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「怪奇倶楽部ハ眠レナイ」(2010/10/18 (月) 02:12:00) の最新版変更点
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**怪奇倶楽部ハ眠レナイ
製作者 33の人 ◆zxhJwRc7Aw
好事家でホラ吹きの友人から、妙な話を聞いた。場所はカフェー、情報代はソーダ水一杯だ。
「で、何だその事件って。またホラ話じゃないだろうな」
俺の問いかけに、石動(イスルギ)はソーダ水を飲みながら、大袈裟に手を振って見せた。
「いやいや、これは本当の話だって。少しは信じる心を持とうぜ、イチ。事実俺は、その現場に立ち会ったんだからよ」
ちなみに「イチ」というのは僕のあだ名だ。本当は一 一(ニノマエ ハジメ)というのだが、誰も本名で呼ばないし、根本的に読めないらしい。
「お前、屋敷の行方不明事件、覚えてるか?」
勿論、覚えている。その頃僕は小説のネタに困っていたから、不謹慎とは思いつつ、その事件をいろいろと調べていた。流石に良心が攻めぎあい、結局原稿は落ちたが。
「瑠璃垣財閥の御令嬢が突然いなくなったって話だろ? もう五年になる。確か名前は」
「スミコ。瑠璃垣スミ子だ」
「その事件なら当時新聞で読んだが……それがどうかしたのか?」
「やっぱ気になるんだな。お前も結構物好きよな、色々と」
お前にだけは言われたくない。お前は唯の不謹慎な祭好きじゃないか、僕は仕事の一環としてやっているんだ。まあそれでも、悪趣味な事に変わりはないが。
「そう膨れるなよ、イチ大先生。今話してやるからよ……昨日の事だ」
そう言って、石動は話し始めた。
その日も石動は、何か面白そうな事を探してさ迷っていた。そして瑠璃垣の屋敷の側に来た時、見慣れない男を見つけたという。その男は手元の書簡と瑠璃垣屋敷を見比べ、やがてその大きな門をくぐった。
「で、お前もほいほいついていったのか」
「だって気になったし」
「気になったからって勝手に入ったら不法侵入だろうが」
「いいんだよ。俺は家庭教師なんだから」
……そうだ。こいつはこんな顔してこんな調子だが、頭はかなりいい。だからこういう良家の家庭教師も出来るということだが、まあそれはこの件とは全く関係がないので、割愛。
とにかく、石動は自分の身柄を子どもじみた理由で悪用し、屋敷へと侵入した。そこで、メイド達から話を聞いたという。一体、この屋敷に何が起こっているのか。呼ばれたのは誰なのか。深くは聞けなかったけどな、と前置きし、石動はその内容を話し始めた。
「一週間前の事だ。瑠璃垣屋敷の奥方が、奇妙なことを言い出した」
「奇妙なこと?」
「壁の奥から音がするんだってよ。かりかり、ってな。誰かが引掻くような音だ」
「鼠か何かじゃないのか?」
「旦那もそう言ったらしいんだが、どうにも奥方は落ち着かなかったんだとさ。で、それから一日二日と経つにつれ、奥方の様子はますますおかしくなっていったんだ。メイド達が壁近くに殺鼠剤を撒いても、『アレはまだ生きてる、音がする』って。ついには自分の耳に尖ったもんやら何やら突っ込み始めたから、とうとう医者を呼んだってわけだ」
それから間もなくだった。石動が奥方の悲鳴を聞いたのは。思わず走っていったが、流石に自分のやじ馬精神を呪ったという。
「俺が向かうと、壁に大きな穴が開いていた。そしてそこから覗いていたんだよ。元御令嬢が」
「元?」
「確かに彼女は赤いおべべを着ていたさ。スミ子さんが着てた、赤い薔薇のおべべをな。ただ問題は…………」
石動は溜めに溜めてこう言った。
「それが、もう肉も何もない、白骨死体だったって事だ」
瑠璃垣屋敷には警察や騒ぎを聞き付けた新聞記者達が殺到し、一気に騒がしくなった。奥方も旦那も、他の家族やメイド達も顔を青くするばかりで、何も言えなかったという。ちなみに石動は、事情聴取が始まる前にさっさと逃げたらしい。
「とりあえず分かったが……どうしてそう厄介事に首を突っ込むのが好きなんだお前は」
「いやあ……」
僕の追究に、石動はただ頭をかくだけだった。……まったく。
「しかしあの御令嬢、壁の中にいたんだな。しかも自宅の」
そんな所から発見されたんじゃ、瑠璃垣財閥の名が折れすぎる。新聞に書かれていないのは、多分色々と手段を使って揉み消しからだろう。
「しかしこれでは、犯人は身内としか思えないな」
「今回の問題はそこじゃないぜ」
「何処だよ」
石動は一際楽しそうに笑うと、声を潜めて囁いた。
「その壁には、今まで穴を開けた跡なんてなかったんだよ。空間に物を入れるなら、入口がないといけない。でもその壁には、穴を開けた跡なんて一つもなかった……」
目を細め、謳うように言葉を口にする。
「『瑠璃垣屋敷の壁抜け死体』。そう書こうとした記者もいたみたいだけど、後が怖いからやめたってさ」
ごとりと水差しが揺れる。石動が身を乗り出し、僕を見ている。
「どうよ、怪奇小説作家の一 一(ニノマエ ハジメ)さん。使えないかなあ? 壁を抜ける死体、とか」
……いや、そんな期待するような目で見られても。多分、こいつは僕に悩んでもらいたかったんだろうけど、もうタネが解ってしまったし。
僕は自分の分のソーダ水を飲むと、石動と向き合った。
「あのなあ、石動。お前は俺より頭いいだろ?」
「ん?」
「ちょっとくらい考えれば解るんじゃないのか?」
「……???」
本気で解っていないらしい。というか、現場にいたんなら解りそうなものだが。僕は息を吐いて説明し始めた。
「その壁は、どんな壁だったんだ?」
「え? 板張りの壁だったけど……」
だったら、と僕は続ける。
「一度その板を外してスミ子さんを放り込み、元に戻せばいい話じゃないか?」
ひぐらしの鳴き声が聞こえた。あたりはもう夕方らしい。もうそんなに時間が経つのか。今日の夕飯は何にしようか。そういえば最近魚を食べていないな。生姜もあるし、今晩は煮付けと味噌汁にするか。
「っておい! 何だよそれ! 謎解きでもなんでもないじゃないか!」
と優雅に考え事をしていたら、石動が吼えた。
「俺は認めないぞそんなオチ! っておいこら、どこ行くんだよイチ!」
「ん? そろそろ夕飯の時間だし、市場に」
「なんだよそれ! こら待てよイチ! イチーッ!」
僕は石動を無視して、カフェーを後にした。
下宿に戻り、食事の用意を始める。悲しいかな、僕はしがない貧乏作家だ。故に家事も一人でしなければならない。一方で何人もメイドを雇っている、瑠璃垣みたいな家もある。何だか不公平なものを感じるが、仕方のない事だろう。
「やれやれ、まったく……」
煮付けに使う生姜を下ろしながら、僕は考えていた。もし壁が、板張りの物でなかったら、その壁に傷をつけずに閉じ込める事は出来るのだろうか。何の痕跡も残さず、人を隠すことは出来るのだろうか。例えばうちのような土壁なら――
「ッ」
下ろし金がちくりと僕を刺した。考え事に集中しすぎていたらしい。我ながら物騒だ、と自嘲したその時。
かり、かり。
「……ん?」
一瞬気のせいかと思ったが、また、かりかりと音が聞こえた。ちょうど、何かを引っ掻くような。
そういえば、と僕は思う。そもそもあれはどういう経緯でスミ子さんが発見されたか。奥方が引っ掻くような音を聞き、書簡で男が呼ばれ、壁から死体が現れた――そもそも、死人は音をたてない。なら、その音は一体何だったのだろう。
考えながら、僕は音のしている場所を探す。耳を澄ませ、辺りを見る。そして、気付いてしまった。
その音は、壁から聞こえていた。今まで一度も穴を開けた跡のない、土壁から聞こえていた。
**怪奇倶楽部ハ眠レナイ
製作者 33の人 ◆zxhJwRc7Aw
好事家でホラ吹きの友人から、妙な話を聞いた。場所はカフェー、情報代はソーダ水一杯だ。
「で、何だその事件って。またホラ話じゃないだろうな」
俺の問いかけに、石動(イスルギ)はソーダ水を飲みながら、大袈裟に手を振って見せた。
「いやいや、これは本当の話だって。少しは信じる心を持とうぜ、イチ。事実俺は、その現場に立ち会ったんだからよ」
ちなみに「イチ」というのは僕のあだ名だ。本当は一 一(ニノマエ ハジメ)というのだが、誰も本名で呼ばないし、根本的に読めないらしい。
「お前、屋敷の行方不明事件、覚えてるか?」
勿論、覚えている。その頃僕は小説のネタに困っていたから、不謹慎とは思いつつ、その事件をいろいろと調べていた。流石に良心が攻めぎあい、結局原稿は落ちたが。
「瑠璃垣財閥の御令嬢が突然いなくなったって話だろ? もう五年になる。確か名前は」
「スミコ。瑠璃垣スミ子だ」
「その事件なら当時新聞で読んだが……それがどうかしたのか?」
「やっぱ気になるんだな。お前も結構物好きよな、色々と」
お前にだけは言われたくない。お前は唯の不謹慎な祭好きじゃないか、僕は仕事の一環としてやっているんだ。まあそれでも、悪趣味な事に変わりはないが。
「そう膨れるなよ、イチ大先生。今話してやるからよ……昨日の事だ」
そう言って、石動は話し始めた。
その日も石動は、何か面白そうな事を探してさ迷っていた。そして瑠璃垣の屋敷の側に来た時、見慣れない男を見つけたという。その男は手元の書簡と瑠璃垣屋敷を見比べ、やがてその大きな門をくぐった。
「で、お前もほいほいついていったのか」
「だって気になったし」
「気になったからって勝手に入ったら不法侵入だろうが」
「いいんだよ。俺は家庭教師なんだから」
……そうだ。こいつはこんな顔してこんな調子だが、頭はかなりいい。だからこういう良家の家庭教師も出来るということだが、まあそれはこの件とは全く関係がないので、割愛。
とにかく、石動は自分の身柄を子どもじみた理由で悪用し、屋敷へと侵入した。そこで、メイド達から話を聞いたという。一体、この屋敷に何が起こっているのか。呼ばれたのは誰なのか。深くは聞けなかったけどな、と前置きし、石動はその内容を話し始めた。
「一週間前の事だ。瑠璃垣屋敷の奥方が、奇妙なことを言い出した」
「奇妙なこと?」
「壁の奥から音がするんだってよ。かりかり、ってな。誰かが引掻くような音だ」
「鼠か何かじゃないのか?」
「旦那もそう言ったらしいんだが、どうにも奥方は落ち着かなかったんだとさ。で、それから一日二日と経つにつれ、奥方の様子はますますおかしくなっていったんだ。メイド達が壁近くに殺鼠剤を撒いても、『アレはまだ生きてる、音がする』って。ついには自分の耳に尖ったもんやら何やら突っ込み始めたから、とうとう医者を呼んだってわけだ」
それから間もなくだった。石動が奥方の悲鳴を聞いたのは。思わず走っていったが、流石に自分のやじ馬精神を呪ったという。
「俺が向かうと、壁に大きな穴が開いていた。そしてそこから覗いていたんだよ。元御令嬢が」
「元?」
「確かに彼女は赤いおべべを着ていたさ。スミ子さんが着てた、赤い薔薇のおべべをな。ただ問題は…………」
石動は溜めに溜めてこう言った。
「それが、もう肉も何もない、白骨死体だったって事だ」
瑠璃垣屋敷には警察や騒ぎを聞き付けた新聞記者達が殺到し、一気に騒がしくなった。奥方も旦那も、他の家族やメイド達も顔を青くするばかりで、何も言えなかったという。ちなみに石動は、事情聴取が始まる前にさっさと逃げたらしい。
「とりあえず分かったが……どうしてそう厄介事に首を突っ込むのが好きなんだお前は」
「いやあ……」
僕の追究に、石動はただ頭をかくだけだった。……まったく。
「しかしあの御令嬢、壁の中にいたんだな。しかも自宅の」
そんな所から発見されたんじゃ、瑠璃垣財閥の名が折れすぎる。新聞に書かれていないのは、多分色々と手段を使って揉み消しからだろう。
「しかしこれでは、犯人は身内としか思えないな」
「今回の問題はそこじゃないぜ」
「何処だよ」
石動は一際楽しそうに笑うと、声を潜めて囁いた。
「その壁には、今まで穴を開けた跡なんてなかったんだよ。空間に物を入れるなら、入口がないといけない。でもその壁には、穴を開けた跡なんて一つもなかった……」
目を細め、謳うように言葉を口にする。
「『瑠璃垣屋敷の壁抜け死体』。そう書こうとした記者もいたみたいだけど、後が怖いからやめたってさ」
ごとりと水差しが揺れる。石動が身を乗り出し、僕を見ている。
「どうよ、怪奇小説作家の一 一(ニノマエ ハジメ)さん。使えないかなあ? 壁を抜ける死体、とか」
……いや、そんな期待するような目で見られても。多分、こいつは僕に悩んでもらいたかったんだろうけど、もうタネが解ってしまったし。
僕は自分の分のソーダ水を飲むと、石動と向き合った。
「あのなあ、石動。お前は俺より頭いいだろ?」
「ん?」
「ちょっとくらい考えれば解るんじゃないのか?」
「……???」
本気で解っていないらしい。というか、現場にいたんなら解りそうなものだが。僕は息を吐いて説明し始めた。
「その壁は、どんな壁だったんだ?」
「え? 板張りの壁だったけど……」
だったら、と僕は続ける。
「一度その板を外してスミ子さんを放り込み、元に戻せばいい話じゃないか?」
ひぐらしの鳴き声が聞こえた。あたりはもう夕方らしい。もうそんなに時間が経つのか。今日の夕飯は何にしようか。そういえば最近魚を食べていないな。生姜もあるし、今晩は煮付けと味噌汁にするか。
「っておい! 何だよそれ! 謎解きでもなんでもないじゃないか!」
と優雅に考え事をしていたら、石動が吼えた。
「俺は認めないぞそんなオチ! っておいこら、どこ行くんだよイチ!」
「ん? そろそろ夕飯の時間だし、市場に」
「なんだよそれ! こら待てよイチ! イチーッ!」
僕は石動を無視して、カフェーを後にした。
下宿に戻り、食事の用意を始める。悲しいかな、僕はしがない貧乏作家だ。故に家事も一人でしなければならない。一方で何人もメイドを雇っている、瑠璃垣みたいな家もある。何だか不公平なものを感じるが、仕方のない事だろう。
「やれやれ、まったく……」
煮付けに使う生姜を下ろしながら、僕は考えていた。もし壁が、板張りの物でなかったら、その壁に傷をつけずに閉じ込める事は出来るのだろうか。何の痕跡も残さず、人を隠すことは出来るのだろうか。例えばうちのような土壁なら――
「ッ」
下ろし金がちくりと僕を刺した。考え事に集中しすぎていたらしい。我ながら物騒だ、と自嘲したその時。
かり、かり。
「……ん?」
一瞬気のせいかと思ったが、また、かりかりと音が聞こえた。ちょうど、何かを引っ掻くような。
そういえば、と僕は思う。そもそもあれはどういう経緯でスミ子さんが発見されたか。奥方が引っ掻くような音を聞き、書簡で男が呼ばれ、壁から死体が現れた――そもそも、死人は音をたてない。なら、その音は一体何だったのだろう。
考えながら、僕は音のしている場所を探す。耳を澄ませ、辺りを見る。そして、気付いてしまった。
その音は、壁から聞こえていた。今まで一度も穴を開けた跡のない、土壁から聞こえていた。