ハルヒと親父 @ wiki

師走の親父

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haruhioyaji

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 「お父さんが今度の仕事で点数稼いだから、多少の無理はきくそうよ」
とハルヒのお母さんは言った。

 以下は、後で親父さんに聞いた話である。

 「んー、仕事か? いつものモメゴト・シューティングだ。町村合併でな、もともと仲が悪かった町がひとつになった。片方は古くからの温泉を中心にした町で、向こう側にあるスキー場が生業の町だ。水と油ならぬ、湯と雪の間柄って訳だ。元々地熱のせいで、ここのスキー場は雪解けが早くて営業できる期間がよそより短い。そういうところに人間様が後からやってきた訳だが、自然に怒りをぶつけてもしょうがないから、地熱憎けりゃ温泉旅館まで憎い、ってことらしくてな」


 「涼宮さん、すぐオヤジが参りやす。しばらく遊んでってくだせえ」
「なるほど。おれは、うまい飯といい女に目がないんだが、よく分かったな」
「へへへ、それは男なら誰でも同じでしょう」
「そういう訳で、女房には、パリで2つ星のレストランをきりもりしてたオーナー・シェフを選んだ。もちろん料理の腕だけじゃない、絶世の美女だ。頭も切れるし、腕も立つ。おれが何十人かのバカ相手に殴りあいしてたのを、邪魔するやつはみんな投げ飛ばし、おれのところまで来て、平手打ちをくれたくらいだ。……さて、あと何を言えば、あんたの顔をつぶさず、おれは一命を取りとめる? 誰であれ恥をかかせたくないが、おれは仕事でここまで来てる。何もしないうちに死ぬのはごめんこうむる。女房を愛してるといえばいいか? それとも女房に殺されると言った方がいいのか? あと、そうだな、一人娘はまだ高校生なんだ」
「ま、待ってくれ。しばらく待ってくれ」
「わかった。待つ。あんたを信用して任せる」

 「若いもんがとんだ失礼をしたようで」
「いや、こっちの自己紹介が遅れただけだ。さっきの男は何も悪くない。信用してよかった、と後で伝えてくれ」
「この街に、火中の栗を拾いにくるのが、どんな奴なのか、知っときたくてな。無理を言って来てもらった」
「無理は聞いてない。会うべき人間には会っておきたいと誰だって考えるだろう。はじめて来た街なら、なおさらだ」
「あんたには、この街はどう見える? 随分、いろんなところで仕事をしてきたそうじゃないか」
「着いたばかりで何も知らんし何も言えん。だが、自分から、このよそ者に会いに来た男がいる。おれの短い経験からいうと、そういう奴がいるところでは失敗はない」
「それはおだてか?」
「おだててるのでも、誉めてるんでもない。おれに一番最初に会いに来る奴が、その街を一番深く思っている。言い換えれば、まちの浮沈に自分の利害が一番絡んでる。逆に「自分がこの街を一番愛してる」とうぬぼれてる輩は、大抵はその街に片足突っ込んでる程度のくせに、得体の知れないよそ者を邪魔するか追い出す方が先に来る。『よそ者に何が分かる?』まあ、そう思う方が普通の神経だ。さて、あんたは自分が実力者であることを知ってるが、それだけじゃ足りないことも認めてる」
「ずけずけ言うんだな。大ホラ吹きなのに、今は正直に喋ってる」
「そうした方がいい相手にはそうする」
「まず、何をするつもりだ?」
「昼間はスキーだな。全部のゲレンデを滑って回る。夜は温泉だ。これも全部入る。人が集まってるようなところは、とにかくしらみつぶしに回る。つまり、とにかく遊び回るんだ。それから、次に人を集める。なるだけたくさんがいい。普段、街のことをしゃべったこともないような連中も呼びたい。そういう奴ほど、言いたいことがあるもんだ」
「そんなので話がまとまるのか?」
「話なんかまとまらなくていい。どれだけきれい事並べようが、役所の基本計画なんてただの言葉だ。誰も覚えちゃいないし、思い出しもしない。そいつをつくるのに、人が集まる方がよほど重要だ。そこでみんなの感情を沸騰させる。忘れられない集まりになる。後は各自が思い思いのものを持ちかえって、それぞれが「良い」と思ったことをやればいい。モザイクは色も形も違う小片からできている。見る角度で色合いも変わる。だが遠くから見ると、一枚の絵になってる。簡単に言うと、そういうことだ」
「さっきも言ったがあんたは正直だ。だからわしも正直に言おう。わしらはこの街が分裂していた方が都合がいい。つまり金になる」
「あんたの下には100人ぐらい、食わせなきゃならん若いものがいるだろう。この街の役所より大所帯だ」
「107人だった。笑いごとだが、大学へ行かせた孫まで帰ってきた。これで108人だ」
「帰って行ける田舎があるのは、いいことだ」
「だが、この街には未来はない」
「ああ。あんたが死ねば、途端にその108人は路頭に迷うぞ」
「どうすればいい? あんたは答えを持ってるのか?」
「おれが持ってきたのは問いだ。悩むのは当事者の仕事だ。誰も代わってはやれん。答えは銘々が見つけるしかない。こいつが理解されたら、おれの仕事は9割が終わったようなもんなんだが。……さて、あんたに頼みがある」
「わしはあんたの敵だ。わしがやると思うのか? いや、聞きたいのはそれじゃない。わしに何かできることがあるのか?」
「あんたにしかできないことがある。それをこれから説明する」


 「その親分だか顔役に何言ったんですか?」
「簡単だ。若い衆を解雇しろ、と言った。放りだせ、くびにしろ、だったか、まあ、そういう風なことだ」
「それを飲んだんですか、相手は?」
「そりゃそうだ。一番の懸案事項についての、最速かつ確実な解決法だからな」
「でも、若い衆が路頭に迷うって」
「だから、そいつらの『再就職』を、おれが引き受けた」
「100人もの働き場所なんてそう簡単には……」
「当たり前だ。だが、相手にリスクを負わせるには、自分もリスクを引き受けるしかない。こんな簡単なことも分からんから、話がややこしくなるんだ。おれだって手品師じゃない。帽子から鳩や兎を出すみたいに仕事が用意できるわけじゃないぞ。まあ、たとえできても、そんな真似はしない。若い連中をただ甘やかしてもつまらん」


 「涼宮さん」
「よう。こないだは世話になったな」
「そのことは、もう。……だが、俺たちは納得してねえ。あんたが納得させてくれるとも思ってねえ」
「だが、雁首揃えてやってきた、ってわけか」
「オヤジ、……と呼ぶなといってっけ。おやっさんは、曲がった事は決して言わねえ。誰かを騙して得をとる人間でもねえ。だから、おれたちは、おやっさんの言うことには、これまで黙ってしたがってきた。それで間違いはなかった」
「だが、今度の事はさすがに腹に据えかねるか。もっともだ。だが、ひとつだけ修正させてくれ。おまえさんたちのおやっさんは、ひとつだけ間違いをおかした。うるせえ、黙って聞け! おれを信用し切ってないまま、おまえらをよこした事だ。信用できないなら、何一つ耳を貸さず、おれを街から追いだせ。おれは手を引く。家に買えって女房と娘相手に七面鳥でも焼くことにする。だが、ひとつ見直した事がある。おまえらだ。おまえらは挨拶の仕方を知ってる。ちゃんと相手の目を見て話を聞く。背丈の半分しかないばあさん相手なら、おまえらはちゃんとしゃがんで話をするだろう。若い連中を見ろ、あさっての方を見て「あざーす」、これが挨拶だ。おれたちには2週間しか時間がない。しつけに1週間も費やしてみろ、間に合うものも間に合わん。お前らなら、今日からでも使いものになる。さあ、決めてくれ。おれがこの2週間でやろうとしてることを聞きたい奴は残れ。残らず話してやる。聞きたくない奴は、そう思った時点で出て行ってくれ。今も言ったように時間はあまりない。はじめていいか?」
「あ、ああ。とにかく聞かせてくれ」
「やることは、言葉で言えば簡単だ。この街を変える、街が変わったと大勢の人間に思わせる。一番楽なのは、良いところを悪くする事だ。良い部分は、街でもなんでも、誰が毎日の努力で支えてる。そいつを取り除けばいい。だが、俺たちは、そんなことはしない。その逆をやる。つまり、悪いところを良くする。分かりやすいのは、一番悪いものを変えることだ。この街で一番悪いものが何かわかるか? 温泉街とスキー場の対立か? ちがう。この街で一番悪いものは、そこからアガリをせしめてるお前たちだ。だから、お前たちが変わるのが一番わかりやすい。そして親分はお前らをクビにした。おまえらの悪評の元はなくなった。お前らはもう、昨日のおまえらとは違う。さて、次に何をやるか説明するぞ」


 「そのひとたち、ほんとにしゃがんでおばあさんと話してたんですか?」
「知らん。その街に着いたばかりだから知るはずがない。おれはただそれを前提にして話しただけだ。だが、おれがそう言った後は、みんな必ずそうしてた。それが良いことだと、まずは頭で、やってみると全身で、納得できたからだ。この手のことはな、キョン、やればすぐに分かる。相手の顔が全然違ってくる。だから、おれは期待を『前払い』しただけだが、連中はすぐに自分の行動(もの)にした」


 「掃除ったあ、どういうことだ!?」
「掃除は掃除だ。汚れているところをきれいにする。やったこと、あるだろ?」
「それが今回の話と、なんの関係があるんだ!?」
「じゃあ聞くが、おまえさんが組に入って最初にやった仕事はなんだ?」
「そ、それは……」
「こんなかで、掃除をしたことない奴はいるか? いないはずだ。おまえらは、最初にやった仕事だから、下っぱがやる詰まらない仕事だとおもってやがるな。どこの世界でも、弟子入りしたら、まず掃除からやる。理由は3つだ。ずぶの素人がやっても、丁寧にさえやれば、それ以上汚れる事だけはない、つまり必ず成果が上がる。若い奴に自信をつけさせるには、仕事をやらして成果をあげさせることが一番だが、何もできないうちにまかせることができる仕事は、そんなにない。二つ目。誰でもできるようだが、いい加減にやると、それもはっきり結果に出る。そいつにずっとついて見てなくても、そいつの仕事ぶりが一目で分かる。大勢の若い連中を仕込むのには、こんなに効率のいいやり方はない。そして最後の理由だ。掃除って仕事には切りがない。今日やり終えたから、明日からしなくていい、なんてことがない。だから仕事がなくならない。理由は以上の3つだが、おれたちにはあとひとつ、でかい理由がある。これをやると確実に街が変わる。いいか、確実にだ」
「……」
「納得できんだろうから、話をしてやる。ひとつ目は身近な話だ。自分の家や仕事場の前に、ゴミが落ちていたら、誰だってそのままにはしないだろう。自分でやるか、人にやらすかは別にして、掃除するだろう。じゃあ、逆にゴミがそのままで誰も片付けないとしたら、どこだ? ……人々に見捨てられた場所、誰も愛着はおろか関心さえ持ってもらえない場所がそうだ。そこでは、誰でも平気でゴミを捨てて行く。誰も目を向けない、誰の目も届いてない場所なら、そのゴミに火をつける奴が出てくる。放火だ。次はヤバい物の取引、その次が殺人、用済みになった奴をこっそりバラすのは、きまってそんな場所だ。そこで殺される奴は身寄りがない。そいつが死んでも誰も気付かない。そういう奴が、そういう場所で最後を迎える。
 ニューヨークにハーレムって街がある。ああ、一番ヤバい危険なところだ。11万しか人がいないのに毎年100人が殺される。100じゃ大した事ないか? 日本の人口と比べやすいように計算すると、毎年11万人だ。日本じゃ殺人で死ぬのは毎年6000人だから、18倍だな。
 だがハーレムはここんところ変わってきた。ゴミが山になってた空き地にあるばあさんが花を植えた。その上にもゴミを捨てるバカはいて、最初は花なんて育たなかった。花を盗む奴までいた。だが、ばあさんは、ゴミを取り除いて花を植えつづけた。しつこくやってると、ばあさんを手伝う奴も出てきて、やがてその小さな空き地は花壇になった。ばあさんがやったのは、たったこれだけのことだ。だが、ハーレムで殺される奴の数は、今は毎年20人だ。日本からすると、まだ3.6倍だが、とにかく1/5になった。やったのは無論、ばあさんだけじゃない。
 犯罪があんまりひどいんで『捨てられた』ビルの落書きだらけのシャッターに、あるおっさんはペンキで絵を描いた。おっさんが描いた上に落書きするバカもいたが、おっさんは描きつづけた。治安がマシになったいまでも描きつづけてる。いまじゃ観光バスのコースにもなってる名物だ。
 ……まちを掃除するってのは、こういうことだ。少なくとも、掃除をやった人間だけは、この街を見捨ててないし、見放してない。ちゃんと関心をもって見てる、それも毎日そうしてる。そんなことが分かる奴には分かる。汚れた場所は、掃除したって、また汚れるだろう。だが掃除しつづければ、誰かがその場所に関心を持っていることが、愛着を持つ人間が存在することが、みんなに伝わっていく。これで、何も変わらないなら、その方がどうかしてる。……アメリカの話なんか、つまらんか。じゃあ、日本の話をしてやる。ほとんど、似たような話だがな」


 「キョン、柳川って街をしってるか? 知らなきゃググれ。いまは水郷めぐりなんかで観光客も来るぐらいだが、その水郷もきれいにするまでは『埋めちまえ』と毎年嘆願が出るようなドブ川だった。そこを何十年も一人でゴミを拾いつづけたおっさんがいたんだ。最初は『そんなことやってなんになる』と馬鹿にされてたが、10年もやってりゃ、そのうち手伝いたいって変わり者も出てくる。ゴミ拾いが広がって、ドブ川の泥を運び出す予算がついて、そして街がよみがえった。きっかけは、一人のおっさんが飽きもせずにゴミを拾いつづけた事だ。……おれたちには、そこまでの時間はなかったんでな、ちょっと人海戦術を採らせてもらった」
「何をやったんですか?」
「一番金にならず、しかし人の喜ぶことだ。おまえも見知らぬ街で食うのに困ったら、ほうきか火ばさみを借りるか、なけりゃ手でゴミを拾え。掃除のまねごとだ。これだけで、どんなに人相の悪い奴でも善人に見える。金にはならないが、人情にはすがれる。結果から言うと飢え死にしない。体験からおれが言うんだ、これだけは間違いない」
「本当に掃除させたんですか?」
「そうだ。まちで一番汚いところから順に、とにかく徹底的に掃除させた。それから通りかかる人にはきちんと挨拶だ。たったこれだけのことでな、キョン、街はてきめんに変わる。どいつもこいつも地元で手の付けられない悪だった連中がだ、あっという間に善人に生まれ変わったんだからな。これ以上の奇跡は、ちょっとおれでも起こせん」
「よく、みんなやりましたね」
「ああ、こっからが感動的なところだ。例の親分な、率先して、街で一番汚い場所、駅前の公衆便所の掃除を始めた。それも雪の振る日にだ。これでも、ごたごた言う奴がいたらぶん殴るところだが、基本的にはみんな人のいい連中なんだ。おれが何の指示もしなくても、自分達で掃除道具をそろえて、汚いところを見つけてきて、掃除しだした。親分の人徳だな」
「オヤジが仕込んで、その親分さんに掃除させたんでしょ? えげつない手」
「誤解だ、バカ娘。大人をあんまり甘く見るなよ。あのおっさんはな、最初はあえて、子分達を説得しなかった。『涼宮の言うことなら何でもやれ』と命じておく方がずっと楽だ。あとはおれの仕事だからな。だが、おっさんはそうしなかった。その代わり、子分がおれに反発するままにしといて、自分は一人で一番汚いところの掃除を始めたんだ。人に言われてそこまでできるか? やらされてるなら、そんなことは自然とばれる。さっきも言ったが、掃除ってのは、やる人間の気持ちの入れようが、そのまま結果に反映するからな。あとで親分が掃除した便所に案内してやる。この街が変わり出した輝ける第一歩だ。今は、掃除用具が置いてあって、この話を聞き知った連中が誰彼なしに掃除にやって来る。まるでお参りだ。おっさんは、便所掃除で「聖地」を作ったんだ。あそこを見れば、この街がどうなっていくかが分かる。今でも、人に見せたいくらいに、ぴかぴかだぞ」
















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