ハルヒと親父 @ wiki

水いらず火炎瓶

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haruhioyaji

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 「キョン、今日は帰りにうちへ寄りなさい」
「ああ、言われなくても送っていくが。 って、今日、誰もいないんじゃなかったか?」
「親の事を言ってるなら、第12回目の『新婚旅行』中よ。行き先は聞いてないけど」
「なんだ、その12回目っていうのは?」
「知らないわ。夫婦水いらずの旅行をそう呼ぶみたいね」
「それはいいが、誰もいないのに行っていいのか?」
「何をいまさら」
「いまさらだが……何か、あったのか?」
「親父たちが出発する前の日に、猫の死体が玄関前に投げ込まれてね。親父が処理してくれたけど」
「なんだ、そりゃ」
「ご近所にも、何件かそういう目にあった家があるみたいでね。警察も巡回を増やしてくれてるみたいだけど」
「そういうことは、もっと先に言え。一人で抱えるな、っていつも言ってるだろ」
「あ、うん。ありがと」
「いっそ、お前がうちに来るか?」
「それも考えたんだけどね。水いらずも悪くないかな、と思って」
「え?」
「その、あんた、と」
「……なあ、ハルヒ。抱きしめていいか?」
「自重しなさい。うちなら、延長料金はいらないわ」
「あ、あのな」
「冗談よ。けどお小遣いから出すと『ご休憩』でもバカにならないしね」
「お互いの家だと、やっぱり気兼ねするしな」
「で、来るの?来ないの?」
「行くさ。夕飯は?」
「今日のメインは若鶏の香草焼きね。えびとアボガドのサラダもつけるわ」

 夕食と風呂と事を済ませ、二度目の風呂からあがって「ハルヒ」をおかわりしようとした時だった。え、何をだって?中学生だって読んでるんだぞ、各自で察しろ。

 何かがぶつかり割れる音がして、ハルヒの部屋の窓ガラスが燃えるように光った。
「ハルヒ、窓から離れてろ。あと服は着とけ」
「あまり無茶しないでよ。あんた、あんまり強くないんだから」
「モチベーションを下げるようなことを言うなよ」
「何よ。命あってのものだねでしょ!」

 窓の光はしばらく続き、やがて燃え尽きるように弱まった。油か何かか? 瓶か何かに入れられ、火をつけられ、投げられたって訳か。モトロフ・カクテル、通称「火炎瓶」って奴だ。ハルヒの家の窓ガラスが頑丈で助かった。突破されてたら、部屋の中に焼夷弾が落とされたみたいになっていただろう。
 部屋の照明をつけたり、窓を開けて外を覗くような愚行は避けた。相手が火炎瓶をまだ持っていたら絶好の標的になる。俺はできるだけ静かに部屋を出て、隣の部屋に滑りこみ、ハルヒから渡された小さな手鏡越しに外を見た。誰もいない。少なくとも見える範囲には。問題は、さっきの一発で逃げ去ったか、あるいはさっきのに乗じて、さらに近づいているかだが。俺は携帯から警察に電話を入れた。
「@@町123−2の涼宮です。火のついた何かが投げ込まれました。犯人はまだいるかもしれません」

 電話を切ると、ハルヒが部屋に入ってきて、何かを投げてよこした。
「あんたこそ何か着ないと風邪引くわよ」
「風邪じゃなさそうだが、背筋になーんか嫌なものが走るんだが」
嫌な予感が走りきるより早く、窓のすぐそばで、さっきと同じ破裂音と閃光が起こった。
俺は服とハルヒをひっつかみ、窓から離れた。

 光が無いと俺たちは何も見えないが、相手からは人が発する熱線なんかで、俺たちの位置や動きが丸見えなんだろう。ハルヒには、言えないな。俺も気付くんじゃなかった。ああ、いまいましい。
「なあ、ハルヒ。バカップルってのは、人に焼かれたりするほど妬まれるものなのか?」
「あんた、バカップルって自覚あったんだ?」
「くそ、わるいか。おまえはどうなんだよ?」
「あるわよ、わるい?」
「わるくない」
まったくもって悪くないぞ。悪いのは外の火炎瓶野郎だ。

 主(あるじ)に似て、無駄にハイ・スペックなのか、この家は火炎瓶ぐらいにはびくともしないらしいが、蒸し焼きにされる感じがして気分が悪い。警察が来るまで15〜20分として、何か人の道に反しない範囲で、あいつを反撃する方法は無いだろうか。
「ねえ、キョン、火炎瓶ってどうやって作るか知ってる?」
ハルヒが思いついたのは、実にこいつらしい「目には目を」のハンムラビ式らしい。
「だいたいの事なら百科事典に載ってるぞ。だがやめとけ」
火炎瓶なんて所持してるだけで犯罪だぞ。
「どうしてよ? やられっぱなしで悔しくない訳?」
「そんなものより、もっとあっちにダメージを与える手を思いついた」
「どういう・・・んっ」
いつもより強引に抱きよせて唇を奪う。ハルヒの腕が、それに応えるように、いつもより激しく俺の体に絡みつく。

 予想どおり窓の外で激しい破裂音と閃光が起こった。やつには確実に俺たちが見えている。向こうが見えるのなら、見せつけてやるまでだ。
 いくつ火炎瓶を持ってるのか知らないが、全部投げつけても、俺たちが事をやめるまで、この場を離れられないだろう。問題は助けが来るまでに、俺の体力が持つかだが。

 階下で電話のベルが鳴る。こんな真夜中に、このタイミングだ。十中八九、外に入る火炎瓶野郎だろう。言ってやりたいことは山ほどあるが、本気を出したハルヒの吸引力に勝てるものなどあるものか。
「電話、なってるわね……」
ハルヒの奴も出るつもりは無いらしい。これが親父さんやハルヒの母さんからの電話でないことを、ほんの少し祈るぞ。
「今、誰とも話したくないし、話させたくない。キス3回で手を打たないか?」
「場所にもよるわね」
ああ、鳴り響け、バカ電話。閃光が止んだところを見ると、火炎瓶は打ち止めか、取引材料に使える程度の数しか残ってないんだろう。
「っん! いきなり、そこ? キョン、あんた、がっつきすぎよ」
「わるいな。もう自分の意思じゃ止まらん」
「その言葉、後悔させたげる」
………
……

 天井を仰いで体を投げ出すと、窓の外は明るくなっていた。

 途中、どんどんと玄関ドアを叩く音と、「涼宮さん!」と繰り返し呼ぶ声がした気がしたんだが、いずれにしろ事の最中で、どちらの意思でも止められない状態だった(止める意思も無かったが)。

 「おいおい、母さん、我が家じゃ昨晩、戦争でもあったみたいだぞ」
 ものすごく聞き覚えのある声がした。
 あわてて飛び起きようとしたが、眠って脱力した人間というのは(あくまで人間一般の話だぞ)、何て重いんだろう。
 それとも、体中に残るこの感触から立ち去ることを体が拒否しているのか。
 俺はなんとかして、腕枕に頭を預けながらも手足を駆使してコアラのように抱きついているハルヒを引きはがそうとした。おい、ハルヒ、起きろ。朝だ。それと親父さんたちが……。

 相手はここの主(あるじ)とその妻だ。つまりこの家の鍵を持っていた。二人の足跡が階段を登ってくる。

 「やれやれ。案の定、ハルキョンだ。なあ、お前らの趣味嗜好は理解できないまでも、否定するつもりもない。だが、こりゃちょっと大げさすぎるぞ」

最初にいたハルヒの部屋はとなりである。いまいる部屋は涼宮夫妻の寝室で。

「お、おはようございます。あー、ちょっと事件というか襲撃があって……」
「らしいな。玄関の前でへたり込みながら自分を燃やそうとした火炎瓶女は、すんでのところで駆け付けた警官に取り押さえられたそうだ。が、問題はその後だ。通報してくれた涼宮家の人間にそのことを報告しようと、随分粘ったらしいが、どうしても中から返事が無い。いや返事はないんだが、明け方まで人ならぬ人の声がなあ……」
やれやれと声に出さずに表情だけでいう親父さん。
「それにしてもキョン君も隅に置けないわ。どこであんなきれいな人と?」
と屈託無く、おそろしいことを言うハルヒの母さん。
「は?」 火炎瓶……おんな?
「キョン、どういうこと?」
いつのまにか目を覚ましたハルヒの腕は、俺の胴体から首筋へと上がってきた。絞まる、しまるぞ、ハルヒ。
 すべてを動きを親父さんの咳払いが中断させた。
「ごほん。……とりあえず、二人とも服を着て来い」

「ほんとに覚えが無いの?」
「ない」
「フラクラってのはな、親切の閾値がひとより高いんだ。相手が「親切」でやってくれたと思うことも、当人にとっては「アタリマエ」の行為って訳だ。相手が感謝したり好意をもったりしても、当人はそれが何故かてんでわからない。そうやって日夜誤解を振りまいてるって訳だ。罪づくりとはこのことだな、キョン」
親父さんがフォローにならないフォローを入れてくれる。うう、背負わされた薪に火をつけられたみたいだ。だが、パンツを引き上げる暇も無く猟銃で追いかけられるよりは、ずっとマシなんだろう、多分。

「娘と恋人のあらわな姿を見せられて、俺こそショックだ。はずかしくて娘の目をまっすぐ見られん」
「エロ親父は退場!」
「おいおい、ハルヒ」 今回の場合、どうしたって俺たちの方が悪いだろう。
「あんたは親切禁止! あんたのその、ところ構わず手当たり次第の親切がね、世界中の女を不幸にしてんのよ!!」
いや、それは親父さん説に寄りかかり過ぎた、ものすごい誇張だろう。俺は荷物を持ったおばあさん相手にだって3回に1回くらいしか席を譲った覚えが・・・
「……ほんとに怖かったんだからね」
す、すまん。
「その怖さを忘れるくらいだったくせになあ」
「退場って言ったでしょ、バカ親父!」

 膨れ上がりすぎた話の結末は、えてして平凡すぎるもので、火炎瓶のお嬢さんは、蓋を開ければ、古泉のストーカーだった。ああ、あれくらいの面相の方がストーカーは良く似あう。あんまり当たり前過ぎて想像もしなかった。

 どこで見染めたのか、大方週末の不思議探索らしいことは想像がつくが(でないと古泉とハルヒのツーショットを目撃する機会がない)、火炎嬢は、機関で一応の訓練を受けた古泉にはさっさと撒かれてしまったが、唯我独尊と我が道をいくハルヒの方は、誰かにつけられているとは想像だにせず、気付いたとしても鼻にも引っ掛けず、かくなる事態となった訳だ。
 いずれにせよ、機関からすれば、古泉の大失策であり、大層なペナルティやら小言やらをくらったらしいことは、その似あわぬ焦燥ぶりとやつれ具合から、推して知るべし、というところだろうか。

「まったく、なんとお詫びすればよいか、言葉もありません」
 古泉はこれ以上すると頭が埋まるんじゃないかというぐらいに頭を下げた。
「その時の事態収拾も含めて、今回の件はまったくあなたに足を向けて眠れませんよ」
 たしかに、「ものすごく怖かった」といってたからな。さぞかし大規模な閉鎖空間が出現したんだろう。
「ええ。しかし、それもあなたの機転ですぐ収束しました」
 あれを機転と呼んでくれるのは、古泉、お前くらいだろうよ。未来のお義母さんにまで
「キョン君、エッチね」
と言われた傷さえ癒えれば、俺の方は誰とも何の貸し借りも無い。ああ、わるいが未来の花嫁の父は別会計だ。


 「キョン、ほとんど寝てないけど、それを言い訳にするあたしじゃないわ。今日も2割増に腕にふるってお弁当を作ったわよ」
 わざわざ、そう宣言するんだ、俺の役割分担でも発表してくれるんじゃないかと思って、待っていたのさ。ああ、悲しいくらい習い性だな。
「というわけで、キョン、給仕はあんたがしなさい」
 給仕?弁当の?ホワイ?そしてホワット?
「底抜けのマヌケぶりね。お弁当の給仕と言えば決まってるでしょ!」
 ああ、これを読んでいる奴のほとんどが想像してるんだろうな。そのとおりだよ。だがこの際、はっきり言葉にしておくぞ。
「つまり、『あーん』をやれってことだな」
言って後悔、言われて後悔。こういうのを言葉で刺し違いというんだろうか。

 昼休み。場所は秘密だ。
 おれはハルヒにさしだした箸を、子供が見たら海洋生物に食べられる悪夢でも見そうなくらい、大きく開いて待ち構える口の前で、止めた。
「あによ?」 
 せめて口を閉じてしゃべれ、ハルヒ。
「確か世界中に対して全面的に禁止されてたよな、親切を」
「これのどこが親切なのよ?」
 ほほう、当然の権利だとでもいうのか。こういうささやかなやりとりを、「アタリマエ」に空気みたいに扱ってきたどれほどの多くのカップルが、過ちに気付いた時にはすでに遅く、その後涙にくれたことか、毎年生まれては着えていく数多のラブ・バラードが教えているくれてるぞ。
「これはね、特権よ。100億クローネつまれたって譲る気は無いわ」
 とっさに換算できんが、すごい金額だな、きっと。
「一応聞いとくが、なんの特権だ?」
「それはその、ごにょごにょ……」
 言い淀んでかき消えるハルヒの言葉を聞くなんて、それこそ特権かもしれないな。もちろんどれだけ積まれても、誰にだって譲る気はないね。






















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