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涼宮親父の修業時代

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haruhioyaji

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 ああ、親とケンカはいつものことだったが、いい頃合だし、18で勘当ってことになってな。
 ドイツの大学は学費がいらねえ、ってのを誰かに聞いてたんだ。かなり後になってからフランスもそうだったと知ったんだが、大失敗だったな。食うものにはこだわらない方だが、フランスのめしの方がうまいくらいは俺にも分かる。

 そう、ドイツ語どころか、英語も怪しいもんだ。知ってたのはハロー、プリーズ、サンキューだけだ。金があるうちは、パック旅行の旅行者と一緒で、その程度でもなんとかなるが、金がなくなるとな。ホワットとハウを知って、飛躍的に語彙が増えた。「今、なんて言った?」「そりゃ、なんだ?」「どんな風に(どこで、だれに、どんな場合に)使うんだ?」としつこく聞くんだ。ヘボンって医者は、それだけで最初の和英辞典を作ったらしいが。

 ドイツ語はもうちょっとましで、大学に付属してる留学生向けの語学コースがあるんだ。そこで教科書とか先生がいる。
 とりあえず、飯をすませて下宿に戻ったら、教科書を毎日30回、あたまからしっぽまで大声で読むわけだ。シュリーマン・メソッドだ。トロイヤ遺跡を掘り当てた奴がいたろ。このやり方で7カ国語できたそうだ。まあ、最初はたどたどしくやってるから、時間もものすごくかかって、おわると空が明るくなりかけてたりする。だんだんとうまく読めるようになると、1時間くらいで終わるようになる。なんかハンター協会の会長みたいな話だな。まあ、その頃は、教科書の全文を暗唱できるようになってるんだが。
 大学に入ってからもそんな感じだったな。学費は無料で、奨学金まで出る。返さなくていい奴だ。贅沢はできんが、飢え死にすることもない。奨学金が入ったら、食堂へ行って、次の奨学金までの日数分の食券を買う。これで食うには困らんわけで、残った金の使い方を考える。デートなら1回、映画なら3回とかな。金はないから女に縁はなかったな。

 大学出ても何をしたらいいか分からなかったんで、通貨の高い国でバイトして、通貨の安い国で暮らす、金がなくなったその国でバイトして、もっと通貨の安い国へ移る。というのを繰り返してたら、アフリカの真ん中辺りの国に居てな、酒場で怒鳴りあいのケンカしてたら、後から声をかけてきたおっさんがいた。
 おまえ、日本人か、という訳だ。
 そのおっさんは、日本の銀行から世界銀行に出向して、それから世界銀行が金を貸してる世界中の小国に現場派遣された一人だ。一応、その国の中央銀行総裁だ。
 といっても、その国には銀行なんてそれっきりひとつだけだし、その銀行で帳簿のつけ方を知ってるのは、総裁のおっさん一人だ。
 ヨーロッパから来てたスタッフとかいう連中はバカンスだと思って銀行にちっとも来やがらないし、現地採用した連中は内戦時代に育ったやつらで、やる気はあるが誰も学校へ行ったことがなくて、字はおろか数字も書けない
 銀行らしいものといったら、3度焼けた火事でも残ってたバカでかくてからっぽの金庫と、総裁のおっさんが新人時代から使ってる自前のそろばんだけ、といった具合だ。
 総裁のおっさんは、俺が酒場でケンカしてたんで、最初通訳に雇おうと思ったらしい。おっさんは英語とフランス語ができるが、これだと国の偉いさん、要するにヨーロッパに留学した連中だな、それとヨーロッパから来ているバカンス気分のお雇い外人としか話ができない。
 俺も言葉はいい加減だったが、アフリカに入ってからしばらくするうちに、ケンカはスワヒリ語でやれることがわかった。
 アフリカの連中はだいたい4つの言葉を使いこなして話ができる。出身の部族の言葉、アフリカでの商用共通語のスワヒリ語、宗教関係でアラビア語、それに白人や留学階層に媚をうるのにつかう英語やフランス語だ。気の置けない間柄では部族の言葉ではなす。アフリカ人だがよそ者とはスワヒリ語で商売からケンカだな。

 で、毎日、銀行に付いて行った。銀行の仕事なんざ何も分からなかったが、しばらく眺めていると、俺のやることがはっきりした。
 まず出勤簿をつくって、毎日やって来ている現地の連中に記入させた。これで連中の名前が分かった。まあ、何て読むんだとしつこく聞いたんだが。それで、1ヶ月経ってもやってこないヨーロッパ人が遊んでるところを一軒一軒借金取りみたいにまわって「おまえは首だ」と通告した。
 世界銀行には、先に総裁のおっさんから手紙と出勤簿の写しを送っておいたから、連中、泡食ったな。そいつらの給料が浮いた分で、日本からそろばんを送らせた。そろばんが着くまでは、地面に溝を書いて、そこに石ころ並べてな、ソロバンごっこだ。ついでにいうと、数字の書き方も、地面の黒板で教えた。紙やほんとの黒板でやるより、みんなやる気を出したな。まあ、だから銀行のミーティングは、その後も、野外でお互い土に何か書きながらやることにしたんだ。
 それから仕事の最後に、総裁のおっさんが一日中何か書きこんでる帳簿を、日がわりで順番に読み上げさせることにした。これでようやく、総裁のおっさんが毎日、赤くなったり青くなったりしてる理由を、連中も理解したって訳だ。

 この辺りまでは、俺には給料なんてなくて、総裁のおっさん宅に寝とまりして飯を食わせてもらって、という感じで、まあ昔で言うと食客だな。日本がソロバンが届いたんで、おっさんに退職金がわりの路銀を出させて、おさらばしようとしたら、今世界銀行から正式に辞令が出た、おまえに給料が出せるようになったから、もっといろ、と言うんだ。これが、まともな職についた最初だな。
 まあ、総裁のおっさんもずっと孤立無縁だったのが、行員が数字の扱いになれてきて、行員っぽくなったんで、やる気がでてきたんだろ。元々やる気はある連中なんだ。ところがこれまで来た外国人が自分の邪魔になるからと、何も教えなかったんだ。そのくせ現地人行員をバカにしてたしな。最初にお雇い外人をクビにしたんで人気が出たんだ。

 給料は出るようになったが、俺には土の上のソロバン塾ぐらいしか仕事がない。それもちょっとどうかとおもったんで、総裁のおっさんに「あんたが一番困ってることはなんだ?」と聞いたんだ。
「一番目と二番目は、君がもう解決した」
「そりゃなんだ?」
「顔も出さない外国人行員と、やる気のない現地人行員だ」
「なるほど。三番目を教えてくれ」
「こればかりはどうにもならない」
「ああ、そういうのが、俺は好きなんだ」
「インフレだ。物価が週ごとに倍になる。中央銀行の第一の仕事は物価の安定だ。君はここを銀行にしてくれたが、私は自分のやるべきことができてない。できる見こみもない」
「あんたは、クソがつくほど真面目なんだな。だが、それはあんたの仕事の領分を越えてるぞ。金を増やしたり減らしたり、いくらいじったってダメだ。この国の連中は腹をすかせてる。なのにモノがない。そりゃ物価はあがり放題にあがる。あがると分かってればモノをもってる連中は溜めこむからますますモノが足りなくなる。内戦時代よりひどいらしいじゃないか。理由は簡単だ、国境を越えて入ってくる密輸品や国境付近で立っていた闇市を、盛大に取り締まってるからだ」
「それは知ってる。大統領が一番力を入れている仕事だ。他の大臣は、外国人ぞろいの顧問団に取り囲まれて思考停止しているが、大統領だけは自分の判断が出きるし、実行もできる」
「あんたはバンカー(銀行家)だ。今みたいな話を、大統領にすればいい。金の話だ、あんたは専門家だ。それに、あんたらは真面目人間同士だ。きっと気が合うだろう」
「密輸を奨励しろ、というのか。中央銀行の総裁が?」
「だからクソ真面目だっていうんだ。ものは言い様だぞ。国境沿いに『公設市場』をつくれ、でいいじゃないか」
「公設市場といっても何もないし、何かつくる金もないぞ」
「そんなのは商売やりたい奴らがなんとかするさ。俺たちはただ募集して名目だけの許可書でも出せばいい。それも見境になしに制限なしにだ。真面目な国境警備隊にはこう言ってやれ。これからは、おまえらが守るのは国境じゃない、国民の胃袋だ、と」

 結局、おれは総裁にくっついて大統領府に行き、今みたいな話を大統領にしてやった。こいつは若いが頭はよさそうだし、なによりやる気があった。
「あなたの話は総裁から聞いている。あそこを銀行にしてくれた功労者だ」
「この国の連中は腹がすいているが、やる気がある。邪魔してたものを追い出したり、取り除いたりしただけだ」
「日本人は世界一勤勉だと聞いている。日本人の君から、そう言ってもらえてうれしいよ」
「俺は経済に詳しくないが、総裁は詳しすぎるそうだ。俺みたいな奴から話したほうが、話がシンプルになるかもしれない。おれたちの計画を話していいか」
「もちろん。ぜひ聞かせてくれ」
「物価がバカみたいに上がりつづけてる。こいつをなんとかしたい。物価が上がり続けると、後で売ったほうが得だろうと思って、モノを持ってる連中はますます売らない。だからモノ不足が続く。これをなんとかしたい」
「君の言う通りだ。そのために総裁も奔走してくれている」
「問題は金よりもモノだ。あんたの兵隊、とくに国境警備についている連中に協力してもらいたい」
「おいおい、強盗や盗賊の真似はお断りだぞ」
「その逆だ。国境で市場を開く。盗賊や強盗から守られた、安全な市場だ」
「その市場には、どこから品物が入ってくるのだろうか? 君も知っての通り、国際収支を改善するために、この国は貿易を止められている。それも、総裁を派遣してくれている世界銀行からだぞ」
「物資がどこから来ようと俺には興味がない。大統領、あんたにだって興味がないだろう。俺たちが関心を持つべきなのは、この国の連中の胃袋だ」
「密輸に目をつぶれ、ということかね?」
「繰り返し言うが、物資がどこから来るか、国の外からなのか、内からなのか、おれたちには興味がない。この国にも人々が欲しがるものを持っている連中はいる。たとえば溜めこんでるやつらだ。そういう市場ができるとなれば、もう物価は上がらない。それで損するやつらにも、物資を吐き出す機会は与えるべきだ。買う奴らだって、それが誰からの物資なのか、興味はないだろう」
「私の軍隊に何をさせたいのかね?」
「国を守ることだ、ただし国境という国の皮じゃなく、市場という国の胃袋を守ってくれ。働く場所は変わらない」
「このペテン師め!」
大統領は大声で笑いしやがった。
「私は留学して経済学を学んだ。そして何故私が生まれた国が貧しいかを研究した」
「その答えなら知っている。この国がヨーロッパやアメリカじゃないからだ」
「そのとおり。付け加えるなら日本でもない。君は本当に総裁と同じ日本人かね?」
「正直、自信はない。俺は日本から逃げ出してきた人間だ。この国に来たのはたまたまだ。日本には、このおっさんみたいなクソ真面目な連中は割といる。だが、この国に来たのはこのおっさん一人だ。後の奴らは、みんな断った。だから、俺を信じなくていい、このおっさんを信じろ。そしてあんたの国の腹をすかせてる真面目な奴らを信じろ」
「私は国王の息子として生まれて教育を受けた。革命が2度起こって、現在の地位についたが、いまでも、周りのもののうち誰が嘘をついていて、誰が本当のことを言っているか、はわかるつもりだ。君はとんでもないことを語っているが、嘘を言ってもいないし狂ってもいない。君の好きな通りやってくれ。私は邪魔しない」
「どっちがペテン師だ。だが、あんたとなら組めそうだな」
「まだ何かあるのか?」
「あるとも。いま日本から、廃車になったオンボロバスと修理工具一式を送らせてる。中央銀行前から国境の公設市場へは歩けば3日かかる。そこにバスを走らせる。大儲けだ。そしたらまたバスを買って、修理工具を買って、志願者に運転と修理を教えて、この国に公共交通ってのをつくってやる。完成したら、俺を国境までそのバスで送ってくれ。ここは悪いところじゃないが、長いこと居過ぎた」
「まるで西部劇だな。かっこ良すぎるぞ」
「うまくいけば、の話だ。こっちは命がけだぞ」
「私もだ。ひとつだけ聞こう。なぜ中央銀行の前から出発する? 大統領府からにしない?」
「最初の質問の答えは、そのバスは俺が運転するからだ。後ろの質問への答えはこうだ。あんたのところには、虫のすかないねたみっぽい外人顧問団がいっぱいだ。そんなところから走らせたら、おれはそいつら全員を国境まで運んで置き去りにするぞ」


 それからか?
 大統領黙認の国境闇市はうまく言った。最初は行きは買い手でいっぱい、帰りは品物と買い手でいっぱいだったが、そのうちバスに乗って売りに行く連中も出てきた。そのうちバス代をけちって中央銀行前で市が立った。金が国の中で周り始めたのを、目の当たりにした中央銀行総裁なんて、あのおっさんだけだろう。
 おっさんは任期が済んで世界銀行へ帰るとき、おれにヨーロッパの銀行を紹介してくれた。肩書きが笑わせる、エコノミストだとよ。
 大統領からは、経済大臣と中銀総裁を兼任しろというオファーがあったが、そんなものは自分とこの人間にやらせるもんだ、と断った。実際、土の上でそろばんを練習した若い奴らがその席に付いて立派にやってたさ。しょうがないから勲章やら推薦状やらじゃまにならないものを気の済むまで送ってきたがな。何年か前に飛行機ごとテロにあって爆死だ。いい奴は長生きできんのかね。
 あの総裁が紹介してくれた銀行はウィーンにあって、古くて小さいが、なかなかいいところだった。ところが2年もしないうちに、よりによって日本の銀行が買収しやがった。買ってみたら、銀行に元からひとり日本人が居るじゃないかと、なんか役職あてがわれたんで逃げようとしたんだがな、その頃ちょうどに母さんに会ったんだ。運命だ。
 それから、母さんが未亡人になったと聞いたんで、銀行には辞表を出して駆けつけた。まあ、実はそれからもいろいろあって、すぐに手に手を取り合って逃げた訳じゃないが、腹括って日本に帰ることにしたんだ。ハルヒもその頃には母さんの腹の中にいたし、母さんの体調も芳しくなかったんでな。






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