと言ってくれるのに。    何か……嫌な予感がした」 義32「おーい、早苗! いないのかー?」 義33「いいや、いる。いるに決まってる。    玄関には靴があったし、部屋にも電気が点いている。    絶対に外には出ていないんだ――そして、彼女は風呂場にいた」 義34「早苗!!」 早23「ん……あー……義人、おかえりー……」 義35「薄暗い風呂場の中で、彼女は手首を切っていた。    鼻にツンと刺さる血の臭い。流れる血が、彼女を赤く染めている」 義36「馬鹿、何やってるんだよ!」 早24「だって……生きてる意味、ないし……死んじゃおうかなって……。    会社もクビだし……義人も、私よりバイトだし……」 義37「ああ――そうか、だから平日なのに、家にいたのか。    僕がバイトに行かなければ、こうはならなかったのだろう。    何故なら早苗は、もう、自分のためには生きていない。    誰かから必要とされていなければ、こうして、あっさり死を選んでしまう。    今まで生きていたのは――僕に、依存していたからだ」 義38「早苗――とにかく病院に行こう。話はそれからだ」 早25「やだ、死ぬ……もう死ぬの!!」 義39「いいから僕の言う通りにしろ! 僕が君を死なせたくないんだよ!」 早26「義人……私が死ぬの、嫌?」 義40「嫌に決まってるだろ!?」 早27「えへへ、分かった――じゃあ、死なない」 義41「ああ。だからそんな理由で、死ぬとか生きるとか、決めて欲しくないのに。    僕は君の助けになる事ができれば、それでよかった。    僕も昔、君のように自殺しそうになった事があるから。    君はまだ間に合うって、そう思ったから、助けになろうとしただけなのに。    君の生きる理由になんか――なりたくなかったんだ。    だってそんなのは、生きていないのと同じなのに。    ――ねえ、早苗。僕らはもう、潮時だと思うよ?」 (場面転換) 義42「自殺未遂をした早苗が退院するのを待って、僕は別れ話を切り出す事にした。    別れよう、と言った瞬間、彼女は呆然と僕を見た」 早28「え……義人、何言ってるの……?」 義43「だから、別れようって――そう言ったんだ」 早29「どうして!? ねえ、私が何かした? 嫌われるような事した?」 義44「いいや、何もしてないよ。だけど、僕らは一緒にいちゃダメなんだ」 早30「だからどうして!? お願い、別れるなんて言わないで……一緒にいて、義人。    私、貴方がいないとダメだから――義人が好きだから……!」 義45「早苗。僕も君の事は好きだよ。    だけど――だからこそ、僕らは別れなきゃいけない。    君は僕に、依存してしまっているから」 早31「依存なんかしてない!」 義46「どこからどう見ても、依存しているよ。    早苗――僕は君の助けになりたかった。    だけど今、僕は君をダメにしてしまっている。    君は一人でも立てるのに、僕がダメにしているんだ」 早32「ちゃんとするから! 私、一人でも立てるようになるから……!    だからお願いよ、別れるなんて言わないで!」 義47「――ダメだ、それだけはできない」 早33「どうして……ねえ、どうしてなの……。    こんなだったら、初めから助けないでよ!! 私になんか構わないでよ!」 義48「……まあ、そこは僕の悪いところだね。    ごめん、早苗。僕は最初から、君が好きだったわけじゃないんだ」 早34「え――?」 義49「君は今にも死んでしまいそうだったから。    おこがましい事に、助けずにはいられなかった。    君が僕を好きだと言うのなら――恋人ごっこも、悪くないと思ったよ」 早35「何よ、それ……馬鹿にしてるの……?」 義50「馬鹿になんてしてないよ。    でも、確かに――僕も、このままじゃダメだよな。    少しでいいから、変わらないとダメだ」 義51「僕は僕を軽蔑する。    求められたら応えてしまう、覚悟も信念もない、半端なだけの優しさを。    いつだって人を傷付けてしまう僕を、僕は軽蔑する。    そして――早苗は、言った」 早36「義人……変わらないわ、義人。あなたは一生、変われない」 義52「……どうして?」 早37「だって、貴方はそれがないと、生きていけない。    分かるのよ――ずっと、貴方を見ていたから。    貴方は人助けをして、誰かに必要とされたがってるだけ。    生きる意味や理由がないと、死んでしまうから――そうでしょう?」 義53「……さあ、どうだろうね」 早38「ねえ義人、考え直して。私達、すごく相性がいいの。    お互いがお互いを必要としてるなんて――素敵な事じゃない」 義54「だけどそれは――別に、誰だっていい筈だよ」 義55「僕らは確かに、誰かに依存しなければ生きていけないのだろう。    でもそれは、特別な相手を必要としない。    依存できてしまえるのなら――それこそ、誰だっていいんだ」 義56「だからお別れだ、早苗。    君には立ち直れる可能性がある――僕は、邪魔者なんだ」 早39「待って! ねえ、待ってよ義人!!」 義57「――さようなら」 SE:ドア 義58「こうして、僕らの恋人ごっこは終わった。    ……その後すぐに、早苗には新しい恋人ができたらしい。    そしてどういうわけか、その新しい恋人と話す機会があった。    その時、彼は僕に教えてくれた。    早苗はとても傷ついている、と。    だから二度と関わらないで欲しいと――そう、言われた。    当然だ。あんまりにも当然だから、僕は何も反論しなかった。    そして一年が過ぎ……また、雪の降る季節になったというわけだ」 (場面転換) 義59「……悪いのは全面的に僕だ。    君を助けたいと思ったなら、距離を置くべきだった」 義60「雪が降り続けている」 義61「だけど早苗。君は僕を好きになって、ずっと僕を見ていたんだろう?    それなら――分かってただろ。    最初から好きだったわけじゃないけど、僕が君を好きになった事ぐらい」 義62「目の奥にあった熱いものは、みっともなくこぼれ落ちて」 義63「君が傷付いているって? 笑わせるなよ!!    僕だって痛いんだよ! 僕だって傷付いてるんだよ!!」 義64「雪の降る街で、狂ったように泣き叫ぶ。    この一年、胸の奥で凍らせていた感情を」 義65「自分だけ被害者面しやがって!! 僕の顔を見た事あんのかよ!    全部僕にぶつけて、人に泣きついて! 僕はどこで泣けばいいんだよ!?」 義66「死にたくなる。死にたくなる。    こんなにも辛いのなら、生きるのなんてやめればいい。    ――だけど」 義67「だけど――それもこれも、僕らが弱かったからだよな」 義68「僕らが強ければ、自殺なんて考えもしなかった。    僕らが強ければ、依存なんてする筈がなかった。    僕らが強ければ、……愛し合う事さえなかった」 義69「――死んでやるもんか。    どんなにみっともなくたって、生きてやるからな……!」 義70「早苗。君と一緒にいた時、僕は確かに幸せだったんだ。    死んでしまったら、それまで否定してしまうような気がして」 義71「見てろ、絶対に幸せになってやる」 義72「僕の弱さが、生きろと叫んでいるんだ」 義73「だからお前も幸せになれよちくしょう!!」 義74「涙は止まらなくて、胸は軋んでいる。    心はこれからも長く血を流し、その痛みにのたうちまわるだろう。    それでも今は、その痛みがありがたかった。    痛みだけが、恋が終わった事を教えてくれるから。    ねえ、早苗――僕らは変われるだろうか?    僕らは、幸せになれるだろうか」 義75「ああ――強く、なりたいなぁ……」 終わり
**僕らの弱さ 義人:主人公。名前の読みはヨシト。 早苗:ヒロイン。 義01「大学からの帰り道。いつの間にやら、雪が降り出している事に気付いた。    雪の季節になったという事は、あれからもう、ちょうど一年になるのか。    ……ねえ、早苗。僕らはあれから、何か変わっただろうか。    変わる事が、できただろうか」 早01「――変わらないわ、義人。あなたは一生、変われない」(リバーブ) 義02「……っ。あれから一年も経つっていうのに、やっぱり思い出すのは辛かった。    目の奥が熱くなって、胸が錆びたように軋む。    早苗――君は今、どこで何をしてるんだい?」 (場面転換) SE:ドア 早02「おかえり義人。今日はどこに行ってたの?」 義03「ただいま。今日もいつものように大学ですよ、早苗さん」 早03「辞めたらいいんじゃない? そうしたら、ずっと一緒にいられるのに」 義04「いやいや。僕は大学を出た後、働いて君を養わなきゃいけませんので」 早04「義人が働かなくてもいいわ。私が養ってあげるから」 義05「……その提案はとっても魅力的だけど、ヒモになるのはお断りだ。    というか、どっちが養うにしろ、結局働く必要があるわけだし」 早05「だから私が働いてるのよ。ほら、義人は浮気性だから。    ずっと家に閉じ込めておいたら、私も安心できるでしょう?」 義06「あー、うん。そうだねぇ」 義07「典型的なセリフを素で吐いちゃうくらい病んでるね、早苗さん。    先月から同棲している僕の彼女は、なんかもう、どうしようもない。    ――僕が浮気性だという点に関しては、認めなくもないんだけどね」 早06「まあいいわ。義人、ご飯食べるでしょう?    何か作るけど、何がいい?」 義08「いや、今日はバイトだから、ご飯は帰ってからでいいよ」 早07「……私の料理、嫌いになったの?」 義09「いえいえ、滅相もない」 義10「しかし困ったな。下手な事を言って、ご機嫌を損ねるわけにはいかない。    不機嫌になった早苗は本気で地獄を見せてくれるから、ここは慎重に言葉を選んでおこう」 義11「ほら、お腹空いてる方が、もっと美味しく食べられるだろ?    僕は早苗の手料理をもっと美味しく食べたいから、空腹っていうスパイスを用意するんだよ」 早08「本当にそれだけ? バイトに行くとか言って、外に他の女がいるんじゃないの?」 義12「大丈夫だよ。僕が一番好きなのは早苗だから、心配しなくていい」 早09「うん。私も義人が好きよ。私の義人が一番好き」 義13「さりげなく僕を所有物にしないでくれ……。    ま、いいや。それじゃあバイトに行って来るよ」 早10「もう行くの……?」 義14「荷物を置きに帰っただけだからね。    っていうか、捨てられたネコみたいな目で見ないでください」 早11「やーだー。義人、行っちゃだめー。一緒にいーるーのー」 義15「はいはい、わがままを言うんじゃありません。    重たいから、抱き付いてくるのも禁止」 早12「うー。義人のばーか」 義16「馬鹿なのは自覚してるから大丈夫。    じゃ、行ってきまーす」 SE:ドア 義17「家を出てから気付いたけど……早苗の奴、どうして平日なのに家にいたんだろう。    いや、どうしても何も、仕事を休んだから家にいるんだろうけど。    会社にはちゃんと行けって話したのに、まったく守っていない。    その理由は――まあ、どうせ僕と一緒にいたいから、とか。そんなところだろうけど。    ……やっぱり僕らは、一緒にいてはいけないのだろう」 (場面転換) 義18「早苗と出会ったのは、駅のホームだった。    彼女がふらふらと自殺しかけていたので、反射的に助けてしまったのが僕らの出会いだ。    どうして助けたの、と訊ねられた。    放っておけなかったから、と答えた。    放っておいて、と言われた。    放っておけない、と答えた」 早13「放っておいてよ……また、自殺しようとするかもしれないわ。    貴方はそのたびに、私を助けるつもりなの?    できるわけないじゃない――だったら、放っておいて。迷惑なの」 義19「明確な拒絶の言葉。けれど、僕には。    僕を拒絶する彼女の姿が、まるで泣いている子供のようにしか見えなかった。    なおさら――放っておくなんて、できなくなってしまった」 早14「ほら、早くどこかに行きなさいよ!」 義20「いやいや、どこにも行きませんってば。今は君が心配なのです」 早15「いいから優しくしないでよ!    いなくなるんだから――皆、私の前からいなくなるんだから……!」 義21「はいはい、落ち着こうね? 僕はここにいますから」 早16「うるさい!!」 SE:平手打ち 早17「皆、口先ばっかりだ!! いなくなるんだ!!    私の事なんて、誰も分かってくれない……!」 義22「そりゃまあ、完璧に人を理解するのなんて不可能だよ。    でもさ、理解しようと努力する事はできるだろ?    たとえば僕は今、君の事を知りたいな、なんて思ってるんだけど」 早18「何よ……そんなの知って、どうするのよ」 義23「別に何がしたいってわけじゃないけど――まあ、強いて言うなら君の助けになりたいね」 早19「嘘――そんなの、嘘」 義24「決め付けられるほど、僕の事を知ってるわけじゃないだろ?    せめてそれが嘘か本当か分かるまで、まあ、嫌だと言われても傍にいるよ」 義25「自分がどうしてそんな事を言い出したのか、嫌というほどによく分かる。    分かるからこそ、僕はもう、引き返せなくなっていた。    そして……迷うように、彼女が口を開いた」 早20「ねえ……私は、貴方を信じていいの……?」 義26「僕は答えない」 早21「名前も知らないのに……信じていいのかしら……?」 義27「僕は、答えない」 早22「――私は、信じたいと思った」 義28「――僕は、裏切らないよ」 義29「それが僕らの契約だった。    彼女が僕を信じたいのなら、僕はいつまでも信じさせてやる。    その契約がある限り、僕らは繋がれる事になるのだろう。    ――たとえそれが、どんなに一方通行であったとしても」 (場面転換) SE:ドア 義30「ただいまー……って、あれ?」 義31「バイトから帰ってくると、早苗の声がしなかった。    普段ならすぐに、というか、僕がただいまと言うより先におかえりと言ってくれるのに。    何か……嫌な予感がした」 義32「おーい、早苗! いないのかー?」 義33「いいや、いる。いるに決まってる。    玄関には靴があったし、部屋にも電気が点いている。    絶対に外には出ていないんだ――そして、彼女は風呂場にいた」 義34「早苗!!」 早23「ん……あー……義人、おかえりー……」 義35「薄暗い風呂場の中で、彼女は手首を切っていた。    鼻にツンと刺さる血の臭い。流れる血が、彼女を赤く染めている」 義36「馬鹿、何やってるんだよ!」 早24「だって……生きてる意味、ないし……死んじゃおうかなって……。    会社もクビだし……義人も、私よりバイトだし……」 義37「ああ――そうか、だから平日なのに、家にいたのか。    僕がバイトに行かなければ、こうはならなかったのだろう。    何故なら早苗は、もう、自分のためには生きていない。    誰かから必要とされていなければ、こうして、あっさり死を選んでしまう。    今まで生きていたのは――僕に、依存していたからだ」 義38「早苗――とにかく病院に行こう。話はそれからだ」 早25「やだ、死ぬ……もう死ぬの!!」 義39「いいから僕の言う通りにしろ! 僕が君を死なせたくないんだよ!」 早26「義人……私が死ぬの、嫌?」 義40「嫌に決まってるだろ!?」 早27「えへへ、分かった――じゃあ、死なない」 義41「ああ。だからそんな理由で、死ぬとか生きるとか、決めて欲しくないのに。    僕は君の助けになる事ができれば、それでよかった。    僕も昔、君のように自殺しそうになった事があるから。    君はまだ間に合うって、そう思ったから、助けになろうとしただけなのに。    君の生きる理由になんか――なりたくなかったんだ。    だってそんなのは、生きていないのと同じなのに。    ――ねえ、早苗。僕らはもう、潮時だと思うよ?」 (場面転換) 義42「自殺未遂をした早苗が退院するのを待って、僕は別れ話を切り出す事にした。    別れよう、と言った瞬間、彼女は呆然と僕を見た」 早28「え……義人、何言ってるの……?」 義43「だから、別れようって――そう言ったんだ」 早29「どうして!? ねえ、私が何かした? 嫌われるような事した?」 義44「いいや、何もしてないよ。だけど、僕らは一緒にいちゃダメなんだ」 早30「だからどうして!? お願い、別れるなんて言わないで……一緒にいて、義人。    私、貴方がいないとダメだから――義人が好きだから……!」 義45「早苗。僕も君の事は好きだよ。    だけど――だからこそ、僕らは別れなきゃいけない。    君は僕に、依存してしまっているから」 早31「依存なんかしてない!」 義46「どこからどう見ても、依存しているよ。    早苗――僕は君の助けになりたかった。    だけど今、僕は君をダメにしてしまっている。    君は一人でも立てるのに、僕がダメにしているんだ」 早32「ちゃんとするから! 私、一人でも立てるようになるから……!    だからお願いよ、別れるなんて言わないで!」 義47「――ダメだ、それだけはできない」 早33「どうして……ねえ、どうしてなの……。    こんなだったら、初めから助けないでよ!! 私になんか構わないでよ!」 義48「……まあ、そこは僕の悪いところだね。    ごめん、早苗。僕は最初から、君が好きだったわけじゃないんだ」 早34「え――?」 義49「君は今にも死んでしまいそうだったから。    おこがましい事に、助けずにはいられなかった。    君が僕を好きだと言うのなら――恋人ごっこも、悪くないと思ったよ」 早35「何よ、それ……馬鹿にしてるの……?」 義50「馬鹿になんてしてないよ。    でも、確かに――僕も、このままじゃダメだよな。    少しでいいから、変わらないとダメだ」 義51「僕は僕を軽蔑する。    求められたら応えてしまう、覚悟も信念もない、半端なだけの優しさを。    いつだって人を傷付けてしまう僕を、僕は軽蔑する。    そして――早苗は、言った」 早36「義人……変わらないわ、義人。あなたは一生、変われない」 義52「……どうして?」 早37「だって、貴方はそれがないと、生きていけない。    分かるのよ――ずっと、貴方を見ていたから。    貴方は人助けをして、誰かに必要とされたがってるだけ。    生きる意味や理由がないと、死んでしまうから――そうでしょう?」 義53「……さあ、どうだろうね」 早38「ねえ義人、考え直して。私達、すごく相性がいいの。    お互いがお互いを必要としてるなんて――素敵な事じゃない」 義54「だけどそれは――別に、誰だっていい筈だよ」 義55「僕らは確かに、誰かに依存しなければ生きていけないのだろう。    でもそれは、特別な相手を必要としない。    依存できてしまえるのなら――それこそ、誰だっていいんだ」 義56「だからお別れだ、早苗。    君には立ち直れる可能性がある――僕は、邪魔者なんだ」 早39「待って! ねえ、待ってよ義人!!」 義57「――さようなら」 SE:ドア 義58「こうして、僕らの恋人ごっこは終わった。    ……その後すぐに、早苗には新しい恋人ができたらしい。    そしてどういうわけか、その新しい恋人と話す機会があった。    その時、彼は僕に教えてくれた。    早苗はとても傷ついている、と。    だから二度と関わらないで欲しいと――そう、言われた。    当然だ。あんまりにも当然だから、僕は何も反論しなかった。    そして一年が過ぎ……また、雪の降る季節になったというわけだ」 (場面転換) 義59「……悪いのは全面的に僕だ。    君を助けたいと思ったなら、距離を置くべきだった」 義60「雪が降り続けている」 義61「だけど早苗。君は僕を好きになって、ずっと僕を見ていたんだろう?    それなら――分かってただろ。    最初から好きだったわけじゃないけど、僕が君を好きになった事ぐらい」 義62「目の奥にあった熱いものは、みっともなくこぼれ落ちて」 義63「君が傷付いているって? 笑わせるなよ!!    僕だって痛いんだよ! 僕だって傷付いてるんだよ!!」 義64「雪の降る街で、狂ったように泣き叫ぶ。    この一年、胸の奥で凍らせていた感情を」 義65「自分だけ被害者面しやがって!! 僕の顔を見た事あんのかよ!    全部僕にぶつけて、人に泣きついて! 僕はどこで泣けばいいんだよ!?」 義66「死にたくなる。死にたくなる。    こんなにも辛いのなら、生きるのなんてやめればいい。    ――だけど」 義67「だけど――それもこれも、僕らが弱かったからだよな」 義68「僕らが強ければ、自殺なんて考えもしなかった。    僕らが強ければ、依存なんてする筈がなかった。    僕らが強ければ、……愛し合う事さえなかった」 義69「――死んでやるもんか。    どんなにみっともなくたって、生きてやるからな……!」 義70「早苗。君と一緒にいた時、僕は確かに幸せだったんだ。    死んでしまったら、それまで否定してしまうような気がして」 義71「見てろ、絶対に幸せになってやる」 義72「僕の弱さが、生きろと叫んでいるんだ」 義73「だからお前も幸せになれよちくしょう!!」 義74「涙は止まらなくて、胸は軋んでいる。    心はこれからも長く血を流し、その痛みにのたうちまわるだろう。    それでも今は、その痛みがありがたかった。    痛みだけが、恋が終わった事を教えてくれるから。    ねえ、早苗――僕らは変われるだろうか?    僕らは、幸せになれるだろうか」 義75「ああ――強く、なりたいなぁ……」 終わり

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