ハルヒと親父 @ wiki

一人旅に必要な事 その後

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haruhioyaji

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「あ、キョン君、おひさしぶり。え、ハル? んー、あ、お父さんがちょっとしゃべりたいって、かまわない?」
「よお、キョン、元気か? ああ、ハルヒは、絶賛一人旅中だ。ん、バイクだ。雪国で役立つ、スーパーカブ(ポストマン仕様)だ。心配? ああ、心配だ。親のできることは、いつだって心配することぐらいしかない」

 何年も経つというのに、電話の向こうの親父さんは、あの時のままの親父さんだった。
 そのことが余計に胸を締め付けた。

「で、どうした? 電話してくれたのはうれしいが」
「親父さん、おれ……」
「ああ、聞かない方がいいか」
「いや、俺の方が聞きたい事が。……ハルヒに会ってもかまいませんか?」
「やれやれ。『これ以上あいつを傷つけるな』とか言った方がいいか? おまえさんは何もやっちゃいない。バカ娘がひとりで派手に転んだだけさ。大手を振って会えばいい。それに親父的には、あのバカ娘は、もうちょい傷ついた方がいい、とも思ってるんだ。だが、キョン、おまえの方はそれでいいのか? おまえが守らなきゃならんもんは、他にあるだろうに」
「すいません。このままだと俺も、先に進めないみたいです」
「しょうがねえな。好きって奴だけは、どうしようもない」
 受話器の向こうで、親父さんがハルヒの母さんに二言三言何か話していた。
「ああ、キョン。今から言うことをメモれ。ハルヒから電話があった旅館の名前と電話番号だ」
 俺は必死でそれをそこらにあった紙に殴り書いた。
「あいつは携帯なんてものは持ってない。行き先は自分でも分からんだろ。おれができるのはこの程度だ。あとは……」
 俺は何度も礼を言って電話を切った。気付くとサイフと上着を持って外に駆け出していた。


 「すみません。すでに家庭をお持ちの方を、こんな風にお呼び立てして」
「かまわんさ。用件は分かってる」
「ええ。閉鎖空間がこのところ毎晩、発生しています」
 お互い、歳を重ねた分だけ容貌は変わっていただろう。
 だが古泉の口調、話の始め方、身振り、どれもが、あの頃のままだった。
 機関はあれ以降も存続し、俺とハルヒが会うことがなくなってからも、超能力者たちは戦い続けていたらしい。
「それも最近は随分少なくなっていたのですが」
「ここに来て増えてきた、か」
「毎晩です。ご存知の事を教えていただけませんか」
「おまえなら、もう分かってるだろう」
「あなたの口からお聞きしたい」
古泉はらしくない強い口調で言った。
「あなたの人生です。あなたの好きなようにしていただくのが本当でしょう。ぼくらは、都合のいい結末を、勝手にあなた方に押し付けていたのかもしれません」
「結婚を知らせたときのおまえは、ただ『そうですか。お幸せに』と言っただけだったのにな」
「あなたに事情があることは知っていました。それがぼくの仕事、少なくともその一部ですから」
「誰にだって事情はあるさ。自分の人生だからって、自分の好きにできる奴ばかりじゃない」
「それでも、あなたはそれを受け入れた」
「ああ」
「では、何故、今頃になって、あの閉鎖空間が現れて、あなたがそこに呼ばれるのです?」
超能力者たちが侵入できない、特別の空間。何故、今頃になって、か。
「それに答えられるのは、ハルヒだけだ。いや、ハルヒだって、意識では分かってないだろう」
「涼宮さんもあなたのように、いろんな事情を、人生のままならない部分を、受け入れようとしました。しかし、すべてを受け入れることができた訳じゃなかった」
「古泉、おまえは俺があそこに呼ばれてると言ったな。確かに俺の体と意識は、毎晩あそこに呼びつけられる。だが、俺の意思は何一つ働かない。毎回が同じシーンの再演だ。俺は夕べも、その前も、同じセリフをしゃべらされ、言葉を遮られ、ハルヒが泣くのを見せられた。変えようとしたが変わらん。俺は何一つ、自分ではあいつに何も言ってやれないんだ」
「それは、涼宮さんの夢、ということですか」
「多分、そうなんだろうな」
 俺は伝票を残して立ち上がった。
「せこいが、ここの払いはまかせる」
「どちらへ?」
「まずは涼宮家に電話だな。ハルヒに会う」
「涼宮さんは単身旅行中です。ご両親も行き場所を知りません」
「機関は位置をつかんでいる、ってことか」
「ええ。……お聞きにならないのですね?」
「それだけ分かれば、俺には十分すぎる情報だ」
「ずるはなし、ですか」
「子供までできたのにリストラされて、嫁さんと子供は嫁の実家へ行って戻ってこない。何年ぶりかの独身生活だ。誰がお膳立てしたのか知らないが、いくら俺が鈍くても、今やるべき事が何なのかはわかる」


 峠を越えて、何度もくるくると曲がるカーブをようやく降り切った。
 信号が赤に変わったので、停止線ぎりぎりに自分のスーパーカブを止めた。後ろからやってきたハデハデにデコレーションされたトラックが並んだ。暑苦しいと少しむっとしていると、頭の上から声が振ってきた。
「ねーちゃん、どこまで行くんだい?」
 この手合いには飽きるほど慣れていた。だが、振ってきた声は女性の声だった。思わず、上を見る。運転席は右側だ。こちらから相手は見えない。だが声の調子から判断して、あたしは返事を叫んだ。
「歳上の女に『ねえちゃん』と呼ばれても、返す言葉が無いわ」
「あー、ごめん、ごめん。ヘルメットでわからなったんだ。『おばさん』よりは、いいだろ?」
「信号変わったわよ。行かないの?」
「ふーん。じゃあ、次の信号までレースしようか? 負けた方が、本当の歳を言うこと!」
言い終わるなり、派手派手のデコトラは大きく吹かして、のろのろと走り出した。はた迷惑なこと、この上ない。
 だが加速勝負じゃ、パワー・ウエイト・レシオ(出力荷重比)がものをいう。若干、拒食ぎみの今のあたしの体重に、雪国仕様のスーパーカブ、負ける気がしないわ!


 「お父さん」
「ん、母さん、なんだ?」
「眠ってました? ごめんなさい」
「うとうとしてたみたいだな。なんか歳くったみたいだ」
「誰にだって、時間は流れているわ」
「『時間の流れはみんなに1個ずつあってとまらない』か」
「時には、交差したり、伴走したりできるけど」
「それくらいしかできない。同じ時を歩むことはできないんだ。……あいつら、バカだからなあ」
「なあに、ハルとキョン君の夢でも見ていたの?」
「まあ、バカについては、人のことは言えんか」
「そうねえ」
「何か話があったんじゃないのか、母さん?」
「うーん。もう半分以上済んじゃいました」
「なるほど」
「会えますかね、二人は」
「会えるとも。バカ親父は、この手のことだけは勘が働く」
「その後はどうなるの?」
「さっぱりわからん」
「やっぱり」
「大人の男と女が決めることだ。バカ親父の出番はないさ」


 「うわー。ねーさん、速いねー」
 あたしは、僅差でやぶれたデコトラ娘に、缶コーヒーを奢らせた。
 勝負は非情だ。勝った者と負けた者は、こうあるべきよね。
「負けたことないんだよー、これでも」
「わかるわよ。あんたも速かったもの。侮らずやってたら勝ったんじゃない?」
「相手を勝てる気にさせてからじゃないと、勝っても楽しくないよー」
「で、あんた、いくつだって?」
「19。誕生日来てすぐ免許とって、この仕事は1年かな」
「歳上よばわりして決めてつけて悪かったわね。でも、大型免許って、普通免許とって3年経たないと受験できないんじゃないの?」
「ぐっ。ねーさん詳しいね。実は免許欲しくて、早く取れるらしいから自衛隊に入ったんだよー。まあ、この子は中型免許でいいんだけどさー」
「あんまり聞かない方がいい話みたいね」
「そうしてくれると、助かるよー」


 本屋で地図を買い、いつかのファミレスでそれを広げた。
 親父さんが教えてくれた、ハルヒの宿泊先に電話して住所を聞き、地図の上に印をつけていく。
 気まぐれなコースを取っているように見えて、鉄道のある場所を避けて日本海側へ進んでいるのが分かる。
 あと、宿泊先同士の距離から、毎日どれくらいの距離を進んでいるかも割り出せる。あまり進めてない日もあるが、それは雨が降った日だった。
 まったく分かりにくいくせに、分かりやすい行動をとる奴だ。
 何をして欲しいかは遠回しにでも伝えて来るくせに、いざそれが実現しそうな時には、どうすればいいのか分からなくなってしまうのも、きっと変わってないのだろう。
 そう考えながら、俺の拳は無意識に、自分の膝を叩いていた。
 俺はあいつの何を分かっているんだろう。ささいな癖、思考パターン、大げさな物のいい方。それだけか。あいつが何を欲しがっていたのか、何をしたがっていたのか、それを俺は本当にわかってやれていたのか。それから、俺は自分の何をあいつに伝えたのか、伝えられたのか。
 すれ違った言葉ばかりが、記憶の底に澱になって残っていた。
 頭から余計な思いを振り落とす。今は一日でも一分でも早く、あいつに会いたい。会って、俺の言葉を伝えたい。そのために何が最上の方法か。考えろ。
「ある程度は絞り込めるが、そっから先は聞き込みかな。……写真があれば良かったんだが」
 ほんの数枚持っていたあいつの写真は、結婚した時にみんな燃やしてしまった。古泉にでも言えば、最新のが手に入るだろうが、手は借りたくなかった。
 「やれやれ。まだこんなところでぐずぐずしていやがったか」
「お、親父さん」
「母さんの勘だ。よく当たるんだ、これが」
「え、ええ。でも、なんで」
親父さんは、テーブルの上に広げられた地図をちらっと見た。
「まあ、ここまではバカでも分かる。ある程度エリアが絞れたら、電話攻勢と聞き込みだろう。こういうものを持ってきた」
「ハルヒの写真?」
「デジカメ・プリントだけどな。要るだろ?」
「ええ。あ、はい」
「自己嫌悪に陥るなよ。俺がここまでするのは、おまえの人徳だ。そう思っとけ」


 「で、涼宮のねーちゃん、どこ泊まるの?」
「旅館を予約してあるわ。あんたは?」
「あたしは、いつもトラックの中。お金かかるしね」
「危なくないの?」
「大丈夫、大丈夫。この辺りの運ちゃんは、たいてい友達か顔見知り」
「その《顔見知り》ってのが危ないらしいわよ」
「それは言えてる。で、ねーちゃんは、なんの一人旅? 失恋? 借金?」
「借金……ではないわね、少なくとも」
「じゃあ失恋か」
「なんでそうなる!?」
「若い女の悩み事は8割は恋愛で、残りがお金関係だって。こういうの、コールド・リーディングっていうの?」
「違うと思うけど」
「あ、あたし、こっち。この先の『道の駅』に車とめて寝泊まり。ここの『道の駅』、温泉がついてるんだよ」
「へえ」
「うお、興味ある?」
「ちょっとね。バイクだと、1日走ると、ホコリだらけよ。気が向いたら行ってみるわ」
「夜は、地元の暴走族が集会やってるから、明るいうちに行くのがいいよ」
「はいはい。ありがと。あんたは大丈夫なの?」
「へーきへーき。族のアタマ、あたしの弟だし」
「あ、そ。じゃあね」
「はーい。また会えるといいな」
「ええ、そうね」
「じゃねー」


 「お父さん、また、大きなため息」
「ため息つくと、何かが逃げるんだっけ?」
「『幸福』らしいわね。『幸福であることは他人に対する義務である。幸福な人以外に愛される人はいない、とは至言である。しかし、この褒美が正当なものであり、当然なものであるとは言い落とされている。というのは不幸や倦怠や絶望がわれわれの呼吸するこの空気の中にあるからだ』(「幸福論」(アラン)」
「少しくらいなら持っててもかまわんぞ。おれは十二分に幸せだから」
「といっても、これだけは分けられないのよね」
「あいつ、もう電車に乗ったかな?」
「キョン君? 今回はやけに気になるのね」
「分が悪い。方角が悪い。勝てる気がしない」
「勝ち負けじゃないわ」
「そりゃそうだけどな」
「お父さんに見えているもの、私にも分かるわ。でも、それが二人の出した答えなら、受け入れてあげましょう」


 どうせ眠れない事は分かってるし、眠ったらまたあの夢が繰り返す。
 あたしは宿の部屋の電気を消して、目は開けたまま膝を抱えていた。
 いつもなら、もっと暗くなるまで走るか、時間をつぶしてから宿に入るのだが、昼間のデコトラ娘にすっかり調子を狂わされてしまった。そんなに悪い気分ではなかったが、その分、夜が長く感じた。
 何故だか「きな臭い」とでもいった感覚がアタマをかすめて、あたしはバイクのキーを取り出して立ち上がった。
 宿のフロントに簡単に行き先を告げ、バイクに飛び乗り、夜の県道を走らせた。


 電車は北陸のある駅に止まった。車中から携帯をかけまくったのと、ハルヒが事前に宿の予約をしておいたせいで、電車を降りる前に、あいつの今日の宿が見つかった。
 レンタカーを借りて、車で1時間程度、すでに陽は落ちて辺りは暗くなりかけていたがが、途中の『道の駅』で宿への道順を確認し、車を走らせた。


 暗くなった時間の県道は、車の通行もまばらで、すれ違ったのは十数何台あるかないか、だった。
 行き先に『道の駅』の明かりが見える。明かりが消えるには、まだ少し時間があった。
「!」
 突然、道の先で炎が上がった。
 何かが、多分車のフロントガラスが、たたき壊される音。それから怒号と悲鳴。その中に聞き覚えのある声があった。あの娘だ。

 「ねーちゃん、なんてところに! 来ちゃダメだってば!」
「まだ明るいじゃないの。何があったの?」
「ケンカだよ。タチの悪いのがネンショウ(少年院)から出てきたって!」
「襲われてるの、あんたの弟たち?」
「弟はまだ。集会時刻になる前を狙ってきたんだよ!」
話すあたしたちを、見つけた、とでもいうように、指差す少年たちが見えた。
「あいつら? あんたも狙われてるのね」
「弟もあたしのことも知ってるし、恨んでるの。やだ、こっち来る!」
「そりゃ、これだけ騒げば気付くわよ」
「なーに、落ち着いてるの! ねーちゃん、武道の達人?なんかのチャンピオン?」
「どうかしら。ただ、ちょっと腹の虫は機嫌を損ねてるわね」
なるべく気付かない振り、関係者じゃありませんという振りをしてたけど、そういう礼儀作法が通じるわけもなく、一番大きな男が、肩に担いだ角材のような物を振り下ろしてきた。
 とん、とデコトラ娘を突き飛ばして、攻撃圏外へ。同時に心持ち後ろに身を引いて、角材を避け、それがアスファルトの路面に砕け散るのを見送った。
 ああ、だめだ。言葉や話し合いが通用しない連中らしい。血が沸騰するような感じがする。あたしの方こそ、話し合いなんてやってられないモードに入ってる。
 角材が路面に着くより早く、あたしの膝は自分の胸の辺りまで引き上げられる。膝が伸び、足先が加速する。ちょうど角材の上を滑るように、相手の胸の真ん中に足が突き刺さる。
 相手は少しだけ顔をしかめただけで、平然とそのけりを胸骨で受け止める。ひびが入る手応えはあった。怒りに痛みを感じない状態になってるんだろう。
 別の方向から腕が伸びて来る。かわして、腕が伸びきったところを、小指と薬指だけを掴む。ひねる。相手の腕をこちらの肩に乗せて、膝を沈め体を低くして呼び込み、膝と腰を跳ね上げ、カタパルトから打ち出すようにして投げる。目標は、さっきの角材男。二人がもつれて倒れるが、アスファルトに叩き付けるよりは、威力は半減以下だ。
 人数が多い。体格差もある。ちょっと手加減できなさそうだ。というより、手加減なんてしたくない。おもいっきり暴れることを体が望んでる。
 デコトラ娘は、走って逃げたようだ。都合がいい。ここから先はあまり未成年向きではないしね。


 旅館に着いた。
 ハルヒは近くに出たらしい。さっき道を尋ねた『道の駅』らしかった。
 だったらすれ違ったのかもしれない。まるで気付かなかった。あの頃なら、どうだったろう。フルフェイスのヘルメットをかぶったバイク乗りを、他の誰かと見間違えることなんてあったか? あり得たか?
 焦って車を走らせるうちに、行き先で火が上がるのが見えた。
 慌てて車を寄せると、向こうから走って来る少女が大きく手を広げて行く手を遮った。
「あぶないぞ。どうした?」
「あんた、普通の人? ケータイ、持ってる? だったら警察呼んで、今すぐ!」
「何があったんだ?」
 俺が番号を押しながら尋ねる。
「ケンカよ!暴走族の! でも、ねーちゃんが、涼宮のねーちゃんが巻き込まれてんの!」
「涼宮? ハルヒ?」
「あんた、知り合い?」
「まて、警察が出た。@@署ですか? @@の『道の駅』で火の手が上がってます。暴走族の抗争らしいですが、市民も巻き込まれていて、ええ、すぐお願いします! 『道の駅』からの通報で、パトカーはもうこっちに向かってる。君、ハルヒの知り合いか?」
「あんたこそ」
「ハルヒは、どこだ?」
「あそこ! 5人も6人も相手にしてる。すごいけど、持たないよ」
「道をあけてくれ」
「どうすんの?」
「突っ込む」
 ギアを入れてアクセルをベタ踏みする。
 フロントガラスに映る影は、鬼神と化した涼宮ハルヒだ。間違いない。あんな女は世界に、いいや宇宙中探したって、たった一人しかいない。


 レンタカーは不幸にも縁石に乗り上げ、横転し、ごろごろと抗争のまっただ中に転がり込んで止まった。
 それを待っていたかのように、パトカーのサイレンが、同時に4方向から聞こえてきた。警察は既に包囲している、ということらしい。

 みっともなくも、俺はレンタカーのドアを蹴り開け、よろよろと外に這い出した。
 警察に取り押さえられかけたが、携帯を見せ、通報者だと名乗った。

「キ、キョン!?」
 あたしは絶句した。
「あんた、なんで、こんなところに?」
「どこかのバカが、若気の至りで、こう言ったんだ。『おまえがどこにいようと、必ず探し出して、連れ戻す』ってな。くそ、歳取ると体力が落ちるってことを、勘定に入れなかったんだ、そのバカは」
 そのバカは、膝に手をつき、ハアハアと息を切らして、どうでもいい長セリフを切れ切れにしゃべりながら、今、あたしの目の前にいる。
「こっち、来んな! こっち、見んな!」
「毎晩、勝手に夢に引っ張り出しといて、それか。一言くらい、俺のセリフをしゃべらせろ!」
「な、なに言ってんの?」
「俺は涼宮ハルヒが好きだ」


 ハルヒはあわてふためくのを止め、ゆっくりと振り返って、こちらを見た。
「あたしもあんたが好きよ、キョン。でも、それを言ったら、何かが終わると思って怖かった」
「もう終わらせてもいい頃だと思わないか?」
「そうね。随分、走ったわ、この子と。心も考えも全然まとまらなかったけど」
ハルヒは誰かに壊されたカブのハンドルをいとおしそうに撫でた。
「あの頃なら、お互い『好き』だけで、よかったのにね」
「今度、俺の娘に会わせてやる」
「いつになることやら。リストラされて、別居中なんでしょ?」
「おまえ、どこで、それを?」
「団員その1のことなんて、団長はいつだってお見通しよ」
「……ずっと見ていてくれたのか?」
「……ずっと見てたわ。それに気付かないバカだと知ってたのにね。……ったく、精神病の一種って説を取り下げる気にならないわ」


 騒ぎは、やがておさまりを見せた。
 大立ち回りをした割には、警察へは明朝出向くということで、放免となった。
「涼宮のねーちゃん、乗ってかない?」
デコトラ娘が上から声をかけて来る。
「この子、積めるの?」
かわいそうに、とばっちりを受けて走れなくなったカブを押しながら、そう尋ねる。
「ああ、うしろに乗っけりゃいいよ。今、荷台、空だし。あの兄ちゃんはどうする?」
「もう少し海でも見て反省するらしいから、放っておきましょ」
「いいのか? ねーちゃんの彼氏だろ?」
「元ね。いまは別の女との間に子供がいるの」
「元カレねえ。そうは見えなかったけどな」
「どう見えたのよ?」
「トラックは運転席が高いからさー、遠くがよく見えるんだー」
「そう。そういうのも、いいわね」
「トラック乗りはいいよー。港港に男ができる!」
「若いからよ。若さに甘えてると、後で泣きを見るわよ」
「今日のねーちゃんは、なんか、おばさんみたいだな」
「今日ので3、4つ歳を取った気がするわ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ねーちゃんなら、頑張ればまだまだいけるよ」
「はいはい。ありがとね」
















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