ハルヒと親父 @ wiki

涼宮家の一族(後編)

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haruhioyaji

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4:

 「清が、向こうに到着したようです」
「それを黙って見ていたのか? 間抜けめ」
「高校生が、うろうろと護衛のようなことをしているらしくて。人目につき、手が出しにくい、と」
「逆だ。誰でもいい。そいつらに傷でも負わせてみろ。清はあわてて、そこを出て行くぞ。あとは言わなくてもわかるだろ!」
「わかりました。早速、指示を」


 「あのね、清さん、聞きたいことがあるの」
「私もハルヒさんにお願いがあって、こうして来ました。当主の葬儀を人任せにするなど、あってはならないことなのですが」
「それも聞きたいことのひとつなの。私にお願いって、葬式よりも大切なことなのね」
「ええ。涼宮家にとって火急の事です」
「わたしは、家とか、あまりよくわからないわ。親父が、清さんやおじさんを捨てて、迷惑をかけたとは思ってるけど」
「いいえ、迷惑だななんて……」


 「長門、どうだ?」
 「こちらを観察中の人間は全部で6人。2人づつ交替している」
「ただ見ている分には構わないけどな。なんか嫌な感じがするんだ、こう背中あたりが」
「思ったより人数をかけていますね。しかも組織だった行動をとるとなると、素人に毛が生えた連中よりは、厄介かもしれません。……失礼、電話です。はい、では彼と話してください。車の準備が整ったとのことです。電話の相手は新川さんです、あなたとお話したいと」
「俺と? ……もしもし。ええ、俺です。今の状況は……と、いったところですが」
「少々、意見を述べてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。教えてください」
「私が彼らの立場ならば、まずあなた方から1〜2名、そうですな、一番か弱そうな方に怪我を負わせるか、できれば人質とします」
「どういうことですか?」
「そうすれば、匿われている立場の方は、出て行かざるを得ない。相手方からすれば、襲撃のタイミングを、都合よく作り出せるということになりますな」
「俺たちが集まっているのはまずいですか?」
「家の中におられる限りは大丈夫でしょう。ただ少人数で買い出しなどに出られますと、格好の標的となります。……ご依頼の車の準備はできています。数分で到着できるところに待機中ですので、いつでも声をかけてください」
「わかりました。ありがとうございます。……朝比奈さん、古泉、長門、今の話だけどな……」


 「ハルヒさん。涼宮の家は古い家です。外から見れば理解しがたいしきたりや遺風がたくさんあります。あなたのお父様が跡取りに決まり、私はお父様の許嫁となりました。誰が家を継ぐのか決めるのに、涼宮の家では、兄弟同士が真剣で立ち会います。本当の刀で戦って、勝った方が家を継ぐ」
「ちょっと、それって!」
「兄と弟、剣の腕は互角でした。ただお兄さんの方は、弟さんの気持ちをご存知でした。勝負は一瞬でつきました。お兄さんは弟さんの刀を左腕に受け、勝負は弟さんの勝ちとなりました。その瞬間から、弟さん、あなたのお父様は、涼宮の家を出る事を決められたのだと思います」
「どうして?」
「剣を交わすうちに、互いの心の内を知ることがあると聞きます。お兄さんが刀をその身に受けるのを見て、手に腕に感じて、その心を知ってしまわれたのでしょう。兄は自分があの女を愛していることを知っている、兄は自分に家と許嫁を譲るつもりなのだと。譲られた者は、譲った相手を憎むより、譲られた自分を惨めに許しがたく思うことがあるのです」
「……あたしだったら!」
「ハルヒさん……」
「あたしだったら、そもそもそんなバカな勝負なんてさせないわ。……ごめん、清さん。あなたを責めてるんじゃないの。でも……」
「あなたは私の思っていたとおりの方です、ハルヒさん」
「清さん……」
「私は、そう思うのが遅すぎました。あの人と夫婦になって、毎晩、あの人の無くなった左腕を撫でて……幻肢痛といって失われた手足が痛みを感じることがあるんです……その度にあなたが今おっしゃったことを繰り返し思いました。あの人の無くした腕になって、涼宮の家が、そんなバカなことをしなくて済む家にしようと。それで随分、当主も私も、親類の方々にはつらく当たってきました。少なくない人が私たちを恨んでいると思います。あの人も疲れて志半ばで亡くなりました。私もそう長くはないと思います。でも、私たちがやってきたことを、ここで終わらせたくないの!」
「清さん……」
「ごめんなさい。高ぶってしまって。続きは明日にしても構いませんか」
「ええ、もちろん。今、布団を用意するわ。……キョン!」
「……ああ。なんだ、ハルヒ?」
「清さん、疲れたみたい、寝る準備を」
「ああ、それなら今、朝比奈さんたちが、畳の部屋に布団を用意してくれてる。ハルヒもそっちで寝るか」
「……ううん。あたしは別の部屋にするわ。みくるちゃんと有希に付いててもらえないかな」
「大丈夫だろう。……すみません、清さん。ちょっとハルヒと打ち合わせしたいことがあって」
「ええ、構いません。私、今日は少し喋りすぎたみたいですし」
「和室に寝具を用意してます。ご迷惑でなければ、友人と一緒でかまいませんか。その、用心のために」
「ええ。先ほどのお嬢さん方ですね。私の方は一向に構いません。……じゃあ、ハルヒさん、今日はありがとうございました。おやすみなさい。キョンさんも」
「はい、おやすみなさい」


 「何の話だったんだ?」
「親父とおじさんとあの清さんと、それから涼宮って家の話。結論というか、本題まで行かなかったみたいだけどね」
「最後は随分大きな声になってたな」
「そうね。わかるけど、わからないわ。キョン、あんた、『家を守る』とか、そういうの、わかる?」
「うちは平凡なサラリーマン世帯だからな。守るような『家』とか想像つかん。俺たちの間でわかりそうなのは、鶴屋さんくらいか?」
「そうかもね。……もうひとつ、わからないのは、何故その話を聞くのがあたしかってことよ」
「おまえが『涼宮』だからだろ」
「なんか名字で呼ばれるの、ひさしぶりね」
「そ、そうだな」
「……」
「ハルヒ?」
「やっぱり、そっちがしっくり来るわね。……清さんは自分が狙われてるんだってこと、知ってたわ。しかも、旦那さんのお葬式放り出して、あたしのところへ来たのよ。『涼宮家の大事』だって。つまり……」
「やっぱりそういう結論か。で、おまえの気持ちはどうなんだ、ハルヒ?」
「え?」
「俺たちも向こうでな、似たような事を考えてたんだ。それと、この家、見張られて囲まれてる。俺たちの誰かが不用意に買い出しにでも出たら、そいつをつかまえて清さんを出せ、みたいなことは考えてるんだろう」
「むかつく奴らね」
「でだ、先手を打てないか、と思ってな。打ち合わせにきた」
「なんだ、本当に『打ち合わせ』なの?」
「何を期待してるんだ?」
「そこまで言わせる気?」
「いやなことを済ませてからにしようぜ」
「そのセリフ、夏休みのあんたに聞かせてやりたいわね」
「おれもそう思った」
「で、作戦は?」
「こっちが出てくるのを待ってるんなら、出て行ってやろうと思う。ただし新川さん運転の装甲ベンツでだ」
「全員乗れるの?」
「残念ながら。陽動の意味もあるから二手に分かれる。で、チーム分けをしたいんだが」
「案は? 考えてあるんでしょ?」
「1号車:清さん、ハルヒ、俺、運転手:新川さん。2号車:朝比奈さん、長門、小泉、運転手:森さん、だ」
「2号車は大丈夫なの?」
「ああ、そっちは問題ない」
「行き先は、涼宮家よね」
「当然」
「で、いつ出発するの?」
「準備でき次第。向こうでも古泉が説明してる」
「清さん、大丈夫かしら」
「しばらくは眠っていられるさ。新川さんによれば、県境あたりが強襲ポイントらしい。2台の車で前後をふさいで停車させて、ってベタな奴だ」
「あんたも1号車だけど、役に立つの?」
「さあな。だが幸い、俺たちは今日、寝だめできてる」
「あ、あんなこと、二度とやらないからね!」
「その言葉、忘れるなよ」


5:

 「通夜から雨かよ」
「遠方から来られる方は大変ね」
「針むしろに座る俺も大変だよ」
「お経を読まなくて良いのが救いね」
「救われないなあ、……痛て」
「喪主らしく、大人しくしておれ」
「住職、ぼけたか? それは木魚を叩くもんだ」
「目もアタマもしっかりしてるところを聞かせてやる。経文を読んでる間は、撃たれも刺されもせんわい」
「はいはい、ありがたいなあ」


 「おい、今通ったベンツ、2台ともあの家に止まったぞ」
「移動する気か? 2台だと分かれられたら厄介だな。交替中の連中を呼び戻すか?」
「どうせ行く先は実家だ。慌てることはない。『峠』に先回りしてろ、と連絡しとけ。俺たちはあれを追いかける」


 「メルセデス・ベンツ W221 S600 ロング。警視庁、大阪府警、京都府警に警護車として導入されている防弾車と同じもの、といいたいところですが、エンジンをM275からM275 AMGに換えてあります。同じV型12気筒 SOHC 36バルブ ツインターボチャージャーですが、排気量が5513ccから5980ccに増え、最大出力が517psから612psへと100ほど上がっております」
「ハルヒさん、この方たちは?」
「新川さんに、森さん。歳は離れてるけど、あたしの友達。信頼してくれていいわ」
「でも、みなさんも危険な目に」
「言ったでしょ、友達って。みんなそのことなら知ってるし、ちゃんと考えてあるわ」
「わかりました。後は私の気持ち次第ということですね。……行きましょう。あそこは私の家ですし、私の夫の葬儀です」
「それじゃ、行くわよ!」

 「最初は二手に分かれて、国道、高速と広い道を行くわ。1台こっちに付いて来てるけど、問題なし。新川さん、ゆっくり流してちょうだい」
「了解しました」
「相手が仕掛けてくるとしたら、車道が細くなる村への峠越えね。ここなら、前後で急ブレーキをかけて、車を止められるしね。見張りの交替で遅れた方は、ここに先回りしてると思うの」
 後部座席では、ハルヒが清さんに、細かい作戦を説明している。
 助手席は俺、運転席は無論、新川さんだ。1号車の俺と新川さんはインカムをつけて、2号車の古泉、森さん、長門とそれぞれ通話ができるようにしてある。ハルヒの側を離れるのはまずい気がしたし、今回のような事態でも一番頼りになるのは長門だから、こういうことになった。
「でね、この車のシートとヘッドレストにはむちうち防止の制動機能がついてるから、いざという時は身を預けるようにね、そうそう。衝撃は感じるでしょうけど、その姿勢だとどこも痛めないわ。ねえ、キョン」
「ああ、そのとおりだ」
 ちょっと原始的かつ直接的な手段で勝負を決しようという作戦だからな、中の人間を守る手段はやり過ぎってことはない。


 峠道では、黒い車がお約束どおり、前と後で急ブレーキを踏んだ。雨の道にタイヤが滑る。が、絶妙のタイミングでカウンターをあて、スピンをしのいで、俺たち2台の特殊武装ベンツは止まった。
 前の車から3人が降りてくる。後ろの車は動きが無い。長門の話だと敵6人のうち、前の方が4人、後ろは見張りについてた2人。運転手一人を残して、というところか。
「銃を使わないようですな。ドアをこじ開けるつもりですかな」
 と新川さん。ハルヒがそれを引き取って、清さんを安心させる。
「大丈夫。予定通りよ」
 ハルヒが新川さんにうなずき、俺はインカムで古泉、森さんに叫ぶ。
 「行ってくれ!」
 襲撃者が俺たちの車にたどり着く寸前に、後にいた2号車、そして俺たちが乗る前の1号車は、バックギアを入れアクセルを開け、後へ走った。
 強い力で後続の敵の車のフロントバンパーに2号車のリア・バンパーがぶつかる。
 1号車も、後ろに下がった2号車すれすれまでバックする。
 俺たちの前の空間が空く。そこに気を取り直した襲撃者たちが迫ってくる。
 元よりこんなことで「脱出」できるとは思っちゃいない。今のは助走距離を稼ぎたかったんだ。
「次、行くぞ!」
 1号車、2号車は、同時にギアを入れ、アクセルを踏み抜き、今度は前へと加速する。
 前から来ていた襲撃者は、暴走ベンツに轢かれぬよう脇へ飛び退く。
 1号車は、運転手だけの残した前の襲撃車を目指して、なおスピードをあげる。
 おれたちはシートとヘッドレストに身を預け、衝撃に耐える姿勢を取る。
 無論、車をぶつけるつもりだ。 
 前の襲撃車のバンパーにこちらのフロント部分がぶち当たり、アクセルはなおもべた踏み。前面を相手に押し付ける。
 後ろから来た2号車の力も関わり、1対2の戦いあるいは1.5トン対4トンと言おうか、それとも200馬力対合計1200馬力プラス宇宙パワーの対決とでも言おうか。
 長門に事前にしてもらった衝突シミュレーションのとおり、車同士の押し相撲は早々に決着がついた。
 重量と馬力に圧倒的に勝る俺たちの運動エネルギーが勝利をおさめた。
 前の襲撃者たちの車は、ガードレールを割って、崖の方へと押し出される。これで道が空いた。
 「あたしたちはこのまま行くわ。あと頼んだわよ」
 邪魔ものを押しのけた1号車は先へ走り出す。

 ハルヒと清さんが現場を離れれば、あとは長門の宇宙的パワーを使って事態収拾、というのが最初からの狙いだった。
 なので、こんな子供のケンカのような押し相撲作戦と相成った訳だ。
「彼らの、今回の襲撃に関する記憶を改ざんした。崖から落ちた車に涼宮清が乗っていた、という記憶を彼らは共有している」
 インカムから長門の声。小泉がそれに続く。
「意識を取り戻したら、ミッション完了と依頼主に連絡するでしょう。その後の処理は機関にまかせて下さい。ああ、依頼人が誰かは、判明し次第、連絡します」
 ああ。やり方は聞かないから、好きに処理してくれ。警察に任せてしまってもいいぞ。

 「清さん、大丈夫?」
 物理的には、対むちうち機構つきシートが衝撃を吸収しただろうが、いきなり敵とはいえ、車をぶつけて崖に落としたからな。精神的にはショックだろう。
「下に落とした車は、大丈夫みたいです。後に残った連中が助けました」
と俺は補足した。
「そうですか……。わたしは大丈夫です。空が、白くなってきましたね」
「少しお眠りになっては。この距離なら、告別式には十分間に合います」
と新川さんは落ち着いた声でそう告げる。
「そうですか。そうさせてもらいます」


 「お父さん、ご苦労様。今夜は寝ずの番?」
「母さんまでつきあう事ないぞ。田舎の葬式はそういうもんだ」
「一緒にいた方が、落ち着くわ。それとハルから電話です。子機を貸してもらってきたわ」
「おう、どうしたバカ娘?」
「襲撃者は撃退したわ。いま、清さんとそっちに向かってるの。朝には着けると思うわ」
「やれやれ。清を連れて立ち回りをやったのか。まあ無事なら言う事はないがな」
「言う事があるみたいな言い草ね」
「ああ。清にリクルートされなかったか?」
「何のこと?」
「俺が逃げた決断が、親の因果が子に報い、おまえのところに来てないか、と聞いてるんだ。ぶっちゃけ、おまえを当主にしたいんじゃないか、と思ってな」
「あたしを当主にしてどうすんのよ」
「このめちゃくちゃな家を、もっとめちゃくちゃにして風通しを良くしよう、ってことだろ、多分」
「それって、やっぱり……」
「悩むなら、忘れろ。無責任だが、好きに生きろってのが、うちの教育方針だ」
「それは教育方針じゃなくて、あんたの生き方でしょ!」
「親ってのは、自分ができたことを子にもしてもらいたいと思うし、自分ができなかったことを子にしてもらいとも思うらしいな。期待されたとおり全部できるなら、子は全知全能でないといかんようになる。ああ、電波の具合がわるいな。聞こえてるか?」
「聞こえてるわよ。もう、切るからね!」
「ああ、続きは顔を突き合わせてやろう。待ってるぞ」

「やれやれ。おせっかい焼きぐらいならかわいいもんだがな」
「ハルが何か?」
「そこらあたりまで来ちまってるとさ、清を連れて」
「さすが、ハルね」
「さて、おれも最後の仕上げにとりかかるか」
「その包み、お寺に預かってもらっていたもの?」
「見るか? 趣味じゃないかもしれんな。おれはまったく趣味じゃない。酔狂な寺が、骨にして、預かってくれてたんだ」
「お兄さんに、お返しするのね」
「ああ、棺桶に入れる。……どうだ、少しは格好がついたか?」


6:

 朝の8時頃、俺たちは涼宮の家に着いた。
 清さんの姿を見て、顔の色を変えていたのが「襲撃は成功した」と連絡を受けていた事件の首謀者たちだろう。その他の親戚たちも、何か言おうとしたが、貫禄勝ちというのか、清さんは一礼だけでそれを封じた。
 それから親父さんたちと目を合わし、互いに頭を下げて、親父さんは喪主の席を譲り、清さんも何も言わずそれに従った。

 告別式では日本刀を振り回す者も車で突っ込んでくる者もなく、式は静かに厳かに執り行われ、無事に終わった。
 お棺に喪主から始まり、参列者が銘々に花を入れる段になった。清さんは棺の中を見て顔を上げ、親父さんを探して、また頭を下げた。俺たちもお棺の中を見て、その訳を悟った。
 親父さんに切り落とされた左腕が何十年ぶりかで、元の持ち主のところに戻ってきていたのだ。

 数台のリムジンが用意されていて、霊柩車を先頭に、焼き場へと向かった。用意した車に空きができていて(どうも警察に呼ばれた親戚たちが乗る予定だったらしい)、どういう訳か俺までハルヒたちが乗った車に同乗させられた。
「詰めれば何とかなるでしょ。ならなきゃ、あんたの上に座ればいいわ」
 ちっとも良くないが、親父さん以外は、あとは細身の女性3人で、俺が乗れるだけのスペースができた。

 遺体が焼かれ、骨にかわるまでには2時間ほどの時間があり、清さん、親父さん、ハルヒの母さん、ハルヒと俺は、そろってその時間を待つことにした。
 清さんはゆっくりとした口調で話し出した。
「お世話になりました。みなさんにはなんとお礼を言ってよいか、わかりません。特にハルヒさんには、突然押し掛けてしまって。お話も途中でしたね」
「ええ。続きを聞きたいわ」
「それと申し訳ありません。あの人とあなたが当主を決めたいきさつを、ハルヒさんに話してしまいました」
「かまわんさ。今回の事が終わったら、俺から話さなきゃならんことだったしな。兄貴は俺とは正反対の人間だった。俺はいつも必ず逃げ道を考えておく。兄貴は自分に振るわれた刀からも逃げることを知らん。……俺は、逃げるのなら勝負から逃げるべきだった。刀を振り降ろしたなら、あの家から、おまえさんから逃げるべきじゃなかった」
「いいえ。そのことは、もう……」
「好きな女のために、腕一本捨てられるか、意に添わない人生をまるごと引き受けられるか。しかもその女は俺を選ぶかどうか、わからないのに、だ。俺に問われていたのは、そういうことなんだろう」
「ハルヒさんには、一蹴されました。わたしなら、そもそもそんなバカな勝負なんてさせない、と」
「俺が母さんに言われたセリフだな。まったく、あのこぎたない真っ黒に日焼けしたガキが、育てば育つもんだ。ガキの頃のお前は、俺そっくりだったんだぞ」
「げえ」
げえ、は止めとけよ、ハルヒ。
「いいえ、いまでもそっくりでいらっしゃいます」
「やめてよ、清さんまで」
「お父様にも、お母様にも、あなたはとてもよく似てらっしゃいます」
 ハルヒ以外の誰もが笑った。

 「ねえ、清さん」
 次に続いた沈黙を破ったのは、ハルヒだった。
「清さんは、わざわざあたしのところに来たのは、あたしに頼みたかったのは、あたしをここに連れて来たかったの?」
「ハルヒさん……」
「勘違いならごめん。思い上がりかもしれないけど……あたしなら、多分できるわ。この親父とこの母さんの娘だもの。どこかのめちゃくちゃな家を立て直すのも、つぶすのも、どっちでも。そしたら清さんが苦しんだような悲しいことは、もう二度とさせない」
「ええ。そうお願いしたかったんです。……でも、あなたはそれ以上のことをしてくださいました」
「清さん?」
「最後に、私はあの人にできる精一杯の事ができたんですもの」
 清さんは静かに笑っていた。そして一礼で親戚たちを黙らせたのとは違う空気を纏っていた。
「何かを引き受けるだけが人生じゃありません。あなたもお父様に似て、少し真面目過ぎます。ハルヒさん……私の人生、苦しみや悲しみばかりじゃないのですよ。ハルヒさんや皆さんとお会いできて、本当に楽しかった。あなたのお父様にお会いしたときもそう。私は、悲しかったことや、楽しかったこと、もっといろんなこと、そういうものみんなでできてるんです」
 そう言って、小さな女性は立ち上がり、父と娘の方に向き直った。
「私、涼宮の家に入って幸せでした。あの人には本当に大切にしてもらったし、いっしょに戦いもしたし、勝つことも負けることも味わいました。いろんなものをくれた家だから、私、守りたいと思ったんです」
 清さんは、少し身をかがめ、ハルヒの顔をのぞき込んで言った。
「お父様が言っておられましたよ。ハルヒさんは、何かを守るときが一番強いんだ、と。あなたは、あなたの大切なものを守ってください。それが清のお願いです」

 係の人から知らせがあり、来ていた人たちで骨上げをやった。
 清さんは、長い竹の箸で、しみるように白い腕の骨を取り上げて、静かに骨壺のなかにしまっていた。 


 火葬場の駐車場へのゆるやかな坂道を、遺骨を抱いた清さんと、それに寄り添うように並んだハルヒが、母と娘のように歩いて行く。
「ねえ、清さん。今度、こっちに遊びに来ていい?」
「もちろんですとも。ぜひ、皆さんでいらしてください。皆さん恩人です。それにこの歳で、いっぺんに友人が増えました」
「そうね」
「あと、ハルヒさん」
「うん、なに清さん?」
「キョンさんって素敵な方ですね。赤ちゃんができたら、ぜひ教えてくださいね」
「ふぇ?」
「そのときは、今度こそ《お願い》にうかがいます」














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