ハルヒと親父 @ wiki

一人旅に必要な事

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haruhioyaji

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「大丈夫か、ひとりで?」
「大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「子供じゃないから、心配してるんだがな」
「エロ親父」
「昔からことわざにもあるだろ?『お父さんの親心は、おじさんの下心』って。根はいっしょなんだ」
「はいはい。もう行くわよ」
「定期連絡を忘れるな。母さんが泣くぞ」


 思うところがあって、あたしは一人で旅に出ることにした。
 感傷的な理由も考えられなくはないけれど、要は、日に日に心の中で大きく重くなる、あいつの存在にケリをつけたいというのが本当のところだった。

 珍しく、あいつからハガキが届いた。それも写真付きのやつ。
 よくない予感はしたわ。でも、これはあたし宛よね。あたしが読まないわけにいかないじゃない。

 文面はものぐさそのものだった。
「結婚しました」
まったく「ものぐさ」とシンプルはまったく違う別物だ、とあれほど言ったのに分かってない。なおってない。
そして花嫁を抱き上げるあいつの写真。ご丁寧に周りには紙吹雪まで舞っていた。

 はっきり言って油断してた。やられたと思った。

 あれから何年も経つのだ。別に不思議なことじゃない。
 ハガキの写真が、ご丁寧にも、ひどいピンぼけだったのが、不幸中の幸いだった。
 おかげで、花嫁が誰か、知ってる人か知らない人か、すごい美人がとんでもないブスかだって、よくわからなかった。
 ずっと見ていると、ピンぼけ具合はどんどんひどくなっていった。文字まで読めないほどになった。
 ハガキは濡れたみたいに、手の中でくにゃっと曲がった。
 泣いている女の声がした。
 あたしの声だった。



「あたし、結婚するから」
大嘘だった。そんなの、こんな顔して言ったって、信じる奴なんているわけがない。
「そうか」
嘘だと分からないのか、嘘だとわかっているときですらあたしの気持ちを尊重しようとしているのか、あいつはそう言った。そう言ったきり何も言わなかった。


 旅の相棒にバイク(ちっちゃなスーパー・カブ、なぜかポストマン仕様)を選んだのは、正解だった。自分でハンドルを握れば余計な事を考えずに済むし、むしゃくしゃの残りカスは、風が吹き払ってくれる。
 そのかわり一日走ればホコリまみれだけどね。

 女の一人旅は面倒が多い。自殺されたらたまらない、なんていう事情があるんだろうか。宿は数日前に予約をいれてから泊まることにした。行くあてのない旅なのに、段取りに追い回される感じ。
 することがないから、あたしはとにかく移動した。そんなことをしても、何も変わらないのだけれど、とにかくじっとしているよりはマシな気がしたのだ。

 泥のようになって眠れば、夢など見ないはずだった。
 ところがどういうわけだか、いつかみた灰色の空間の中に、あの頃通った高校が、毎日繰り返し登場した。
 あたしはもう、あの学校に通う生徒じゃなかったし、まして高校生なんて気が遠くなるほど昔の感じがした。
 しかも、あたしの夢なのに、夢の中の出来事ですら、ままならない。
 灰色の夢の中では、あたしは相変わらず女子高生で、そして傍らにはあいつがいた。
「なんで、あんたが、いんのよ?」
「さあな。お前の夢だったら、お前が呼んだんじゃないのか」
「あんたの夢かもしれないわね。少なくとも、あたしはあんたを呼んだ覚えはないし、あんたにも分かってるだろうけど、いまあたしが世界で一番会いたくない人間があんたよ」
「そうだろうな」

「あたしが馬鹿だったわ。どうしようもないガキだった。今も変わんないけどね」
 黙って聞いてろ、という顔をしたせいか、あいつは何にも言わず、相槌さえつかなかった。
「あんた程度の男、いつでも落とせる自信があった。ううん、そんなことしなくても、あんたはいてくれるだろうと思ってたし、他の男みたいな扱いをしたくなかった。でも、だったら、どうしたらいいの? 楽しかったわ。でも、怖かった。この楽しい時間が終わることは確実なんだから。時間を止めたいと何度も思った。私はあそこでしくじったんじゃないか、って何度も思いだした。ちょうどこの場所よ。なんで、キスなんかで満足したんだろう? あたしはあんたとずっと一緒にいたいと願ったのに。その願いがかなうところだったのに!」
「ハルヒ、おれと一緒にいるだけでよかったのか?」
「そうね。不正確だわ。あんたと一緒に帰りたかった。あんたと手をつなぎたかった。あんたとたわいもないことをたくさん話したかった。あんたと夜遊びして一緒に叱られたかった。あんたとキスしたかった。あんたと……」
 音の無い世界に、あたしの声だけが、むなしくいつまでも響いた。いつまでも。

「なあ、ハルヒ。お前の、めちゃくちゃ長い願い事リストを、一言で表せる言葉があるんだが」
「うるさーい。あんたは黙ってなさい。それは、あたしのセリフでしょ!」

 そうよ、そんなことは分かってる。分かってるわ。
 でも、あんなにいっしょにいた頃、時折あいつが何か待っているような顔をして見せていた頃、それでも言わなかった言葉を、どうしてこんな夢の中で吐き出せるだろう?

 あたしはバカだ。

 「キョン、幸せになんなさい! 相手の娘も幸せにすんのよ!」
「ハルヒ」
「ありがと、キョン。夢の中でも会えてうれしかったわ。じゃあ、あたし、行くね」
「ハルヒ、行く宛、あるのか?」
「あてが見つかるまで走るわ。あたし、失恋したのよ。そう簡単に行き着いてたまるもんですか!」

 誰かがイグニッション・キーを回し、スターターが回る音で目が覚めた。
 バイクで来ている連中が何人かいた。そのうちの一人だろう。
 まだ外は暗い。午前5時。お早い出発だ。よほど遠くへ行くのだろうか。

 手と目が濡れていた。そういえばガソリンの残りも少なかった。宿を出て、坂を降りればスタンドはある。顔を洗って、きっと味がしないだろう朝ご飯を食べたら出発しよう。

 日が落ちるまでどこまで行けるか、試すくらいに走らせれば、今日こそきっと、別の夢が見れるに違いない。















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