ハルヒと親父 @ wiki

オヤジ野球7

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haruhioyaji

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 4回裏の親父チームの攻撃は、

「ふやああ!」

という絹を割くような(?)悲鳴と共にしゃがみこみ頭をかばったはずのグローブに、ショート強襲のライナーが偶然(?)にも自ら飛びこんでくれることで終わりとなった。
 よくできた科学は魔術と、できすぎた科学はご都合主義と、それぞれ見分けがつかないと言ったのは誰だったか。
 誰も不幸にならないこの程度のご都合主義なら歓迎すべきだろう。

 だが、打者一巡して、ハルヒの投球に、親父チームの打線はタイミングが合ってきたのも、逃れようのない事実だ。


 そして、5回表のおれたちの攻撃。
 「少しお話が。いえ、世界的な危機と言うより、我々の打線、つまり攻撃についてです」
「おきまりだが、顔が近い。あと言うまでもないが、今日はズルはなしだぞ」
「ええ、涼宮さんも入れて相談できる内容です。提案者は長門さんなんですが」
「有機生命体の視覚情報処理システムは、大きく分けて、いわゆる腹側経路(Ventral Stream)と背側経路(Dorsal Stream)の2系統が存在する。単純化すれば、前者は視覚対象の形態、色、テクスチャーに関する情報を処理し、後者は対象の位置や運動に関する情報を処理すると理解して問題はない」
「すまん、おれと読者にも分かるように説明してくれ」
「周辺視システムというのをご存知ありませんか?」
「なんか野球マンガでそういうのがあったな。ピッチャーの肘当たりを中心にぼんやり見て打つと良いとか、そういう話だったか?」
「ええ。今の長門さんの説明で言えば、背側経路(Dorsal Stream)というのが周辺視システムに該当します。モノをよく見ようとすると、腹側経路(Ventral Stream)で対象の形態、色、テクスチャーに関する情報が処理される訳ですが、打撃に必要なのは、むしろ対象の位置や運動の情報です。そして背側経路(Dorsal Stream)は、運動システムとの連関も強い。視野の中心でなく、周辺で投手の動きや投げられたボールを追う方がいいという話です」
「リクツはなんとなくわかるが、周辺視を使って打てなんて、練習もなしに、うまくいくのか?」
「長門さんの発案では、長門さん特製のコンタクト・レンズをつかうか、あるいは1分間程度のちょっとしたトレーニングで、打撃中の周辺視システムを優位にすることができるそうです。まあ、深くは聞いていませんが、その人が元々持っている能力を用いるわけですから、ズルとは言えないでしょう」
「おまえから聞くせいか、どうしても詭弁に聞こえるが、なんとかホーミング・モードよりはましか」
「ええ」
「で、それをおれから、みんなに説明しろ、っていうんだな?」
「はい。みなさんが、とりわけ涼宮さんが、納得できるようにお願いします」

 「……という訳だ。難しいリクツはおれも説明できんが、疑問点は、長門に聞いてくれ」
「ほんとに一人1分の練習で、そんなことできるの?」
「彼を使って実演する。……私の目を見て」
「お、おう。こうか」
「そう。手を左から近付ける。視界に入ったら、手をあげて」
「あ、ああ。見えたぞ」
「今度は反対。右側から手を近付ける」
「見えた。これでいいのか?」
「いい。……彼を殴ってみて」
「ええっ!?本気でやっていいの?」
「かまわない。今の彼なら避けることができる」
「ちょっと信じ難いけど、行くわよ、キョン!!」
「おわっ!」
「ちょっと、何で避けるのよ!」
「うお!おい!っだあ! ハルヒ!連射しなくて!いいって!」
「ほんと、当たんない!」
「彼女の拳を捕まえてみて」
「ええっ!? こ、こうか?」
「ちょっと、キョン、なに人の手、握ってんのよ!? み、みんなの前で……」
「論点が違う! それと握ってるのは手というより拳だが」
「うっさい! ……今のが周辺視の効果? キョンでこうだから、確かに期待できそうね」
「ボールをとらえられることと、打つことはまた別だけどな」
「うるさい! 見えなきゃ打ちようもないでしょ!」
「ああ。とにかく、これで親父さんを打ち崩す。異論はないな?」
「あるわけないでしょ!目にもの言わせてやるわ! って、ざぶとんはいらないからね!」

 というわけで、この回はおれからの打順である。って、誰だ、袖をひっぱってるのは? 長門?
「あの投手は、あなたに直球だけを投げてくる可能性が極めて高い」
 そういやさっきの打席もそうだったな。しかし、その後のみんなには、打たしてとる軟投型だったぞ。
「あなたと親父さんの対戦は,また別のゲームですから。真っ向勝負、力でねじ伏せたいのでしょう」
「わかる、わかるよっ!うーん、これが男親心ってやつだよ、少年!」

 なにやら無責任な論評が飛び交ってるが、いずれにせよ、あれこれできるほど、こっちは器用じゃない。それに、他ならぬ長門の神託だ。ストレート一本にヤマは絞ることにしよう。


 「遅い! 帰っちまおうかと思ったぞ」
「もしそうだったらどれだけいいか……と少し思いました」
「なにやら周辺視システムとか言ってたな」
「親父イヤーは地獄耳、ですか?」
「だが、故あって、おまえにだけは打たすわけにはいかん」
「いや、扱いは等並みでいいです」  あと理由は知りたくありません。
「言うまでもないが、全力で行くぞ」
 やれやれ。やるしかないか。
「お願いします」 

 1球目。外角低め。浮かび上がってきそうな、伸びのあるストレート。
「ボール」
 奇策家の親父さんが、おれにはセオリー通りに投げ込んでくる。
 2球目。内角高め。速球。
「ストライク!」
 それも、全力で、だ。
 3球目。内角低め。速球。
「ストライク、ツー!」
「追いこんだぞ。手を出さん限り、おまえに勝ちはない。わかってるのか?」
 ああ、そうだな。届くかどうかはわからん。だが、だったら、応えなくちゃならんだろ、なあ、ハルヒ?
「キョン!打ちなさい! ホームランでもかまわないわ! 特別に許す!!」
 4球目。外角低め。見逃せばボールだろう、多分。
 気が付くと、おれはバットを投げ捨て、ホームベースをまたいでいた。
 どこだ?ボールは?
 わからん。だったら、走るしかないだろ、こういう場合! 
 ファーストベースがもうすぐ前に見えた。止まるのか、行くのか?
「もう、走んなくてもいいぞ、キョン」
へ?
「あれは守備不能だ。くそったれ、流し打ちでフェンス越えかよ。婿に花を持たしちまった」
 親父チームの一塁手が、ボールの入ってないミットで、おれの肩を叩いた。
「おみごと。ゆっくり回って帰ってくれ。出会い頭とはいえ、あそこまで運ばれたら勝負あったな」
 ようやく手にしびれた感覚と手応えのようなものが戻ってくるのを感じた。

 ベンチに戻るとチームメイトから、ポコポコと殴打の祝福を受ける。痛いっ、蹴ったのは、ハルヒ、おまえだろ。
「どうしてあんたは、はじめから、今の力を出さないの!?」
 満面の笑みを浮かべてさらに攻撃力をあげてくるハルヒ。はじめからもなにも、いまのが最初で最後だ。
「さあ、キョンでさえ場外に飛ばしたのよ! とうとうバカ親父に引導を渡すときが来たようね。じゃんじゃん続いて、大量得点の山を築くわよ!!」

 しかし、あの親父さんが、出会い頭のまぐれホームランで動揺する訳もなかった。 
 そして親父さんの「本当の実力」というのは、ただでさえ抜きん出た親父パワーに、「悪知恵」が加算されたとき、発揮されるのだ。

 次の打者は古泉。
「おい、イケメン。おまえも打つつもりか?」
「本日のヒーローは大方決まりましたが、勝たないとそれも水の泡ですので」
「だったら、こっちにも考えがある」
「うかがってもよろしいですか?」
「話すまでもない」
親父さんはストライクゾーンをはるかに離れたコースへ投げ込んだ。キャッチャーは立ちあがってそれをうける。
「敬遠!? バカ親父、恥を知りなさい!!子供相手に恥ずかしくないの!?」
「親父を甘く見るなよ。ガキが育っただけなんだからな」
「育ち方を間違えてる!!」
「実の娘に言われると新鮮だ」
「ファーボール」
 ハルヒと親父さんの掛け合いの間に、ボールがいきかい、肩をすくめて古泉は一塁に向かう。

「ファーボール」
「ファーボール」
続く長門と鶴屋さんも敬遠され、ノーアウト満塁というチャンスと考えられなくもない事態を迎えた。
3塁のコーチングボックスに入ったおれに、古泉が声を掛ける。
「すばらしい切り替えと称するべきでしょうか。それとも、あらかじめ予定されていたのか。いずれにせよ大胆かつ狡猾な作戦と言えるでしょうね」
「どういうことだ?」
「あなたが本塁打でなく、一塁打か二塁打か、とにかく塁に残っていたとしたら、敬遠できるのは長門さんまでです。鶴矢さんと勝負されたのでしょうか?」
 つづく我がチームの「下位打線」は、朝比奈さん、谷口、国木田と続く。
「クリーンナップを警戒するのは当然だろ?」
「バカにすんな!うちのクリーンナップは1番から9番までよ!!」
 どちらも思ったとおりのことを喋っている。似た者親子だけに、こういう場面だと、違いが際立つ。
「何か言いたそうだな、キョン?」
「いえ、おれが言いたいことは、今ハルヒが言いましたから」
「どこまでもハルキョンで来るか。だったらイヤらしい大人モードで迎え撃つしかないな」

 親父さんは、アンダースローに切り替え、朝比奈さんへの第1球を投げた。
「ストライーク!」
「みくるちゃん、周辺視よ、周辺視。あんたなら見えるはずよ!見えたらバットでそいつを引っぱたきなさい!!」
「は、はいぃ!!」
 2球目。甘く真ん中に入ったスロー・カーブ。
 朝比奈さんは、ハルヒの言いつけ通り、バットをボールに叩きつけた。
 ボールは地面を蹴ってバウンドする。が、その先には、飛びあがった親父さんの素手があった。
「!」
「ほい」
 親父さんは素手で打球をつかんで、それをキャッチャーへトスし、キャッチャーはホームベースを踏み、ボールはサードへ、サードからセカンドへと、すばやく回された。
「トリプル・プレイ!?」
「狙ってもできるとは限らんが、狙わんとできんからな。悪く思うな」
 つまり狙ってたのか? 古泉の方を見ると、優雅に肩をすくめ、首を振ってやがる。

 おれは、ハルヒがさっきから振りまわしてたバットを取り上げた。放っておくと絶対に叩き折ると思ったからだ。
 意外にも、ハルヒは素直に応じた。そのまま地面を睨み付けながら、低い声でつぶやいた。 
「絶対、かたきは取ってやるからね!」
 突っ込むところなんだろうが、親父さんは放火魔のように、あちこちに、いにしえのスポ根マンガの主人公の瞳で燃えている火を付けて回ったらしい。
「ハルヒ」
「なによ?」
「変化球は何が投げられる?」
「カーブにシュート、フォークボールにパームボールと、よりどりみどりよ。ジャイロ・ボールも4シーム、2シームともできるわ。ああ、あと、ナックルもね」
「次から遠慮せずに投げろ。ランナーがいなきゃ、捕れなくても、カラダで止めて前に落とせば問題ないだろ?」
「キョン、あんた、何言って……」
「練習はいらん。相手を驚かせたいからな」
「あんたに熱血は似あわないわよ」
そんなことは分かってる。おまえにバットを折らせるまでもなく、な。
「わけのわからんおっさんたちまでおごるほど、財布が重くないだけだ」
「……いいわ。投げたげる。サインはあんたが出しなさい。その方が心の準備ができるでしょ。そのかわり死ぬ気で捕りなさい!わかった?」
おれは拳を見せてそれにこたえた。ハルヒも軽く、拳を合わせて応じる。
「ギタギタにしてやるわよ!」
「ああ」

























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