ハルヒと親父 @ wiki

オヤジのバスケ

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haruhioyaji

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 誰と、どうした訳で、こういう事態になったかを説明し始めると、『オデッセイア』を上回る大叙事詩になる恐れがあるので割愛したい。

 「3on3? って誰が? あいつらと?」
「おれが出よう。キョンを出すよりはマシだろう」
「ちょっと、キョン、こんなこと言われてるわよ!」
「今は勝つ事に集中しろ。作戦だ。長門は3ポイント・シュートを打ちまくれ。お前なら、コートのどこからでも狙えるだろ?」
「わかった」
「だが、得点源が誰だかすぐにばれる。長門が狙われるぞ」
「親父さんは、長門がシュートを打ち終えるまで、敵と長門の間に入ってガードしてください。バスケでは相手にぶつかっていくとファールを取られますから」
「なるほど。先に体を間に入れちまえば、こっちのものって訳か」
「あたしは何をすればいいの?」
「ハルヒ、おまえは指令塔だ。基本的にお前からボールが出て、こっちの攻撃が始まる。最初は、ボールを持ったら、ドリブルで、できるだけゴールに近づいて、そこから後ろにいる長門にボールを出せ。ノー・ルックでいい、長門なら必ず受けてくれる。相手がこのやり方に対応してきたら、ドリブルで抜いてもいいし、親父さんにボールを預けて、内に走り込んでもいい。おまえもチャンスがあったら、どんどんシュートを狙って行け。相手を全部お前に引きつける位に目立っていいぞ、派手に行け。お前が手を付けられなくなれば、その分、こっちの大砲である長門へのプレッシャーが減る」
「それはいいけど、親父は球技初心者よ」
「だが格闘センスと身体能力と悪知恵がある。とりあえず長門の邪魔をさせなけりゃいい。親父さん、相手がボールを持ったら、とにかく相手が嫌がることをしてください。ルールと常識の範囲内で。おまかせします」
「心配するな、バカ娘。こんなこともあろうと、『スラム・ダンク』と『アヒルの空』と『ONE PIECE』は読破して、二次創作まで目を通してる」
「『ONE PIECE』は海賊マンガで、しかもまだ連載中でしょ!」
「おいおい『アヒルの空』もだぞ。ああ、あと、あれができるぞ、キョン」
「って、あれですか? ……長門、どうだ?」
「問題ない。入射角と速度から、どの軌跡をたどるかは予測可能」
「ってことは……ハルヒ、親父さんには、ぶつけるくらいの強いパスを出せ」
「ほんとにぶつけていいの?」
「ああ。あとは各自、自分の動きで動けば、どう考えても相手はついてこれない」


 ハルヒは終始ゲームをコントロールし、親父さんは敵味方の区別なく周囲を混乱させ、長門は3ポイント・シュートを打ちつづけた。

 ハルヒからドッチボールのごとき高速パスが親父さんに放たれ、親父さんはそいつを肘で思いもしなかった方向へとはじき返した。
 そして、思いもしなかったボールの軌跡を読みきった長門がフリーでそれを受け、誰もが唖然としている間に3ポイント・シュートが放たれる、というのが基本の試合展開となった。
 「ちょっと、待ちなさい! 今のあり? 反則じゃないの?」
「仲間の足を引っ張るな。故意にボールをなぐるのは反則だが、今のは肘に当たって跳ねかえっただけだ。何、ルールの解釈に問題があるなら、単行本になる際に、描きかえればいい」
「試合中にメタなこと言うな!! あと実在する作品にツッコミを入れるの禁止!!」
 親父さんの肘は一見すると、ハルヒから若干の殺意を添加されたボールをランダムに跳ね返しているように見えるが、もちろん悪い意味でクレバーであり、ひどい意味でむやみに視野の広い親父さんが、そんなことを偶然にゆだねるはずもない。
 親父さんは間違いなく、相手選手のいない、いわゆるスペースにボールを飛ばしていた。そのコースを刹那に読み切り、さっきまで誰も居なかった場所で、それを受けてスリーポイント・シュートを打つのが長門の役目だった。

 相手は必ず決まる長門のシュートにプレッシャーを与えたいが、ハルヒのパフォーマンスの高いプレイと、親父さんの神出鬼没の動きに、思うようにいかなかった。
 何より思い通りにボールをはじき返す親父さんは、自分が飛ばしたボールを追って、必ず二三歩早く長門の前に駆け込み、長門へのプレッシャーを受け止め、はね返す壁となった。
 もっとも誰がどうすれば、長門のシュート・コースに影響を与えるほどの、プレッシャーを与えることが可能になるのかは、実のところ宇宙的な問題であって、おれはもちろん、コートに居る誰もが解き明かしえない難問ではあったが。

 一方、ハルヒはハルヒで、そのユーティリティとパフォーマンスをいかんなく発揮しており、ドリブルで抜いて良し、シュートを打って良し、長門にノールックでパスして良し、やるかたない気持ちごとボールを親父さんにぶつけて良しと、まったく手が付けられなかった。
 ハルヒの3ポイント・シュートも、精度は長門にやや劣るが大きなな得点源となり、相手は長門にだけ的を絞る訳にはいかなくなった。
 加えてボールにからむ時間こそ少ないが、ハルヒがシュートするときは、かならず親父さんがゴール下に先回りし、すべてのリバウンドを「いい加減にしろ、バカ娘!」なる雑言とともに拾ってしまうのだ。
 なんだかんだ言って親子なのだった。
 親父さんはゴール下とボールを持った長門との間を絶え間なく往復したのに、その運動量は試合中いささかも衰えなかった。

 長門については、もはや言うまでもないが、嵐のような試合展開の中、足音もなく移動し、常にスリー・ポイントが狙える位置でボールを受け、溜めをつくることも狙いをつけることもなしに、100発100中で輪(フープ)の中を通る放物線をボールで描き続けてた。


 こちらのシュートが決まれば、もちろん相手のボールから試合は再開される。
 しかし3対3というのが仇となった。ボールを投げるスターターの一人をのぞくあとの二人が最初のパスを受ける訳だが、こちらはそのそれぞれに、親父さん、ハルヒ&長門を張りつけることができた。

 親父さんは、どんなトリック、はたまたマジックを用いているのか、コートの外からはうかがい知れないが(察するまでもなく、きっとずるい手だろう)、ボールがスターターの手を離れ、受け手の届くその前に、いつもボールと受け手の間に自分の体を滑りこませていた。
 毎回ではなかったが、後ろから相手の耳に顔を近づけるところが見られたから(そしてその後、相手の形相が激変していたから)、おそらく何か聞くに耐えないような言葉を耳元でささやき、相手の動揺を誘ってフリーズさせ、その瞬間の隙をついているのだろう。本当のところは定かではない。多分、誰も聞きたくないだろう。

 ハルヒと長門のペアについては、なおのこと詳しく語る言葉を持たない。
 ともに常人以上の反射神経と運動能力を発揮していたことは言うまでもないが、それにも増して、この二人に左右から密着ぎみにタイトに挟まれることが、どれほどの心理的精神的神経的内分泌系的身体的影響をもたらすかについては、体験した事のない者にとっては、ほとんど想像の成層圏外の事項であろうことは明白だが、ここでは、それは親父さんの悪魔のささやきにも優るとも劣らぬ効果を生み出した、という結果だけを述べるにとどめたい。察してくれ。

 いずれにせよ、相手チームは、十回中八回の確率で最初のパスを奪われてしまい、残りのほとんどの時間を、凶悪とも呼ぶべき容赦のない攻撃にひたすら晒され続けた。
 こうして、相手が、実質的に攻守交替のないこのゲームに疲れ果て、バスケット・ボールのルールを呪い始めた頃、ようやく試合終了の笛が吹かれた。



 ここで親父さんは、「相手の嫌がること」を求めたおれの要求に応えて、あの名言を間違った用法で用い、相手の心を粉砕骨折させた。

「なかなか楽しかったぞ。もう一回やらないか? あきらめたら、そこで試合終了だ」

 それは、おまえらギャフン(死語)というまで永遠にいたぶり続けてやる、というのと同じことを意味していた。
 ハルヒとそれをサポートした長門が、親父さんを鎮圧しなければ、あるいは死者が出ていたかも知れん。














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